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知っておきたい『日本の歴史』徳力啓三 連載その1
旧友徳力啓三さんが、ブラジル日本会議理事長時代に分かり易い日本史の教材を書き上げ公開で日本史勉強会をしておられた時の教科書を出版しニッケイ新聞を通じて無料配布しておられる。この分かり易い日本史を徳力さんの御厚意でこのホームページにも全文を10数回に分けて掲載しBLOG,メーリングリストにも流し皆で日本史を紐解き勉強させて頂ける機会を得た。さあ勉強しようではないですか?写真は、自費出版された本を紹介にニッケイ新聞社を訪問された時の記事に掲載されている徳力さんです。下記に略歴を記載して置きます。
《著者略歴》
1941 年生まれる。学生時代、日本学生海外移住連盟の派遣で、1年間ブラジル全土を訪ね歩く。三重大農学部を卒業後、1966 年渡伯、ブラジル ・ ヤンマー社に 26 年間の勤務中、1975 年より5年間 MT 州で大農牧場を経営、1988 年より4年間 MA 州で銑鉄・木炭工場の経営に参加。1992 年独立、LA CANTARE 社を立ち上げる。有機コーヒーの日本向け輸出の傍らブラジル産健康食品を扱う。2011 年実業より引退。ブラジル日本会議に入会、2014 年より同会理事長を勤めた。


知っておきたい
日本の歴史
徳 力 啓 三


この小冊子は、文部科学省が 2018 年に承認した中学生用の日本の歴史をブラジル語に翻訳するために作った要約版です。日本の歴史は長くて複雑ですので、ブラジルに住む人々にとって、最小限知っておいて欲しい史実のみをコンパクトにまとめました。
大東亜戦争の戦勝国アメリカは、「日本は戦争を仕掛けた悪い国である」とし、日本の歴史をそれに合わせて書きかえました。戦後 70 年という年月が過ぎたにも関わらず、日本の歴史学者はそれを直そうともせずにいます。13 年前、第 1 次安倍内閣において新教育基本法が制定され、歴史の見直しが始まったにも関わらず、まだ一般国民に浸透するに至っていません。
学校教育の中では、教える側の先生方が、戦後の教育の中でしっかりした勉強をする機会がなかったため、新しく作られている教科書に対して違和感或いは嫌悪観を抱いているのでしょう。教科書選びは、日教組が 100%の組織力を誇った時代から教師の手にあり、新教科書の編纂が進んでいるとはいえ、その普及率は 15%前後と低く、遅遅として進んでいません。ましてや、学校を出て一旦一般市民として働き出したら、歴史などを勉強する機会はまずありません。
1990 年、ほぼ 30 年ほど前から、日本の歴史は世界一古い歴史を持っていることが解ってきました。世界の4 大文明は 5000 年から 6000 年前とされていますが、日本の初期縄文時代に属する遺跡から掘り出された土器などから、日本文明は16500 年前までさかのぼれるといわれています。これらの事実を学べば、新しき日本人は、日本国の持つ歴史の凄さが解り、きっと誇りを取り戻すでしょう。
今、ブラジルで日本語の本を読める人は、極少数です。この小冊子を読めば、比較的に少ない時間で大雑把に日本の歴史がつかめると思います。物足らない方は、「新しい歴史教科書を作る会」によって作られた「2017 年版中学向けネット公開版」(出版社は自由社)を参照して下さい。全 283 頁もあり、年表、カラー写真や統計など沢山載っています。
この小冊子を読まれ、日本の本当の歴史を改めて知り、祖国日本の現在の姿、そして将来のことなどを考える参考にして頂けたら幸いです。
ブラジル日本会議 ・ 前理事長 徳力啓三


知っておきたい日本の歴史目 次
序 3
第 1 章 古代までの日本 9
(旧石器時代・縄文・弥生・飛鳥・奈良・平安時代)
第 1 節 文明のあけぼの 9
01 −日本人は何処からきたか 9
*岩宿遺跡を発見した相澤忠洋 10
02 −自然の恵みと縄文文化 11
*縄文こそ「和の文明」 13
03 −文明の発生 13
04 −宗教のおこり 15
05 −稲作の広まりと弥生文化 16
06 −弥生時代の日本 17
第 2 節 古代国家の形成 19
07 −神話が語る国の始まり 19
*国譲り神話と古代人 20
08―大和朝廷と古墳の広がり 21
09 −大和朝廷と東アジアの国々 22
10 −仏教伝来 23
第 3 節 律令国家の建設 25
11 −聖徳太子の新しい政治 25
12 −遣隋使と天皇号の始まり 26
13 −大化の改新 27
14 −律令国家への道 28
*「日本」という国名のおこり 30
15 −大宝律令と平城京 31
16 −記紀の編纂と大仏造立 32
17 −飛鳥・天平の文化 33
第 4 節 律令国家の展開 35
18 −平安京と摂関政治 35
19 −平安文化 36
*仮名文字と女流文化 37
20 −武士の台頭と院政 38
*日本の天皇と天の思想 39
第 2 章 中世の日本(鎌倉 ・ 室町) 40
第 1 節 武家政治の始まり 40
21 −平氏の繁栄と滅亡 40
22 −鎌倉幕府の武家政治 41
*武士のおこりと鎌倉幕府 42
23 −元寇 43
*元寇と朝鮮半島 44
第 2 節 武家政治の展開 45
24 −建武の新政と南北朝の時代 45
25 −室町幕府と守護代大名 46
26 −日明貿易と朝鮮・琉球 47
27 −応仁の乱と下克上 48
第 3 節 中世社会と文化 50
28 −中世の都市と農村の変化 50
29 −鎌倉文化 51
30 −室町文化 52
*一揆と合議の伝統 53
第 3 章 近世の日本 54
(安土桃山・江戸時代)
第 1 節 戦国時代から天下統一へ 54
31 −戦国大名 54
32 −ヨーロッパ人の世界進出 55
33 −ヨーロッパ人の来航 56
34 −信長と秀吉の全国統一 58
35 −秀吉の政治と朝鮮出兵 59
*宣教師の見た日本人(1588 年) 61
36 −桃山文化 61
第 2 節 江戸幕府の成立 63
37 −江戸幕府の成立 63
38 −朱印船貿易から特定国との交易へ 64
39 − 4 つの外交窓口 65
40 −江戸の社会の平和と安定 66
*江戸時代の日本の人口と身分制度 67
第 3 節 産業の発達と教育・文化の普及 68
41 −綱吉の文治政治と元禄文化 68
*二宮尊徳と勤勉の精神 69
42 −農業・産業・交通の発達 69
43 −教育・文化の普及 71
*正確な日本地図をつくった伊能忠敬 72
第 4 節 幕府政治の展開 74
44 −幕府の政治改革 74
45 −化政文化 75
*町人が育てた大衆芸能―歌舞伎の大発展 76
*百万都市・江戸はエコロジーの町でした 76
46 −幕府政治の動揺 77
*浮世絵とジャポニズム・フランスで花開いた江戸の文化 78
第4章 近代の日本と世界(T) 79
第1節 欧米諸国のアジア進出 79
47 −市民革命と産業革命 79
48 −欧米列強のアジア進出 79
第 2 節 開国から明治維新へ 81
49 −ペリーの来航と開国 81
50 −尊王攘夷運動の展開 81
51 −薩長同盟と王政復古 81
52 −明治新政府 82
53 −廃藩置県と四民平等 83
54 −学制・兵制・税制の 3 大改革 84
*明治維新とは何か 84
55 −近隣諸国と国境画定 85
56 −岩倉使節団と征韓論 86
57 −殖産興業と文明開化 88
*幕末 ・ 明治初期に日本を訪れた外国人の見た日本と日本人 89
第 3 節 立憲国家と日清・日露戦争 90
58 −条約改正への苦闘 90
59 −自由民権運動と政党の誕生 90
60 −大日本帝国憲法と立憲政治 91
*福沢諭吉(1835-1901)の『学問のすすめ』 92
61 −日清戦争と三国干渉 92
62 −日英同盟 93
63 −国家の命運をかけた日露戦争 95
*日露戦争を戦った日本人 96
64 −世界列強の仲間入りを果たした日本 96
*明治国家を背負った政治家・伊藤博文 97
第 4 節 近代産業と近代文化の形成 98
65 −近代産業の発展とその背景 98
*日本の実業家の伝統を作った渋沢栄一 99
66 −近代文化の形成 99
*世界が見た日露戦争 100
第 5 章 近代の日本と世界(U) 102
大正と昭和時代前半
第1節 第一次大戦とその影響
67 −第一次世界大戦と日本の参戦 102
68 −ロシア革命と大戦の終結 103
69 −ベルサイユ条約と大戦後の世界 104
70 −政党政治の展開と社会運動 105
71 −日米関係とワシントン会議 106
72 −文化の大衆化と都市の生活 107
第 2 節 第二次世界大戦と日本 109
73 −世界恐慌とその影響 109
74 −共産主義とファシズムの台頭 110
75 −中国の排日運動と協調外交の挫折 111
76 −満州事変と満州国建国 112
77 −日中戦争(支那事変) 114
78 −中国を巡る日米関係の悪化 115
79 −第 2 次世界大戦の始まり 116
80 −大東亜戦争(太平洋戦争) 118
81 −大東亜会議とアジア諸国 119
82 −戦時下の国民生活 121
83 −終戦を巡る外交と日本の敗戦 122
*大東亜戦争とアジアの独立 124
*戦時国際法と戦争犯罪 125
第6章 現代の日本と世界 127
昭和時代後半 ・ 平成時代
第 1 節 占領と冷戦 127
84 −占領下の日本 127
*占領下の憲法作成とその成り立ち 128
85 −占領政策の転換と朝鮮戦争 130
86 −独立の回復と米ソ冷戦 131
第 2 節 高度経済成長と日本の発展 134
87 −世界の奇跡・高度経済成長 134
*日本の底力を世界に示した東京オリンピック 135
88 −冷戦の推移と日本経済発展 136
*国民と共に歩まれた昭和天皇 137
89 −戦後の文化 139
第 3 節 21 世紀の世界と日本 141
90 −冷戦の終結と共産主義の崩壊 141
*戦争と全体主義の犠牲者 142
91 − 21 世紀の日本の進路 142
*勇気と友情の物語・世界と交流した日本人の記録 144
*東日本大震災と日本人 145
知っておきたい歴史の基礎・あとがき 147



第 1 節 文明のあけぼの


人類は約 700 万年前、猿人と呼ばれる最古の人類がアフリカ大陸で誕生、二足歩行し、あいた両手で石器を使用したと言われている。
約 240 万年前には、原人が登場し、火を使い毛皮をまとって寒冷なヨーロッパやアジアへ進出していったが、絶滅したと考えられる。
約 20 万年前、現代人の直接の祖先である新人(ホモ・サピエンス)がアフリカで誕生した。ホモ・サピエンスは生物学で種を示すための学名で「智恵のある人」を意味する。新人のうち、アフリカに留まった人々はネグロイド(黒色人種)となり、その一部は、約 10 万年前にアフリカを出て、ユーラシア大陸に進出した人々で、環境になじんでコーカソイド(白色人種)となり、ヨーロッパ人の祖先となった。東にむかってアジアに進出した人々はモンゴロイド(黄色人種)となり、アジア人の祖先となった。アジア人の一部は南北アメリカ大陸まで広がっていった。
人類は高い知能を獲得し、意思を伝えあう言葉を発達させた。新人は精巧な道具を作り、集団で狩りや採集の生活を営むようになった。狩りの成功を祈って描いた動物の絵や作物の実りを願って描いた女性像が、今も世界中の洞窟などに遺されている。人類は芸術や信仰を生み出す精神世界を有するようになった。
約 260 万年前、地球は氷河期と呼ばれる寒冷な時期があった。今より 10 度も気温の低い時期が繰り返し襲ってきた。北方では地表が氷河におおわれ、日本周辺の海面は今より 100 mも低く、日本列島は大陸と地続きとなっていた。
日本列島は氷河時代にも、氷に覆われることなく、草原には植物が茂っており、マンモスやナウマン象、オオツノジカなど、大型動物が地つづきの大陸から渡ってきていた。それらの動物を追ってきた人々が、数万年前より日本列島に住みつくようになった。
日本の旧石器時代には、人々は集団で獲物を湿地などに追い込み、石や槍でしとめた。長野県の野尻湖からはナウマン象の牙やオオツノジカの角が石器 ・ 骨角器 ・ 木器などの道具と共に発見されている。このように、打製石器を使って狩猟や採集をして暮らした時代を世界の考古学者たちは旧石器時代とよんでいる。今から約 60 年前までは、日本には旧石器時代はなかったと考えられていたが、この通説を変えたのは、相澤忠洋による岩宿遺跡の発見だった。これによって、私達日本人の祖先は約 3 万年前から日本列島で生活していたことが分かった。

《補講》 岩宿遺跡を発見した相澤忠洋
無名の青年研究家による大発見で、日本の歴史は数万年もさかのぼった。

「日本の文化は、縄文文化をもって最古とする」。これが明治以来日本の考古学の 常識でした。長い間発掘調査は、黒土の層が出てくればそれで終わりとなっていま した。赤土とは関東ローム層とよばれる火山灰が堆積した地層です。一万数千年以 上前の日本は、火山灰が降り注ぎ、動物はおろか草木も生えない死の世界だと考え られていたのです。そのため「日本には旧石器時代はない」と長く信じられてきた のです。この常識をくつがえしたのは、相澤忠洋という無名の考古学研究家でした。相澤さんは 1926 年生まれ、少年時代より寂しい子でした。そんなある日、拾い 集めた土器を大人に見せ、何に使ったのかたずねました。「大昔、お父さんが狩りをし、お母さんがこのような焼き物をつくり、夜になるといろりの火を囲んで一家 団欒をした。これはその跡から出てきたものなんだよ」。相澤少年はその「一家団 欒」という言葉を生涯忘れませんでした。相澤さんは 11 歳の時から働きに出ました。夜間の学校に行き懸命に勉強しました。仕事がない日は博物館に行って、こつこつ と考古学を学びました。そして「いつごろから日本人は日本に住んでいるのか」を
知ろうとしました。
戦争が終った後、1946 年群馬県桐生市に移り、遺跡の発掘を始めました。笠懸村の切通しに関東ローム層の地層が露出した崖の中から、地元では産出しない黒曜石


約 1 万数千年前に氷河時代が終ると、海水面が上がって大陸から分離し、今の日本の姿があらわれた。気温が上昇し、暖流が勢力を増して日本海に流れ込んだので、針葉樹の多かった日本列島に広葉樹が増え、やがて山々が更に豊かな植物採取の場になった。
縄文時代は今より 1 万数千年前から紀元前 4000 年ごろまでの約1万2 千年位をいい、この頃の文化を縄文文化という。気候の変化にともない、ナウマン象などの大型動物は絶滅し、かわってシカ、イノシシ、ウサギなどの中・小動物が増えた。これらのすばしこい動物を捕らえるために、弓矢が発明され、イヌを猟犬としてつかうようになった。また海水面が上昇したので、海が内陸まで深く入りこみ(縄文海進)、カツオ、タイ、貝類など豊かな海の幸をもたらした。
1 万数千年前に日本列島の人々は、すでに土器を作り始めていた。これは世界で最古の土器の一つである。この時代の土器は、表面に縄目のついた模様が多いことから縄文土器と呼ばれている。それらの多くは深い鉢で、人々はこの土器で煮炊きなどを行い、あく抜きなどの技術を発達させた。当時の住まいは、地面を掘って床を作り、柱を立てて、草ぶきの屋根をかけた竪穴住居であった。男たちは狩りと漁労に出かけ、女たちは植物の採取に精をだし、年寄りたちは火のそばで煮炊きの番をするといった生活の場面が想像される。
従来、縄文時代は狩猟・採集にたよる不安定な移動生活で、貧しく原始的な
生活をしていたと考えられていた。ところが青森県の三内丸山遺跡から、約5500 年前の大きな定住集落の跡が見つかり、縄文時代のイメージを大きく変えた。この地では 1500 年もの間、定住生活が営まれ、最盛期には 500 人ほどの人々がいたと考えられる。この遺跡の集落では、すでに簡単な農耕が行われ、エゴマ、ヒョウタン、マメ、クリなどが栽培されていた。縄文時代には、すでに稲作が行われていた。しかしそれは陸稲栽培であり、規模も小さかった。当時の日本列島は食糧に恵まれていたので、大規模な農耕や牧畜が始まるにはいたらなかった。人々は自然の豊かな恵みに感謝し、また子孫を生み育てる女性をかたどった独特の土偶や漆塗りの装飾品などを作って祈りを捧げた。縄文時代は、平和で安定した社会がつづき、日本人のおだやかな性格と日本文化の基礎が育まれたと考えられる。

《資料》 縄文時代の色々な発掘物
1 − 平底深鉢土器・底が細まっていて、煮炊きに用いた(長野県尖石縄文考古館蔵)
2− 青森県大平山元T遺跡から発見された土器は炭素年代測定で 17000 年前とされた。
3− 2013 年日英チームは 15000 年前の土器より世界最古の加熱調理をした痕跡を発見した。
4− 石皿(12000 年前)・鹿児島県かこいの原遺跡で出土。木の実をすりつぶす道具。移動するには重すぎることから、定住生活をしていたと推定される。
5− ヒスイの大珠・縄文時代に日本の各地で見つかっている。日本のヒスイは、硬玉と呼ばれ、鋼鉄より硬く、加工には高い技術が必要である。世界における古代のヒスイ文化圏は日本の縄文とマヤ文化のみであり、最古の例は日本の6000 年前のものである。
日本のヒスイの産地は新潟県の糸魚川のみだが、北海道から沖縄まで各地の遺跡で発見されている。即ち海路を利用した広域の交易ルートがあったと推定される。
6− 土偶・土で作られた人形・土偶は、子孫繁栄を願い、妊娠した女性をかたどっており、「縄文のビーナス」 と呼ばれている。(長野県・尖石縄文考古館所蔵)
7− 漆塗りの副葬品・北海道の函館より出土した、死者と一緒に埋葬した品々は、漆塗りとなっており、世界最古の漆塗り副葬品で、9000 年前のものとされている。



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