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麻生悌三のブラジル不思議発見 57 ≪古代モホス文明―その2とSC州ラグーナのイルカの協力のボラ漁≫
麻生さんのブラジル不思議発見10月号は、前回の続き古代モホス文明その2とSC州ラグーナのイルカの協力のボラ漁です。
モホス文明のロマと呼ばれる盛り土等を直線で陸橋を建設しているのは、宇宙船の滑走路として建設したものではないかとの大きなロマンを持つ憶測を披露している。何時も麻生さんの不思議発見には、ある種の驚きとロマンを感じる。年内は、話題を準備しているとの事ですが、出来るだけ長く続いて貰いたいものです。
サンタカタリーナ州のラグーナのボラ漁を手伝うイルカの話は、サンタカタリーナ州と南大河州の州境のマンピツーバと云う川に掛かった木の橋の上からとか突き出した防波堤の上からボートと呼ばれるイルカが追い立てるボラの大群に投網を投げる漁師の姿を何時も感心して眺める機会があり楽しい話です。写真は、このイルカの写真を使うことにしました。麻生さん有難う。


ブラジル不思議発見 ― 57  古代モホス文明 その2とSC州ラグーナのイルカの協力のボラ漁
モホス文明は、ペルーの地上絵が描かれた頃と、大体、同時期の文明である。
片方は空中でしか見れない絵、モホスは大水利工事の文明、類似性はないようだが、絵は幾何学的な直線である。ロマと呼ばれる盛り土島を直線で陸橋を建設して連結している。陸橋は直線を固執している.900km上空の人工衛星から、直線がはっきり見えるそうだ。宇宙船の滑走路として建設したものだとの憶測が消えない。ボリビア国ベニ州を中心とする、モホスは、スペイン人が来た折に16世紀終わりには、決して無人の野ではなかった。先住民族,モホ族、カユババ族、バクレ族が酋長の統率下、組織化された社会を構成されていた。 イエズス会修道士は予想外の文化の高さに内心、驚いた。モホス社会体を誰が建設したかは、在住種族だと思う。50万人以上と言われた人口は充分な労動力を供給出来たであろう。但し、一部の土木技術者は外部から来ていたかも知れない。特に、インカ時代でも、存在しなかった、鉄器が遺跡から発見されており、これは、外部からの移入品である。その技術者が2mを越す巨大人だったかも知れない。 当時、南米には60を越す種族がいたが、アラワラ族、ツピー族、ガラニー族の3言語を話す部族に統一されてきた。アラワラ族はカリブ海一帯に広がり、コロンブスが最初に会った原住民である。ツピー語族はブラジル一帯に広がり、ガラニー語は今でもパラガイの第二言語である。 スペイン人が到達する以前に、モホス文明と農業の生産体形は崩壊していた。1200年頃、大きな自然変動があり、洪水が荒れ狂い、住居のロマも、農業も出来なくなり、その地を放棄して、他所に移住したものと思われる。(その後、混乱が収まってから戻ってはいるが)ベニ州のリベルタ辺りでインカの要塞の跡が発見されている。1200−1300年頃の要塞である。モホスから撤退した種族がインカ圏に侵入を試みた形跡は否定できない。又、モホスの優れた農業技術がインカに移植され、影響を与えたのも事実だろう。モホス平原を旅たった一部の種族は、チチカカ湖に到達した。そこで、農業を展開した。そこでは今でも残る、灌漑水路、大規模耕作地の跡である。現地のチワナコ土器に、現地にいない、蛇、カエル。ワニ等が描かれ始めた。モホス文明がアンデス文明に影響を与えたのは事実である。
モホスの低湿地帯に無数の盛り土を行い、農業地帯を造成し、人口50万を超える農村地帯を造成した。しかし、人口が増加する毎に、村が都市化する事はなかった。世界の大河川の辺の文見は、都市を生みだしている。だが、アマゾンには、それが無かった。何故だろう。住民が、更に集団化して住むのに、不適格だった、からであろうか。農業生産が人口を養うだけ、増えないと、住民の移動が始まり、村が崩壊し、生産が他所に移転する。
不思議発見―31で一部重複 (参考文献。実松克義著 衝撃の古代アマゾン文明 講談社)

サンタカタリーナ州ラグーナのボラ漁

州都フロリアーノポリスから南に120km下った海岸端にラグーナと呼ばれる人口
4,5万の街がある。昔は古い漁村だったが、今は、夏のサーフィン、海水浴等で賑わっており、アルゼンチン辺りからも、客が押し寄せる。広い砂浜の小高い丘に、全長30mの白亜の灯台がそびえ、中々、趣のある海岸の景色だ。傍らにはLagoa Santoa Antonio
と呼ばれる、183km2の湖があり、Rio Tubaraoの河口を形成している。この近辺の海域には、ボラが多く、ボラが名物である。ボラは成長ごとに呼び名が変る出世漁で、関東ではマルタと呼ばれる、体長30cmぐらいの大きさの頃が味としては好まれる。淡水が海水に混じる、汽水域がある所を好み、時期になると大軍で移動する。ラグーナ市の街のシンボルはイルカであり、街人から、イルカは愛着を以って迎えられ、相当の歴史が人々との関係に、あることが伺われる。その位、昔から、町の人とイルカと親密な感情で結ばれているか定かではないが、およそ150年位い好関係にあるのではなかろうか。
夏場が時期だが、時期になると、大勢の漁師が投網を持って、岸辺に、立つ。ボラの群が接近してきたら、網を投げて群を捕捉するためだ。此処で奇妙な現象が見られる。なにやら、黒っぽい物体が、水中を自由自在に及び回りながら、ボラの群を漁師に向って追っているのだ。イルカの群に追われたボラは、逃げ場を探しながらも、投網の射程距離に接近する。そこを、担いだ網を振り回すように、投げ入れるのだ。こうした、単純な作業で、ひと夏で何千dものボラが漁獲される。こんな簡単で、能率的な作業なら、SC州の他の地域でも、やればよいものだが、どうも、ラグーナのイルカ以外、ボラの群を漁師に向っ手に追い込む等の芸当はやらないらしい。しからば、ラグーナのイルカだけが、自然発生的にボラの群を追う、猟犬のような仕種が、どうしてできるのか、まったく謎である。
又、数等のイルカが、その芸当を覚えたところで、技術や追い込みが、仲間に伝承され、毎年、漁師に伝わらなければ、伝統とは云えない。150年余りもラグーナに限って、続けており、何世代も、その技術が、イルカの間で伝承されているとは大したものだ。
イルカは猿、犬等に次いでIQが高いらしい。人間の3−5歳の幼児のIQがあるらしい。
教えれば、水族館内では、かなりの芸当も習得するらしい。アメリカ海軍はいイルカを訓練して、対潜水艦用の機雷を海底から、発見、取り除く訓練を始めたらしい。ラグ−ナのイルカのように、他に伝承する技術までイルカが潜在的に持っているなら、利用価値ももっと広がり、アメリカ海軍イルカ学校なんていう技能学校も夢ではなかろう。尚、余談だがイルカは鯨類で哺乳類である。胎児を産むし、子供は母乳で育てる。6千年前までは陸上生活動物で、カバに一番近かった由だ。
2018年10月1日  麻生



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