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椰子の葉風 鈴木南樹 その14
椰子の葉風も後2回で終了する事になった。移民収容所時代(八)の続きから始まり、東京に出る汽車の中で隣り合わせたお京との切ない夜を過ごし童貞を守り南米に発つ27歳の貞次郎青年の赤裸々な純情青年振りには、男としての共感を得る。何とか字数を計算しながら(九)と(十)の一部で9700字に納める事が出来た。
適当な写真が無くて困っていたらブラジリアにお住みの東京農大OBの須貝さんがこの移民収容所に1週間泊まったことがあるとの事で写真を送って呉れたのでお借りして使う事にしました。学移連の南米視察研究団員の皆さんと一緒の貴重な写真です。須貝さん有難う。


 長兄との会見もでき、友人たちにも二度目の別れを告げて、降りしきる雪の大石田停車場を発ったのは十六日の夕刻の汽車であった。
 中途で一泊するなら大石田でみんなと一夜を明かそうではないかと言う友人たちに、日本とのお別れに一度温泉に浸って行きたいと偽った私の心は苦しかった。
 上の山温泉の赤い灯影は雪を照らして夢のように美しかった。
 女を知る初めての夜にふさわしい美しい夜である。人力車に揺られながら道々に見る何もかもが意味ありげに見えた。
 長谷屋はお客がいっぱいであった。しかし例の女は私を蔵座敷に案内してくれた。そこにはこの宿屋のお祖母さん、七十五〜六才にもなるか、海老のように腰の曲がった年寄りが一人炬燵に入っていた。
「ここで辛抱してよ、ね。お祖母さんはあの通りろくに目が見えないんだからね・・・。いいでしょう?だってほかにしようがないんですもの・・・」
 黙って突っ立っている私の耳元へ口を寄せて
「それにもう耳が遠いのよ、ホホホ・・」
 女は笑って見せて
「いいでしょう、ね、ね。」
 もう一度念を押して女は外へ出て行った。目が見えないで、耳も聞こえない。それではまるで居ってもいないと同じことである。私はやや心が軽くなった。
 なんという印象的な夜であろう。もくもくと音もなく降り積む温泉場の雪、杉や松の黒い線、それを照らす赤い灯、そうした外界の夜に包まれた蔵座敷に、私は目がろくに見えない、耳が聞こえないらしい七十五〜六才の老婆と、ランプの灯をへだてて向かい合っている。これが二十七才まで耐え忍んだ、異性を初めて知る夜であろうか。
まさにエロ・グロの大混戦である。
 運命だ。私は観念して炬燵に続いて敷かれた布団に入った。時々老婆の咳の音がして、美しい夢想をめちゃめちゃにかき乱してしまう。夜はだんだん深まって行く。柱時計の十時の音がして間もなくであった。
 すーっと障子が開いた。女である。どんな様子をしているか、細められたランプの光で部屋はうす暗かったので、どうせはっきり見ることはできなかったが、私は冴えて眠られない、ほんの今の今まで開いていた目をなぜか急に閉ざしてしまった。
 女が近づいてくる音がした。私は身動きもしなかった。女の手が私の肩にかかると、
「あなた!あなた!」
 老婆の耳は全く聞こえないらしいというのに、私の耳にも聞き取れないほどの細い小声である。
 異性を知る機会が来た。二十七年間待ち望んだそれが今完全に私の手中にある。私の心は波立った。しかし私は恐ろしさに胸がいっぱいであった。
「あなた!あなた!」
 私は死んだように身動きをしなかった。女の手が肩に触れれば触れるほど、何かしら底知れない恐怖の念に襲われた。異性を知りたいという本能の熱望と好奇心よりも、それを満たす道程のうちに私を滅ぼすような、恐ろしい伏線が引かれているような気をどうしても打ち消すことができなかった。
「この人は寝たふりをしているのよ」
 女はとうとうあきらめて出て行ってしまった。
『しまった!』
 私はその女の後ろ袖を握りたいような焦慮を心に感じたが、依然として身動きをしなかった。しかし後から『なぜ俺はあの女の手を取らなかったのだろう』と後悔の念が湧いて、湧いてどうしても寝付かれなかった。
 十二時それとも一時頃でもあっただろうか、女は私の部屋に来て炬燵を中心に老婆―私―女と言う風に寝た。
 女が再び『あなた』と、私を呼びはしまいかと心待ちに待ったが、いつ迄もいつ迄も何の音さたもなかった。私もとうとうくたびれ果てて寝入ってしまった。
◇    ◇   ◇
 あくる朝、飯の給仕に出てきたとき、
「昨夜、いくらゆり起こしても、あなたは寝入って起きなかったね」
 女は例の狡猾な妙な目つきで私をにらんだ。
「そうかね、外国に行くので、故郷で夜更かししたから疲れていたからね」
 私はこんな嘘を言って、なるべく女の目を見ないように、うつむきがちに茶碗の飯をかきこんだ。
「そう!ホホホホホ・・」
 女は崩れるように笑った。
 私は顔を火のように赤くした。

  ※【付記】こんなことを書くことを褒めるべきことでないという人が多かろう。しかし私は一度ぜひ私の性生活を書いてみたいと思っていたので、私がサンパウロ市で女を知る「前記」にぜひなくてはならないページのような気がするところから、こんな記述を臆面もなくしたことを許してもらいたい。
  

◇移民収容所時代 (九)

 夜のうちに降り積もった雪は、月岡城下のすべてのものを浄化して、道端に捨てられたチリやゴミさえも美しい点景の一つとなった。もうもうとした湯けむりが公衆浴場から上がって、いかにも温泉場らしい情緒をそそった。
灰色の幕を張ったような底明かりのする空を、カラスはその漆黒の羽根を広げて飛んで行った。
『もう一晩泊まろうかしら?』
こんな躊躇する心をふり捨てて、私はほとんど最後の一瞬に、ようやく上りの汽車に乗ることができた。
『ああ、ああ・・・』
 物足りないけだるい気分、馬鹿らしいと言えばそれまでであるが、あんなに猟奇心に燃えた真剣な期待を、自ら掴みえなかった憶病に対する不満と後悔。
『俺はやっぱり女を知らずに外国へ行ってしまうんだナ』こんなことを力ない声でつぶやきながら辺りを見回した。
 今から二十八年前に東北地方を走っている汽車は皆、横から戸を開いて入るもので、現在のように中央に通路のあるボギー車ではなかった。
 大雪の朝の、しかも十二月も押しつまった汽車の中には旅する人も少なかった。私の前の腰掛には六十五〜六才に見えるお婆さんと、その末娘とも孫娘とも思われる、十八才位の健康そうな赤ら顔の女がただ二人だけ乗っていた。
 あきらめても、あきらめきれない昨夜のことが心を悩ませて、私は眠り足らない重い頭を、汽車のガラス窓に押し付けて冷やした。
 福島で一時間足らずの昼飯の時間があって乗り換えなければならなかった。
 不思議な運命!それは後で気づいたことであるが、私は何の気もなしに青森からの上りの列車の戸を開けて入って行くと、なんとそこには今朝、上ノ山駅から乗り合わせたあのお婆さんと娘さんが座っていたのである。
「おや?」
 小さな声で、こんな風に叫んだが、私は黙礼したきり別に言葉を交わさなかった。
 乗客はこの列車でも少ないので、私は腰掛の上に横になって新聞や雑誌などを読みふけった。しかしなぜか気にかかって、時々このお婆さんと娘さんを盗み見るようにそっと見つめた。『どこに行くんだろう?東京見物か、それとも善行寺参りとでもいうのかしら?』私はこんなことを考えてみたりした。
黒田原で長いこと下り列車の故障のため停車していたので、奈須野が原を通るころは列車の中はうす暗いランプの光に照らし出されていた。昨夜の眠り不足のため私はいつとはなし、夢ともつかず、眠るともつかずうつらうつらしていた。
「お寿司にお弁当、名物の日光ようかん」
 宇都宮に着いたのである。びっくりして起き上がると、そこにはもうお婆さんの影もなく娘さんがただ一人座っていた。
「おかしいね?」
 首をひねる間もなく汽車はするすると出てしまった。
「失礼ですが、あなたは東京にいらっしゃるのではありませんか?」
 遠慮がちな態度で、女は私の方に近寄って来た。私は合点がいかないので、返事をすることさえ忘れて、ただまじまじと女の顔を見守った。
 女はまぶしい日光に射られたように、おそるおそる私の顔を仰ぎ見ていたが、いつまでたってもものを言わないので、顔を真っ赤にしてうなだれてしまった。
「どうしたんですか?いったいあのお婆さんは君の母さんではないんですか?」
「いいえ」
 女はかすかに首をふった。
「親類でも?」
「いいえ」
 女はちらと私の顔を見たが、すぐにうつむいてしまった。
「じゃあ、君は一人でどこへ行くんですか?」
 私はなんだか、夢を見続けているような気がしてならなかった。
「東京」
 女の声は細かった。
「何をしに?」
「はっきりした当てがないんですの・・・」
「これは驚いた」
「私は本当に今になって、どうしてよいのかわからなくなりましたわ」
 女は唇をかんで、どこを見つめるともなく目をしばたたいた。
「あのお婆さんは汽車で一緒になっただけの人なんです。あなただって同じことですわ」
 女は寂しそうに笑った。
「私は山形市小性町の大工の娘で、機織り工場に通っていた女工です。・・・家族は人の好いお父さんと・・・母さん、親切なお祖母さんと私と四人きりなの・・・」
 しばらくものを考えるようにためらっていたが
「いいわ、何もかもみんな申し上げてしまいますわ。私は、今はあなたよりほかに頼る人がないんですもの・・・。私はね、お京っていうの・・・」
 こう言って語りだしたところを略記すると・・・

 この女の父親は、毎日毎日、大工箱を担いで仕事に出ていくほか、酒一つ飲むではなし、声を荒らげたこともないお人好しであったが、こういう家庭にありがちな母親は、わがままで男を引き入れていたということである。“知らぬはご亭主ばかりなりけり”と言うならばまだしも、父親は知っていても何も言うことができなかった。腰の曲がったお祖母さんも、もう七十の年寄りで、見て見ぬふりをするよりほかなかった。
しかし、それでは世間はすまさなかった。お京さんは機織り工場で、同僚たちからいつもそのことで冷やかされた。便所に立つふりをして、物陰にかくれて悔し泣きに泣いたことも一度や二度ではなかった。
とうとうたまらなくなったある日、母親の前に出た。
「どうぞそういうことはやめてください」
 と泣いてすがりついた。意外にも母親は、とんでもなく腹を立てた。
「生意気な、何を言うんだ。お前などの知ったことではない。二度とそんなことを口にすると承知しないぞ」
 どんと突っ放して、火鉢の前に座ると、長煙管にたばこをつめながら、睨みつけた鋭い目は、今思い出してもぞっとするとのことである。
それ以来お母さんは、お京さんに全く口を利かなかった。頼りない悲しい日々は続いて、いつまでたっても母の心は解けなかった。お祖母さんは見るに見かねて
「お前はな、仙台に行け。叔母さんは何とかしてくれるだろう」
 こう言われて、こっそり逃げ出してきたが、仙台の叔母さんというのは芸者屋をしているのである。そんなところに行ったならばお京さんの運命もはかり知られると考えついたので、東京に行って自活したい。そうしてふしだらな母を見返してやりたいと決心し、ふと東京の鎌倉河岸にいる人のことを思い出してこちらにやって来たというのである・・・。

「その鎌倉河岸の番地はわかるんですか?」
「いえ、解らないの・・・」
「ハハハハハ」
 私は、いくら小娘の心一筋とはいえ、あまりに無鉄砲なので笑うよりほかなかった。
「鎌倉河岸だけではわからないんですか?」
 お京さんは不安そうに眉をひそめた。
「君、東京は山形ではないよ。一つの番地だって田舎の小さな町ほどあるんだ。ただ鎌倉河岸だけではしらみつぶしに捜し歩いたって、よほど有名な人でなければ解りっこないね。ほかに知った人はいないんですか?」
「あの、横浜の料理屋にいる近所の姉さんがあるの・・・」
 心細そうな目には涙がにじんでいた。
「横浜の料理屋と言ったって名前と町名がわかっていなくっちゃね」
「何にもわからないの、もう一年も前に来た手紙なんですものね」
 お京さんの目からホロホロと涙がこぼれだした。
「だからね・・・だからね・・・私、あなたにお願いするの。どうぞ私を助けると思って、それがわからないなら仕事のお世話をしてくださらない?私は本当に手を合わせます・・・」
 手拭いを袂から取り出して顔をおおった。しくしくという泣きじゃくり、頭から肩にかけて波打つような震えが時々起こった。言いようもないしほらしさに私の胸は耐えられないほどの重さを感じたが、ここ三〜四日の内に南米に発たなければならない私である。
どうしてよいものか名案のあるはずがない。私は長いことため息をついて黙っていた。お京さんは時々手拭いから右目だけをあらわせて、何か恐ろしいものでも見るように私を見つめてはあわてて力強く両眼を左の手で押し付けた。
「実は私もこの二十一日には南米に発って行くものですからね・・・」
「南米?」
 鋭い声で叫んで、手拭いを取り落とした女の顔は赤く涙でぬれていた。
「妙なことを聞くようだが君はいくらお金を持っているかね?」
「ほんの五円だけ」
「ふむ・・・五円しかないのかね。困ったなぁ・・・じゃあこうしたらどうだね。一応その鎌倉河岸を訪ねてみるさ。そうしていよいよ見つからなかったら、お金のあるうちに直ぐ仙台の叔母さんのところへ行くんですね。それが一番いい方法だろうと思う。私も忙しいが半日ぐらい君のお供をして、その鎌倉河岸に行ってあげよう」
「だって、あなたがダメだと言うなら探したって、難しいと思うわ」
「それは難しいね」
「わたし、途方にくれてしまうわ」
 汽車はいつの間にか上野駅に着いた。
離れ離れになってしかも親しみがちの二人は、あまり多くもない下車客とともに、プラットホームを歩きつくしたとき、駅の時計は十二時を打った。
 東京も雪がちらちらしていた。
「お安く致します。ヘイ手前は××屋です」
 などなど提灯をさげて、しきりに愛嬌をふりまく客引きを断って広い通りへ出た。青いガス灯が雪の上を照らして、風はあまりなかったが一路真っ白な街道は、世界の果てまで続いているのではないかと疑われた。
 黙って私の後についてくる女を見たとき、私は迷った。
もう十二時を過ぎたこの夜中に下宿屋は寝てしまったに違いない。叩き起こすこともできるが、もし部屋が空いていなかったらどうする。
「どこかその辺に泊まろうかしら、下宿屋に部屋を取っておかなかったからね」
 こう言って下宿屋に行くことを躊躇する私の心のうちには、もちろんこの女と寝てみるということに多大の興味を持っていたことを否定できない。
「どこでも、わたしはあなた任せですわ」
 池の端の裏通りに『××屋』と書いた灯が見えた。
それはほんの数十歩先に過ぎなかった。
「いらっしゃい」
「お疲れさま、どうぞこちらへ」
 番頭も女中も眠そうな目をしていたが、習慣的に声だけは威勢がよかった。
「お京さん、君は先に行ってください。私はちょっと便所に行って来ますからね」
 女が女中について梯子段をトントンと登って行く後ろ姿を見つめて、これはひそかに期待した計画的なことではないかというような気がして自らの卑しい心を憤った。
 私はこの女を裏切ってはいけない。全てのものをささげて信頼する女の誠意に対して、私は部屋を別にすべきものである。こう思う心のどこやらで、『こんな不思議な、信じられないような機会は人間の一生に二度とあり得るものではない。これをむざむざ取り逃がすことは卑怯である』とささやく声がする。私は十歩行っては五歩戻り、二十歩歩んでは十歩引き返して、どうしても部屋に入ることができなかった。
「お休みなさいませ。もう遅うございますから、そんならごゆっくり・・・」」
 廊下に立っている私を妙な目つきで見つめながら女中は行ってしまった。
 恥ずかしいような、恐ろしいような、しかし無茶苦茶に混乱した心は私に勇気をあたえた。私は部屋に入って行った。
 夫婦寝の布団に二つ枕、お京さんはしょんぼりと座って、うなだれていた。私も座ったが、色々な感情が湧いて、何か言おうとすると喉がいっぱいにつまって、小さな声さえ出なかった。とうとう終わりには泣きたいような気分にさえなった。
 長い、長い沈黙・・・それはほんのわずかな時間に過ぎなかっただろうが・・・が二人を支配した。女は膝の上にきちんと置いた両手に時々涙らしいものが落ちていたが、女はそれをどうしようともしなかった。
 私はこの女を汚してはならない。しかし私はこの女と寝てみよう・・・寝てみたいと言った方がもっと良いかもしれない・・・とにかく私の心には激しい異性に対する欲求はあったが、長い間習慣づけられた偽善的な惰性は、ともすると自分を聖人のような境地に祭り上げて、そこに限りない慰めを求めていた。
これほど露骨に性生活を発表して意としないのであるから、私は決してかくすのでもなければ、自己を粉飾しようとするものでもない。実際この女に対する私の心もちは昨夜の温泉宿の女に対するのと同じように、一意、肉を求めて止まなかったのとは全然違って、何とかしてこの女の純潔を保ってやりたいという思いが、魚釣りの『ウキ』のように、ひょこひょこと頭をもたげてくる汚らわしい考えをしりぞけた。
 それならなぜ部屋別にして寝ないのだ。そんなことはお前の体裁のよい言い訳であると非難する人があるならば私はそれを甘受する。女を犯そうという明白な考えはなかったが、女と寝てみたいという好奇心、何らかの拍子で、望んではならない危険がないとも計り知られないその危険を、私は少しも期待しなかったであろうか?私はそれをはっきりと言うことができない。
 こんにちの平静な常識でその夜における私の心を判断することは難しい。ある時は子供のような心。ある場合は鬼のような考え。それがごたごたと雑居していたのである。矛盾だらけなこんな場合を後で理論づけることは無理であり、間違っている。
 せんじ詰めれば私はこの女を犯さない。しかし一緒に寝てみたいというのである。
アダムとイヴはどうしても禁断の果物を盗まなければならなかった。しかし私は私の書いた筋書き通りに決行しよう。
『よし!私は断然この女と寝てみよう‼』
 私はこう考えを決すると急に晴れ晴れしくなった。
「お京さん、寝ましょう。私は断じて君を汚すようなことはしませんから、ご安心なさってください」
「わたしも寝ますわ。あなたを信じていなければこんなところに来ませんもの」
 私は帯をしたまま先ず寝ころんだ。女は羽織を脱いでたたんだが、何かものを考えるようにじっとしていた。私は目をつぶったふりをして時々細く開けてみた。
 五分とは間がなかったであろう。女はついに上着を脱いだ。メリンスの長襦袢を、細紐で腰のあたりをくくっているのが、ぼんやりした行燈のうす暗い灯の中に、くっきりと艶っぽく浮き出て見えた。私は恐ろしい一大事が近づいてくるように感じて、目を固くつぶった。
「ごめんなさい!」
 女の声は雷さんの落ちたように、鋭くなった私の耳を貫いた。私はだまって海老のように足を小さくすくめた。
 私は女の肉体に触れないように触れないようにとあせった。しかしそれは無駄な努力であった。夫婦布団と言っても狭い宿屋の布団ではどこかしらが触れ合った。
 奇怪な興奮、それは男性として逃れようと抵抗することのできない魔力が、私の精神を綿のように疲労させた。私は時々大きなため息をついた。冬の風は時々大きな音をたてて窓を揺り動かせた。
 幾度もいくども寝返りを打った。いくら美しい言葉をつづり合わせてみても、人間はやっぱり動物と隔てることは紙一重である。いや、ある点においては動物以上であるかもしれない。私は自分の心の中の獣性を深く恥じた。しかし、それをどうすることもできないほど猛烈な獣性に恐れを抱かざるを得なかった。
『畜生!偉そうなことを言っても何というざまだ』
 私は大きく目を開いて天井を見た。いろいろな淫らな絵が、そこにも、ここにも板の木目や節を中心として描かれているように見えた。
よくよく注視すると、それがぐるぐる回転して一層様々な模様を描いた。私は熱を帯びた額をたたいて妄念から逃れようとあせった。駄目だ。私は口惜しくなって頭の髪をかきむしった。それでも静まらないこの卑しい心をどうしよう。
私はたまらなくなって女の方に目をやった。どんなに血走って恐ろしい目をしていたか、それは想像することさえも嫌である。女も目をぱっちりと開いて私を見た。しかも憐れみを願うような、今の今まで泣いていたような目である。
私の心は急に平静になった。
「どうしたの?」
「寝付かれないわ」
 言うに言われぬ悲しさで胸がいっぱいになって来た。どうにでもなりそうな女のその無防備ないじらしさを思うと、私の心に正しい明るさが広がって来た。
 私は突然寝返りをうって両手を顔に当てた。不思議な甘い涙が目からこぼれてきた。
       ×     ×     ×
翌朝、女は鎌倉河岸に行って知人を探すことを断念した。私は自分の下宿屋である本郷区真砂町の真砂館に丁度女中の働き口があったので、女を連れて行った。
それから三日間、この女は私に妹のような親しみをもって、ご飯の給仕や、寝床の上げ下ろしをしてくれた。ときおり妙な衝撃にかられてこの女をぐっと抱きしめた。女は私のなすままに任せて少しもこれを拒もうとしなかった。ただそれだけ。
 私はとうとう『女の肉体を知らないまま』横浜から南米へ出発した。
 ペルーからこの女に宛てて一通の手紙を出したきり、ブラジルに渡ってからは慣れない激しい肉体労働は、何もかもを忘れさせてしまった。今になってこの女がどうなっているか、それを知りたい好奇心を捨てることはできないが、私の記憶には『お京』という名前以外に、その姓も原籍も残っていない。
真砂町にはもう真砂館という下宿屋が見当たらないのである。
 私が初めて女と寝たその女の『お京』は、私に一生忘れられない謎を投げたが、それは永遠に探し当てることのできない真実の謎となってしまった。


◇移民収容所時代 (十)

年代が少し前後するが、私はここで女性に対するすべての交渉を清算することにしたい。
 私の出版した『ブラジル日本移民の草分け』中の、コーヒー園生活(二十一)に私の初恋のことを書いているが、その続きとも見るべきエピソードである。

 死ぬほどなつかしい初恋の女、お春さん(仮名)が結婚することを知って、あわただしく上京してから三年の月日は夢のように流れて行った。なまじお春さんの答えはどのようなものであっても、この切ない私の心だけを打ち明けたい。こうした絶え間ない私の念願は私の心を感傷的にし、センチメンタルな文芸に親しみを持たせた。
性問題の先覚者となってついに自殺した山形出身で同じ歳の羽太鋭治君と二人で、よく『若きウェルテルの悩み』などを読みふけって涙を流したことを覚えている。
(十五才の時に創刊された)北村透谷一派の文芸運動の機関であった『文学界』を、むさぼるような目で一行でも読み残すまいとした。島崎藤村のあの若々しい純な恋に甘い涙を催させる新体詩を、森に行き野に出て高唱したものである。
島崎藤村の書くものがこんにちもなお、私の芸術的欲求と一致し、ある圧力を有していたのはこの時代の影響である。
 ああ何とかしてこの恋を打ち明けたい。彼女に会えたならば、この唇は震えおののいて、きっとものを言うことができないであろう。しかしたった一言、せめて半句でもよい。彼女の肉体・・・神経のどんな一端にでもよいから、私のこのやるせない思いを伝えたい。うぶな狂気じみた焦慮、それはただ体験した者のみが知る世界である。
 しかし私は渡米に対する真の動機を誰にも話さなかったように、お春さんに対する私の恋を、誰にも押しかくしてもらさなかった。それは私の堪えがたい苦痛であったが、彼女の幸福のためには、それがより良いことであると信じたからである。
 明治三十五年春、学友安達隆次郎君が一時的に世話になっている佐藤里治氏(現、代議士佐藤啓氏の父君)が、衆議院議員選挙に立候補したので、その機関新聞である『山形新聞』の記者として手助けすることを懇請された。
私は、自分の素質が新聞記者として不適任であることは知っていたが、その頃お春さんは県庁の役人である夫君とともに、山形市に居住して女子師範に通学していることを聞いていたので、二つ返事でこの招きに応じて山形へ行った。



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