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椰子の葉風 鈴木南樹 その15(最終回)
椰子の葉風 その15(最終回)は、前回の続き東京での生活を終え故郷山形への新聞記者として勤務時代の南米に向かう決心をするまでの純な鈴木青年の赤裸々な込み上げて来る性との闘い、27歳の童貞のままチリ、ブラジルへの旅立ちと1年間のコーヒー園での実習生活と笠戸丸移民受け入れの為の移民収容者生活と意を決しての1908年3月の童貞喪失までの逡巡する心の動きを上手く描写して最後まで読ませて呉れました。写真は、最後の挿絵として添えられている1908年代のお茶の水橋界隈の写真が掲載されていたのでそれを使う事にしました。古い機関誌に掲載されていた記事を丹念に叩き直し本の形態に作り上げた出石さんの努力に敬意を表し連載を終了させて頂きます。出石さん有難う。


それは何らかの機会に彼女に、この思いつめた恋をささやくことが出来るかもしれない。万が一そういう意外な幸福に巡り合えないまでも、彼女と出会えることくらいはあり得るはずである。私はそれだけでも満足である。
 当時の私の心は純情そのものであったと言ってよい。性に悶え苦しみながらも、恋人に対する私の精神は、あくまでも清く守ることを唯一の念願として戦った。そうしてその戦いに勝つことに一種の誇りを感じ、恋人に対するせめてもの私の気晴らしともなった。
 今日まで性に対して私が、よろめきながらもようやく自己を支持してきたのは女性から離れておったためで、極めて消極的な、悪く言うと余儀なくそうなったのであると言われても答弁のしようのない程度のものであった。
私は一つここで、女性の中に飛び込んでみよう。そうしてなおかつ肉体の誘惑に打ち勝つことが出来るならば、それこそ一大勝利である。私は一つの試練を経なければならない。これこそ恋人に対する私の誠心からの捧げものである。プレゼントである。
 こうした考えから私は山形市に着くと、新聞社に向かって、芸妓屋に下宿することに対し、何とか斡旋をしてもらいたいと言うことを申し出た。幸いにも小槌楼という芸妓屋があって、その奥座敷を提供してくれることになった。
「君はきっと一人授けられるぞ」
「危ないもんだな」
 同僚は口々にこんなことを言って危ぶんだ。私も不安と喜びとを持って引き移った。
 小槌楼のおかみは政治屋である私の兄を知っていたし、新聞記者であるということも手伝って、むしろ丁重過ぎるほどの取り扱い方であった。寝床の上げ下ろし、朝夕の食膳に対する給仕などに対しても、決して女中の手を借りるようなことはなく、いつも二人の半玉のうちのどちらか一人をもって当たらせた。
 それはほんの六か月間の短い間に過ぎなかったが、私にとっては今までにない、将来とてもあり得ない、女性の中に混じって暮らした幸福な時であったと言ってよい。
 風呂に入っていると、時々芸妓たちは裸体になって風呂場に割り込んで来た。
「鈴木さん、汚らわしいけど一緒に入ってもいいでしょう?ね、いいわね」
 こんなことを言うものもあれば
「背中を流してあげましょう。そんなに強情を張らずにおとなしくするもんだよ」
 子ども扱いにして、キャッキャッと笑うものもあった。女を見ると顔を真っ赤にして縮こまってしまうこの若い男が、馬鹿にこうした種類の女の興味をひくものらしかった。
私はただ黙って芸妓たちのなすがままに任せた。恥ずかしいが柔らかな海綿のような温かみをもった女の手が、私の肌にふれることはこの上ない嬉しいものであった。
 女中の手をかけない小槌楼のおかみの腹を割ってみれば、いくら物堅い男でも、もう二十四〜五才になっている。そのうち半玉の誰かに手を付けるようなことになるだろう。そうでなければ、芸妓の一人に誘惑されるようなことになり得ないはずがない、このカモ逃がすものかという期待は確かにあったらしい。
 しかし一向にそういう方向に進展していかない。小姓町(遊郭)にでも行くのではないかと疑ったが、どうもそんな様子もない。
時々、裏座敷に続いた墓場を通って遊びに来る四山楼の娘で、若い未亡人であったおとわさんから果物などの贈り物が届くので、あるいは?と睨んでみたが、それも影さえもないことらしい。
今の世に不思議千萬な男もあったものであると、その道にかけては海山千年のおかみもサジを投げたらしい。私の長兄が心配しておかみにどんな風であるか様子を探ったとき
「とてもお珍しい方ですね」
 と言ったそうである。長兄は私にそのことを話して
「さすがのおかみもお前には兜を脱いだらしいぞ」
 と笑ったことを、今なお思い浮かべることが出来る。しかし小槌楼の私の部屋をめぐって、おかみも私の長兄も、私さえも予期しない芽生えが成長しつつあった。
それは二人の半玉・・・一人は痩せて、ませた性質の時々小面憎いものの言いかたをする女で、もう一人は背も高く、年も一〜二才位上らしいおう揚な丸顔のぽちゃぽちゃと肥えて太った、気心のよい女であった・・・のその年上の方が、私に向かって日・一日とある親しさを加えてくることであった。
 ふうわりと薄絹でもかけるような、あたたかさと親切のこもったこの半玉のもって生まれた性質は、女を恐れる小心者の私にも親しみをもたせ、冗談をさえ言わせるのであった。
 私はよくこうした女にはわかりそうもない文芸の話などを語って聞かせた。半玉は熱心に私の言うことを聞きもらすまいとした。私のためならば、どんなことでも耐え忍ぼうとする様子がいじらしいほどであった。
小さいほうの半玉が妙な目つきで見たり、当てこすりらしいことを言うようなことがあっても、私はわかったような、解らないような風で日を送った。実際私の心は初恋の女でかき乱されていたし、どうしたならば、女子師範に通学するお春さんと会うことができるだろうという配慮だけで、他の何事にもかかわりあうのには余りに感傷的で率直であった。
 私は暇さえあれば、雨の日も風の日も、県庁前を女子師範のある新築通りに上って行く街路にたたずんだ。海老茶袴をはいた女学生らしいものを見ると、もしやお春さんではないかと口にこそ出さないが、探るようなやるせない目を注ぐのであった。それはまことに当てのない心細い限りであった。
 お春さんが果たして女子師範学校に通学しているのかどうかさえわからないのである。煙をつかむような噂をたよりに東京から新聞記者になって、山形市に来るということさえも愚かしい限りであるのに、さらに街路に立って、当てもない迷宮の宝を探るようなことを日々くり返すことは、無能力者でなければ狂気の沙汰であると言われても、私は甘んじてそれを受ける。
私はただお春さんを一目見たいのだ。それだけである。デテチーブ(探偵)がちょっとした引っかかりをたぐるように、私はお春さんの足跡を追求したのである。おそらく私は世界の果てにさえ、彷徨することを喜んでしたであろう。
 幸か不幸か私はお春さんを発見することができなかった。堪えがたい失望の念は私をうつけ者にした。私は新聞記者として山形市にいることは全く無意義であった。
 私の辞任もいよいよ決定的なものになったある夜であった。
 私は蚊帳の中の布団の上で仰向きになって、ため息をついていた。戸も障子も開け放しになっていたので、秋のまだ暑い空から橙色の月光がさしこんでいた。
半玉はじっと座ったまま動かなかった。
「あなたはいつ東京に行くの?」
「さあ、ここ二〜三日したら・・・」
「二〜三日?」
 半玉は私の寝床をちらと見たが、そのままじっと、うつむいてしまった。
「あたしもいつだって東京に行けるわ」
 低い声でこう言った。
それはまさに半玉のあらゆる力を込めて、ようやく絞り出した声らしかった。恋は何人にとっても甘く悲しいものである。私がお春さんに対してものを言うことができないように、この半玉は私にそれらしいことをはっきりと言うことができないのである。
私は一生で女性からこういう態度を示されたのは、後にも先にも、この半玉からのみである。私はうれしい、感謝の情がむらむらと起こって、私というものを半玉のなすがままに任せてもよいと思わないでもないが、私には長い間、思い悩まされてきた半玉以上の恋があるのである。
どうすることもできない自分を見つめて、宿命の恐ろしさを呪うよりほかなかった。私の咽喉は乾いてものを言うことさえできなかった。泣きたくても泣けない目を見はって、蚊帳越しに半玉を見つめた。
 遠くから半玉の名を呼ぶ声がしてきた。それでもなお立とうとしなかった。ようやく立ち上がると私を見つめた。その目は涙にぬれていた。しょんぼりとうつ向きがちに歩いて行った後ろ姿は、この世で私が見た女の姿の、もっともしおらしい悲しいものであった。

 それから数年がたった。私はこの半玉が、置賜郡の宮内町で遊女になったというようなことを聞いて、たまらないほどショックを受けた。もう一度会って慰めてやりたいような心をいつも起こすのであるが、遂に果たす機会がなかった。今では、かの女の生死さえわからないが、ああしたやさしい心を注いでくれたことに対して、私はいつも涙ぐましい心で感謝している。

 これが私の二十七年間の女性に対する全てである。私は身軽になって、これからサンパウロ市で展開する性生活について物語ることができる。
※(マニラ丸出航の日に追われてあわただしく執筆したため、意に沿わない点が多いことを陳謝する。千九百三十三年三月十七日)


◇移民収容所時代 (十一)

 男性がある年齢に達した時に、異性との抱擁を欲求するということは余りにも当然の本能である。リュッテル氏は九才で妊娠したというような一例をあげているが、日本でも平安朝の貴族たちは、十一〜二才でいわゆる『おんそひぶし』(御添伏・添い寝)を許されていたのである。クローゼの書いたものを見ると、九才の男子が女子をはらませた一例をあげている。仮にこれらは一種の特別な例だとしても、人間は十七〜八才に達すればその肉体は完成されて結婚時期に達するものである。
 世界における文化人男性の結婚平均年齢を見ると、フランス・ロシア・ドイツ等は十八才、スペイン・ギリシャ・ポルトガルなどは十四才となっている。
 私が二十八才になって、はちきれそうな健康と、とかくすさみがちな植民地の環境とにあって、堤の決壊するように異性を求めて止まなかったことは、万が一それは道徳的に許されないことであっても、動物として余儀ない発露であると言うことができる。
 アルマンド夫婦の見せつけるような痴態は私をして日・一日『何とかして女の肉体に接触したい』という欲望をあおりたてた。目がくらむような感覚にふらふらとするほど、こうした考えが私の魂も肉体をも支配しつくしてしまった。
 しかしながら、私はそれをどうすることもできなかった。田中君は、才気ばしった男であったから、あるいはもう女を知っていたかも知れないが、はるかに年の多い私とは、親しみにおいて越えることのできない溝があった。後藤君は、私に兄弟と思えるほどの仲良しであったが、女性に対してうぶな点は私と何の変りもなかった。野間君ならば、その道にかけては決して素人ではないが、私はこの人にそんな話を持ちかけることは何となく遠慮されて、どうしてもできなかった。
 それならば私はどうしても私一人でこの問題を解決しなければならない。私はつくづくと迷った。一体どんな風にしたならばよいであろうか?それからそれへと、ぐずぐずためらう心は深まって行った。しかし私の女性の肉体を求める悪魔的な熱情は、どうしてもそのままに済ますことを許さなかった。
『私は断行する。こうした俺の上には何ものもない。女だけ!女だ!!女の肉体だ!!!』
 狂暴な叫びが私の心を波立たせた。私はついに心のうちで
『よし俺はこの土曜日まで待とう。たとえどんなことがあっても、土曜日には女の肉体をこの腕でつかんで見せる』
 誰にも言わなかったが、その打ち明けない秘密のうちには、表現することのできない甘さと、恐ろしさと、好奇心がひそんでいた。
 藤崎商店に行って、若い童貞の後藤君などと向かい合っていると
『俺は今に女を知るんだぞ』
こういったくすぐったいような妙な感じが頭にこびりついて、時々クスクス訳のわからない笑いをもらした。
「なんだね、君、妙な笑い方をするじゃないか?」
 こんなことを言われて
「なんでもないんだよ。ただ妙におかしいんだ、それだけさ」
「アンナから手紙でも来たのかね?」
「ノン」
「おかしいね」
「そうだ、俺もおかしいんだ、ハハハハ・・」
「ハハハハハ」
 こんな風にして日が過ぎて行った。待ち遠しいうちにも恐ろしい土曜日が近づいてくる。
 私はここに何の隠すところなく告白するが、あまりに性欲を不自然に抑制しすぎたため、かえって女性に対する神経が異常に敏感になってしまい、女の乳房や、白い肌を見てもある一種の予感に迫られて、目がくらんでしまうようなたまらないショックを感じるのであった。
アーサー・マクドナルドが、十五才の少年の敏感な性的情緒について記しているのを読んでみると・・一種特別な、快感が感じられるような話があります。

 ・・・それはある『ことを話す』のです。まだ小さな頃に、乳母が『お休み』と言って口づけしてくれた時とか、その乳母の乳房にそうっともたれかかった時などに感じられる快さと同じ感覚です。・・・ある男が若い娘の溺れかかったのを助けて、しっかりと抱えたままで泳いだという記事を読んだときにも、快いある感覚を覚えるのです。また博物館の彫刻を見ると、同じこころよさを感じます・・・。読んではならないと言われる小説を盗み読みする時とか、生まれたての子牛を見た時とか、犬や牛や馬などが交尾するのを見た時とかにも、その感じを受けました。・・・

 それほどでもなかったが、ほぼ似通った感覚を『女性のあらゆる点』について有していたと言ってよい。甚だしいことは、ゾーエラスチア(獣姦)的傾向さえなかったと断言できないことを悲しむものである。アツベナイン山脈に住んでいる若い一人の羊飼いの、獣姦に関する話(Gji Amorl degli Uomini)を、私は異常な興奮をもって読んだことを忘れない。
エジプト神話のヅラーレの生殖神(Des devinites generatries)のうちに書いている、エジプトの女性が神聖な山羊と性交を行ったという記事に胸をとどろかせたことを隠さない。
 人間というものは実に醜悪なものである。二十八年間、血みどろになって戦ってきた童貞!初恋の麗人春子にささげた魂も肉体も・・・あゝその異常な精進と努力も、ひとたまりもなく汚されようとしているのである。
自ら裏切り者となろうとしているのである。泣いても、泣いても泣き足りないような涙が頬を伝ってくる。人間はつまるところは動物である。しかも、もっとも見栄坊でイポクリストな動物である。私はこんな和歌を詠んだ。
  人の子と 生まれし定め うらむかな かの犬を見よ かの猫を見よ
カーニバルにことよせて
  面をとりて 暗きに立てば 涙わきぬ 我「けだもの」の 心を見たり
  面を着て ほしいままなる 世を見れば 犬のようなる 「生」幸ありき

 どんなに悶えても、私はずるずると肉欲に引きずられて行くのであった。犬だ、犬だと痛罵する声の下から、犬ならどうした、という反感がむらむらと湧いてくるのであった。私は本能の前に悄然として黙って従う忠実な犬に過ぎなかった。
 とうとう心のうちで決した千九百八年三月の第二土曜日が来た。私はその前日頃から、あるたまらない想像を胸に描いて睡眠さえできないほど興奮しきっていた。
その日は朝から何となく落ち着くことができなかった。移民収容所の事務室に座っても、精神のない人形のように、どこを見つめるともなくぼんやりした。二度も三度も、同じことを聞いたりして笑われた。たまらなく嬉しいような気持ちにうっとりとしたかと思うと、物陰に立ち寄って泣きたいようなメランコリーな心を見つめた。
 『時』は、こうした私の悩みや苦しみと何の関係もなく過ぎて、その日のたそがれは悪夢にうなされつつ、それを払いのけようともがき苦しめば苦しむほど、いよいよ重さが加わってくるように、私の前に訪れてきた。
 私は心も姿も屠所の羊のようにカンボス・サーレス街の下宿を出た。それでもジョアンナのアルマンドを待ちくたびれて椅子の後ろに手を投げている、この女に特有な一種の媚態を見ると、妙な興奮を覚えて、やや力づいた足取りで電車に乗った。
 さて私はこれからどこへ行くべきであろうか?電車を降りると、カフェーの片隅に座って、決しかねる心に困りぬいた。当時サンパウロ市における、そうした女のいる区域は、セナドール・フェージョ街から、フランシスコ広場を出てリベロバダロー街を下り、それからサン・ジョアン街を上り、イビランガ街に折れる一帯に広がっていた。
 現在の郵便局広場の税務署のある場所にあったポリテアマ座を中心とした界隈はエロの中心地であった。この小さな広場(現在のように広くもなかったし、そこにトタン張りのあまりきれいでない市場があった)の、右側にあるリベロバダロー街がおしゃべりな女たちの最大の集団地であった。
 私はまずこの街を上って行った。道路の広さは現在の半分くらいしかなかっただろう。車道には大小不ぞろいの石が敷いてあって、歩道のシメンタードにも裂け目があって、土を露出した箇所などもあった。家屋も大抵はコロニア式一階の長屋建てで、いかにも不格好で、ポルトガル人の没趣味を露骨にあらわしていた。
多くは五〜六段の梯子段を上ったところに三〜四メートルの廊下があって、そこの椅子の上に顔を真っ白に塗り立てた女が座っていた。たまたま二階建ての家などであると、道行く人にちょっと手を伸ばせば引っ張られそうなところに椅子を並べていた。
 いろいろな色彩のカーテンのなかで、もっとも多いのは桃色と真紅であった。たまには橙色や緑や水色などもあったが、白と紫とはほとんど見当たらなかった。思い思いの色傘をかぶせた電灯の光線は、にぶい柔らかな色にぼかして、夢の世界を創造していた。
 日本人だと見ると多くは、
「カム・ヒヤー」
と呼びかけるが、たまには「エントレ」などと言うものもあった。
心にかたく決するところがあっても私はこれらの騒々しい嬉々とした、なかば笑いを帯びた声を聞くと、逃げるように早足に歩き出すのであった。人肉市場の女たちにとっては、それはかなり面白いことであるらしかった。
私が少しでも立ち止まると
「オオ・メウ・アモルジンニョ!(おぉわが愛人よ)」
「オー・モツシンニョ・シンパチコ!ヴェンニャ・カー(色男お入りよ)」
「ノン・フォーヂエ(逃げなさんなよ)」
「ノン・ワー・ノン・エウ・ド・ウン・ベジンニョ!(いいじゃないの、キスぐらいしてあげるわよ)」
 雨の降るようなおしゃべりを浴びせかけられて、私はいつしかリベロバダロー街を通り過ぎてしまった。
『俺はとてもあの中へ入って行く勇気がないのだ。どんな女がいたか、それを見分ける冷静さもないのだ』
 ひとりでに足はお茶の陸橋(ビアヅット・デ・シャー)に向いた。鉄の欄干にもたれると、胸の動悸が手に取るようにひびいて来た。暑くなって真っ赤になった頬をかかえて、しばらくは当てもなく周りを見回した。
     
やるせない悲しみがこみ上げて、涙ぐましくなってくる。橋の下に広がっている野菜畑も、ポリテアマ座のイルミネーションも、この世のものでないような気持を起こさせる。
 ビラチニンガ高原のしっとりと冷たい気流が動いて、三月とはいえさすがに大陸の夜更けはうすら寒さを肌に訴える。私は立ち上がった。
『女がなんだ。人肉市場の女ではないか。くそ!俺はどんなものでもいい。単に女の肉を求めているんだ。人種も器量も歳も、そんなものはどうでもよいのだ。女でさえあればよいのだ。「おはいり」と呼びかける女があったらめくら滅法に突進すればいいのだ。そうだ、俺は今度こそ、きっと入って見せる。肉だ、肉だ、女の肉だ』
 狂暴に近い、やけな心になって私は、ぐんぐんリベロバダロー街とサン・フランシスコ広場から、セナドール・フェージョ街へ急ぎ足に進んで行った。
まっすぐに脇目もふらず正面を見つめて行くのであった。
「おはいり!」
 私は目をつぶって入って行った。桃色の光の下に見出した女は、なんという情けない姿であろう。樽のようにでぶでぶと肥えて太った大年増である。
『俺の童貞がこんな女のために踏みにじられるのか?』 
 と思うと逃げ出したいような気がした。私は黙って女を見つめていた。
「オ・ジャポネース」
 女は抱きついてきた。私は突然この女を突き放して外へ飛び出してしまった。
『だめだ、俺はだめだ』
 こうつぶやいて、私は右側の暗い灯のない方へ駆けて行った。窓も戸も閉ざして寝静まった家の壁に身体をもたせながら、波立つ心を鎮めようとした。涙はとどめなく両眼からあふれて頬を濡らせた。今までに経験したことのない甘い悲しい涙である。
 しばらくしてから私の眼は、またしても桃色のカーテンからもれる刺激の強い光をじっと見つめていた。異性を追求する興奮は私の心を焼き尽くした。不思議にも私の心は軽い落ち着きを持ってきた。
私は私自身を、第三者をながめるような態度でにやりにやりと笑っていた。何という心境の変化であろう。私は再び色街に足を運んで行った。
『どうなろうとなるがまゝになるがよい』
 女どものいろいろな嘲笑も歓声も、なんの気にもならなくなった。
私は黙りこくって考えにふけったまま歩いた。
「カム・ヒア!」
 どういう拍子であったか、私はその声のする方へ吸い込まれるように入って行った。
女の部屋に備えられた大きな鏡に映った私の顔を見ると、幽霊のように青ざめて額の真ん中に血管が高くうねっているのが自分ながら気味悪く感ぜられた。
「お前の国はどこ?」
 私は初めて女の顔を見た。この女も肥えて太った下品な、何の興味もない顔をしていた。
「ポーランド人よ」
「うむ、ポラカ?」
 ポーランド人と言っても、こういう女はみんなユダヤ人である。私は一種軽蔑の眼を持って見守った。白い寝間着を着たまま、豊満な肉体の線がありありと見え透いている。足の太ももの辺りに、靴下を結んでいるリボンの赤い色を、ともするとこの女はまくしあげて見せる。肉よりほかは何もない女だ。そのただれた肉を私はついばもうとしているのだ。ぞっとして目をつぶると身体がぶるぶると震えた。
「いくら?」
「五ミルレース!」
「高いね。三ミルなら出そう」
「ケチだね、この日本人は。サービス満点だからもう二ミル奮発しない?ね、ね」
 女は私の手を取って、あらぬところへやろうとした。
「馬鹿!いやだ」
 私は力強くふりきってカッとなった。
「この人はうぶだね、ホホホホいいわ、いいわ、三ミルで。その代わりまたおいでね、いいでしょう?」
 女は涙ぐんでいる私の眼を不思議そうに見つめると、肩のあたりに柔らかな手をかけた。
     ×     ×     ×
 二十八年間、もだえ苦しんだ女の肉体と言うものはあんなつまらないものであろうか。物足りない感じは、童貞を汚してしまった限りない後悔の念と一緒になって迫ってくる。
『俺は、もう取り返しのつかないことをしてしまったのだ。俺はもう初恋の麗人春子に対して、恋を語る資格がなくなったのだ。すべてが返らない過去になってしまったのだ。くやしい。ああ悔しい』
 私はリベルバダロー街を、警官に追われる罪人のようにこそこそと走って行った。しかし私の心のどこかに、女の肉体にはもっと何か潜んでいるらしいような、そうしてもう一度繰り返したならば、その物足りなさが満たされるような、そんな訳の分からない未練がひそめられていた。

  ※陳謝:私の性生活はこれで終わりを告げたわけである。四号に渡ってこのようなつまらない私的生活を書いた罪を許してください。(千九百三十三年三月三十日シンガポール入港の日)



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