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麻生悌三のブラジル不思議発見59≪義賊と呼ばれた、山賊の首領、ランピオンとブラジルのこうもり≫
12月1日の麻生さんのブラジル不思議発見12月号は、≪義賊と呼ばれた、山賊の首領、ランぺオンとブラジルのこうもり≫ の2本立てです。もったいないので2本に分けたらとお願いしたのですが、2本立てで行きたいとのご意向で一挙公開します。来年の正月号は、既に用意しているとの事ですので1月号で一応小休止?する事になりそうです。皆さんが興味を持ちそうな話題を探すのには苦労されるようです。いずれ本にされるお積りのようですが、又その内に原稿を送って呉れる日が来るのを待ちましょう。と云うことで興味深い話題を一挙公開です。写真は、色々あるのですが、こうもりの画像で余り奇抜でない可愛らしそうなものを選びました。              


ブラジル不思議発見 − 59 
ランピオン(大ランプ)と呼ばれた、山賊団の頭領、本名Bilgrino Ferreirada Silvaは
1897年ペルナンブカーノ州の片田舎で中堅農家の4人兄弟の長男として生まれた。
隣家のサトルニーノ家はシルヴァ家を遥かに上回る、地主であったが、隣家との土地争いに巻き込まれ、警察署長を買収して、1921年に父親ホセを殺害させた。父親の死を知った
ビルグリーノは3人の弟とともに、地元の山賊団(cangaceiro)に参加する。後のブラジル史に残る山賊の大頭目が24歳の時である。たちまち、頭角を表し、1年後の1922年には
50名を超える山賊の首領になっていた。この当時のビルグリーノの目的は、あくまで、復讐であり、略奪の対象は富豪に限られた。同年、父の所在を密告した男を射殺し、翌年
警察署長や幹部を殺害している。しかし、復讐者としてのランピオンの行動は、この辺で途絶え、1924年には、無差別な強盗と残虐な殺人を繰り返し、目的を失ったアウトローだった。パライーバ州、ペルナンブコ州、アラゴヤス州を荒らしまわり、兵士や役人を殺しまわり、州政府の壊滅しなければならないターゲットになっていた。1926年、州政府の討伐隊300名が編成され、山賊100名対政府軍300名の、戦闘が繰り広げられたが、地理を熟知した山賊に、政府軍は打ち破られた。それでも、州政府は、討伐の手を緩めず、1927年には、ランピオンは討伐軍から逃げ回り、100名を超えた部下も、兄弟を除けば
5名に減少していた。1931年ランピオンは山賊対策がすすむ大きな州を避け、弱小のセルジッペ州に拠点を移した。思惑通り、セルジッペ州は黙認する態度で、有力者の食客のような待遇を受けた。その後、1938年セルジッペ州も山賊対策に同調するようになり、食客となっていた、農場主の裏切りで、殺害された。政府軍がカンガセイロを追い詰めた最大の武器は機関銃であり、車両の使用である。
―1920-30年代の東北ブラジルの社会的背景。
ブラジルは1891年に君主制から共和制に転換したが、実体は、大農園主と政府から任命された,コロネル(大佐)と呼ばれる、代官が支配する、荘園社会だった。大土地所有制度は僅か4%の農場主が農地の70%を所有する制度で、農村は生産手段を持たず、貧困に包まれた停滞の社会だった。その東北地方の自然災害は、定期的に襲う旱魃である。特に
1889年、1895年、1900年、1915年に襲った旱魃は、野山も枯れ、山羊やロバまで
死亡し、餓死者が続出した。当時ゴム景気だったアマゾンに逃げ出す者や南ブラジルに退避する者が相次いだ。其の興廃した農村社会から、脱落した者がアウトローに走るのは当然の傾向である。又、農園主同士の、土地争いや、抗争のために、農園主はカパンガと呼ばれる用心棒集団(私兵)を持っており、その抗争の助太刀に、山賊が起用されることもあった。いくつもの山賊集団があったが、その中で有名なのは、1896年―1914年にかけて大農園を襲撃したAntonio Silvinoとランピオンである。どちらも、比較的裕福な農家の出身で、Antonioは読み書きも出来た。両者に共通する処は、親を殺害された復讐のために山賊になった点だ。又、大農場を襲撃し、大土地所有制度に恨みを持った農民の心をつかんでおり、悪徳代官を懲らしめて、民衆の喝采を浴びた。今日に至るも、彼らが義賊と呼ばれる所以である。
―時代の変遷。
1930年Getulio Vargasがクーデターに成功し、大統領に就任する。其の政治姿勢は独裁的で国家の権力を強化する新憲法を成立させた。これにより、これまで地方の大土地所有者に対して弱体だった、州政府も大幅に権限が強化された。工業の発展は都市労働者を生み出し、これまでの商品作物に頼っていた大農園経済は変化の中で、衰退した。カンガセイロを生み出した社会構造そのものも変わってきた。

こうもり(morcego)
ブラジルに棲息するコウモリだけで120種類位、いるらしい。蝙蝠とは不思議な動物である。哺乳類で唯一、空を飛べる動物である。ネズミに皮膜をつけた格好の動物で、多くは夜行性である。寝る時は、足の鍵を引っ掛けて、逆さに、吊る下がって休む。脱糞、放尿する時は、前足の鍵を引っ掛け、正常の位置で行う。性行為は逆さでも行う。飛行中でも放尿、脱糞も出来る。大きさも、翼を広げると1,7mにもなる、オオコオモリは東南アジア、豪州、フィリッピンに生息する、果物を主食とする、蝙蝠で別名Megabat,Flyingfox等呼ばれている。こうもりは超音波を飛ぶ時、発信し、その音の反響で、事物の位置を知り、よける。従い、目の発達は遅れており、盲目に近い。しかし、このオオ蝙蝠は、目の機能は発達しており、事物を目視で捉える。顔もネズミではなく、狐に似ている。果物を常食しているだけに、肉質は旨く、インドネシアのこうもり料理は有名である。特に、オオコウモリのカレーが旨い由。
コウモリは何時頃、地球上に現れたかは、多分、恐竜が滅び(爬虫類から鳥類に移行した頃だろうと言われている。3千万年ぐらい前だろうか。5千万年前の地層から、コウモリの化石が発見されているが、羽の皮膜は充分に発達しておらず、飛行能力は獲得していなかった模様だ。当初はムササビと同じく、皮膜を広げて、滑空する能力のみであった、ネズミが、徐々に飛行能力を獲得した模様である。哺乳類でコウモリほど、広く分布している動物は無い。コウモリが鳥類と同じく、飛行能力を得たため、自由に移動できるようになったのが理由だ。
ブラジルのコウモリ。
ブラジルには大型のコウモリはいない模様だが、下記の2種のコウモリは有名である。
―吸血蝙蝠=体長7cm位の小型コウモリで、原野やジャングルに棲息し、低空(2−3m)を飛び、哺乳李を吸血する害獣である。狂犬病を媒介し、放牧の畜牛が狙われる。人にも寄生し吸血する。コウモリの媒介による狂犬病の発祥は毎年40名程度あり、発祥すれば
殆ど死亡する。
―魚捕りコウモリ=アマゾンに生息する体長15cm程度のコウモリだが、超音波を水面に発信して、反響音で魚の存在を見つけ、後ろ足で魚を捕まえ、主食とする。猛スピードで水面を飛び、コウモリの体長以上の魚を捕らえ、運ぶ姿が望見される。
コウモリは洞窟、木の穴等に群生して住み、夕方になると、餌(昆虫)を求めて飛び立つ。餌は昆虫だけでなく、小鳥、トカゲ等も餌食にする。ブラジルのコウモリは、渡り鳥のように長距離移動はしないようだが、寒帯圏のコウモリや、大蝙蝠は定期的に長距離移動するのもいる。目の発達していないコウモリが、どうやって、目標を定め、長距離飛行が出来るのか解明されていない。(一部、ブラジル不思議発見41号の吸血コウモリで重複)以上
麻生(2018年12月1日)



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