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懐かしい名の香枦園に寄せて!! 川越しゅくこ
しゅくこさんの上記掲題による書き込みをホームページに関係コメントと共に残して置く事にしました。しゅくこさんの書き込みは、何時も写真が挿入されており読みやすい文章の見本のような存在で40年!!ホームページにも多数掲載しておりますが、今回は、関西と一度住まれた東京と馬場のある埼玉、関西に戻って現在の三田に住み着くまでの変遷した各地には、必ず河、川、湖があったとの事。写真は最後の有馬富士の写真を使わせて貰う事にします。50年!!メーリングリストには、関西出身者が多く奈良から現在の西宮に住んでおられる杉井さん、甲子園生まれの丸木さん、宝塚の松栄さん、神戸の出口さんと多数おられます。皆さんのコメントも一緒にコメント欄に収録して置きます。


懐かしい名の香枦園に寄せて!! 川越しゅくこ

マツエさ〜ん、丸木さ〜ん 、東海林さ〜ん & 皆さまへ
しゅくこです

ご無沙汰いたしております。
懐かしい名前の香枦園がでてきましたので、少し、書いてみたくなりました。(でも、長くなってしまいそうな予感・・・) 
まだ二十歳代の頃、香枦園駅の北からすぐの住宅街に4年くらい住んでいました。
駅の下を夙川が流れ、その川沿いに古い桜並木の道がずっと続き、せせらぎの音を聞きながら、
幼児であったころの長男の手をひいて毎日のように山の方にむかって散歩したものです。
その後、東京生活10年の間は中野区では妙正寺川、そして杉並区では善福寺川が近くに流れていたのを覚えていますが、
それよりも、東京時代はもっぱら埼玉県の入間川を中心に生活がまわっていました。
というのも、たまたま馬場をもたない「愛馬の会」という、東京在住の10人くらいのグループに入れてもらい、お金を出し合って手に入れた白馬メリーや鹿毛のブリーズを埼玉県飯能の、ある厩舎にあずけ、週末はそれらを引き出してひとっこひとりいない入間川の広い河原に曳いていき、乗馬ライフをはじめました。
テレビの音もスマホもない河原には、ただ馬の吐く息の音、わたしたちの笑い声、太陽のキラキラ光る川面、そよぐ風と砂浜を囲む雑草の匂いだけ、といった東京のど真ん中で住みながらの埼玉中心の生活。
馬の背に揺られながら川を渡ったり、 ときには解放感に溢れた馬が走りはじめて襲歩になり、落馬して気を失ったり、国道に迷い込んで警察のお世話になったり。
今思えば、怪我もせずにそんなドラマチックな記憶がいっぱいの河原生活でした。
その仲間たちが生涯の友人たちになったのも、そこが舞台です。
この友人たちとはいまでも年にT〜2度は会って乗馬旅行を愉しんでいます。
( 昨年はコロナ禍で会えませんでしたが、これがのちの何十年と続く乗馬を趣味にした人生のスタートになりました)
もどりますが、 そんな東京生活を10年してまた、阪急沿線にまた帰ってきました。
神戸東灘区の岡本で数年。そばに天上川や住吉川がありました。
その間、成人して東京から関西に転勤をしてきた息子たちも、なぜかまた夙川沿いに。
近場の駅は香枦園でしたが、JR さくら夙川駅というのがいつのまにかできていて、ここでも会いにいっては、せせらぎを聞きながら散歩したものです。この桜の古木たちはどれも昔のままなのかしら、と
判りもしないのに、しらずしらずのうちに目で探していたりして。
いまは、三田に越してきて武庫川が近くに悠々と流れ、桜並木がまるで雲海のように川沿いを埋めます。
一昨年の春は、その武庫川沿いで知り合いのコーラスグループと一緒にテーブルを囲んでビールをのみながら久しぶりのお花見会をしました。
そのグループはとつぜんアカペラで歌を披露して通りがかりの花見客からアンコールをもらったり。
思えば、住むところにはいつもこんな風にせせらぎと川面に光る川が流れていたことにあらためて気がつきます。
川だけでなく、このニュータウンには避難場所になる広い公園と池も多くあり、どこに住んでもつくづくわたしたちは、湿潤の中に息づいている動物なんだなァと思います。
かつて、ホームステイ先のお母さんがカリフォルニアから日本に遊びに来た時、飛行機からおりたとたんに潮の香りがするって両手をひろげて胸いっぱいに湿気をふくんだ空気を吸っていました。
また梅雨時にワシントン州からきた友人の女姓は、「湿気がすごくていきなり口ひげが生えてきたッ! 」と大声をあげていました。
先日は有馬富士公園に買い物がてら寄ってみました。車で10分程度。
兵庫県下最大の約180ha 県立都市公園です。
有馬富士の麓には福島大池があって、たくさんのカモたちがいつものんびり寛いでいます。
かなり人に慣れてるみたいで、いつもパンクズをやってるらしいおじいさんが、「おーい」と言って、手をパンパンとうつと、ずっとみえないくらい遠くにいたカモ軍団が、とつぜん現れて、恐ろしい迫力で水面を突進してきたのです。そんな姿をはじめてみたわたしは、ただあっけにとられていました。
競泳選手の丸木さんに見せてあげたかった。きっとびっくりなさって、元気をもらったかも・・。
でも不思議な事。それはこの群団は一羽たりとも我れ先にと飛んでこなかった。
これは不思議な疑問としてわたしの中にずっとひっかかっています。
我勝ちの熾烈な?パン食い競争のはずなのになぜ、だーれも飛びださなかったのか?
そんな質問と嗤わないでください。どなたか解説していただけたらうれしいのですが。 終わりで〜す

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コメント欄
丸木で~す
僕は西宮の甲子園生まれですが、甲風園と昭和園は知りません。
甲子園球場は枝川の畔で自殺の名所と言われてた松ヶ枝町に建設されました。
近所に住んでた小学校から高校まで同級の太宰君が阪神電鉄重役の父親が建てたと言ってました。
彼は二号さんの子供で、彼の父親は芦屋の六麓荘で本妻の家族と暮らしてました。
なんでも日本最初の経済学者の子孫とか。
苦楽園にはパナソニック創立者の松下さんの豪邸がありました。
僕達兄弟姉妹6人が成人して家を出てから両親は甲陽園の近くの新甲陽に引っ越し阪神淡路大震災で全壊するまでの僕達の実家でした。

松栄さん:丸木さん 杉井さん 出石さん しゅくこさん、みなさん
私は、兵庫県の西宮の甲東園で生まれて、宝塚で育ったのですが、そんな馴染み深い西宮に、今まで知らなかったのですが、西宮七園という地区があるそうなのです。
みなさん、ご存じでしたか、丸木さん、杉井さんは勿論ご存じと思います。
答えは下に列記します。
この中に、甲陽園、苦楽園という高級住宅地があるのですが、その地域にあるお金持ち豪邸も下に切り取ります。
阪急沿線で、甲陽園も苦楽園も駅があって誰でも知っているのですが、知らない園もあって、今頃勉強させてもらいました。
この甲陽園から少し上がったところに、芦屋市になるのですが、六麓荘、という超豪華高級住宅地が広がります。
1985年に日本に出稼ぎに帰った折、営業キャンペーンで、この六麓荘を回った記憶がありますが、すごい豪邸がイッパイあって、驚き桃ノ木、でした。
農大から横浜に出る東横線の最寄りの駅が田園調布、だったので、しょっちゅうそこも通ったのですが、やはり六麓荘の方が、かなり上、と思いました。
六麓荘というのが、山の手、という語源になったのかもしれません。定かではありませんが。
関西の沿線住み心地ランキング2021という書き込みを見ていたらそういうところに行きつきました。
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「西宮七園(にしのみやななえん)」は阪神間、いや関西を代表的する高級住宅地
朝日新聞創業者の村山龍平邸
住友銀行初代頭取の田辺貞吉邸など住友本邸
東洋紡社長の小寺源吾邸
鐘紡(カネボウ)社長の武藤山治邸
日本生命社長の弘世助三郎邸
野村財閥(野村證券)の野村徳七邸
大林組社長の大林義雄邸
乾汽船社長の乾豊彦邸
武田薬品社長の武田長兵衛邸
伊藤忠の創業者の伊藤忠兵衛邸
岩井商店主の岩井勝次郎邸
東京海上社長の平生釟三郎邸など

甲子園(こうしえん)
甲風園(こうふうえん)
甲東園(こうとうえん)
甲陽園(こうようえん)
苦楽園(くらくえん)
香櫨園(こうろえん)
昭和園(しょうわえん)



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