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新連載 桜井悌司さんの『ブラジルを理解するために』(その32&33)
今回の桜井さんの『ブラジルを理解するために』32と33は、JETRO勤務41年で退職した後、関西外国語語大学でラテンアメリカ全般とスペイン語を7年間教えられた時の経験に基ずく『私のラテンアメリカ教授法その1とその2を纏めて掲載しました。
JETROの長い勤務時に培われた経験に基づく知識と新しい大学での授業法をご自分なりに苦労して工夫された結果を纏められており非常に参考になる。
「社会人として役立つ学生になって貰う」と云う目標の基に『居眠り学生を減らす』作戦を実施されている。年間授業料から割り出し1日学校で居眠りしていると1万円の授業料を無駄にしている事になる事から、寝てはおれない参加型授業を考案して実施されたそうです。
写真は、トーレス元チリ大使の講義風景です。


新連載 桜井悌司さんの『ブラジルを理解するために』(その32)
連載エッセイ32
私のラテンアメリカ教授法 その1
執筆者:桜井悌司(日本ブラジル中央協会常務理事、元関西外国語大学教授)

1. 最初の大学生活で困ったこと
ジェトロに41年間勤務した後に、大学の恩師から大学で教えてみないかという話があった。結果的に、2008年4月から2015年3月までの7年間、大阪府枚方市にある関西外国語大学の教授として教鞭をとることになった。この大学は、短大を含め12,000名の学生を持つ日本最大の外国語大学で、スペイン語学科だけでも、1,200名を数える。私の教える課目は、ラテンアメリカ全般とスペイン語ということでであった。1週間に8コマの授業で、最初は、スペイン語とラテンアメリカが半々であった。外部の組織から大学の先生になった人(以下、外部先生と呼ぶ)が、最初に困ることは、話す時間と話す素材である。外部先生は、総じて20分くらいの話やスピーチは慣れっこであるので問題ない。しかし、大学では1コマが90分である。テレビでよく拝見するハーバード大学の授業のように学生が積極的に発言し、質問することはまずない。ということは、最悪の場合、あるいは通常の場合、90分を一人でしゃべることになり、そのための素材を準備しなければならない。1週間に1コマの授業だと15回、2コマであると30回分の準備が必要である。したがって、最初の1〜2年は、素材の収集と作成に追われる。私も例に漏れず、ラテンアメリカ全体の情報、国別の情報、経済、政治、貿易、産業、文化等のテーマ別情報収集・授業構成、パワーポイントの作成で大童であった。毎日起床すると最初に新聞のテレビ番組を見て、ラテンアメリカ関連の番組があると、抜かりなくダビングしたものであった。孫子の兵法にもある通り「敵を知り己を知らずんば、百戦危うからず」にしたがって、最初の授業では、ラテンアメリカについて何に関心があるのか、どういうイメージを持っているかにつきアンケートを行い、学生の受講動機や関心内容を調べた。それらを集計し、学生にフィードバックした。また最初の授業では、B5のラテンアメリカの小地図をA3の大きな用紙に書き写させて、ラテンアメリカの国々の所在を理解させた。こうして最初の2年は、90分の講義に対する慣れと素材の作成で終了する。思えば、最初の2年間に私の下手な授業を受けた学生には、授業料の一部を返却したいと真剣に思ったものであった。

2. 目標の設定
大学生活7年のうち、後半の。3年は、大学生を取り巻く環境がわかってきたので、2つの目標を立てることにした
1)社会人として役立つ学生になってもらう
@ 一般常識力を上げる
講義している中で、こちらが、当然わかっていると思って話していることでも学生がわかっていないことが多々あった。最近の学生は、ほとんど新聞を読まないこともあり、常識力が十分でない。例えば、経済用語、貿易・産業用語、国際関係用語等についての知識が不足がちである。そこで、10名くらいの学生の協力を得て、「社会人に向けての常識用語集」を作成し、約300語を収録し、希望者に配布することにした。
A 社会人になってから役立つような力をつけてもらう
例外は常に存在するが、一般的に、現在の学生の多くに見られる現象は、
*物事を考えない
*自分の関心事以外は調べない
*質問をしない
*チームで仕事することに慣れていない
*プレゼン能力が必ずしも高くない  等々である。
そこでラテンアメリカについての基礎的知識を習得するとともに、上記の5つの能力を高めることに主眼を置くことにした。
2)スペイン語学科の学生の関心をスペインからラテンアメリカに向ける
 不思議なことに、私が所属する大学の学生に関心地域や希望留学先を聞いてみると、90%がスペイン、10%がラテンアメリカという感じであった。スペイン語学科を持つ他の大学に聞いてみると、半々か、60%、スペイン、40%ラテンアメリカだと言う。経済規模や将来の就職先等を考えると、せめて、50%−50%にまで、徐々に関心地域を変えさせることが重要と考えた。

3.居眠り学生を減らすには
   3年目からは、少し余裕が出てきた。このあたりで、気になるのは居眠り学生が相当数に達することである。サラリーマンのようにエレガントに居眠りをする学生はほぼ皆無で、堂々と机に頭をつける眠り方である。眠る学生は特に他の学生に迷惑をかけるものではないという理由で、ほとんど気にしない先生もいるが、私は、居眠り学生が多いと学生の全体のモラルが低下すると考え、少なくするにはどうすればいいかを考えた。まず1回の授業につき学生はいくら払っているかを計算してみた。仮に年間授業料が100万円とすると私の計算では、1回の講義が3,000円くらいになる。1日に3講義があるとすると昼寝学生は、1万円を失うことになる。そこで学生には、通常授業料は両親が支払っており、子女である学生が真面目に勉強してくれることが前提である。したがって、居眠り学生は、親に対し多大なる迷惑をかけ、自分でも大きな損失を被っていることを訴えた。また昼寝学生は、通常、後ろの方に座る傾向があることがわかった。後ろの席だと遠慮なく眠れるからである。ラテンアメリカ関連の授業の受講生は、20名から120名の間である。次のステップで居眠り学生撲滅対策を講じた。

1)学生の座席を固定する  受講者の人数にもよるが、私はすべての授業で、3〜6名のグループを作り、座席を固定した。座席は、すべて抽選で、友人同士、知りあい同士が同じグループに入らないようにした。男女の偏りがある場合は、バランスが取れるようにしたが、男子学生3割、女子学生7割の比率であったので、偏りが生ずることは仕方がなかった。常に座席表をつくり、こちらからグループ名と学生の名前を把握できるようにした。

2)質問させるようにする  前述のように学生はほとんど質問をしないので、こちらから質問させるようなメカニズム作りを行った。具体的には、授業前に最低3つの質問を準備しておくようにと伝えた。他の学生が同じ質問をする可能性を考慮して、3つにしたものである。そして、質問をする学生には、名前を言ってもらい、インセンテイブを与えるようにした。また質問が出ない場合は、私から各グループや各学生を直接指名し質問をさせるようにした。居眠りをしている学生に対しては、名前を呼び、近くに座っている学生に起こしてもらうことにした。

3)当日の講義メモを提出させる  学生の出席管理を行う場合、出席点検器具を使用したり、名前を呼んだりする方法があるが、私は、当日の講義について考えたこと、学んだこと、感想をメモとして提出してもらい、それを出席記録とする方法をとった。教科書を使用せず、授業前に当日の資料を配布するという形式をとっていたが、学生の中には要領よく、その資料をそのまま写す者が続出したので、自分の考えを記入していない場合は評価しないこと、メモ用紙の75%〜80%が埋まっていなければ、減点することにした。この方法によって、居眠り学生は、大いに減少した。

4)グループで調査をさせる  ラテンアメリカの一般情報を自分たちで調査してもらうために、ブラジル、メキシコ、アルゼンチン等、20数か国を選び、記入項目をブランクにした表をこちらで作成し、人口、面積、政治制度、経済指標(GDP総額、一人当たり)、主要産業、貿易、日本との経済関係、有名人、観光地等々を調査し、ブランクを埋めていくというものである。最初の5分で調査授業の主旨を説明し、その後、受講生は、グループ毎に、図書館やコンピュータルームに行き、調査し、授業終了5分前に教室に戻ってもらうという方法である。事前に、外務省やジェトロ、JICAなどのホームページの使い方を教える。最初は、グループのチームワークが悪く、予定の半分くらいしか調査ができないグループがほとんどであるが、3回目くらいになるとほとんどのグループが、90%から100%まで埋めてくる。グループ毎の調査達成率をクラスで発表し、お互いに競争させることも行った。この方法によって、チームワークの必要性と、調査をする手法を学んでもらった。   (次号に続く)

執筆:2017年5月

写真1 ラテンアメリカリレー講義 トーレス・前チリ大使の講義
写真2 講義風景


新連載 桜井悌司さんの『ブラジルを理解するために』(その33)
連載エッセイ33
私のラテンアメリカ教授法 その2
執筆:桜井悌司(日本ブラジル中央協会常務理事、元関西外国語大学教授)

4.大学生にラテンアメリカをより良く理解させるには
  大学生活を数年経験している内に、どうすれば、学生にラテンアメリカを理解させることが出来るかを考えるようになった。真面目な講義や難しい講義をしても、なかなかついて来てもらえないことがわかってきた。そこで、種々の方法を試行錯誤で行ってみた。

1)オーデイオビジュアル手法を活用する
 私の下手な講義より、各種ビデオやDVDを活用することにより、記憶と理解が深まる。とりわけ、短い場合は、5分から10分間、ビデオ、DVD、CDを流す。例えば、リオのカーニバルを流して、カーニバルのルールや見方を説明する。エクアドルの赤道直下の北半球と南半球でおこる水流の方向の違い、パナマ運河のメカニズム、タンゴ、サンバ、ボッサノヴァ、メキシコ音楽、キューバ音楽を聞かせる、世界遺産のDVDを見せる等々は効果的であった。30分とか40分の長いビデオの場合は、鑑賞後、感想文を書かせ、居眠りしていることがすぐにわかるようにした。怠りなく何年もダビングしてきたことが役立った。

2)極力参加させるようにする
 次に考えたのは、どうすれば、学生に授業に参加してもらえるかということであった。学生は、先生が一方的に講義をしても、ほとんど頭に入っていない感じがした。そこで、受講生に、考えさせ、調査させ、質問させ、プレゼンテーションをさせることによって、学生の参加を促すことができるのではないかと気が付いた。そこで、上記のようにグループと座席を固定していたので、グループ別のプレゼンをさせることにした。半期15コマのコースの場合は、1回、半期30コマで大人数の場合は、2回、少人数(40名以下)の場合は、3回させることにした。以下、その方法を紹介する。

@ プレゼンテーションが1回の場合
国別プレゼンテーションを行う。受講者数にもよるが、3〜6名からなるグループ
にプレゼン日と国名を抽選する。学生には国を選ばせないことが重要である。なぜなら、自由にさせると好きな国を選ぶからである。国名は、ブラジル、メキシコ、コロンビア、アルゼンチン等々、原則10か国から12カ国を選ぶ。グループAは、例えば、チリ、○月X日の1番目というように抽選で決定する。留意事項は下記の通りである。
*プレゼンの持ち時間は20分とする。パワーポイントを使用する。
*プレゼンの内容の中で必ず含めなければならない項目を伝える。理由は、学生に
任せると、世界遺産やお祭り等自分たちの好きなテーマや簡単な項目を選択する
からである。私は、国の基本的な政治・経済・社会・歴史といった情報と日本と
の関係は、必ず含めること。後は自由とした。
*十分な調査時間が取れるように、1か月半から2か月前に、プレゼンの時期を伝
えることとした。そして、私が昔、万国博覧会等でマスターした工程管理の方法
を学生に教授した。
*調査に当たっての、情報源、例えば、外務省、ジェトロ、JICA、各国大使館等に
ついても情報提供を行った。
*プレゼンは、全くその国を知らない他の学生にわかりやすく説明することを義務
付けた。

A プレゼンテーションが2回の場合
国別プレゼンテーションで、ある程度の国別の情報を入手しているので、テーマ
別のプレゼンを行うことにした。方法もいくつかある。例えば、経済、産業、貿
易、政治、教育、貧困問題、社会、文化等々である。ここでも観光、世界遺産は
原則取り上げなかった。テーマの決定は、各グループに任せ、同じテーマは認め
ず、先着順で決定していった。もう一つの方法は、旧大陸からもたらされた農産
物、例えば、とうもろこし、トマト、かぼちゃ、じゃがいも、カカオ、たばこな
どを同じく抽選で、産物とプレゼンの日を選ばせる方法をとった。それぞれの作
物が旧大陸からどのように新大陸にもたらされ普及したかを説明させた。やり方
は、1)とほぼ同様である。

B プレゼンテーションが3回の場合
前述のように、30回授業で、少人数の場合にのみ行った。2回のプレゼンでパ
ワーポイントを作る技術や上手なプレゼンの方法をある程度マスターしているの
で、個人プレゼンとした。留意事項は下記の通り。
*プレゼンの持ち時間は5分とする。
*プレゼンの月日は抽選で決める。
* テーマは、全く自由とし、先着順に受付け、テーマのダブりは避けるようにした。それでも結構ダブリがあった。

C 他のグループのプレゼンを真剣に聞くための工夫
プレゼンをしている学生グループは真剣であるが、聞く方の学生は、集中して聞
かないことが往々にして起こりがちである。そこで、下記の方法を実践した。
*私の方で、プレゼン評価表を作成した。A4用紙に、学生の氏名、グループ番号、プレゼンするグループ番号、採点(5点満点)、総合評価、内容、プレゼンの技術・うまさ、チームワーク等を記入してもらい、評価表を出席簿とした。評価表をみると、学生の集中度が一目瞭然でわかるようにした。
*質疑応答時間を設ける
プレゼン終了後、各グループから質問させるようにした。質問は、各自2〜3
を用意するように指示した。恥ずかしがって質問をしない場合は、そのグルー
プの構成している学生を指名して質問させるようにした。これによって、プレ
ゼン・グループは、質問に対して、回答しなければならないので徐々に、質問
を想定するようになった。また質問側のグループや学生も徐々に質問力をつけ
てきた。

5.その結果は?
 1)最終授業でのアンケート調査にみる評価
各大学には、学期末に学生による評価がある。学生は匿名で大学が用意したアンケートにしたがって、記入し大学当局が集計し、各先生にフィードバックするシステムである。評価は常に大切であるが、このシステムには問題が多い。学生は匿名なので、かなりいい加減に回答する傾向にあること、また大学が用意するアンケート票もあいまいな質問が多い。私のように任期が決まっておれば、学生による評価が悪い場合でも、それほど気にすることはないが、将来の昇進に関わってくる講師や准教授は大変である。最初の年に1年生にスペイン語演習を教えたが、24名のクラスの2人から先生を変えて欲しいという評価がなされた。その後2人が1人になり、2年目からは、変えて欲しいという学生はゼロになった。少しずつ教授法が上達したと見える。
ラテンアメリカ関連の授業については、上記のような方式を2005年くらいから始めてみた。最初は試行錯誤であったが、PDCAサイクルを駆使し、少しずつ改善していった。2014年度の秋季授業については、大学の評価とは別に、私が目標とした項目の達成度を測るために、12月の最終授業でアンケートを行った。出席簿にするので当然記名式であったが、下記のような結果になった。
 2014年秋季授業は、4クラスであった。スペイン語学科1年生対象の「現代ラテンアメリカ」が2クラス、必須科目で、週1回の15コマで学生数は、22名と23名、スペイン語学科・英語学科1年生対象の「ラテンアメリカ学」が、選択科目、週2回、30コマで、学生数は、48名、スペイン語学科・英語学科の全学年対象の「ラテンアメリカ文化論」が選択科目で、週2回、30コマで学生数は、129名であった。
 平均授業出席率は、上記4クラスの平均が、90.6%で各質問に対し、肯定的に回答したパーセンテージは、下記の通りである。
「質問1」 ラテンアメリカについて基本的な知識がつきましたか?  98%
「質問2」 考える力がつきましたか?               95%
「質問3」 調べる力がつきましたか?               98%
「質問4」 協力して仕事を進める力がつきましたか?        97%
「質問5」 行動する力がつきましたか?              92%
「質問6」 プレゼンテーション力がつきましたか?         99%

私も、大学での最終講義時であることもあり、@学生が少し遠慮して評価してくれた、A記名式アンケートなので学生の方で悪く書くと評価に左右されると考えた、Bたまたま、学生との相性の良いクラスであった等が考えられるが、正直できすぎの結果であった。しかし、大学当局による匿名の学期末の私に対する評価は、私が期待したほどではなかった。

2)学生の関心をスペインからラテンアメリカにシフトさせる
関西外国語大学の強みの一つは、全世界の400にも及ぶ大学間の交換留学ネットワークである。世の中では、日本人学生の留学希望者が減少していると報道されているが、むしろ、当大学では、増加する傾向にあった。たまたま、私は留学委員であったので、留学の重要性を訴えた。そのために、職員と学生の協力を得て、「スペイン、ラテンアメリカに留学する関西外国語大学の学生のための留学マニュアル」を作成した。その中には、@何のために留学するのか。A留学試験の準備、B合格してから留学までに行うこと、C留学中に心得るべきこと、D帰国後の勉強と就活対策である。第1稿を2013年春、第2稿を2014年秋に作成した。
それら一連努力の結果、スペインとラテンアメリカ留学者数は、2008年度、には、スペイン、16名、ラテンアメリカ、5名であったのが、2011年度には、スペイン、17名、ラテンアメリカ、23名、2013年度には、スペイン、22名、ラテンアメリカ、29名となった。                        

(2017年5月執筆)

写真1 ラテンアメリカリレー講義 カプニャイ・前ペルー大使の講義
写真2 ラテンアメリカリレー講義 カバーニャス・前メキシコ大使の講義



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