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『秋の道草』川越しゅくこさんの寄稿が届きました。
しゅくこさんの穴場とも云える小渕沢、清里の牧場については以前にも教えて貰っており今年の3月雪の残る清里の高原ホテルに1泊して山巓の美味しい空気を恵子と共に味わいしゅくこさんのお勧め場所を八ヶ岳の雄姿を眺めながら楽しみましたが、今年の夏の異常気象、地震、台風、豪雨の3ヶ月とその後の小渕沢、清里高原の乗馬、秋の道草、鹿との出会い、旧友との楽しいひと時を生き生きと描いた短編を送って呉れておりホームページに残して置くことにしました。
写真は、1枚しか掲載出来ないのでしゅくこさんの乗馬姿を使わせて貰いました。


和田さ〜ん、& みなさまへ
                   しゅくこです

訪日の日がちかづいてきましたね。おいそがしいことでしょう。 神戸は8-9人くらいのみなさんが参加されるようでたのしみにしています。

こちら三田は夜はストーブをつけたり、貼るカイロをつかったり、あの狂った夏の日々がうそのようです。

やっと 7月の避難所経験から、9月の友人と旅をした日までのことを短くまとめてみました。もしよろしかつたら「秋の道草」 をのぞいてみてくださると嬉しいです。


「秋の道草」

                   川越 しゅくこ
午前8時、新宿発あずさ5号は、予定どおり順調に滑りだした。
わたしたちは指定席に落ち着くや、買ったばかりの30品目入っている駅弁をさっそく膝の上に広げた。すると、40年前に流行った「あずさ2号」が自然に頭のなかに流れだした。この2号がのちにいま私たちが乗っている5号に名前が変わったがそんなことはどうでもよかった。

その歌が巷に流れていたころ、さっちゃんとわたしは偶然おなじクラブで乗馬をはじめた。そのうち4〜5人でときどき乗馬旅行にでかけた。40年もたつと、メンバーも少しずつ欠けていったが、彼女とは東京と神戸に離れたいまでも続いている。そして、今年もその季節がやってきた。
行く先は北海道から九州までいろいろだったが、中でも新宿から約2時間の「馬の町」とよばれる小淵沢が多かった。地図でいうと山梨と長野の県境で、八ヶ岳と南アルプスにはさまれた標高1000mの高原である。

わたしたちは、7月から頻繁に連絡をとりあっていた。「二人とも晴れ女で有名だったのにね」、「年齢的にもう期限切れということなの?」しかし2人の会話は笑い飛ばすほど威力がなかった。というのも関西を直撃した台風も含めて相次ぐ災害にわたしの神経はかなりささくれだっていたからだ。

この夏、風景も人の心も異常が日常化していた。暴風で自宅の2階の網戸が飛んだ。家の前の小さな地滑り、老描シロを残して避難勧告の一夜を小学校で過ごしたこと、夜中のリビングの雨漏り。さらに熱中症で長年お世話になった乗馬の恩師と共通の馬友達のご主人を亡くした。そんな経緯もあって、被災の現状をテレビで観る毎日に耐え切れなくなっていた。これからの人生はすべて困難を直視できず、わずかばかりの被災地への寄付で逃げてしまうそんな内心のうしろめたさと弱気にとらわれていた。

出発の数日前、関西空港の連絡橋にタンカーが突っ込んだ。そして、当日の深夜、突然の北海道の馬産地を震度7が襲った。もし、遠く離れた旅先でそんな災害に出くわしたら・・・? そう思っただけで、わたしはかなり臆病になっていた。「台風は気まぐれに直角にカーブしたり、逸れたりなどして、とりあえずは関東を離れたらしいよ」と、さっちゃんはわりとのんきな声でいう。その言葉の裏にある(たぶん大丈夫よ)いう意気に押されて、わたしたちの旅行はGOサインになったのだった。

あずさ5号は緑に包まれた高原を走っていた。アルプスの連峰がやさしい陽の中にまどろんで見える。

小淵沢駅に降りると、毒気をきれいに殺菌したような、澄み切った大気が鼻孔にしみた。それは森林の樹々がフィトンチットを放出した香りの成分なのだろうか。山男、山女たちが大勢下車した。それぞれの背中のリュックに、生きるエネルギーの妖精が舞い降りたように見えるのは、気のせいだろうか。

「ささくれた神経には甘いものが一番」とだれかが言った。しかし、この甘さはプリンやアイスクリームとは異質の、自然界に漂う甘い匂いのことなのだ。さらに、その空気の中で馬と触れ合うひと時こそ、いいことも、いやなこともすべて忘れさせてくれる力がある。
ひんやりしているが陽射しは柔らかい。完璧な乗馬日よりである。「やっぱりきてよかったァ」、「晴れ女の効力はまだ少しは残っていたようだね」と胸をひろげて肺の空気を入れ替えた。

アルパイン・ステイブルのロゴマークと2頭の馬を描いたこぎれいなワゴン車が待っていた。緩い坂をのぼっていく。前方に霞のかかった見事な富士山が迫ってくる。さっちゃんにとっては富士山を観る機会が多いけれども、わたしにとってはお宝に近い風景である。

車は少し高台にある赤松の林を背にしたクラブハウス前で停まった。少し湿った広い馬場には何頭もの馬が放牧されている。
一息ついて、さっそく使い古したキュロット(乗馬ズボン)をはき、脚に革製のチャップス(膝から足首までを覆う用具)をつけた。どんなに荷物が多くてもこれだけは欠かせない旅のお供である。

鞍を付けた2頭の大きな馬が若い女性にひかれて目の前に現れた。「今日ガイドをさせていただきます山田です。よろしく」私は馬の名前も訊いてみた。「鹿毛はトロイ、そして白馬はステラです」ワゴンに描かれた2頭である。山田さんは話のきっかけを待っていたかのように誇らしげに後を続けた。「どちらも24才で、かつてはクロスカントリー競技で名を馳せた常連のメダリストでした。脚力はまだまだ確かで、性格が素直で頭もいいんですョ」彼女は2頭の首を愛撫しながら雑談の中でなにげなくつけくわえた。「この牧場にはたくさんの馬がいますけどね。わたしにとってこのベテランの2頭がいなくなると精神的にかなりショックをうけます」ガイドとしては、遠来の客を数時間託せる馬が、人間よりも大切な相棒なのである。
高齢であるがまだまだ肩や腰の筋肉はしっかりと充実している。毛艶が光っているのは、手入れだけではなくこうして人に愛されている証でもある。

その日、運よくこのベテラン馬達がわたしたちに当てがわれたのは、おそらくあいつぐ台風でキャンセルが多く、「誰も金(こん)曜日」として客の少ない金曜日が重なったせいであろう。トロイとステラを運動がてら外に連れ出し、道草の気分転換という意味でも必要だったに違いない。
ヘルメットをつけてトロイの馬上の人となったわたしの腰に鞍つぼがぴたりとおさまった。山田さんの後にトロイ、そしてステラが続く、すぐに赤松の林に入っていった。

樹高が少なくとも20〜30mはあろうか。赤味のある木肌は柔らかで、すっくと伸びたその幹の連立は、まるで無数の電柱の林の中にいるようだ。それでも全体が明るいのは、上空で樹冠をなしている枝葉が込み合っていないからだろう。雑木林は、しっとりと神秘的で人も馬も包みこむ。クズ、ヤブラン、ススキ、キキョウ、エノコログサ、イヌタデなど秋の草花があちこちでひっそりと咲いている。笹の群生や地面を這う草花の平地がひろがる。直径30cmくらいの倒木が道をふさいでいる。そのまわりにきのこが踏まれないように陣取って、まるで笑っている小人のようだ。2頭は注意深くまたいでいく。そして道草を食う。
馬たちの視野はいったいどうなっているのだろう。大きな瞳はだてではない。350度の視野で穏やかな瞳は見ていないように見えても、足元の状態をしっかり把握しているのだ。林の中を奥に進んでいくにつれ、ぬかるみの道は上り下りの坂ばかりが続いた。倒木、ちぎれた小枝、大小のつるつるの石が鈍い光を放っている。馬の足が一歩でもそれに躓けば、乗り手は転倒した馬の下敷きになることもある。けれどもわたしたちは馬を信じ、任せばすべてがうまくいくことを知っている。それは40年間の乗馬で学んだ一番大事なことかもしれない。幸いにもこのベテラン2頭はそんな雑木林を落ち着いた足取りで進んでいく。文字通り道草を食う散歩道は自分の庭のごとく知り尽くしているからだ。
まもなく前方は少し広めの石のない道に入った。落ち葉の層のクッションが馬上の私の腰まで伝わってくる。葉をいっぱいつけた3mほどの小枝が風にちぎられたのか、行く手をふさいでトロイの脚にからみついた。トロイは一瞬のうちにその葉を咥えてはなさない。これは大きすぎる道草である。うっかりするとその小枝のとがった先が馬の目を突いたりすることがある。わたしは容赦なく馬上からそのおやつを取り上げ、おもいきり道端の盛り上がったところに投げた。が、それがまた転がりおちて、後続のステラがすばやくくわえる。ふりかえるとさっちゃんも笑いながらそれを取り上げている。ステラも素直に口からはなした。2頭とも別にこだわるわけでもなく、今度は両脇に壁のように繁茂している秋の草花を食みながら、つかの間の道草をたのしんでいる。濃い野草の香りが立ち込める中をわたしたちはもっと奥へ進んでいった。

その時、突然、山田さんが口に指をあてた。聞こえないくらい小さな声で「ほら、鹿が」。20mくらい先の陽光をためた空間に、数頭の艶のいい栗色の鹿たち。雄もいれば雌もいる。子鹿たちもいるから家族だろうか。それぞれの距離を置いて、黒くて丸い瞳をいっぱいに広げ、不思議そうな視線でこちらに集中しているではないか。その目は、恐怖とか疑いの目つきではなく、まるで呼んだらいまにもよって来そうな好奇の目で静止したままみんながこちらを向いている。私たちは声にならない感嘆の音を漏らした。馬たちも鹿の存在に気づいていながら驚くことも威嚇することもなく、その場で待つことを理解している。トロイは静止したままで、すぐ顔の側にある赤松の亀甲模様の樹皮に歯をあてて、歯磨きをはじめた。後ろのステラは顔のそばの草をくわえてもぐもぐしている。互いの相手の空間と時間を共有し、その領域を犯さない礼節を知っている。それは実に奥ゆかしい、たおやかなシーンであった。
すべての馬がそうとはかぎらない。興奮して疾走するケースもある。結局、よくしつけられたベテランというのはこういうことなのだ。時折小鳥たちのチチッというさえずりが森のどこかでする。馬と鹿はそのなかで音もなく静かな息遣いをしている。樹々の、草花の、虫たちの、音もない音の世界でわたしも自然の一部になって呼吸する。
森林浴が癒しの効果があると盛んに言われているが、人間の耳には聞こえない自然の高周波成分も癒し効能があるといわれている。つまりは聞こえない音も存在するということだ。
動物たちは、きっとわたしたちには聞こえない音で互いになにかを発信しているのだろう。同時に、草花にも耳がないからといって聞こえていないということにはならない。もしかしてあらゆる生き物たちが人には聞こえない音を出し合ってさんざめき、ひそかなおしゃべりをして、笑っているのかもしれない。「馬と鹿、まあ! この2人にぴったりじゃない?」などと・・・。わたしはそんな音をとらえようと体中を耳にして、自然の中に溶け込んでいく。

どのくらいの時間が過ぎたであろうか。私の口から泣きそうなほどか細い声が漏れた「こんにちは」。それは野太い声で関西弁をしゃべるいつものわたしと違った。まるで天使のつぶやきのような声に聞こえて、自分の耳を疑ったほどだ。手の平を小さく振った。私たちが危害を加えることのない生き物であると見抜いているのか、暗黙のうちに悟ったのか、微動もしなかった鹿たちの群れは筋肉がほぐれて、柔らかいおだやかなオーラに包まれた。

しばらく私たちは互いの距離を縮めることも広げることもなく打ち解けた世界にいた。やがて子鹿がピョンと跳ねた。それを合図に鹿の家族は横の方角に肢体をしならせ踊るように跳ねて行った。その姿を確認してから、わたしたちもまた林の中をゆったり進み始めた。
「馬が鹿と会うなんて、いかにもわたしたちにぴったりじゃない?」と、クスクスと笑う。

「それにしても、どうしてバカのことを馬と鹿って書くのでしょうね」わたしは山田さんの背中に訊いてみた。
ガイドというは馬を操ること以外に草花の名前はもちろん、辺りの地形から森林の管理責任やその仕事、ひいてはこの辺の歴史まで、あらゆる種類の質問に対応できるように訓練されていて、これも牧場の人気レベルを決める1つの基準になっている。「それはね。昔々、中国の秦の始皇帝の時代にその由来があるんですよ。始皇帝が死去した後、チョーコーという側近が皇帝の愚かな息子のコガイを二世皇帝にしました。チョーコーは自分の権力を示すため、ある日、鹿を連れてきて「馬を献上します」と言ったんですって。当然コガイは「これは鹿じゃないのか?」と答えます。そこでチョーコーは家来たちに「これは馬か鹿か?」と無理やりに答えを強要しました。それは鹿だと反抗した者たちを根こそぎ処刑したんですって。それ以来、馬と鹿の区別がつかない者を馬鹿と呼ぶようになったらしいです」「まあ! それって馬と鹿に失礼じゃない?」、「愚かなのは人間の方なのに・・・」
目の中にまだあの美しい生き物たちの残像が残ったまま、わたしたちは2時間の外乗から帰ってきた。

下馬したあと、2頭は鞍をはずされ、洗い場で足元と背中をきれいに拭いてもらい、それぞれの馬房に行って昼餉を楽しむ。

わたしたちも着替えてクラブハウスの2階に上がる。テーブルが4〜5卓の明るい落ち着いたレストランでお昼となった。

客はわたしたちとあと一組だけ。テーブルの横の南側は一面の大きな窓になっていて、下の馬場を見下ろしながら食事ができるようになっている。昼食をすませた数頭の馬たちが、土をこんもりと盛り上げた馬場の一画でたむろしている。こんなふうに、馬たちも気分転換できる小さな配置が工夫されているのだった。ある馬はその上でお山の大将になった気分でいるのだろうか、おとなしい馬はその順番を静かに待っている。かれらだって道草を食う気分転換は必要なのだ。
「平和だね〜」さっちゃんが馬たちを見ながらつぶやく。「まるで天国と地獄のちがいだわ」とわたし。「まったくね。この3か月、あれはいったいなんだったの?」、「あれは悪魔のしわざよ。その変わり身の早さは悪魔でなけりゃ、できないことよ」今回はさっちゃんよりわたしの方が被害が大きかった。なのでまだそのトラウマを思い出すことが多くある。「台風一過なんて中途半端な言葉ではごまかされないわよ。けろっとして天国みたいな美しい自然でわたしたちを包み込んだりして。なにをたくらんでいるのか、まったく」そう言うと、息を潜め小狡い目をして、ニヤッと笑い、次の機会をねらっている台風が頭をかすめる。「次々と起こる災害のニュースをテレビで見ながら平気で食事をする自分が嫌だった」と、わたしの口から思わずため息がでる。「そのうち、数週間前の被災地の惨状が、どれがどれであったか混同して忘れていくのよね。わたしらはできる限りの防災で身を守るしかないんだよ」大都市東京に住むさっちゃんもそれなりの防災の準備はしていると言う。

わたしはふと関西を直撃した暴風雨の深夜のことを思い出していた。リビングルームの窓際が水浸しになった。そこにあった老猫シロの遊具であるポールを窓際からリビングの中央のテーブル脇に移した。何枚もの敷布やバスタオルで水を徹夜で吸い取った。その配置にシロが反応した。
ポールを駆け上がりそこからテーブルに移り、机上に置いた器で水を飲む。これはいつもの行動範囲とは違う配置である。ほとんど忘れてマンネリ化していたルートだったのに、シロの表情はまるで別猫のように若さを取り戻し、はしゃいだり登ったりして一緒に遊ぼうよ、と誘うではないか。もちろん、猫によって表現差は違うだろうが、好奇心が旺盛なこの変化にわたしは驚いた。シロを氷点下の造成地で保護したときからひどい咳込みがずっと続いたがまだ若かった。しかし、20才前ころからこの数年めっきり老け込んで寝てばかりいたシロは、この配置変えの気分転換で見事に若い頃に返り咲いた。目がキラキラとかがやき、すばやい表現をしては遊びをねだった。
気分転換? そう、猫だってたまには道草が必要たったのではないか? こんなに若返るのならば・・・。

馬だって、鹿だって、そしてこの2つの漢字を合わせたわたしだって道草を食う、そんな人生の散歩道が必要だった。
  

ゆったりした馬場の風景を見下ろしながらのランチは束の間の幸せだった。サラダが運ばれてきた。それは生まれて初めてといってよい活きのいい採りたて高原野菜だ。変に味つけでごまかされていない、強い存在感のある野菜は、素のままの本来の苦みの美味さをわたしの味蕾に伝えてくれた。生きる味というのは、こんなに弾けた力を秘めていることだったのか。
「それにしても、あの鹿たち、おいしそうだったね」とわたしがこっそり告白すると「まったくそのとおり」おしとやかな、でもちょっと斜めに物事を楽しむ共犯者のさっちゃんは、ヒャッハ、ヒャッハと顔を崩した。
災害のことは一時忘れよう。秋の道草は必要だ。いまのところ、わたしはわたしを喜ばせたい。ただそれだけの道草を楽しもう。
目の前に熱々のスパゲティが運ばれてきた。



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