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東洋紡ブラジルの名取 力 社長6回目の年末年始の挨拶状 2002年12月
東洋紡ブラジルの名取社長とはリオの官民合同会議の席上、昨年ポルトアレグレで行われたブラジルに置ける日本商工会議所の連絡会議の席上等で何度かご一緒していましたが3月には6年の任務を終えて帰国されるとの事で先週サンパウロに出向く機会があった事からサンパウロ市内の東洋紡ブラジルの本社工場を訪問お話を伺いました。帰国後もNPO団体のボランタリーとして日系ブラジル人の出稼ぎ先の日本に置ける子弟の教育問題に取り組まれるとの事で日本にいる就学児童58000人の内、僅か8000人しか学校でポルトガル語による教育を受けていないとの事。差別化しないで学齢期の年齢だけを基準としている日本の学校制度より落ち零れた日本に於ける日系ブラジル子弟の教育問題と取り組むとの事で文部省の助成金が得られる学校法人作りに乗り出すとの事で出来れば何らかの形でお手伝いしたいと願つています。
写真は、【ブラジルの大地に根を張り更に発展を期す その象徴として第十代社長就任を紀して之を求む 1998年3月】と記した木村圭吾筆の桜花の譜 4曲屏風 の前で撮らせて頂いたものです。巨きな岩を二つに割って根を張り、悠然と枝をのばす桜の古木。350年の樹齢のみちのく盛岡に夢幻のごとく咲き薫る石割桜は見事なものです。


2002年12月 東洋紡ブラジル 名取 力
拝啓 皆様お元気ですか。ブラジルから6回目の、そして最後の年末年始のご挨拶を申し上げます。来年3月には任期を終えて帰国します。これまで同様よろしくご指導・ご交誼をお願いします。
6年間のブラジル滞在で学んだ最大の事は自分の心の本当の願いを素直に聞き分けてゆったりと本音で人生を生きる事の大切さです。これとは対極にある国、「建て前と横並び尊重」の国・日本でこの2つをどう調和させてこれから生きて行くか、自分の事ながら興味深いところです。
学んだ事のもう1つ、そして私が数あるブラジルの良さの中でも最も好きなのはブラジル人の本質的な「人懐っこさ」とそこから来る「融和・穏健・非闘争」主義とも言うべき考え方です。道で会って目が合うとそれほど知り合いではなくても必ずちょっとはにかんだような感じでにっこり笑い「ボンディア!」とか「ト−ドベン!」とか挨拶してくれる。そして家族・親族やアミーゴ(友)との親和を何よりも大事にする。「ああ、これは一昔前までは日本にもあったな」ふとそんな懐かしい感慨にとらわれます。そして彼らがサッカーに興じプライア(浜辺)でのんびり過ごす様を見ていると「喧嘩とか戦争とかそんなシンドイ事はつまらないからやめときましょうや」と言う彼らの本音が聞こえてくるような気がします。宮沢賢治の「北ニケンクヮヤソショウガアレバツマラナイカラヤメロトイイ」そのままです。ブラジルは民事・労働の訴訟多発で知られていますが日本のそれが双方トコトンこじれて最後の決着の場であるのに対し、ブラジルの訴訟は「ま、ややこしい・小難しい事は裁判所の判断に任せてそれに従うとして我々はその間カイピリニャでも飲んでましょうや」と言った物事の穏便解決の1手段とのニュアンスがあります。
ブラジルのこの国民性は歴史にも現れていて植民地進出に当たってはスペインやアメリカのように先住民を殺戮・圧迫する事はさして無く融和を基本とし、その後の独立、奴隷開放、王制打倒等全て戦火を交える事無く済ませ、宗主国ポルトガルもスイスと共にI・II両大戦とも参加していません。
今問題のテロもブッシュのように「戦争だ!」と大上段に振りかぶるのでなくブラジル流で考えればまた別の側面が見えてきます。私は「世界法治」を基本原則としてテロに対してはあくまでもその法秩序紊乱・犯罪者として対処する原則を貫くべきであって、アメリカ流の「先制攻撃主義」は(たとえニューヨークやバリ島の惨事を見た後であっても)反対です。
ブラジルは犯罪多発が喧伝されて憂慮されていますがその側面だけを見るとブラジルに対する判断を誤ります。犯罪多発と言っても大部分はコソ泥ならぬコソ強盗の類でたとえ遭遇してもポケットに用意した1〜200レアル(3〜6千円)も渡せば済む事です。現在は軍政→民政移管の過渡的反動で警察力が弱くなっていますがいずれ(かってのニューヨークがそうなったように)もう少し落ち着いてくるものと期待しています。日本に帰った後はこのブラジル流も含めた複眼的な物の見方で色々な事を勉強し考えて行きたいと楽しく意欲を燃やしているところです。
今年最大の出来事は小卒・金属職工上がりの庶民の星・ルーラが大統領に選ばれた事でしょう。前任のカルドーゾ大統領はその10年の治世(2年間蔵相)でインフレ克服を始めとして政治・経済の各分野に近代民主国家としての基盤を確立した名大統領ですが、貧富の格差是正等の社会政策の面だけが弱いと言われてきており、ブラジル国民は賢明にも今度はその面の改革をルーラに託したものと思われます。各20%の5階層比較でI層:V層の比が世界一平等な日本や東欧は5倍、欧8倍、米10倍、ラテン15倍のところブラジルは実に32倍、食料は豊富に有るので最下層が悲惨とは言えないのですが最上層が日本より遥かに豊かな生活を謳歌しており、私はこの国でなぜ革命が起きないのか不思議でした。(旧東欧の平等は貧しい平等ですが日本のそれは世界第2の経済大国ながら上に薄く下に厚く「豊かさと平等を同時に実現した希有な例」として強く誇りに思っています。)ルーラによりこの格差が縮まり中・下層の生活水準が上がれば元々豊かな資源と水・土地・太陽に恵まれたこの国は息の長い成長路線に乗る事でしょう。後世の歴史家は「流血の革命によらずしてその理念を達成した国」と記すかもしれません。「またお前の贔屓の引き倒しが始まった」とお笑いになるかも知れませんがこの国の歴史を紐解くと成すべき事をゆっくりスローテンポでそして平和裏にやってきており期待が持てます。
「遠交近攻」の孫子の兵法が教える通り、日本は折角出来ているこの未来の大国との絆を今のようにジリ貧で放って置くのではなく積極的に強める努力をして欲しいと願う事切です。
では新しい2003年が今度こそ日本再生の出発の年になりますよう、そして皆さまのご健勝をお祈りします。
敬具






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