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笠戸丸賞受賞記念記録を残して置きます。
日本移民110周年を記念して最初の移民船、笠戸丸を顕彰した笠戸丸賞が110人の個人(故人を含む)と団体に贈られました。8月24日にサンパウロの文協大講堂で900人のブラジル全国から集まった関係者参加の下に授賞式が行われ6組に分かれてて登壇し一人一人にコメンダ笠戸丸が手渡されました。一移住者として110年の移民史の半分と1年に当たる56年をこのブラジルに生きて来た者として将に生きた証とも云える笠戸丸賞の受賞は、大変嬉しいです。素直に喜びたいと思います。BLOGから拾った皆さんのお祝いの言葉、コメントを残して置くことにします。写真は、笠戸丸賞です。


コメンダ笠戸丸表彰候補者として和田好司を南日伯援護協会より推薦する。 援協会長 谷口 浩
自作、自演の様で恐縮ですが、援協ニュースにお知らせとして掲載する資料作成に必要なのでどのような理由で推薦書を谷口会長が出されたのか知りたいとの援協ニュース編集員の渡邊優紀さんからの依頼を受けて谷口会長が出された候補推薦書のコピーを下記して置きます。
和田 好司 推薦理由(Meritos)
1南伯日本商工会議所を通じての地域社会への貢献
1974年9月26日ポルトアレグレ日本国総領事館の西川総領事が日本から進出してきている日本企業の派遣社員間の連絡網を確立する必要性を感じ進出企業10社の主管者を集めて会合を持った日を南伯日本商工会議所の前身として三水会と命名された月に一度の昼食会を通じて総領事館と企業間の連絡を密にした日を当州における日本商工会議所の始まりと位置付けている。
1983年3月27日に三水会の100回目の昼食会を記念して倉敷紡績のサプカイヤ工場内に記念碑を設置今も工場敷地内に現存する。
1984年9月に三水会10周年記念式典を開催、『10年のあゆみ』という小冊誌を発行する。
1989年にこの三水会と地元企業の親睦会が合同して三菱重工の現地会社CIVEL社の土屋省一社長を初代会頭に選び南伯日本商工会議所が設立される。当時丸紅ブラジル会社のポルトアレグレ出張所の所長をしていた和田は、新設された南伯日本商工会議所の専務理事として土屋会頭を補佐する。
土屋会頭のゴルフ場での心臓発作による急死に伴い倉敷の片山副会頭が会期を全うし翌1993年より和田が会頭職を引き継ぎ1994年には、全伯各地の日本商工会議所の代表者会議をポルトアレグレで開催、メルコスール(南米南部共同市場)セミナーを開催する。その後も後任会頭を補佐していたが、会議所会頭は、日本企業の代表者にお願いすべきであるとの考えから倉敷紡績の白井会頭、フジクラケーブルの重年会頭の後、予定していた三菱電機の大家会頭候補が、エレベータ工場の売却、完全撤退により駐在員7名が帰国され次期会頭が不在となり2017年12月の総会で1期3年の任期条件で2020年末まで23年振りに会頭に就任、地元企業の若い起業家へのバトンタッチの道を開く重責を担っている。前身の三水会創立から数えると40数年南伯日本商工会議所を通じて日伯交流、地元コロニアに貢献している。
2 日本ブラジル交流協会南部2州担当地方理事としての貢献
1981年に日本ブラジル交流協会は、第一期生として13人の研修生をブラジルに送りましたがその内の二人をポルトアレグレで引き受けスポーツクラブ インテルナシオナルと三水会で1年間研修しました。交流協会の研修制度は、24年間の長きに渡り日本の若者を日本とブラジルの懸け橋として育て2005年まで続き合計748人の研修生をブラジルに送り込みその内の10%に当たる70数人を南部2州で研修先を見付けお世話をさせて頂きました。入国査証を得るのが難しくなり現在では研修生OBが中心となり軸足をブラジルに移しブラジル日本交流協会として現在も活動を続けています。 
3 あるぜんちな丸第12次航(1962年5月11日サントス着)同船者会としてのホームページ、BLOG、メーリングリストを通じての交流を通じての貢献。
着伯40周年の集いを2002年5月にサンパウロで開催、私たちの40年!!というホームページを開設、現在492万回のアクセスを記録している。
https://40anos.nikkeybrasil.com.br/jp/index.php
その後、45周年記念の集い(2007年5月)、50周年記念の集い(2012年5月)を開催、先に逝った同船者を偲ぶ会を開催しており今後、『あるぜんちな丸有難う!!』の1万人以上の移住者を南米に運んだあるぜんちな丸乗船客、及び戦後移住者全てでの同船者会、同胞会を開催したいと願っている。関係BLOG(50万回のアクセスを記録)、メーリングリストで世界の皆さん346名のメンバーと毎日交信している。
4 ポルトアレグレ日本祭り実行委員会創立メンバーとして地元総力を挙げての日本祭り開催に協力している。
2012年に始まった日本祭りの実行委員会の創立メンバーとして南伯日本商工会議所を通じて協賛金集め、日本からの出演者とのコンタクト等をお手伝いしている。第6回日本祭りでは、ポルトアレグレ市の姉妹都市金沢市の兼六園のことじ灯篭のレプリカを市内風車小屋公園に設置、15名の慶祝団をお迎えした。
5 金沢友の会監事として姉妹都市の金沢市との交流の橋渡しをしている。
1963年9月17日に石川県の珠洲市とRS州のペロッタス市が日伯姉妹都市第1号として締結され県庁所在地の金沢市と州都ポルトアレグレが1967年3月20日にブラジルで3番目に古い姉妹都市提携を結び昨年で50周年を迎えるに当り友好のシンボルとして金沢市より兼六園のことじ灯篭がポルトアレグレ市民に贈られ風車小屋公園に設置された。ポルトアレグレ市役所と金沢市の国際交流課との橋渡しを会議所としてお手伝いしており自然の成り行きとして金沢友の会が生まれ監査役を引き受けている。毎年金沢市に短期研修生(3週間前後)を派遣、交流を続けている。
6 1974年末にRS州カトリック大学法学部(PUCRS)を卒業翌年RS州弁護士協会に日本人として初めて登録され(登録番号OAB/RS 8088)当時の南日伯援護協会宮崎公明会長から援護協会の法律相談役として乞われ就任今日に至る。
以上本人、和田 好司記載内容を検証、事実関係を確認し相違ないことを認め私、南日伯援護協会会長として谷口 浩が署名、コメンダ笠戸丸の候補者として推薦する。
ポルトアレグレ、2018年5月14日
谷口 浩

富田:和田好司さん、この度はブラジル日本人移住110周年を記念した、「笠戸丸表彰」の栄に浴されたとのこと、誠におめでとうございます。
同学の一人として、また海外移住研究会の仲間として、おめでとう、Felicidades!とお祝い申し上げます。
和田さんは日系社会の発展と日伯両国の関係強化に於ける永年の功績が評価された、と聞き及んでいます。
そして、うれしいことに、和田さんとともに、ブラジル稲門会会長・相田祐弘先輩、故谷広海さんの三人がそろい踏みで受賞されたことを知り、重ねてお祝い申し上げます。
今頃、和田さんは恵子夫人をはじめとする、和田一家の皆さんに囲まれて、「幸せ」を噛みしめていることでしょう。此の度は誠におめでとうございました。

和田:富田さん お祝いのメール有難う御座います。今回の笠戸丸顕彰は、ブラジルに来てから56年の生活が対象ですが、富田さんのメールでそれ以前の早稲田の青春時代、早稲田の移住研究会の存在を思い出させて呉れました。思えば港神戸に育ち戦後移住が再開され確か中学2年生の時社会科担当の女性の先生(名前を失念)に連れられて移住船でブラジルに渡る移住者のテープ拾いに行ったのがブラジルとの最初の繋がりでした。早稲田で移住研究会があるのを早稲田祭見付け谷君を誘って入部、ブラジルが身近になり何と谷君の家族全員が同じあるぜんちな丸の第12次航での移住を決行した同船者になって終いました。
谷君は、交通事故で早世してしまいましたが、ブラジルに残された家族が育ちブラジル社会で活躍して居り今回一緒に顕彰されることになり相田先輩と共に早稲田OBの揃い踏みになりました。色々繋がっておりその繋がりに人生の妙を感じます。友人とは、良きに付け悪しきに付け影響し合える者でなければ友達と云えないと云うのが私の持論ですが、将に家族まで播き込んでブラジルまで移住して来た谷君は、真の友達だったと云えます。惜しい男を亡くしたものです。人を集めるのが好きだった谷君の意を継ぎ、奥様、長男のアキラ君ご夫妻が相田さんにお世話になり盛大な祝賀の苑を計画しており谷も喜んで呉れるものと思います。富田先輩にも出席して貰いたい所ですが、弟さんの博義さんに慎三さんの分も代表して貰います。
有難う。

和田さん、恵子さん 井川です
「笠戸丸表彰」おめでとうございます! 『50年』の仲間として、また『学移連』の仲間の一人として、たいへん嬉しく、また誇らしく思います。特に志半ばで世を去られた
谷さんにまたスポットが当たった点が、非常に有難い気がします。先日千葉の坂本さんと電話で喜びを語り合いました。近近何処かで会って祝杯をあげることにしました。

和田:井川さん 有難う。50年!!だけでなしに日本学生移住連盟もありましたね。井川さんには、花咲爺の会の会長として大変ご尽力頂いており感謝しています。これからもブラジルの国花イペーの花を日本に咲かせるキャンペンを宜しくお願いします。
次回訪日時には、是非一献傾けましょう。楽しみにしています。

布川:和田様 ご無沙汰しております。お元気でご活躍中の由何よりです。この度は名誉有る110年賞受賞おめでとうございます。㊗️🍾🎊🎉🍷🍺
貴殿の永年に渡るブラジル日系人への貢献が認められたものと思います。これからも益々お元気でご活躍される事お祈りしてます。

和田:布川さん 嬉しいですね。アメリカでも50年!!メンバーとしてFLWして頂いて居るとは!!??
テリーさんとは、丸紅勤務中のノーボハンブルグの婦人靴のアメリカ向け輸出の仕事をしている頃のお付き合いですからもう25年も前のお付き合いになりますかね。テリーさんはまだ靴の仕事をされているのですか?
当時一緒だった安城さんは、現在は大阪で住職としてお坊さんを遣っておられます。過日お寺を訪問させて頂きました。共同墓地に当たる永代供養が出来る施設を開発頑張っておられました。

和田さん 岡山の賀多井です。
この度は笠戸丸 渡伯110年記念の栄えある顕彰の受賞、心からお祝い申し上げます。 誠におめでとうございます
和田さんの永年の地道な日伯交流の貢献と奥様の内助の功が、高く評価された結果だと思います。
これからも健康に留意されまして、益々のご活動とご活躍をお祈りしております。

和田:賀多井 さん 有難う。訪日の度に岡山を訪ね交流させて頂いていますが、現在リオの山下君(神戸高校10回生)が実家に戻りご母堂の世話をしておられ次回訪日時にまだ彼が日本に居れば岡山に行って見る積りにしています。賀多井さんにもまたお会いできるのではないかと思います。今後とも宜しく。。。


和田明日の笠戸丸賞授賞式に出席するためにサンパウロに来ています。
和田無事にニッケイパレスに着きました。昼食をニッケイパレスの地下食堂で頂き、連日の疲れが出たのか、孫の子守より開放された性か恵子は昼寝中です。
サンパウロはもう夏ですね。飛行場から東洋人街迄来る間に見た温度計は、29度になっていました。冬支度のポルトアレグレから出て来ておじんパッチを脱ぎ、長袖のシャツを脱ぎランニングシャツを持って来ていなかったので夏服のポロシャツ1枚で過ごしています。
下の受付から電話が入り園田さんが来ているとの知らせが入り恵子を寝かして置いたまま降りて挨拶を交わしました。今まで援護協会の理事会があったとの事で祝賀会に行けないのでおめでとうだけは伝えて置きたいと来て呉れました。ニッケイパレスのロビーに置いてあった110周年記念の人形の前で撮った写真を証拠として50年‼BLOGに掲載して置くようにとの伝言を残して行きました。園田さん有難う。
恵子が起きたらダイソウに墨汁と半紙があるかどうか歩いて出掛ける事にしています。9月にはまた書道愛好者展があるので出て来るのでそれ程買い物は必要なさそうでのんびりする予定です。
恵子が昼寝から目覚めたので4時過ぎからダイソウ迄歩いて行き、墨汁、半紙、折り紙、千代紙、子供用のひらかな勉強帖等色々買い込みホテルに戻り夕食は、6時過ぎにまだ列が無く座れたのであすかのラーメンンと餃子で簡単に済ませ早くからぴじゃまに着かえて桜餅を食べたりのんびりしています。
写真を貼り付けて置きます。

岡本:明日8月24日にブラジル日本移民110周年記念祭典委員会による
「笠度丸表彰」が行われます。
この式典では日系社会の発展や日伯両国の関係強化において顕著な貢献をした
110の 個人と団体 が表彰されます。
この中には、早稲田OBの下記三人の方が含まれており、
同学の一人としてお祝い申しあげます (岡本)
• 相田祐弘 (子供の園 推薦)
• 谷 広海 (日本語普及センター 推薦)故人
• 和田好司 (南伯日本商工会議所 推薦)
関連記事は下記ニッケイ新聞記事を参照下さい。
www.nikkeyshimbun.jp/2018/180809-61colonia.html">https://www.nikkeyshimbun.jp/2018/180809-61colonia.html

和田:岡本さん 皆さんへのお知らせ有難う。稲門から3人が選ばれ、日本人がブラジルに移住して来たブラジルの日本人移住史の半分以上を生きて来た我々は、移住者側から110年の歴史にちなみ110人の個人、団体から選ばれたました。日本政府から頂く勲章、大臣賞等とは違う移住者としての栄誉であり有難く頂き喜びを分かち合おうと相田さんにお世話を掛け3人で明日の夜早稲田の仲間を中心に集まって頂き祝賀会をニッケイパレスで行います。予備校の早稲田ゼミナールから一緒だった不慮の死を遂げた谷君の家族も一緒で嬉しいです。
しっかりした推薦母体があれば、日本学生海外移住連盟もサンパウロ新聞鈴木社長が連載しておられる学移連の歴史は、この笠戸丸賞に値する団体だったと思うのですが。。。
貴兄記載の推薦団体ですが、正式には相田さんは、救済会で憩いの園の運営に長年携わっておられました。私は、現在78歳で南伯日本商工会議所の会頭を遣っていますが、推薦団体は、南日伯援護協会です。訂正させて頂きます。
暖かいエールを長年ブラジル稲門会会長をしておられた相田先輩、早稲田の海外移住研究会仲間の旧友谷君と共に有難く嬉しく受けさせて頂きます。ブラジルに移住し頑張って来た生きた証になるでしょう。有難う!

加藤仁紀/早大移住研OB、ONG TRABRAS
和田好司様
ご無沙汰しております。この度は「笠戸丸表彰」受賞おめでとうございます。永年のご尽力が報われ、心からお祝い申し上げます。
相田さんは、当方の相談役で、故谷さんは顧問でした(東京品川のホテルでお会いし、顧問就任をお引き受けいただき、帰国直後に交通事故に遭遇)。皆さまの移住地でのご立派な活動に日頃感銘を受けておりました。先の移民110周年記念事業も成功裏に終わり日系社会の発展ぶりが伺えますが、120周年以降も変わらぬ発展を祈念します。ますますお元気で今後も日系社会をリードされるよう期待します。
取り急ぎお祝い言上まで。

和田:加藤仁紀/早大移住研OB、ONG TRABRAS 様
加藤君 有難う。相田さん、谷君所にも届くように50年‼にも流して置きます。田中君にも手伝って貰って貴兄が遣っておられるONG TRABRASの活動には、頭が下がります。日系の日本で働く人たちの問題を親身になって相談に乗り解決への道を指導しておられる仕事には、しっかりした推薦母体があれば笠戸丸賞の団体部門での受賞も可能だったと思います。日本に軸足を置く学移連、TRABRAS、無くなってしまった日本ブラジル交流協会等も日本移民110周年の団体の部で思い出されても良い価値ある活動を続けて来た事からしっかりとした推薦団体があれば必ずや選ばれていたと思うとその手続きを怠ったことが悔やまれます。今後とも日伯の懸け橋としてのONG TRABRASの活躍を期待しています。有難う御座います。

松田潤治郎:和田好司様 ブラジル日本移民110周年記念、笠戸丸表彰の受章、おめでとうございます。
日系社会の発展や日伯両国の関係強化に、貴兄のこれまでのご活動やご尽力されてこられたこと、ご貢献が、このたびの受章となり、心からお祝い申し上げます。ますますのご活躍とご健康を、お祈り申し上げます。

和田:松田さん お便り有難う。貴兄とは、東京都の農業従事証明書を貰うために保谷の酪農農家に住み込んで牛の乳しぼりをしている頃に牧童夫婦が休暇を取るとの事で手伝いに来て貰い朝早くから一緒に牛の乳絞りを遣った頃からのお付き合いでもう60年近く前の話になりますね。よくもまあここまで生かして貰ったものです。一移住者として笠戸丸賞の受賞は、生きて来た証として素直に喜んでいます。牛の乳絞りを一緒に遣っていた頃からの長いご厚誼に感謝しています。現在も横浜のJICA移住センターでのご活躍、学移連OB会会長としてのご活躍、高く評価しています。これからも宜しくお願いします。
人を集めるのが好きだった谷君も一緒に今日午後の受賞式、夜の祝賀会にも空の上から参加して呉れる事でしょう。彼の豪快な笑い声が聞こえて来るようです。早稲田ゼミナールの予備校からの付き合い早世が惜しまれます。
お互いに生かされている間は、世の為、人の為頑張りましょう!

谷口:和田さん おめでとう御座います!!!
サンパウロに行けなくてすみません。
"笠戸丸表彰受賞" たっぷり味わって下さい!!!

和田:谷口 浩 南日伯援護協会 会長殿
推薦団体大表として参加頂きたかったんですが、日本祭りの締めを月曜日までに終了させるために実行員会の皆さんが後片付けに大童の時にポルトアレグレを抜け出しサンパウロに来て久し振りにホテルでPCにしがみ付いています。恵子も昨日は昼寝を楽しんでいました。今回の受賞は、南伯の指導的な歴史のある南日伯援護協会の谷口会長が推薦して呉れたので頂けたもので感謝しています。南伯のコロニアの皆さんの後押しがあっての受賞と捉えており皆さんんと共にこの受賞を分かち合いたいと思います。今後とも、南伯日本商工会議所、援協、文協、婦人会、青年会の皆さんと第8回日本祭り以後への協力をして行きたいと思います。宜しくお願いします。

藤沢:いよいよ表彰式、わたしも今日の日を待っていました。
仲間内から名誉ある表彰者が出るのは何とも嬉しいです。

和田:藤沢さん エールを有難う。折角なので日本食を買いに行って来ました。昆布だし、いりこ(洋君が好き)、カレーのルー、ブエノとマルカイに行くと何でも揃います。9月にはブラジル書道愛好者展があるのでそれ程、買い出しの必要もなく、買い物は済ませました。授賞式は、2時からですので準備をして早めに行く事にします。
地元からのエール大変嬉しいです。藤沢さん有難う。

笠戸丸賞授与式が無事終了しました。
本日午後2時からの笠戸丸賞授与式は、30分遅れて始まり1時間半かけて110名にコメンダ 笠戸丸を6人の方から順次手渡されました。4時から大サロンでカクテルパーテイーが行われ、6時半からは、ニッケイパレスホテルの中二階で46名の参加の稲門会の皆さん、関係者が集まり祝賀会が行われました。先ず授与式の様子を写真で紹介して置きます。

和田:サンパウロに御住みの50年!!メンバーの皆さんへ
和田午後1時55分の飛行機でポルトアレグレに戻りますが、今日11時半から12時半までニッケイパレスの地下食堂で昼食予定です。土曜日ですが、買い物等を兼ねてジャパンリベルダーデ界隈に出て来られる用事がお有りの方は、是非昼食にホテル地下レストランに顔を出して貰えると嬉しいです。夕刻のフライトだと思って居たら12時半には飛行場に行く必要が有りゆっくりお話もできない慌ただしい昼食になりますが、機会がありましたら顔を出して頂ければ嬉しいです。私たちが立つまでに(12時半)到着された方の昼食は当方でお支払いさせて頂きます。
当初、来られると云っておられら砂古さん、駒形さんには、昨夜ご一緒頂いているので来られないとの事で現在の所、確認頂いている方は、ゼロですが、ご都合の着く方は、是非いらして下さい。11時には、チエックアウトしますので11時から12時半までとさせて頂きます。

谷口: 👏👏👏👏👏👏👏👏👏 おめでとう! 谷口 浩

浅海: 和田好司殿 和田さん、おめでとう。南伯の商工界で気を吐いておられる
貴兄に敬意を表し、祝意を表します。岡本さん初め、早稲田の皆さんには世話になって居ります。今後も健康に留意し頑張って下さい。尚、ポルトアレグレ市在住の森口幸雄医師夫妻に会われたら宜しくお伝え下さい。元気に。
浅海護也拝 モジにて

和田:浅海 さん エールを有難う。モジからは、同窓の秋吉さんご夫妻が、ニッケイパレスに泊りがけで昨夜の祝賀会に来て呉れました。
森口先生は、93歳になられましたがお元気にしておられます。お会いしたら伝言を伝えて置きます。時代は変わり現在はご子息のエミリオ森口先生が巡回診療を担当して居られお嬢さんが現在医学部で勉強して居られ細江ドクターから数えると親子4代に渡り日系コロニアに医学を通じて貢献しておられることになります。エミリオ先生のお爺さんが、アマゾンのシュバエツアーと云われた細江ドクターです。
その内何処かでお会いしたいですね。有難う。

斎藤:和田さん。心より、おめでとうございます、これからもご活躍期待してます。
和田:ハンク斎藤さん トロントよりのお祝いの言葉有難う。生かされている限り頑張ります。またどこかでお会いしましょう。

昨夜の早稲田を中心とした祝賀会に砂古さん御夫妻も参加されこんな砂古作品を頂きました。
早稲田OBの相田先輩、僚友谷君と3人が笠戸丸賞を受賞し3人で早稲田のOB及び関係者をお呼びして祝賀会を持ちました。恵子の書道関係者として砂古さんご夫妻も参加して下さり、下記の砂古画伯の作品の絵葉書大の作品にコメントを付けた心の籠ったお祝いを頂きましたのでご紹介して置きます。
最後の1枚は、出席者一同が祝辞を書き込んだ寄せ書きです。

和田 様
笠戸丸110周年記念受賞オメデトウございます。
南伯商工会議所、援協、文協、日本祭り、金沢市、W-50の管理、花咲爺などなど。。。。あらゆる分野の社会サービスに盡され、今回の受賞は、和田さんに大変相応しいものと存じます。
その光栄ある祝賀会に吾々夫婦をお招き頂き、大変嬉しく光栄に存じます。有難う御座います。今後のご健勝を祈願致します。
2018年8月24日 砂古 友久 和子


県連の伊東さんが綬賞式の写真と早稲田を中心とした祝賀会で撮って呉れ貴重な写真を送って呉れました。

県連の事務局長として活躍されておられる伊東さんは、県連のふるさと巡り他、大事な行事には、カメラをぶら下げて名カメラマン振りを発揮しておられますが、今回も重賞式の写真と共に夜の祝賀会の写真も含めて沢山送って呉れました。オンパレードとして何とか総てを掲載TRYして見ます。伊東さん貴重な写真を沢山有難う。間違いなく谷君も遺影と共に一緒に早稲田の第2校歌、尾崎士郎の人生劇場を歌っていたと感じました。本当に有難う。長老格になって来た富田博義元学移連会長も乾杯の音頭を取って呉れ花束を贈られご機嫌の皆さんの写真もあり本当に有難う。又来連の4月の県連主催のふるさと巡り、アメリカ、カリホルニア移民の遺跡訪問の旅、9月のアマゾン移民90周年記念等にもご一緒させて頂ければと願っています。有難う御座いました。

和田無事ポルトアレグレに戻って来ました。ニッケイパレスホテルロービーで12時まで何方かが昼食に来られるかお待ちしていましたが、何方も来られなかったので飛行場に向かいました。少し早く飛行場に着き、1時55分発のGOL便で戻って来ました。
9月には、恵子のブラジル書道愛好者展参加の為にサンパウロに出向きますが、それまではポルトアレグレでせっせと歩きたいと思っています。この所、思うように歩く時間が取れず苦戦中です。撮った写真の整理もしなければいけないし。。。結構忙しいです。先ずは安着お知らせまで。。。

サンパウロ新聞の有馬亜季子さんも綬賞式の写真と早稲田を中心とした祝賀会で撮って呉れ貴重な写真を送って呉れました。
こんにちは、サンパウロ新聞の有馬です。
先日は少しのお手伝いでしたが、笠戸丸賞受賞のお祝いの席に参加させて
いただきありがとうございました。
後輩として、とても嬉しかったです。
撮影した写真をお送りしていなかったので、お送りいたします。
なお、容量が重くGoogleドライブのリンクを貼っているので、もし見れな
いようでしたらおっしゃってください。
今後とも、どうぞよろしくお願い致します。
サンパウロ新聞
有馬亜季子



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