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「忘れなぐさとスナフキン」川越 しゅくこ
和田さ〜ん & みなさまへ  しゅくこです
6本目の指はそろそろ消えていきそうですか? もう2万歩あるけているそうですから、カリフォルニア旅行もたのしみになってきましたね2:30
さて、春によせて「忘れなぐさとスナフキン」を書いてみました。もしお時間が許せばご覧いただくと嬉しいです。もう3amになりました。飛び字や抜けている字があるような気もしますが、眠気に勝てなくなり、そのまま送らせていただきます。
おやすみなさ〜い。
上記のような書き込みに寄せて送って頂いた掲題の『忘れなぐさとスナフキン』を40年!!ホームページに残して置くことにしました。作家としてのさり気ない日常生活のちょっとした出来事を幻想的で繊細なタッチで纏め挙げられる筆力に関心します。


いつかだれかにもらった一本の忘れなぐさ。それはいま、無数の青い小さな花をいっぱいに咲かせて庭中を染めている。じゅうたんのようなその陽だまりに座り込んで、わたしはスコップの代わりに素手を、ほくほくした柔らかい土のなかにぐっ〜と深くもぐらせる。春の土は毛布のように温かく、同時にひんやりした野生の秘密もはらんでいる。
指先に忘れな草の根っこをからめてそっと引き抜き、20本ばかりそれぞれの小さなポットにいれ、「ご自由に何個でもお持ち帰りください」と玄関前の通りに並べた。
翌朝、見るとみんな無くなっていた。このニュータウンは一戸建ても多いが、それ以上に高層マンションの住民も多く、散歩を楽しむコースはまわりにたくさんある。私の小さな庭もそんな通りに面している。
小さな庭に増えた苗を整理できたうえ、どんな人が立ちどまり、どれにしょうかとちょっと思案し、決心してそっと手にする、微笑みながらそこをたち去る・・・そんなシーンを想像するだけでワクワクした。
数日後、だれかから、「お礼」の一文字を添えて、金色のシャワーのようなミモザの束が玄関前に届いていた。初夏が来る頃には別の筆跡で「忘れなぐさをありがとうございました」と添え書きをして、両手にあまるほどの真っ白な柏葉アジサイの花束が門扉の内側に置かれていた。
無名のプレゼントは平凡な生活者にとっては予期せぬドラマティックな出来事である。名無しのごんべえさん2人は筆跡から別々の人らしいが、不在中に届けられたのでお礼のいいようがない。唯一、その一部始終を知っているのは、そばの花壇に30年も住んでいる身長20cmくらいの陶器の置物、スナフキンだけである。花に水をやるときにはその水滴を気持ちよさそうに浴びていたスナフキンは、この場で足を止めた人たちをウィンクでもして迎えていたのだろうか。
わたしの息子は幼児期、どこかおっとりしたムーミンに似ていた。「ムーミン一家」を読むことは、毎晩のベッドタイム・ストーリーの定番で、その中にムーミンの親友として登場するのがスナフキンだ。
「きみはここを出ていくつもりなんだろう?」ムーミンはちよっとさみしくスナフキンに訊ねる。「ああ、春にはもどってくるよ。じゃーね、さようなら」
そう言ってふらっと旅に出ていく、孤独と音楽を愛する自由な旅人、スナフキンは私たちの人気の妖精であった。

2年目の春がきた。その季節になるとまたミモザと柏葉アジサイが無名の人から届けられた。玄関前に並べた20鉢の忘れなぐさも一日ですぐに売り切れた。
しかし、思いがけないことが起こった。スナフキンが突然消えてしまったのだ。この平和なニュータウンタウンでは玄関前の花壇に高価ではないが陶器の白雪姫や三匹の子豚などを置いて童話の世界を楽しんでいる家庭が多い。なので、この突然の出来事にわたしはショックを受けた。あのスナフキンがだれかに連れ去られたと思うとうろたえ、怒りと口惜しさで悲しくなった。不届きものはきっと醜い顔で薄笑いを浮かべながらスナフキンの首に手をかけ、引っこ抜いて連れていき、どこかのごみ箱にでも捨て去ったのだろうか。それでは物語と話の筋が違い過ぎる。
お金を出せば直ぐに買えるという問題ではない。
盗まれたという経験は敗戦後のどさくさの時期にもあった。時代的にも世相的にも、日本人はみんなその日の食べ物に飢えていたのに、世間知らずのわたしの両親は無防備だった。玄関先に置いていた真鍮の塵とりが幼児であったわたしの目の前であっという間に持っていかれた。あの時の泥棒の暗い目つきはいまでも覚えている。また、お風呂屋さんで脱衣かごに脱いでおいた、ネル地の花模様のパジャマが無くなったりもした。人は生きていくために必死だった。しかも自分の中にも同じ種類の暗い密かな思いが潜んでいることも否定できなかった。ある程度仕方がないという暗黙の許しや了解が、国民のどこかにあった。
日本人は1945年の敗戦から懸命に働き70年近くたったいま、世界の経済大国になっている。そんな現代にあって、
たとえば、ホテルのアメニティグッズで持ち返って良い物と悪い物が明らかに分かるのに、バスタオルやローブ、ポット、あげくはテレビまで持ち出す人がいるという。また農家の収穫目前の作物がごっそり盗まれた事件もある。捕まらなければ何をやっても良いと思っているのだろうか。面白半分と自分が被害者にどれほど酷い事をしているか想像力が無い。そんなことを思うと、わたしはますます腹立たしくなった。これをいたずら半分の盗みと言わずして、どう解釈したらいいのだろうか、わたしにはわからない。戦後の日常茶飯であった盗みの方がまだ許せるとわたしはぐじぐじと思った。

あれから一年たった。こぼれたタネが地面の下からまたむくむくと起き上がって庭を青く敷き詰めた。でもスナフキンは戻らなかった。スナフキンの居たいつものスポットに思わず目をやる。増えすぎた忘れなぐさを前にしても、玄関前に出して、通りがかりの人にどうぞご自由に持って行ってくださいというあの弾んだやさしい気持ちがもう失せていた。たいていのことは忘れてしまうわたしだが、得体のしれない恨みと口惜しさでそのぽっかりあいた空間をただぼんやり眺めるばかりだった。

目の前をふわふわとタンポポの綿毛が飛んでいく。その時、垣根のむこうに幼児のような声がした。どうやら私に声をかけている様子である。垣根の外に出て目を疑った。80才くらいの小さな老嬢がニコニコして立っていた。おかっぱの髪にちょこんと乗っかったてっぺんが山型のつば広帽子、膝までのはきなれた古いワンピース。背中に小さなリュック。スナフキンと同じスタイルですべて萌黄色だ。
「よかった。あなたにお会いできて。今日は何年かぶりにこちらまで足をのばしたの」と。「こちらでいただいた忘れなぐさ。あれからタネを飛ばして、いまうちの庭いっぱいに咲いてます。いつかあなたに会ったらお礼を言いたかったの」「そうでしたか。お会いできてわたしもうれしいです」彼女は横の花壇に目を止めた。「あら、ここにいたスナフキンは?」「いなくなりました」とわたしは口ごもった。
「盗み」と言う一言を使うにはこの場はそぐわない。スナフキンのいた美しい緑の谷間が、恨みという卑しい黒雲で覆われそうな気がしたからだ。彼女は驚いた瞳でまじまじとわたしをみた。「残念です。物語の中のスナフキンは、春になったらまた帰ってくるんですけどね」とわたしは眉をくもらせ硬い笑顔を作った。「でも自由と孤独、音楽を愛する旅人ですから、もともとここにじっととどまる妖精ではなかったのかも」と老嬢は言った。そして「・・・春がきたから、ここにではなく、ムーミン谷に戻ったのかもしれませんよ」とほほ笑んだ。互いに相手の名も知らないけれど、2人がわかる物語の世界に数瞬一緒に遊泳した。「そんなスナフキンが好きでね。ほら、この帽子も服も、全部自分で縫いましたのよ」と言った。忘れなぐさを映したような灰色がかった瞳も、幼女のような小声も、笑顔に刻んだ皺でさえ魅力があった。「とてもチャーミングですよ。スナフキンかと思いました」わたしもおもわず声が弾んだ。
ほんの5-6分もたたない立ち話だった。互いに名乗ることもなく住所も告げず、軽い足取りの後ろ姿が春の陽気の中にふわっと消えていった

次の春も間違いなくやってきた。庭にはまたこぼれたタネが芽吹き、青いじゅうたんが敷き詰められた。
名もない無数の種が、わたしの頬を撫でるか撫でないかの距離で、ふわふわとそよ風の中に遊泳している。わたしはそんな中でただ一人、ぼんやりとスナフキンの居た空席に目をやっていた。
目の前のケヤキの上空に広がるこんもりした茂みの中から、秋でもないのに落ち葉のようなものがかさかさと音がして足元に舞い降りた。やっと歩き始めたスズメの赤ちゃんだった。必至で溝の下へ意外な速さでもぐりこんで逃げていった。そのあと、我が家の老猫のシロが、サッシの戸を爪で開けて外にのっそり姿を現した。ケヤキの中の親兄弟のスズメたちが突然木が揺れるほどのパニックの大騒ぎを始めた。シロが木の下にくると最高潮に達した。シロは陽気に誘われてうろうろしている。もう20才を数年前にすぎている老描は、保護された時は冬の造成地に捨てられた喘息で下痢をしている1歳児であった。野良時代の外の空気の記憶を懐かしむように顔を上にむけ、目を細め、クンクンと匂いを嗅いでいる。
シロももう人の年にしてみれば100才を越えているのかもしれない。先日も蓋が開いたままになっていることを確認せずにバスタブの蓋に飛び上がろうとして、そのままおぼれ死にそうになった。簡単な段差のジャンプにも失敗してずるずる落ちることが多いこの頃だ。しかし、失敗を嗤われることほど、かれのプライドを傷つけることはないらしく、なにごともなかった風を装って姿勢を正し、その場を後にする姿には恐れ入る。10年くらい前までは、蛇の鎌首を咥え、その残りを首にぐるぐる巻き付けて見せに帰ってきたり、幼鳥、トカゲなどをバラして遊んでいた。いまはハンター根性がなくなった。一回りしてあちこちにおしっこをひっかけ、一番安心な室内の寝床にさっさと戻っていった。それを見届けた頭上のスズメ軍団の大騒ぎも、まるで指揮者がいるようにパタッと静まり、いつのまにか幼鳥も溝からどこかに避難していったようだ。親元に帰れればいいが、いつの春にもよくある庭のできごとである。
でもその日の午後は何か忘れ物をしたような空気が私のどこかに残っていた。

部屋に引き上げようとしたとき、郵便箱の中の誰かが入れたリボンで結んだ和紙の包に気がついた。差出人の名前がない。開けると手作りだとすぐわかる、ていねいに縫い上げられた萌黄色の三角帽子とすっぽりかぶれる簡単な仕立ての三角コートが現れた。あの方だ・・・。とっさの直感でわかった。さっそくそれを身に着けてみた。着心地のいい肌触りにわたしはうっとりした。
スナフキンは年齢不詳の妖精だった。もしかしたら人も歳をとれば、おじいさんとおばあさんが、老人と幼児が、互いの境い目があいまいになり、それが溶けあった先は妖精に近づくのではなかろうか? クスクスと泡のような笑いが頬ににじみでる。
スナフキンのことはもう仕方がない。でも諦めることができても忘れることはできない。ぽかぽか陽気の中で半分まどろみながらわたしはその三角ロープと帽子を改めて肌に感じる。
しゃがみこんで黒い土のなかに素手をいれる。ほかほかでいて懐かしいひんやりした野生の命が指によみがえる。
タンポポの綿毛が風に乗って空中を舞っている。わたしの頬を撫でるか撫でないかの距離で、ふわふわとそよ風の中に遊泳している。むせかえるような種の遊泳に息が苦しい。もし心というタネが存在するとしたら、腐った負の感情ではなくて、幸せをはらんだタネを、どこか心を痛めている人の中に舞い降りて根付いてほしい。たわいないそんなことを思う。
増えた忘れなぐさの苗を指にからませてゆっくり引き抜く。それぞれを湿らせた新聞紙にくるみ、持って帰りやすいようにビニール袋に包んだ。ネームプレートもつけた。ご自由にいくつでもお持ち帰りくださいと電柱に張り紙をする。ひさしぶりに土と数時間戯れた。どんな人にもらわれていくのだろうか。春の午後のひとときが静かにすぎていく。



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