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『不思議な赤い糸で結ばれたブラジルと日本』 秋葉 保
「新型コロナウイルス騒動で家庭待機の中でブラジルを思い出して書きました」と同船者でリオのフンシャル移住地に住む岩本 州さんと高校時代の同級生の秋葉 保さんが写真と共に挫折した若き日のブラジル移住の夢と1年半の派米青年として農業実習、大学生活で感銘を受けた恩師長谷川保、静岡県浜松市の聖隷学園、福祉事業団から招聘され聖隷学園で現在も教鞭を取っておられるそうです。念願のブラジル訪問を2010年8月に創立40周年を迎えた希望の家福祉協会の招待で実現させ、岩本さんのフンシャル移住地も訪問出来たそうです。写真は、見事な富士山を背景に駒ヶ岳山頂で撮られた秋葉さんご夫妻の写真を送って頂きました。


私たちの40年!! あるぜんちな丸 同船者寄稿集
 HP編集管理責任者 和田好司 様
第12次航 あるぜんちな丸同船者寄稿集の責任者として貴重な時間を割き同船者を訪問し情報を集め発信し同船者にまた他の移住者及び日本の方々に活躍の様子を伝え夢と勇気と希望を与えて下さいました。和田好司様に感謝とお礼を申し上げます。いままでの記録が次世代へと引き継がれブラジル社会に貢献するものと確信しております。
日本から夢と希望を携え移住された方々は見事に文化、言葉を乗り越えてブラジル等に定着され、貢献され次世代の方々がブラジル等の社会に貢献している一人ひとりに、またご家族の上に神様の恵みが溢れるばかりありますように故国日本から祈りしております。
私はリオ・デ・ジャネイロ フンシャル移住地に住む岩本州君の高校時代の同級生で
共に寮生活をした同僚です。高校時代共にブラジル移住を希望し、私はリオグランデドスール州の中村七次郎氏を頼りブラジル行きを考えましたが挫折をしました。岩本州君は家族で移住を果たしましたが、私は親兄弟を最後まで説得することが出来ず大反対され挫折した者です。
苦肉の策として必ず帰国しなければならないアメリカでの勉強を考え1964年から1年半カリフォルニア州ユバ市の果樹園で農業実習生として学びました。帰国後大学進学、聖隷学園、聖隷福祉事業団の長谷川保理事長の招聘を受け静岡県浜松市の聖隷学園聖隷クリストファー小・中・高・大で教師として勤務し今日に至っています。
 岩本州君とは彼が日本に一時帰国した時、東京でミニ同窓会で会うことができましたが、
2010年8月ブラジル訪問のチャンスが訪れ現地で岩本州君と再会しフンシャル移住地を訪ね、初心を貫いた岩本州君、弘子夫人に感服したことを心に留めています。

1、 社会福祉法人希望の家(Sociedade Beneficiente Casa de Esperaca)開園40周年記念式典に招待され念願のブラジルの地を踏むことができました。(2010年8月18日~20日) 社会福祉法人希望の家の施設はサンパウロ郊外イタクアケセツーバにある、重度心身障害者のための施設です。
キリストの教えに基づき、重度心身障害者を援護し、社会復帰することを目指しています。“希望の家“創立者市川幸子(こうこ)さんのご苦労を現地で知った聖隷福祉事業団、聖隷学園理事長の長谷川保先生は希望の家の移転資金の半分1億円を個人で日本国内で募金活動をして移転を援助しました。
  長谷川保理事長は高校卒業後、日本力行会海外学校に入学、ブラジル移住のための準備をしますがキリスト教と出会い、浜松に戻り、クリーニング店を営む中で貧しい結核青年と出会い、引き受け、寝起きを共にし、その後日本全国から助けを求めて来園する結核患者を受け入れ介護をします。当時結核に対する忌 感から周辺住民からの反対運動も根強く、医療施設の経営は困窮していた。そのような状況の中、昭和天皇より特別御賜金が与えられ、経営危機を脱した経験者です。
日本の福祉事業家、教育者、政治家、衆議院議員、衆議院議員文教委員長、社会福祉法人聖隷福祉事業団理事長、学校法人聖隷学園理事長をされ方です。
今後も社会福祉法人希望の家を人的交流と献金をもって支えていくことが私達の使命を考えています。
2、 ミナスゼライス州オーロプレット訪問中ベロオリゾンテで岩本州さんの妹、青木雅子、Katsuyoshi Aoki 氏と食事会をさせていただいたことは忘れることはできません。
3、 リオデジャネイロでは岩本州さんの自動車での迎えを受け、リオの観光(コルコバードの丘に電車で登り眼下にグアナバラ湾のポン・ジ・アスーカルを観た時はブラジルを肌で感じることができました。その後フンシャル移住地を訪問、岩本州、弘子さんの歓待を受け、グアバ栽培農園、フンシャル移住地をつぶさに視察をさせて頂きましたことは忘れることができません。息子さんは皮膚科の医師としてブラジル社会で活躍しています。

メモ
 *社会福祉法人「希望の家」開園40周年記念式典(2010年8月)
 *HP編集管理責任者 和田好司 様に送稿 (2020年5月)
  新型コロナウイルス騒動で家庭待機の中でブラジルを思い出し書きました。
 *写真は適当なものを送付します。
メモ
不思議な赤い糸でむすばれたブラジルと日本
 長谷川 保・・・若い日にブラジル行きを・・しかし日本に残り 社会福祉事業へ
 ブラジルで子供のために奮闘している市川幸子氏と出会う。
 ブラジル人・日系人の知的障害児童の新しい施設建設のために募金活動を展開し建設費の半分1億円を献金し支援する。
1977年聖隷福祉事業団と姉妹提携、1978年イタクアケセツーバ市に新施設完成。

 秋葉 保・・・ 若き日にブラジル行きを模索、親兄弟の反対で挫折。アメリカ行きに変更。帰国後大学進学。北海道で長谷川保
 先生の講演(彼の著書:“夜も昼のように輝く”の講演。)に感銘を受ける。
 聖隷学園から招聘(1970年4月)を受ける。
 創立40周年(2010年8月)を迎えた社会福祉団体「希望の家福祉協会」に招かれる。
 高校時代の同級生岩本州君とのブラジルでの再会する。
 私たちが長谷川保先生の意志を継いで、ブラジルとの懸け橋の一つとして出来ることは、1977年に聖隷福祉事業団、聖隷学園
 と姉妹校提携された趣旨を理解し後輩に伝え、支援として交流を深めることです。        
 後、人的交流と献金による支援を続けることが私たちの務めと考えています。



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