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椰子の葉風 鈴木南樹 その6
椰子の葉風その6は、ブラジルの田舎で見かけるベルネ(虻)の話から始まり、ビッシェイラ(蛆)と都会では味わえない珍しい大きなハエが傷口等に産み付ける卵がウジに育つという珍しい話が続き、
新移住者への戒めとして請負のコーヒー樹は、1家族4000本が限度で良くばって7000本請け負ったフェルナンデスの経費負けの借金生活を例に語り、追加の章では、懇意にしているイタリア移民のフィオリ家のアンナさんが作って呉れたマカロニを始めてご馳走になった南樹青年にも淡い恋心が生まれるがそれを口に出せないもどかしさを語る。「私も日本へ行ってみたいわ」と無邪気に語る満面に月光を浴びたアンナの顔は、マドンナのマリアのように気高くうつくしかった。 
写真は、ロマンチックな話に似合わずウジとそれをを産み付けるビッシェイラの挿絵になってしまいました。


コーヒー園生活 (十五)

ベルネの話 
             スペイン美人はなぜ泣いた?
「どうせ俺の話すことだ。あなたの参考になるかどうか知らないがね。まぁ嘘がないのが取り柄さ。・・・君もよく犬や牛などにぶつぶつとおできのようなものがあるのを見かけましょう?あれですよ。あれはベルネと言ってね、人間にも入るのですよ」
「ヘェ、あの犬のケツなどに膿の流れ出している、あれですか?」
私は一度犬がいかにも痛そうに舐めているから、かわいそうだと思って、そこをひょいと押してやったら、犬がキャンと、けたたましい泣き声をたてて立ち上がる拍子に、凡そ一・五センチくらいの長さの、ネジくじのような形をしたウジ虫が飛び出したことを、まざまざと思いださずにいられなかった。
「確かにそれです。あれは大きな蠅、それとも虻と言ったほうが分かりやすいかもしれません。機会をねらって動物の皮膚の上に卵を産み付けて行くのです。もともと不潔な匂いに敏感であるから、清潔にしておくに限りますが、運が悪いとどんな玉のような肌を持った女性でもベルネにやられるものです」
フィオリは何か思い出したことがあるらしく、たまらないという風な微笑をたたえつつ辺りを見回した。そこにはもう娘のアンナはもちろん、少年アントニオもジョバンニもいなかった。
     
「ススキさん。面白いことがあるのですよ。これは私がこの前におった農場の実話ですがね。スペインから渡航して来てから間もない若い夫婦があったのです。コーヒー園に亭主の弁当を持って来ると、そこで必ず居眠りをしてしまうのが癖なんです。
何か非常に疲れたことがあったのか、その日も、うとうとと居眠りをやったのですが、運悪くズロースをしていなかったと見えます。何しろ君、このスペイン生まれの女は、顔のきれいなのに似合わず二十才前の、まぁそのなんですね・・・投げやりなんですね。ほら君、今も話した通りベルネの虻は妙な匂いが好きだと申しましたでしょう?」
フィオリは改めて辺りを見回したが、誰もいないので安心したという面持ちであったが、それでも急に声を落として唇を私の耳近く寄せた。
「ベルネの虻はその女の〇部に卵を産んでいったのです」
「そんなきわどいところに?どうして虻が入り込んだものかね?」
「それは君、ふしだらだからさ。よく野面を歩くと、想像もできないような春画に出くわすことがあるじゃないかハハハ・・・」
フィオリは笑い崩れて、しばらくはものも言わなかった。
「ところがね、君。ベルネの卵はすぐ蛆になってしまうのです。私は学者でないから何時間かかるか、そんなことは知らないが、実際、なんだかさっきの虻がおかしいぞと、肌を改めて見ると、もう細い針のような蛆の幼虫(Larva)が、くねりくねりと肉へ食い入っていることを発見するのです。
すぐにそれを抜き取ってしまえばよいのですが、もし手遅れになって蛆が肉体の中に這入ってしまっても一日ぐらいは気づかずにおります。二日目ごろからこの蛆には螺旋形に毛が生えているので、中で運動するから、チクチクと針で刺されたような痛みを感じて、たまらなくなります。
痛いところをよくよく注視すると、少し腫れあがった小さな穴を見つけることができます。その穴へ煙草を粉末にしたものに、洗濯石鹸を練り混ぜたものを塗り付けておくと、奴さん、中で息ができなくなるから、もがきだして入口のほうへせり上がってきます。
それをうんと力一杯押してもらうと外へ出てくるが、あまり蛆の小さなうちはなかなか出てきませんので、押し出すのがとても痛いものです。ベルネの出た後にはチンツーラ・デ・イオド(ヨードチンキ)でも塗っておけばこの上ないですが、何もなければビンガででも消毒しておけばわけもなく元通りになるものです。
気を付けなければならないのは、子供の顔などに這入ったときです。よく目ヤニの流れたところなどに卵を産み付けるものです。女の子などの顔に大きな傷を残さないように、毎日見てやる親切を忘れてはいけません。
しかし、ベルネはビッショのように人体に這入る機会が極めて少ないもので、ブラジルに十年、二十年の長い間住んでも、ベルネの虻を知らないで済む人も多いのですから、精々ブラジルはこういう面白いものがあるというに過ぎませんね。もちろん畜牛などに対する被害は別です。ベルネは牛の皮を穴だらけにしますからね」
「そうですか。ベルネの虻は私などもまだ見たことがありません」
「そうでしょうとも」
フィオリは自説が肯定されたのを喜ぶ者のようにきっぱりと力強く言った。
「それから、あのベルネに這入られたスペイン生まれの美人はどうしましたかね」
私の声の終わらないうちにフィオリは
「ハハハ・・・とんと失念した。ススキさんはまだ若いから美人のことは一歩も逃さんと言うのですねハハハ・・・」
笑いが爆発した。何だかくすぐったいような気持ちで私も笑った。
「スペインの若い美人はそれから毎日、妙なところがチクチク疼きだしてきます。夫にも打ち明けられないような秘密の場所です。もしそれが恐るべき梅毒であったら、どんな疑いを夫から受けるかもしれません。
ふしだらな女ではあったが、まだ結婚後間もない間柄だったので、泣くような気持ちになりながら、色々と内緒で手を尽くしたが、局部から濁った水が流れ出してくるようになり、時としてはとてもたまらない疼痛を覚えて、どうすることもできませんでした。
万策尽きてとうとう夫に打ち明けたが、夫も若かったし愛妻のそんな大事なところを医者に見せるのも、よくよくのことでなければ嫌であったから、二人は内密にできるだけのことをしてみたが、不思議にもこの妙な瘤のようなできものはだんだん悪化してくるばかりです。そうして女は時々飛び跳ねるように痛い痛いと言って訴えます。やむなく夫は恥ずかしがる妻を連れて医者の門をくぐったのです。
さぁ話はいよいよ大詰めになりましたね、ハハハ・・・」

フィオリは好きな縄煙草を吸って、いまさらのように私の顔を見ながら笑った。
「お医者は、火のように顔を赤くした女の〇部の腫れあがった場所を一目見て、ベルネだということが分かったのです。医者がちょっとつまむと、もう充分マヅーラ(成熟)になっていたので、ヒョイと一・五センチくらいの蛆がとび出したので、それを見ていた男の顔が真っ青になったというが、医者は素早く局部に消毒剤をつけ終わって、
『ハハハハもうこれでよい』
と大笑いしたということです。
どうですススキさん、私どもも笑いましょうかワッハッハッハ・・」
「ワッハッハッ・・・・」
二人はわけもなく笑いこけてしまった。


コーヒー園生活 (十六)

ビシエーラの話
             お子ども達はご用心
「ブラジルにはビッショとベルネのほかに、もう一つ肉体に這入る『ビシエーラ』という虫があります。あなたは牧場などを歩いていると、馬糞の上などによく青い色の上に金色を塗ったような美しい蠅を見ることがありましょう?」
「あのきれいな日光を受けると金緑色に光る蠅のことですか?」
「じゃぁ、あなたも見たことがありますね。あれがよく汚いただれや、できもの、傷あとなど皮膚の破れているところに卵を産み付けて行くのです。それが実に信じられないような急速度で孵化してしまうのです。しかも、無数の小さな蛆になるのです。町から牛肉や豚肉などを買ってくると、うようよ蛆の湧いているのを発見することがありましょう?あれがビシエーラなのです。」
フィオリはちょっと考えたような面持ちをして
「アントニオちょっとおいで」
アントニオが走ってくると、フィオリは彼を私の前に立たせてその耳を見せた。
「ご覧なさい、ススキさん。この子が小さいとき耳がただれていたことがあったのです。
そこにあの金蠅が卵を産み付けていったのです。私たちはまだ貧乏で、とかく子供たちを見ておれなかったのでね。もう少しで中耳炎を起こすところでしたが、神様のおかげで・・・」
フィオリは十字を切った。
「幸いに、鼓膜を破らずには済んだが、ほら耳の穴のところにちょっと傷を残しているでしょう」
       
貧窮と苦労とに奮闘した若い時代を回想する者のように、しばらく黙り込んだ。
「ほかのところならかまいませんがね。耳とか鼻とかいうような場所は素人には手が付けられません。応急手当としてどんな農家にも見当たる、クレオリーナを五倍くらいの水に混ぜてつけることです。あまり薄くなっては効き目がありませんから、遠慮なしに濃くして差し支えありません。
エーテル(Ether Sulfurico)を局部に流し込むか、脱脂綿にしみ込ませて差し込んでおくのが一番良いのですが、エーテルは、そうたやすく農家にはありませんから、やむを得なければチンツーラ・デ・イオド(ヨードチンキ)でも差し支えありません。
ちょっとした時間では死にませんから、一時間くらいは絶え間なしに濡らしておく必要があります。とにかくこのビシエーラが小さな子に寄生した場合は理屈なしに、一刻も早く医者に手当をしてもらうことが何よりです」
「ビシエーラは、ベルネがスペインの女に入ったような場合もありますか?」
「ありますとも。ただビシエーラはけがしたとか、おできをしているとか、皮膚が破れて肉を露出していなければ、ほとんど産卵をしない点が違っています。つまりベルネは老幼を問わず、どんな皮膚の上にも寄生するが、ビシエーラはおもに小さな子供などの皮膚が極めて脆弱な者につくことです」
「いや、面白いことを聞かせてもらいました。ブラジルにいる人肉に食い入る虫というものは、それくらいのものですか?」
「ブラジルというと、何か恐ろしい人間に害する変わった動物でも住んでいるように言うものがあるが、十数年のコーヒー園生活で、私はビッショ、ベルネ、ビシエーラの三つしか他は知りません。これだって気を付けてさえいれば何でもないもので、小児に入るビシエーラを除けばむしろ農園生活の退屈しのぎになるくらいです」
「ごもっともです。人間はとかく大げさなことを言いたがるもので、空想を現実化して喜ぶものですからね」
私はフィオリの偽らないありのままの話を喜んだ。
「やあ、話に身が入って気が付かずにいた。もう太陽が落ちかかったぞ。真っ赤な色が明日の天気を予報しているわい」
コロニヤの前に立っているたった一本のパイネーラの大木には、もう花が咲いて、透明な望遠鏡を見るような、黄昏のうすら青い空気のただよう地面の上を、間作畑から戻る人々が
「ボーア・タルデー」
「ヴエナス・タルデス」
「ボエナ・セーラー」
などと口々に挨拶して通って行った。


コーヒー園生活 (十七)

新移住者への戒め
            フェルナンデスはなぜ苦しんだか?
「ススキさん、まぁお入り。四月もパイネーラの花が咲いてくると、黄昏はうすら寒くなりますからね」
「そうですね。摂氏の十五度くらいの温度でしょうかね?」
フィリオに続いて、私もいつも遊びに来て座りなれた部屋の、頑丈な不細工ともいうべきペロバの木で作った机に向かって腰をおろした。
「やぁ、アンナ、お前はまだススキさんにコーヒーもあげてないんじゃないか」
「フィオリ、今日はね、アンナが是非ススキさんに食べてもらいたいと言って、マカロンの手打ちを念入りにやっているんですよ。だからコーヒーは辛抱してもらうんですの」
愛嬌のよい妻のローザの声の後から、アンナの朗らかな笑い声が聞こえてきた。
「そうか、それはよい。ススキさんは一度だってうちのマカロナーダを食べてくれないんだからね。アンナは上手ですぜ」
フィオリは娘のアンナをほめるのが癖であった。
「それではそういうことにして、ススキさん、何かあなたの移民研究の質問にでも答えるとしようかね」
「今日は支配人から暇をもらってきたのですから、ゆっくりさせてもらいます。フィオリさん、今しがた私たちの前を、鍬を肩にして走るように通ったフェルナンデスですがね」
「あぁ、あのフェルナンデスですか」
「あの男がちょいちょい事務所に顔を出して、よく支配人から何か言われているのを見受けますし、帳簿をくってみると借金ばかり増えていくようですがね。一体どういうわけでしょう?」
「ススキさんも、なかなかうまいところに気が付くようになりましたね。フェルナンデスはスペインでも相当裕福な家に生まれたらしいが、商業上の手違いから落ちぶれてしまい、何とか家業の回復を図りたいというのでブラジルに渡航したらしい。
だから彼は教育の点からいっても、一日も早く金を得たいと熱望して努力することから見ても、他のスペイン人に見られない点があります。
しかし、あの人は気の毒にもコーヒー園の仕組みをわかっておりません。これは私なども初めには、大まごつきにまごついた苦い経験でもあります。ススキさん、私はあなたに新しく来る日本移民のために、ぜひ知っておかなければならないことを、話しておきたいと思います」
フィオリの話すところによれば、コーヒー園のコロノの労働というものは、初年には儲からないようになっているということである。
すなわちコロノというものはとうもろこし、フェジョン、カボチャ、サツマイモなどの間作物を収穫し、養豚、養鶏などによって副収入を得ることにより、一年、一年生活が充実し、余剰金ができるようになって来るのである。
 たとえどんなよい家族であっても、初年度には生活費を得れば上々吉のほうで、八割くらいまでの移民は、幾分借金を残すのが習わしである。
「フェルナンデスはコーヒー園のこうした仕組みを理解しないで、初めから金を残そうとして、能力以上のコーヒー樹数を取り扱っているのです。
働いた経験のない若夫婦と弟の三人では、四千本くらいがいいところで、最大限五千本を越えてはならんはずであるのに、七千本も取り扱っているのです。
一回の除草も回り切れないうちに、後から生えた草は、身の丈を没するくらいになります。カマラーダ(日雇い)を農場から入れて貰わないと、働いても、働いても追いつきません。最近では妻が病気で寝ているということです。
それでもフェルナンデスは、青い顔をしながら吐息ばかりついて、土曜日にもあんなに遅くまで働いているのです。人間の力には限りがあります。今にフェルナンデスは倒れてしまいます。
仮に家族の能力に適応したコーヒー樹数を取り扱うのと、フェルナンデスのように無謀なやり方、能力を無視した取り扱いをする場合との利害関係を数字に表すとこんなことになります。

  能率以内の取り扱いの場合
◇収入  四千本取り扱い
  千本が百五十ミルレースの割合         六百ミルレース

  能率以上の取り扱いの場合
◇収入  七千本取り扱い
  千本が百五十ミルレースの割合         千五十ミルレース
毎回、三千本ずつ日雇いを雇うものとして、一回千本の除草賃を五十ミルレースとして、年五回、除草・山建、山崩しをするものと仮定した場合 
◆支出                     七百五十ミルレース
◇◇差し引き収入                三百ミルレース

四千本を取り扱うものが、完全に全取扱手数料、六百ミルレースの収入を得るのに対し、
七千本を取り扱った場合は、その大部分を日雇い賃に差し引かれて、懐に入るところは四千本を取り扱うものの半額に過ぎない。
しかも、四千本を取り扱う場合は、悠々と気楽に自己の義務を果たすことができるのに、能力以上を扱った場合は、これは痛ましいまでの労苦の限りを尽くして、なおかつ自己の責任を果たすことができないのは、大いに考えを改めなければならない点である。」
「どうです、ススキさん。コーヒー園労働は気長にやることが一番です。一年でやろうと思うことを、三年くらいにのばしてのん気にやることに限ります。日本移民が来たら、農場主などの『金が残る』なんかという宣伝を当てにせず、残らないものとして、ぼつり、ぼつりとやらせるんですね。ハハハハ解りましたか。ハハハハ」
フィオリは如何にも得意らしい顔つきで笑った。
「なんですね。この人は自分ばかり何かべらべら喋ってさ。さぁさぁ机の上を片付けるんですよ。アンナのマカロンができましたからね」
妻のローザがこう言って、白い布をかける間もなくアンナはマカロンを山盛りにした大皿を私の目の前に置いた。
いわゆるチキン・マカロニなので牛肉のような脂肪はないが、いかにもうまそうなトマトの赤い色が見えて、ケージョ(チーズ)の粉末が雪の降ったように被っているのが、見るからに食欲をそそった。
「いよ!アンナ。上出来、上出来。さぁススキさん、アンナのご馳走をたくさん食べてください」
フィオリは嬉しくってたまらないという風に目を細くして喜んだ。


コーヒー園生活 (十八)

恋の芽は芽生えども…
            あぁ、黄色人種のひがみ
絵のような大きな月が、落葉しかけたパイネーラの陰に現れて、紺碧の空はパノラマ館内に見るような妙な明るさに晴れていた。
「さぁみんな、外へ出て食後の腹ごなしに月でも見ましょう」
アントニオが腰掛を持ち出したが、ローザは二個の椅子を並べて
「ススキさん、お掛けなさい」
と自分はフィオリの隣に腰を下ろしながら
「アンナ、お前もそこへおかけ」
母親が娘のアンナに私の隣に座れと言うのである。アンナは
「ダ・リセンサ(ごめんなさい)」
なんの躊躇もしなかった。アンナはもう十八歳であった。今まで若い女性と、こんなに接近して座ったことのない私の胸は、息詰まるような鼓動を起こした。
私は盗み見するようにアンナを見つめた。
すらりとした姿、ごつごつした木綿のスカートも、アンナの美しい肉体の線を隠すことができなかった。描いたような眉と、つぶらな大きな目、一本一本数えられるようなきれいにそろったまつ毛、これがアンナの顔の美しさの中心をなしていた。
少し薄すぎるような唇と、短く見える顎も、笑うたびに現れる二つのえくぼと、整然と並んだ純白の歯並びとにかくれて、誰もそれと気づくものはあるまい。頭を包んだ緑のネッカチーフからはみ出している、金茶色のふさふさした髪の毛は、どんな鈍感な人にも口づけを強要するような魅力を持っていた。
フィオリの一家はこの頃私が訪問すると、いつもアンナと二人並ばせて座らせた。あるいはアンナと私の恋愛を黙認するとも、勧めるとも思われないこともなかった。
日本人から見ると、親たちが若い男女の関係を手助けするというようなことは、何か裏面に利害関係が潜んでいる以外はほとんどあり得ない。すなわち悪い意味を含んでいることを否定することはできないが、白人の間にあってはきわめて普通の出来事であった。
理解のある家庭にあっては冷静な両親の認識によって、娘の恋の相手の選択を陰から補正して、誤りに陥らないようにするものも少なくない。フィオリは教育というほどのものを持ち合わせなかったが、生まれながらにして朗らかなその性格と、優しいローザの愛によって、コロノなどには珍しい立派な家庭を作っていた。  
日本人である私には初めから親切にしてくれたし、娘のアンナに対して惹かれているらしい私の微妙な心の動きを悟っても、何のかかわりもなくアンナを私の前に近づけた。
むしろ私とアンナとの間が、初対面の時とあまり変化がないのを、不思議がっているようにも見えた。実際私は内気であった。臆病であった。心の底でアンナを慕わしく思えば思うほど、引っ込み思案が激しくなった。
低い鼻、出っ張った頬、細い目、こうした見た目の醜さを度外視して突進して行くほど、私は盲目になりえなかった。むしろ黄色人種に生まれた私自信を呪い恨んだ。
大胆に、率直にアンナのような美しい女の前に立って
「私はあなたを愛します!!!」
と言って、ほしいままに抱きしめることができない不幸を嘆いた。
私が今日までにアンナにできたことは、ただ女持ちのハンカチーフをプレゼントに贈ったくらいのものである。しかも私はアンナの手に直接渡す勇気がなく、母親のローザにそれとなく差し出したに過ぎなかった。そうして、後でハンカチーフは『切れる』ということを意味し、あまり縁起のよいプレゼントでないということを聞いてびっくりしたのが関の山であった。
「いい月ですね」
私はアンナにというよりは、母親のローザに向かってこんなことを言った。
「日本でもこんなに月夜はきれい?」
わだかまりのないアンナは母親の答えを待たなかった。
「日本の月は秋ですね。それはとても美しいですよ。ちょうど清らかな水の中から生まれでた女王のような感じがします」
「そう、いいのね。私も日本へ行ってみたいわ」 
私は、はっとしてアンナの顔を見た。
満面に月光を浴びたアンナの顔は、マドンナのマリアのように気高く美しかった。

(コメント集)
池田:駒形さん 貴兄の申されることは大切な事です。笑って過ごせることではないですよね。場所、話の内容、人の間柄と個々の性格などにより「 ジャポネスク ガランチド 」に対する発音に気をつけ聞き分ける事ですね。

古谷:駒形さん 仰せの通りです。
「Este é garantido!」と露店の売り子が「これは間違いない、絶対大丈夫だ」と言ったニュアンスで言いますが、裏を返せば、これは保証出来ないと言っている様なものですので、仰せの通り、これを日本人に就いて言ったとすれば、まアー日本人は信用できないと、言う理屈になります。
小切手に就いても、又然りです。余りにも不渡りが多かったので、止む無く銀行が保証する様になったのでしょう。
憚り乍ら、田辺さんは耳が遠いのです。聴力が劣る人は、勝手に相手も耳が悪いと決めつけ、大声で話すのです。駒形さんの言を否定しているのではなく、聞こえてないのです。尤も、耳の遠い人と議論しても、耳の正常な方が根負けします。奈良の大仏と議論している様なものです。
「やー、有難い、先生に褒めて頂いて有難い」も聞こえましたか?
私が、一度田辺さんをお宅に訪ねた時は、「私は耳が悪いから」と言って、隣にお住いのお嬢さんを引っ張って、(補聴器の代わりに)お嬢さんを交えてハナシした事がありました。お嬢さんの大声は、聞こえてましたので、声質・オクターブに関係が有ったのかも知れません。本件は、田辺さんに言ったら、アキマヘンデ。  

丸木で~す その2の(4)に大佐と書かれてますが、通常コロネルは地主の意味でも使われてます。ペルナンブコ州で家内の先祖も通称コロネルと呼ばれてましたが軍歴も軍籍もありません、為念。



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