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岡村淳さんの新作ビデオ『赤い大地の仲間たち』完成【ニッケイ新聞より転載】
『私たちの40年!!』HPでも度々紹介させて頂いているブラジル日系コロニアの著名な映像作家岡村 淳さんは、日本で11月16日(土)に神戸の元移住センターに於いて日伯協会と神戸市の共催で「同船者の皆さんへ 40年目のビデオレター」の上映会と講演会を開きましたが申し込み者多数で抽選に漏れた当HP関係者2名から残念だったとの連絡が届くほど盛況だったようです。また東京では11月30日(土)に立教大学のラテンアメリカ研究所主催で「40年目のビデオレター」と新作「赤い大地の仲間たち−フマニスタの二十五年の歩み−」の上映と講演を実施しました。特に新作に対する反響は大きくビデオ・ジャーナリストとしての岡村さん会心の力作との高い評価を受けたとの嬉しい頼りが伝わって来ており、帰国後岡村さんご自身のニッケイ新聞社への報告記事が出ておりましたので転載して置きます。写真は適当なものが見つかるまで今年1月にアマゾンのトメアスー移住地の同船者を訪ねた時に撮らせて頂いた雄大なピメンタ(胡椒)畑を撮っている姿です。


聖市在住のビデオ・ジャーナリスト岡村淳さんの新作ビデオ『赤い大地の仲間たち―フマニタスの二十五年の歩み―』が完成した。岡村さんは九四年から計二十回以上現地を訪れて、コミュニティとの親交を深めながら六十時間分ものテープを取りため、それを編集し六十五分の作品に仕上げた。 「とんでもないことを始めてしまった」。一九七七年、若き日本人神父は、北パラナのロンドリーナから百キロほど南東にある山に囲まれた“隠れ里”で途方にくれた。
 サンジェロニモ・ダ・セーラ市は当時、パラナ州一体から差別を受けて逃げてきた、ハンセン病患者たちの駆け込み寺のような場所だった。ひどく状態をみかねた佐々木治夫神父は、何の知識も資金もないままにハンセン病治療センター「フマニタス(人類愛)慈善協会」という診療所をはじめた。
 八〇年からは長崎純心聖母会から修道女を派遣してもらえるようになり、日本のハンセン病専門医がボランティアで手伝いにきてくれ、現在では皮膚病総合病院にまで成長した。これまでに診療した患者は、日本人移民を含めた一千人以上。
 かつてハンセン病は“ライ病”とも言われ、感染者は差別の対象とされていた。そんな頃、修道女たちはハンセン病患者の膿が流れる患部を素手で洗い、患者たちは「ここでは人間扱いしてくれる」と涙を流して喜んだという。
 路上生活少年らを集めてソロバンを使って算数の指導や、和紙作りやウサギ飼育などの職業教育をし、公立校の補助校的な役割も果たしてきた。と同時に、近隣にキャンプしている土地なし農民に堆肥の作り方を自ら指導し、有機農業を教えたりと、カトリックの信仰に支えられた骨太な社会的弱者への支援活動を続けている。
 途方に暮れていた七七年から二十五年たち、日本からの援助などを得ながら慈善協会は活動を広げてきた。その足跡がビデオでは雄弁に語られている。
 先月、日本の各地で上映会をしたおり、立教大学でもこの作品を流し、特に評判がよかったそう。岡村さんは「自分のところでも上映したいと言ってくれる人が複数いました」と喜びの報告をする。
 作品に興味のある方はフマニタス慈善協会(43・267・1282)まで連絡を。



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