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「ドニエプル」(その1) 川越しゅくこ
川越しゅくこさんの処女作「ドニエブル」を50年!!メーリングリストを通じて送って頂いたので5回に分けて40年!!ホームページに掲載しBLOGに転載、メーリングリストで皆さんに送ることにしました。1回7000字から8000字検討で不定期に掲載していくことにします。しゅくこさんの処女作を見つけ出した時のことをこう書いておられます。「20年位まえに書いたものでよく残しておいたものだ、と物置の段ボール箱のなかに発見したときはいまさらながら驚き、はじめて読み返す機会を与えられて感謝しています。読んでいるうちに、自分で書いていながらちょっとほろっとし、幼稚で出来損ないの作品と思い込んでいたのが、(わたしこれ好きかも...)、とおもいはじめました。」寄稿集に残して置きますので是非読んで見て下さい。
写真もしゅくこさんが送って呉れたものを使わせて貰うことにします。


1)「あの子、最近夜遊びの癖がついたのよ」 
 亜希ちゃんはオーラ牧場乗馬クラブの喫茶室で働いている。
その厩舎に預けている自分のポニーのことを、あの子といってまるで息子のように話す。
「夜遊びって?」
「夜中にクラブの裏の農家のキャベツ畑へいくの」
「だって、クラブの馬房には鉄の馬栓棒(ませんぼう)がかかっているでしょ?」
「それを、顔で持ち上げてはずしていくんだよ」
 母とわたしは、焦茶の体をした立髪、尻尾、ソックスだけがまっ黒い、とぼけた顔のペガサスを思って笑った。
「で、たらふく食べて、なにごともなかったような顔して厩舎にもどってくる。朝になるといつも馬栓棒がはずれてるの。それを不審に思った赤松くんが見張っていたんだってさ」
「はずせるけど、あとで掛直すことはしないんだ」 

亜紀ちゃんは仕事の帰りがけに立ち寄って、おがくずとボロ(馬糞)を運んでくれた。馬房の寝床に敷き詰められていたそれらを乾燥して畑のなかに埋め込むとふかふかのいい土になる。
母の得意な手作り人参チーズケーキとコーヒーをたのしみにときどきこうした仕事納めを我が家でして帰る。
その日、洗った手を拭きながら亜紀ちゃんはおもいがけないことをつぶやいた。
「ね、チエも乗馬やらない?」
 一瞬かすかに強ばった顔の筋肉を母に気づかれないように、あいまいな笑いで消した。 
 乗馬は母子家庭のわたしたちには、手の届くスポ―ツではなかった。だから、ときおり家にくる亜希ちゃんが、ペガサスの癖や乗り心地について話すのを、わたしはどれほど楽しみにしていたことか。彼女は、中学時代のバレ―ボ―ル部の一つ先輩で、高校には行かず、今はオーレ牧場乗馬クラブで馬を持ちながら、クラブハウスの喫茶室を任されているしっかりものだ。
 
 山の中腹にあるそのクラブのことは、それができた十年前から気になっていた。けれども、わたしは直感的にそこを避けてきた。なぜだか自分でも分からない。もし、経済的に許されていても、たぶん、一度そこに行ってしまえば、後はどうなるか、それだけは分かっていた。きっと、抜き差しならないほどのめりこんでいくだろうと。

 なのに、二年前のことだった。
亜希ちゃんが中学を卒業して、クラブへの就職が決まったというので、わたしは初めてついていった。なにか目に見えない強い引力に導かれるように。
 広いクラブは誰でも出入り自由、見学自由だった。早朝の薄靄(うすもや)のなか、教官と指導員たちが白樺林の向こうで馬に乗っている。近づくにつれ、馬の体臭や乾草の匂いが圧倒的な力でわたしの体にしみこんでいった。思わず身震いが起こった。まるで心臓に新しい命が生まれたようだった。わたしは埒(らち)に顔を伏せ、小さなうめき声をあげた。
「どうしたの、チエ?」
 黙って額をぬぐう。わたしが気分でも悪くなったと思ったらしい。いつしか、わたしの腰も、馬の背中の凹にぴたりとおさまって、軽く汗をかいていたのだ。

それ以後ずっとクラブに馬を見に通った。ときには動物好きの母も裏庭で採れた人参を差し入れがてらついてきた。
午後のクラブは、たくさんの会員たちで賑やかだった。彼らが馬について話しているのを耳にはさむにつれ、彼らの言葉と、わたしの内心の言葉にかなり大きな違いのあることに気づいた。同じ年代の子たちが馬にたいして発する、「カワイイ!」なんて簡単な一言。わたしには決してそんな表現ができなかった。馬たちの吐く息や匂い、体温までもが肺のすみずみまでしみわたる。確実に肉の一部になっていく。そんな生理的な満足感をどう説明していいのだろうか。しかも乗ってもいないのに、わたしの腰は馬の動きをとらえることができたのだ。頭の中では自分でも説明のつかない
もっと形のない生理的なもの、馬と私の間に通じるものの濃さ、壁のない距離の近さ、
それはあきらかに他の人たちと違っていた。わたしが馬に深入りしないわけは、そんなところにあったのかもしれない。

「ねえ、チエ、ただ馬を見るためだけに行ったって、なにが楽しいの?」
 と、亜希ちゃんは気楽に笑いながらケーキを口に運んでいる。
 母は菜園で採れたトマトやレタスなんかを紙袋の中に詰込み、亜希ちゃんに渡した。彼女はそれをクラブの喫茶室で出す軽食のサンドイッチ用に使っている。

亜紀ちゃんが帰ったあと、台所で笊(ざる)に一杯のキュ―リを洗っていると
「チェ、やりたいんじゃないの?」
 と母が背後から声をかけた。
「なにを?」
「さっきの話よ。あんたの考えていることは全部わかんのよ。なんで乗馬をやりたいってママに言わないのかな?」 
「・・・」わたしは返事に困って水をはじいている新鮮なキューりをただじっとみつめていた。
「馬を持つのは無理かもしれないけど、会員になって乗るのは、できないことじゃないと思うけど」と母は続ける。
「いい・・の? ホントに」
 彼女には聞こえなかったと思う。店先に客の声がして、母は走っていった。 
 二年前からの夢が、まさに現実のものになろうとしていた。
小海線甲斐大泉の駅前にあるわたしの家は、玄関先を改造した観光客相手の土産物店を出している。小学校三年のとき、両親が離婚して以来母が実家の後をついで始めた店だ。自家製の山桃のジャムや、蕗のとうの佃煮は結構よく売れていた。土産物店といっても、文房具、洗剤なども置いているから、半ば雑貨店のようなものだ。母はいつも忙しく、嬉しい悲鳴をあげていた。それに我が家には、動物好きの親子らしく、犬、猫、やぎ、鶏などがさらに二人の生活を賑やかで乱雑なものにしていた。
 この数年、春や夏の観光シ―ズンになると、甲斐大泉にも沢山の観光客が下りるようになっていた。大半はオ―レ牧場で宿泊しながら乗馬を愉しむ都会の若者たちだ。その知名度の高さは、約三十万平方メ―トルといわれる牧草地と外乗コ―スのせいだけではない。良く訓練された馬と選手の層の厚さを全国に誇っているからだ。とりわけ上柳教官の存在は大きい。彼をしたって全国から乗馬指導員がその教えを受けにきているのを、わたしはなんども柵越しに見学している。

2) 
母の思いがけない一言で、わたしは翌日、一目散にオ―レ牧場に走っていき、亜紀ちゃんに報告し、即、会員の手続きをとった。その時、早朝と夕方の馬房掃除のアルバイトの約束を取り付けるのもぬかりなくすませてきた。
 それからというもの、夜の明けるのを待ちかまえて早々と家を出た。馬房の湿ったおがくずを一輪車で運びだし、フカフカの新しいのに変える。それで三百円貰えたので、三つ、四つすると、近くのパン工場チロルで、毎日のお昼のパンも買える。それに、乗馬用手袋だの、拍車などもそれでまかなえた。鞍(くら)の下に敷くゼッケンは、亜希ちゃんがミシン目のついた赤い布で作ってプレゼントしてくれた。嬉しいことにキュロットも彼女のお下がりで十分だった。彼女はわたしのために出来るだけの協力惜しまなかった。ブーツやヘルメットはクラブのを借りる。
二年もの間、あんなに一人で悩んでいたのは一体なんだったのか、もうそんなことは頭からすっかり離れていた。わたしはまるで籠から解き放たれた鳥のように自由に馬の世界にむかって飛び立った。  

物事はいとも簡単に運んでいった。
午後は、学校からその足でクラブに寄り、選定所で当てられたクラブの会有馬に乗る。そして騎乗後は手入れを終えてから、また、馬房掃除のアルバイトをして家に帰る。
そんな日課が数か月続いた。馬と接すればするほど、なぜか、感覚は冴えていくばかりだった。わたしの頭の中は馬しかない。そして、それが将来のわたしと、強くつながっていることを予感していた。毎朝、馬房掃除をしながら、馬場の方を横目で見る。上柳教官に教わる指導員たち。近い将来、わたしもあの中にいる。それはもう予感というより、ずっと以前からの確信だったように思う。初めてクラブで乗った日、担当の赤松指導員が「きみ、いままで、どこかで乗ったことがあるでしょう」               と下から首を傾げながら見あげた。「ヤダ、今日が初めてですよ」      
 彼の瞳は、なにか不審気な様子を窺うように、にこりともしないで問いかけていた。わたしは、まるで隠し事をしているような錯覚を抱いた覚えがある。
その次の日から、いきなり中級者用の馬を当てられ、今は試合用のに乗っている。 
その日、わたしはB厩舎のドニエプルの馬房掃除をするように指示されていた。
時計の針は六時半を指している。学校に行く前の一働きだ。辺りはまだ深い海の底。白樺林の向こうの第一馬場では、桜王を先頭に、軽速歩で後に続く騎乗者と馬の頭だけが浮き上がったかと思うと沈み、そしてまた浮き上がる。辺り全体が暗い波間に揺れているようだ。上柳教官の柔らかい声がした。指導員、特別訓練生、調教補佐をのぞいて、自馬会員はまだほとんどきていない。試合の前になると、この時間でも乗っている自馬会員の姿はあるが、いつもの穏やかな風景だ。

会員たちは他のどの馬よりも人目をひくそのロシア系の馬を、ドニ、ドーニャ、ドニヤンなどと呼んでいた。わたしはまだドニエプルの騎乗を当てられたことはなかった。それは光線の具合によって、濃いミルク色になったり、透明がかった青い色を帯びる。わたしにとっても気になる馬であった。
初心者には人気があったけれど、彼らは上達するにつれ、ドニを敬遠するようになった。誰もが口にすること、それは重いという決定的な一語につきた。騎乗者の指示にたいして反応が鈍く、乗っていても疲れるだけの馬、そんなレッテルの貼られた馬だった。
ロッカ―で着替え、指示板の地図に従ってB厩舎へ入っていった。
 薄明りのなかの厩舎はひんやりしていた。コンクリ―ト通路の両側に、馬房が長く続いている。馬たちは輪郭をぼかした大きな影となって、ひっそりとたたずんでいる。そこにいても圧迫感がないのは、彼らが知らんぷりを装って、物思いにふけっているかのように見せているからだ。それでいて、わたしと馬丁さんの長靴の音をちゃんと聞き分けている。彼らの体臭と濃いひそやかな息を胸いっぱいに吸いこむ。それは細胞のすみずみまでしみわたり、栄養になるのだった。
 長い通路の突き当たりを左に折れると、一番手前にその表札があった。馬房をのぞいて思わず息を呑んだ。ドニエプルは横向きに静かに立ち、天井の明かりとりから差し込む斜めの光を、背中の凹にこぼさぬように受けとめていた。わたしは曳きだすのも忘れ、しばらく見とれていた。すると、顔だけをゆっくりねじまげてこちらを見た。その目は、雪だるまにくっつけた黒炭に似た、くっきりしたへの字形だった。目頭には二本の小さな皺、大人びた哀しげな目付きはまばたきもしない。じっと見つめられると不安にかられ、つぎに訳もない寂しさに見舞われた。それは、なじみのない感情だった。なのにどこか甘さのまじった懐かしいものにも感じられる。それにしても、いままでたくさんの馬に接してきたけれど、こんなことは初めてだった。
「ドニエプル」
わたしの声はまるで他人のそれに似て、コンクリ―ト通路の端にこだました。すぐにまた静寂が戻った。ドニはつぎの言葉を待っている。わたしはどう言っていいか分からないまま鉄扉をひいた。レ―ルをこする音が、おもいがけない轟音に聞こえ、鉄の馬栓棒をはずす指が微かに震える。馬房はいい匂いがした。中に敷きつめたおがくずの中央が尿で湿っていて、隅っこに草色のボロ(馬糞)がころがっている。そっとドニによりそうと、わたしの体がカッと熱くなる。馬具の革と草の混ざった匂い。それを胸いっぱいに吸い込む。
「さー、洗い場にいこうか。ブラシをかけて、お部屋もきれいにしてあげよう」
 気を取り直し頭絡をつけてうながすと、ドニは積極的ではないけれど素直についてきた。コンクリ―トを打つ蹄鉄の音は重くゆったり厩舎の外へ出る。ほとんど顔をくっつけあって歩くので、内緒話をしているように見えるかもしれない。けれどもその日のわたしは、ドニにそれほど打ち解けてはいなかった。ドニはちょっと首を垂れ、物憂げについてきた。洗い場につなぎ改めて見上げると、顔は屋根に届くほどだ。それを支える首はがっしりした太い幹のように見える。背はこれまで騎乗したどの馬よりも十センチは高いだろう。九才。 人間の年令にすれば三十代であろうか。黒い瞳に見とれていると、馬はプイとわたしの視線をかわし、無関心を装う。クレ―プ型のうすっぺらな耳は、わたしの呼吸の音さえとらえようとしているのに。奇妙なのは馬体から発散してくる濃い空気だ。それをとらえるわたしの胸は騒ぎがおさまらない。これまでいろんな馬の背にまたがった。どれに対してもよく話しかけてきた。するとたいていは顔を近づけてきたり、どこか遠くへ物思いの眼差しを向けていたり、せいぜい耳を動かしたりするだけだった。個人の馬なら飼い主にそれらしき反応はよくあることだ。けれども、毎回違った人間を乗せる会有馬が、こんなふうに特別の個人に反応することなど考えられないことだ。なぜ? なぜなの? わたしはもう一度その瞳の奥をのぞいてみる。するとその球面には、自分自身の顔以外、もうなんの特別な印も読み取れない気もするのだった。わたしは納得したようなしないような気分で、頭を大きく二度、三度と振った。それからドニの脇腹や肩にこびりついたおがくずをブラシで落とすことに専念した。そうしているとまた、空気が濃くなってきて、胸騒ぎが始まるのだった。
「いつか、おまえに乗ってみたいな」
 すると、ドニは自分の顔をわたしの頬に押しつけ、熱い吐息をもらした。
 その朝の事は、いつ馬房の掃除を済ませたのか、いつドニを馬房にもどしたのか
覚えていない。

 アッと思った。学校のことをすっかり忘れていたのだ。
大慌てで厩舎を飛び出す。木立ちのなかの第一馬場で指導員たちのレッスンがまだ続いている。かれらは毎朝、会員たちの押し寄せる前の数時間を、上柳教官に教わる。教官が桜王を障害に向けていくのが見える。指導員たちは馬をとめてそれをじっと見る。桜王が舞い上がった。朱色の空に馬体が黒くくりぬかれた。

 その日、学校には、はじめて遅刻してしまった。三階の教室から見下ろす校庭には、桜が散っている。樹の下の体操服の白い一群が揺れたり、縮んだり、やがてまた膨らむ。窓際の席で頬杖をついていると、先生の声が遠くなっていく。白い一群は輪郭を描き、一つの大きな塊となった。立髪が揺れ躍動を始める。「ド・ニ・・」と口のなかで言ってみた。あの子とわたしの間に流れた空気はなんだったのか。       
 わたしは塾に行く級友と別れ、鞄に教科書をしまうのももどかしく、放課後の教室を飛び出した。



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