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南米開拓前線を行く。その9 松栄 孝
南米開拓前線を行くその9は、余談に4千字取られてしまいましたが、松栄さんの語りにカナダの丸木さん、宮岡さん、村松さんが参加された後、その61から65迄まで収録できました。余談があるから難しい杉野先生の論文を読み続けられるのですかね。63で第2章第3節が終わり64で参考文献に入り、65から第2章第4節第1款に入りました。まだ大分続きそうですね。松栄さんの余談、呟きを聞きながら最後まで行きましょう。写真は、カリフォルニアの村松さんが余談に寄せて送って呉れた写真の1枚を使わせて貰う事にしました。題して≪世界の水害侵食≫です。


松栄:和田さん みなさん
以前は今ほど感じていなかったのですが・・・ 約20万人と言われる我々日本からのブラジル移住者(移民)が、何であったのか、どうなるのか、と言う事が最近気になっています。
そんなこと考えても何もならないことは解っているつもりなのですが・・・ 自分自身としては、アメリカ大陸に渡ったヨーロッパの方たち(移民)が現在も、新しい世界をアメリカ、カナダ、オーストラリア等で繰り広げているような、新しい国作り。今もそんな最中だと思います。
日本人にも、そういう地域世界があっても良いのではないかと最近は思っています。日本で生き詰まった青年が、あまり考える事なくフラっと出かけて行ける、そしてそこに住むことも可能、という場所があっても良いのではないか、という感じで考えて。
先日カナダ在住の先輩から、カナダはまだまだ移民を受け入れていて、今年だけでも120万人の枠が設定されているそうです。恐らくその大半はヨーロッパからの移住者かも知れませんがアフリカからもアジアからも、逆に新大陸からも出かけて行けるわけです。
そういう感覚が無くなってしまったような最近の日本なのでちょっと心配だなー、と思います。これはやはり、我々日本から外地に出て、そこで暮らしてみての感想かも知れませんが・・・
日本人には稀な、杉野忠夫、と言う方が満州での日本の蹉跌を繰り返さない方法、を考えられて、敗戦後日本青年にそんな夢を改めて提案された。
政治色のない世界で、青年が食糧生産に、新しい世界(住む世界)建設に、夢をもってでかける応援をされた、ということを分かり易く残しておきたいと考えています。そんな夢を東京農大の農業拓殖学科、海外移住連盟の皆様方、に託された。明治の中頃に榎本武揚さんが考えたメキシコ移民であるとか、それ以前の根本的な蝦夷共和国建設みたいな、新しい世界の建設を考える事も必要なのかもしれないなー、と考えながら。政治色を考えると、ややこしくなってくるようですね。しかし、根本にそんなイロイロの政治思想がある、と言うのも事実なので・・・ そんなことを考えています。

丸木で~す カナダに来る移民は圧倒的に中国人と印度人が多いです。カナダの主要閣僚には頭にターバンを巻いたシーク派が居ます。最近では韓国や中近東のイラン、アラブ諸国と東欧からの移民も増加してます。トロントの商店街の看板はペルシャ語とハングル語が目立ちます。夜になれば街全体が漢字とヒンズー語の満艦飾です、為念。

松栄:みなさん 今朝、カナダの移民受け入れ状況を少し述べさせていただきました。
そのカナダの実質的な移民の受け入れ状況について、長年カナダで公務員をされていた農大農業拓殖OBの宮岡さんから、カナダ移民の詳しい状況をお知らせいただきました。
以下のような最近の状況と、移民条件、規制などがあるのだそうです。

宮岡:松栄 さま カナダは1960年まで白豪主義で白人しか移民を認めていませんでした。最近の移住者数ですがヨーロッパからの移住者は激滅しています。英国人すら入国しても大都市では一般カナダ人と職業を競争せねばなりません。もしスキルもなく就職ができるなら女性なら受付ぐらいです。移住者数ではインド人が八万五千人ダントツですが親戚訪問で居座る人はその倍以上です。2番目が中国人で香港台湾人も含めての数字三万人3番目がフイリッピン人看護婦、看護系が多いです。4番目にナイジェリア5番目にアメリ人一万人(カナダ人のアメリカへの移住者は25万人)9番目に韓国人六千百人不法、常時滞在者数は4倍ぐらいの数字で移住者として正規に入国した韓国人が言っています。カナダ政府は不法滞在者でも犯罪を行わない以上黙認しているのが現状です。
カナダの人口比率では英国系40%フランス系が35%ドイツ5%イタリア ポーランド ウクライナと続いてアジア系10%と言われています。日本人の移住者は三百人−五百人ぐらいです。中国人の移住者は500万ドル以上の金融資産と学歴など大変ですが香港の金融資産家の受け入れに力を入れていると言われています。
最近の移住者数はダントツにアジア系が多のが現状です。政府の移住者対策ではアメリカは社会へのメルチングダウン、カナダは各民族の言語習慣を重んじるモザイク社会を目指しています。しかし入国と同時にカナダ社会への同化が進んでいるのが現状です。
ブラジル経済は鉱山資源食料の国際商品取引品目が高騰しているのとアメリカをはじめヨーロッパがコロナ禍克服が進んで昨年の低迷から急激な景気回復 雇用の回復と逼迫感などの世界的な経済環境が改善しているのが影響していると思っています。
カナダも同じような資源国です。ただよく言われるカナダ通貨は原油価格と連携していると言われますがカナダ原油は国際価格の30%です。それでも通貨に大きな影響が出ています。つまり英国系とフランス系の多い東部州は資源州でなく工業経済で成り立っています。もしカナダ原油がアメリカへ国際価格適応ならカナダ通貨は1。5倍になると言われています。
東部の経済は成り立たなくなります。西部州の犠牲の上に成り立っているのが現状で下火になっていますがアメリカ北西部とカナダ西部州のカスケイド共和国独立構想 オタワとワシントンは胆を冷やすでしようが いつかは実現したいですね。
宮岡 拓殖6期

村松:松栄さん、皆さん、 連日の「杉野忠夫農学博士論文」掲載のご苦労に、また熱心なコメントも興味深く拝見させて頂いており感謝です。
 農大に限らず各大学の学科編成は時代とともに大きく変化し、変化できない教育機関は縮小または閉鎖が続いているようです。時代の変化の中では300年続いた徳川幕府が明治政府に変わった時から、変化の状況は20−25年という速さとなり、その後1980年のバブル時までは10-15年を要してきた、然しその後の変化は5年毎に短縮され、現在は毎年のように変化している。
 平安時代に生きた人々は飛行機が飛ぶなんて誰も想像すら出来なかったはず、明治初期に生きた人々は原子力がエネルギーに変わるなんで誰も想像していなかった、そして昭和初期の人々は宇宙に人類が行けるなんて思いもしない、そして現在PC時代からAI時代に突入している、これから50年先100年先には宇宙のどこかの星に人類が居住していることが想像できる時代である。
 然し現在海外に渡って家族を持ち生活している我々が出来ることは何かと考えた時、既に移住してきた当時のことを後輩に伝えても、それは一昔前の出来事であったと理解され、現在に生きる後輩達には通じない過去の出来事であると理解しなければならない、「杉野論文」も我々が進べき未来を見つめて海を渡る時代における優れた理論であり、現代そして将来に生きる後輩諸君にとっては、どのような判断が下されるのか大いに疑問が残る。また農大の若い後輩の二教授が批判する「杉野論文」および「満蒙開拓」の批判や犠牲を出した責任を問うを見れば、現在の後輩諸君への教育に携わる者が既に我々の時代と全く異なる事が理解できる。
 日本は人口減少が進み50年後は1億人口を割る時代が来る、高齢化社会を迎え国家の財政を如何に立て直すべきか政府は頭を抱えている、既にハードウエアーは世界に満ち溢れている、ソフトに時代でありAIロボットが活躍し労働力の必要性は限度が見える、ただインフラ整備に多くの労働力が投入されるだけである、問題は高齢者の寿命上昇での増加に対して国家財政の給付には限度が出る、輸出産業による収益も低迷し、食料輸入も世界での競合に明け暮れる、如何にして国家財政を健全に位樹できるか大いに疑問である。
 農大が生き残れる条件は「農業、食糧生産、食品加工」の分野しか残されていない、しかしこの分野はこれから先も必欠である、「人間食わずに生きらりょか」のために食料確保の道は残されている、食料の海外依存の時代はいずれ終わる、日本人の食料は自給せざるを得ない時代はやってくる、最低限米麦、肉、鶏卵、野菜、果樹の自給は確保すべきであり、これに従事する農業者に高額の所得収入をもたらさなければ自給可能は達成できない、また消費者のためには食料価格上昇を抑制しなければならない、この二つが可能となれば食料の自給は達成できる、農地や農業機械そして人材は高校・大学の農業教育修了者や地域のJA組織から参入できる、但しこの食料自給達成には政府の手厚い保護と各種規制撤廃がなされなければ達成できない:
 *農地法で定められる農地の取得自由化によって誰でもが自由に農地取得できる、但し農地の利用は農畜産に限定、不耕作農地は罰則する条件は残す。
 *農業、食料従事者への最低賃金を一般賃金の倍とする特別枠で法制化する事。
 *農地の固定資産税を撤廃し、農業従事者への所得税の軽減を図る。
 *穀物、乳牛、鶏卵生産者への所得税の控除、安定生産価格補助を儲ける。
 *畜産生産者へは可能な限り濃厚飼料給仕を控え牧草や放牧奨励を促し補助制度を設ける。
 *牛乳の脂肪率による価格制度を撤廃する事で、国民の健康の為の低脂肪乳消費促進(生協や教育界が徹底)する。
 *肉牛、養豚生産者に小動物やエミュー、ダチョウの雑食鳥類を放牧飼育奨励する、健康のため脂肪減食肉生産奨励。
 *鶏卵、ブロイラー生産者には放牧飼育を奨励することで生産価格が減少でき健康自然食も同時に達成できる。
その他、漁業、林業も同様に所得税控除や最低賃金倍支給、各種規制撤廃、国家の手厚い補助。
 このように世界の人口はこれから先50年100年は上昇し食料の奪い合いが生ずる、これは地球の気候変動、途上国の工業化、農地の縮小や廃棄等多くの問題が生じ世界の食料生産状況は大きく変化する、そのため穀物や食肉の生産量や価格変動は年々大きく変動する、独立国は益々自給政策に変化していかなければ食料の安定と安全確保は困難となる、この食料問題に関する「杉野論文」は現代もこれから先も正論であると確信する。  
 写真:@アマゾンや北米での山林火災、Aアフリカ、中国の砂漠化、B世界の水害侵食、Cバッタ発生被害

南米開拓前線を行く 61
(余談)教育の貧困=戦後世代の歴史教育の空白(マツエの私見です)
日本に育った団塊の世代以降の教育に、占領政策が採られ、日本の弱体化を進められる教育を受けて育った我々世代以降、現在に至るまで、学校教育の中で明治以降の日本の流れ、について授業された痕跡が見当たらないのではないでしょうか。
今を生きる我々日本人には近代史と言うものが完全に欠落してるように思える。明治維新・1868年頃から大東亜戦争終戦・1945年までの最も大切な近代日本史が日本の歴史教育から欠落してしまっている。
大学の文学部の日本史学科にでも入って、個人でゴソゴソと研究勉強しないと、この期間に日本がどの様に動いたのか、知らないで一生を終えることになりはしないか、と思うわけです。
 明治維新という日本の政治大革命が終わって、日本が近代化に進む中で、徐々に大陸進出が始まる。日本を取り巻く韓国、朝鮮、中国、満州、台湾あたりの広大な範囲全てが、ヨーロッパの植民地になっていたわけです。鎖国をしていた日本だけが全く蚊帳の外に居て、諸外国の侵略を受けていなかった、という幸運なのか不幸なのか分からない状況で始まったのが明治時代。そこで日本も列強に負けない為に日本自体が列強国になる道を選んで、日清日ロの戦争に形式的には勝ったことになっています。その勢いに乗って大陸に進出し、結果、結局日本も列強の餌食になったのが敗戦の1945年ではなかったか、と思うわわけです。
杉野先生が、いみじくも昨日の写論の終わりの部分、下に添付しますがこの4行ほどの文章の流れで、日本の姿をしっかり表現しているのではないか、と思えたのです、みなさんいかがでしょうか。
1945年、日本は滅亡したと言う事になるのだろうと思います。杉野先生の、日本の流れを見ての鎮魂の反省、農業拓殖に失敗したために日本が滅亡してしまった、という思いではなかったか、と思います。
【革命によって壁を破っただけでは問題は解決しないと言うことである。否その壁を破る為にかかげたビジョンが農業拓殖活動の本質の要求と一致せぬ場合は、農業拓殖活動の否定に終わるのである。それを改めざる限りその社会は滅亡に追いやられるのである。】
杉野博士論文
「農業拓殖学の構造に関する研究」
第二章 農業拓殖学の学論の研究
第三節 農業拓殖学の体系と原論の地位及び構造
ーー6月23日記入ーー
 農業拓殖活動の本質は、人類の生存本能に基くと私は言ったが、人類は如何にして生存を全(注・まった)くし、種族として生々発展して今日に至ったかを省みると、それは家族と言う基礎的集団を細胞としてその生命を維持してきたといえる。これは家族社会学の研究や(⁸)民族生物学の(⁹)成果に俟つ(まつ)ところであるが、この見地より見る時、農業拓殖活動がその発展上打ち当たる今一つの壁は、人口衰退と言う近代社会の一病弊的現象である。これは資本主義の発展の一結果として家族の解体現象が指摘されてからも久しい。これは農業の生産性を大農場組織によって向上し、人類に少数の労働で多量の食物を供給したからとて解決せられない。又、しっかりした平和条約や、世界連邦を作って、戦争による人類の滅亡や、食糧の争奪を防止したからとて解決せられない。しからば教育によって解決せられるであろうか。或いは彼のモルモン教やカソリックの如き宗教によって救われるであろうか。教育も宗教も確かに有効であろうが、人類はその生存本能の英知にみちびかれて家族生活を営んできた。アリストテレスが人間は社会的動物であると言ったが、その社会の基本となる最も根本的なものは家族なのである。人類以外の動物も家族を形成するが、人間の家族と如何に異なるかと言うと人間においては、縦の系列が永続すると共にその生活経験を文化として伝承するが、動物においては本能だけが遺伝するにとどまる。人類はかくの如くして他の動物仲間に打ち勝って地球の王者となったが、肝腎の生本能に根ざす家族の形成能力が衰退しはじめたのである。ここに如何なる家族形態が、文化の発展をとり入れつつしかも人類の維持生存を確保し得るやと言う問題が解答を迫られているのである。(つづく)

南米開拓前線を行く 62
杉野博士論文
「農業拓殖学の構造に関する研究」
第二章 農業拓殖学の学論の研究
第三節 農業拓殖学の体系と原論の地位及び構造
ーー6月24日記入ーー
 これに答えるものを農業拓殖活動の諸形態より見る時、family farm の形態に答えを見出すのである。曾つての植民地経営においても、それが
最後の勝利を占めたことは旧植民地学の教えるところであったし、現在の時点においても、日本人の海外に於ける農業的成功はいずれも、family farmの勝利である。family farm は土を愛し、作物、家畜を愛し、人間同士の愛情によって成立する。強い生存能力のある農業拓殖形態である。私はかく考えて世界の低開発地帯の農業を観ると、それが悉く(注・ことごとく)と言ってよい程、小規模の family farm によって支えられているのを発見するのである。⒇ たとえそれが小作制度の下にあっても、家族の自家労働による労作経営である。彼の所得の大部分は自家労働所得なのである。
 そしてそれらの小規模なる family farm の中で、断然群を抜いて高き所得を得、近代的な文化生活を営み、そして同時に高度の近代的工業を支えているのは日本の家族的な小規模の農業である。日本的小規模経済ともいうべき Japanese family farm である。これはすでに国際的にも認められた所であり、世界の脅威とする所でもある。現在わが国ではこの Japanese family farm は危機にあると言われている。それは種々なる意味から改善を叫ばれている。私は、ここで日本農業の今日の危機説やその改善策を批判するのが目的ではないから省略するが、農業拓殖活動の見地から見て、この family farm の、更に又、Japanese family farm の価値の再発見をした事を主張するにとどめよう。日本の農家が日本農業危機説にがっかりしている時、低開発国から農業研修生が押しかけて来たり、東南アジアの農業開発に日本が大いに期待されているのはこの小農の技術の実施における展示農場であったりするのは皮肉なことである。このような眼前の問題からも、Japanese family farm の価値と現在における意義を掘り下げるべきであると思う。(つづく)

南米開拓前線を行く 63
杉野博士論文
「農業拓殖学の構造に関する研究」
第二章 農業拓殖学の学論の研究
第三節 農業拓殖学の体系と原論の地位及び構造
ーー6月25,26日記入ーー
 東京農業大学の初代学長、横井博士の晩年の著作に日本農業の根本的研究として小農の研究を書かれた。(21) 又、永く我が国の農政の指導者たりし石黒忠篤先生の晩年の著書、農政落葉籠(籠=読み方. 音読みロウ、ル; 訓読み:かご、こもる)、に(22)小農建材論を書かれて、「世の所
謂進歩的と称する学者の学者の小農衰亡論は事実五合わぬようでもあり、今や小農に対する考え方は大きく変わらんとしつつある事を感ぜざれるを得ないのである」とされつつ、日本小農の発展の理論的な基礎付けがあらねばならぬと言われていた。其の後、日本政府は農業基本法を制定して、自立農家の育成を図りつつあるが、基本法の前文で日本の小農が果たして来た国民経済上の大きな功績を認めているのである。
 はからずも農業拓殖活動の歴史的社会的側面を統一的に把握してこのfamily farm がどの国でも最も堅実に農業拓殖活動の本質に一致しつつある
事を見だすことを得た事、就中日本のそれが最も、これからの農業拓殖活動の上で国際的に再評価されつつある事を見出すことは、若き頃京都帝国大学の農林経済学教室において、橋本伝左衛門先生のご指導で磯辺秀俊氏とロシアの小農経済の研究者アレキサンダー・チヤノフ教授の小農経済の研究の訳出
と着手し、更に日本農業の根本的研究の為に、その小農より成る習俗社会である農村の実態調査から進んで農村社会の研究に進んだ私にとって、この国
際的評価は当然の事と思われて仕方がない。この農業拓殖学の学論の研究過程において、この小農、すなわち family farm の価値を再発見した事は大きい収穫ででもあった。私は、その存続の理由は農業拓殖活動起動の根本に深くつながる人類生存の本能に発するからではないかと思う。即ち、土地の生産性の維持と動植物の人間生活との三位一体の生活形式として家族農業を把握する時、はじめてその存在の理由と共に将来の展望の枢軸としてみることができる。将来の展望の枢軸と言う意味は、農業拓殖活動の終着駅たる新農村は、この家族的農業を細胞として形成されるべきであろうと言う意味である。人類がその生活を欲する限りはこの方向へ進まざるを得ないと言う意味で、準則発見的科学たる農業拓殖学の原論の一結論と思うのである。 (第三節終了)参考文献 は64で掲載します。

南米開拓前線を行く 64
杉野博士論文
「農業拓殖学の構造に関する研究」
第二章 農業拓殖学の学論の研究
第三節 農業拓殖学の体系と原論の地位及び構造
ーー6月27 28日記入ーー
参考文献
(1)Ernst Laur , 1920 . 1930 . Einfuhrung in die Wirtschaftslehre des Landbaues
(2)Leopold von Wiese , 1928, Das Dorf as Soziales Gebilde
(3)Lundberg , Anderson, Bain & others. 1929. Trend in Americans Sociology
Pitirim Sorokin and Carl C . Zinmmerman 1931, Principles of Rural - Urbas Sociology
(4)Wilhelm Dilthey, 1883. Einleitung in die Gaistes - wissenschaft
(5)田辺元 1925 「科学概論」(第22版)第5章第3節
(6)Max Weber, 1922 [ objektivitad] Sozialwssenschaft-licher und
Sozialpolitischer Erkenntnis (富永祐治 立野保男訳 社会科学方法論
(7)農林大臣官房調査課訳 1951「英国農業の調査報告」
(8)外務省移住局 1957 「人口の国際移動」
(9)土屋清編著 1961 「EECと日本経済」
(10)Rpbert Brittain 1952 Let there be bread (西野入徳訳 世界の食糧問題、岩波新書)
(11)デル・カステイヨ、メキシコ征服。
    シエザ・デ・レオン インカ帝国年代記。1937 (世界ノンフィクション全集台32巻所収)大川周明著 1941 「近世欧羅巴植民地」
    (注・欧羅巴=ヨーロッパ)
(12)アンドウ・ゼンパチ 1956 「ブラジル史」
(13)Adam Smith An Inquiry into the Nature and Causes of the Wialth of Nations 丸善版1940(大内兵衛訳 国富論、岩波文庫)
(14)東井金平 1949「米国農政問題研究」 
    小野功 稿 1961 「アメリカに於ける最近のファミリー・ファームの諸傾向」(東京農業大学農学集報 特別号創設70周年記念論文集)
(15)祖父江孝雄編1959「人間の文化」(現代文化人類学第二巻) 
(16) Ðonald R. Taft, 1955 International Migrations
(17)Warren Thonpson 1946 Population and Peace in the Pacific
(18)C.C. Zinmmarman 1947 Family and Civilization
C.C. Zinmmarman 1935 Family and Society
(19)古谷芳雄 1938 「民族生物学」
(20)Edmund des Brunner & others, 1949, Famers of the World (恒川直訳、世界の農民)
(21)横井時敬 1926 「小農に関する研究」
(22)石黒忠篤 1958 「農政落葉籠」
(23)A. Tschajanoff ,1923,Die Lehre von der bauerlichen
Wirtschaft
(24)杉野忠夫稿「小農研究に関するソローキン及びジンマーマンの寄与について」1958、(大槻正雄博士還暦記念出版 農経営経済学の研究所蔵) 
(記入者注・複数言語が入っています 不明アクセント有)

南米開拓前線を行く 65
杉野博士論文
「農業拓殖学の構造に関する研究」
第二章 農業拓殖学の学論の研究
第四節 原論の当面する理論的課題
第一款 農産物過剰生産論に対する批判(注・款=[音]カン[訓]まこと、 よろこ(ぶ)=「決まりごと」 「条項」 「金額」)
ーーーーーーーー6月29 30日記入ーーーーーー
 以上述べた所によって、農業拓殖学原論の学問論及び原論の構造に関する研究は研究方法論をのぞいて(これは第三章において一括して述べる。これを最後に一括したのは、この第四節の諸問題に対する私の考え方の構成にもつながっており、研究方法論は結局私が駆使した所の方法の説明でもあるので、最後に廻したのである。)、大体完了したのである。私は、茲で一応の論文を執筆をしめくくるべきであるかもしれないが、原論研究途上遭遇した問題は、農業拓殖学は如何なる意味において科学なりやと言う質問と共に、その現代において、農業拓殖活動の必要性を論証する事であった。科学は文化の産物であるが、必要によって生まれる。医療の必要があって医学が生まれ、住居の必要があって建築学が生まれ、農業から純収益を生む必要があって農業経営学が生まれるが如きものである。農業拓殖学もまた、農業拓殖活動が現代の問題たるに及んで、生れざるを得ぬのである。
 そこに農業拓殖学原論の理論の課題として、農業拓殖活動が何が故に現代の問題であるかに答える必要があるのではないかと考えた。上述した所では、農業拓殖活動の本質を論じて人間の生存本能に発する永久運動として拓地殖産活動の超歴史性を指摘した。そしてその歴史性は形態において把え(把え=とらえ です。 「捉える」「捕える」これはほぼ同じ意味です)たり、発展の過程として見る事をのべた。しかし乍ら、更に、動向論に関連するに及んで、それは正に現代の地点に立って、その歴史的社会的必要性を論じなければならなくなるのである。即ち、政治家が、政治の問題として農業拓殖政策を主張する如き Sollen (注・ドイツ語「sollen」の意味は? ... 第三者の言っていること )  の角度からではなく、歴史的社会的現象として、その歴史的社会的な客観的な価値判断が必要なのである。その意味においてこれは原論の理論的課題たるべきものである。たとえば医学にしても、何人も健康が必要とすると言う客観的な価値判断を前提として成立するのであるのではないか。かくの如き価値判断は科学を成立せしめる論理ではないかも知れぬが、科学を生む所の歴史的社会的な客観的な、人々の価値判断と言う事が出来る。その意味で、現代における農業拓殖活動が必要なる所以を明確にしておく必要があると考えた。(つづく)



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