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「雪だるまが笑った日」 川越しゅくこ
幾つも短編をMLに流して呉れて居り今回は『雪だるまが笑った日』と云う珠玉の短編を送って呉れています。男性社会?の中で育ったしゅくこさんの数少ない女の子のお孫さんとの心温まるお話です。
私にも孫が男ばかり3人と来年5月に4人目の孫(男)が生まれる予定ですが、果たして何時まで見守ってやれるか疑問ですが、その内、孫に手を引かれて訪日しおじちゃんの祖国日本を見せてやりたいと願っていますが、実現するでしょうか?孫たちの面倒を見ると云うより教えられる事、助けられることが多くなって行くのかも知れない。一足早く孫離れしたしゅくこさんの気持ちが伝わって来る。
写真は、7歳のお孫さんカリン(仮名)の雪だるまとの写真を使わせて貰いました。


和田さ〜ん & みなさまへ
              しゅくこです
和田さん、いつもお忙しいところ、50年のわたしたちのためにいろいろとありがとうございます。
「しゅくこのイペ」登場しましたね。写真、ありがとうございました。
わりとこぶりな木なのに、たくさん立派な花をつけてきれいですね。これも老木でしょうか(笑)
もっとはやくお礼をもうしあげるところだったのですが、拙作「雪だるまが笑った日」を一緒に添付させていただきたいとおもい、遅くなり失礼しました。
心細やかな、なによりのうれしい B-day presentです。
記念にfileしておきたいと思います。

今日からもうはや12月。
義母の住む山形は、はやばやと雪が降っているという話です。
そんな話にからめて、「雪だるまが笑った日」を綴ってみました。
といっても、これは 016年7月19日付けに送らせていただいた旅の日記、「なんか逆転したその日」をリメイクしたものです。
孫娘の話と写真を使っていいかと、おかあさんに訊くと、もちろんいいですよ、と快諾してくれましたので、名前だけかえてカリンにしました。
新鮮味がないかもしれませんが、もしよろしかったらのぞいみていただければ、幸いです。


「雪だるまが笑った日」   川越しゅくこ

元旦の朝8時の公園は人っこ1人いない銀世界だった。
東京から泊まりに来ていた7才の孫娘カリンと、その祖母であるわたしの2人は公園で雪だるまを作っていた。そのうち、雪をはり付けていくたびに、なにか言って「相手を笑わせたら勝ち」というなじみのゲームが始まった。たちまち、背丈が1m50cmくらいの、丸い顔にお腹の突き出た雪だるまが出来上がっていく。爆笑させる決定打はまだ二人とも出ていない。次はわたしの番だ。カリンの瞳は好奇と期待の色に膨らんでわたしの次の一言を待っている。よだれの出そうな口元も、もう爆笑の準備ができている。なのに、わたしはネタ切れだった。「降参しました」、なんて意地でも言えない。頭の中は大騒ぎをしながら次の一言を探している。平静を装いながら時間稼ぎをする。それから重大な秘密を明かすような口調で、「雪だるまの、お腹がパクッと開いて」あとは口からでまかせの一言。「アンパンマンが飛び出したァ」ふと見るとぽかぽか陽気に溶けはじめた雪だるまは、炭の目とニンジンの口がずれて、間抜けな顔でわたしたちを見ていた。カリンの瞳はくるくるまわり、お腹をかかえ、体を折ってアハハ、アハハとのたうちまわる。足元がふらついて、あげくは地面にころがってまだ笑っている。まるで仔犬がはしゃぐ様と同じレベルである。意外に受けたことに気をよくして、わたしもまた涙をためて笑い出した。    

その日から365日がすぎた。カリンは8才になった。今度はわたしが彼女の冬休みに東京に会いに行った。背丈はほぼわたしと同じくらいになっていた。
夕食前に、いつも一緒にいく、歩いて7-8分くらいのところの「祖師谷温泉」にタオルと着替えをもって出かけた。それは、人も車もバスもごった返す、狭くて人情味あふれるウルトラマン商店街から、脇道をちょっと入ったところにあり、地元住民たちのほとんどお年寄りのたまり場的下町的温泉である。
この温泉の黒湯は、説明によると地層中に蓄積した何万年も前の海藻などが起源らしい。カリンはこの黒湯を「イカスミのお風呂」と呼んでいる。
お湯につかり、おばあちゃんたちに囲まれて声をかけられ、赤く火照った顔で水風呂に入り、それを繰り返したあと、ガラス扉一枚向こうの裸のまま泳げるプールに入る。背泳をカリンに教えてあげる。あっというまに美しいフォームを習得し、すいすい泳げるようになった彼女を見ながら、わたしはひそかに自分が誇らしくなった。まだまだ教えてあげることがあるんだ、という役割の再確認である。たっぷり泳いで、やっと体を洗うため並んで腰をかけた。
いつのまにか彼女がすっと横に立って、無言で私の頭にシャンプーをつけて洗い始めた。頼んでもいない突然の行為にわたしは内心驚いた。彼女はごく自然に長い指を立ててわたしの頭をマッサージし始める。頭の上に泡が膨らんでいく。日頃、父親の肩を揉むことをしっかり訓練されているせいか、指の当たりがいいあんばいに安定している。普段はおしゃべり好きのゲラ子さん。それがまるで職人みたいに無言で淡々と手際よく作業を進めている。鏡の中に巨大なアイスクリームコーンを乗せたふやけた顔。対応に戸惑ってそれをみている別のわたしがいる。
帰りの夜道をぽかぽかの体で並んで歩きながら、いままでと違ったなにかが起こっていることに、嬉しいような、それでいてどこか複雑な気持ちで、足元がふわふわしていた。
夕飯の食卓は厚揚げとほうれん草の煮出し、手製の粕漬につけたさわらの西京焼き、などなど。和風料理の上手なカリンのお母さんの手料理が食卓に並んでいた。
その夜は枕を並べて幸せな眠りについた。

翌朝、散歩をしたくて、6時頃起きた。隣で長い脚を放り出して眠りこけているカリンを起こさぬように、そっと階下に降りていった。ところがここは東京。鉄製のどっしりしたドアの新しい鍵が三段構え。どうしても一番上の鍵のはずし方がわからず、あきらめてそっと部屋に戻った。案の定起こしてしまった。小声で事情を話したら、カリンは無言でうなづき目をこすりつつ、しっかりした足取りで階段を降りて行き、一番上の鍵をスライドさせてドアを開けてくれた。朝の冷気が鼻に染みる。そのときわたしの背中に眠たげな声がした。「迷子にならないでね」それはまぎれもなくカリンの声だった。「うん」、私は一言背中で応えて外に出た。間のぬけた自分の声がまるで他人のもののように耳に残った。これまでわたしは何度となく泊まっているし、1人でそっと早朝散歩もなんどもしている。迷子になんかなるわけがない。こんなやりとりは初めてだった。5-6分歩くと、古い手入れのいきとどいた神社が目の前にあった。ドアを出てからずっと心の中がザワザワしてそんな気持ちを持て余していた。それを沈めるように、線香の香りに誘われて鳥居をくぐっていった。1人の老人が鳥居の前に現れ、帽子を脱ぎ手を合わせ深々とおじきをしてから入ってくるのと一緒になった。
参道を社殿の方にゆっくり進んでいくと、中年男性が1人、おち葉を掃いている。箒 ( ほうき )の音だけが聞こえてくる。ここは厳粛な祈りの場。なのに、なにかが邪魔をして、手を合わせる気分ではない。はしゃぎたくてウキウキしているのだ。そのなにか?・・は問うまでもない。カリンの何気なく発した言葉だった。(迷子にならないでね)・・。笑いの渦がもくもくとわきあがり、消えてはまた泡だってくる。この場にふさわしい気分になれなくて神社を出ようと鳥居の方へ急ぎ引き返していった。そのときとつぜん、鬱蒼 ( うっそう )とした樹々の中からたくさんの鳥のさえずりがシャワーのように頭上に降り注いだ。そうだった。たったのT年で、孫のカリンと祖母のわたしの立場がしらない間に逆転していたのだ。
わたしたちはあの無邪気な「笑わせごっこ」をもう卒業したのだろうか、ちょっと寂しい気持ちも心をかすめる。
バトンタッチしていくわたしたち。その現実を受け入れると、切なさと同時に安堵の喜びがごちゃまぜになった。しょせん人は独りでは生きていけない。そろそろ甘えてもいいんだよ、というはじめて耳にするような響きの言葉。それを8才の少女が教えてくれた気がする。
ふとあの日の雪だるまが目の前をよぎった。
(もうそんなに強がらなくてもいいんだよ)、そう言って、わたしにウインクしたのは、気のせいだったのだろうか?




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