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TheBazaarExpress#27「やばいな」神山 典士さんからの寄稿。
浅草ロック座のブラジル親善公演に同行された時にご一緒させて頂いたノンフィクション作家の神山 典士さんからまた寄稿して頂きました。『書かなければ前に進めないと思ったテーマを、是非読んで頂きたいと思う方だけに送らせていただくものです』と前書きがありますが、送って頂ける一人に加えて頂いている事に感謝しています。神山さん有難う御座います。神山さんの寄稿は、バックナンバーとして寄稿集の70番目、82番目、131番目、170番目、209番目にも掲載しております。
写真は、神山さんの『奮い立て!大阪近鉄バファローズ・奇跡の組織改革』(2002年3月実業之日本社発行)の表紙です。


TheBazaarExpress#27「やばいな」
(この通信は神山典士が書かなければ前に進めないと思ったテーマを、是非読んで頂きたいと思う方だけに送らせていただくものです。ご迷惑でなければお時間がある時にご笑覧いただけたら幸いです)

6月14日。締め切りの最中に新宿紀伊国屋に青年座の芝居を観に行く。作・永井愛、演出・黒岩亮。
現在の演劇界の黄金コンビの作品なのだから、見逃すわけにはいかない。友人の役者からの勧めもあって、いそいそと新宿まででかけてきた。
その観劇の途中、真っ暗な客席の中で思わず呟いている自分がいた。
−−−やばいな。
何がどうやばいのか。約二時間半の作品の後半は、舞台上のストーリーと自分自身の感情の分析とがらせん状に絡み合いながら進んでいくハメになった。

舞台はとある下町のスーパーの従業員控室。新入りの中年女性が「いらっしゃいませ」と発声練習をしている。パートで採用になったらしい。経営が傾いたスーパーには不似合いな上質のスーツを着ているのが印象的だ。そこに現れる赴任直後の店長と、ベテランのパートさんたち。消品陳列係りとして、やはりやや場違いなナイスミドル系の中年男性も働いている。
やがて新入り女性は成城住まい、ナイスミドルは田園調布住まいということがわかる。女は夫がリストラで職を追われたことから働き始め、男もまた、同じ境遇で職を追われてスーパーに中途入社した。共にバブル期の「勝ち組」であり、インフレ期のツケをデフレ期に支払っている現在の「負け組」だ。かつての「日本のエンジンたち」といっていい。
「やばいな」と思ったのは、今取り組んでいる自分の新作の登場人物が、舞台上に現れてしまったからだ。
                   ※
「何故大企業や銀行ばかりが救われて、経営の傾いた中小企業経営者や債務を抱えた個人が救われないのか」「何故この国には敗者復活アリのシステムが成熟しないのか」「何故連帯保証制度などという、およそ前時代的な法がこの国には残ってしまったのか」−−−。市場にはそんな不満が渦巻いている。そんな中、日産をカルロス・ゴーンが立て直したように、過剰債務に悩む中小企業経営者や個人を対象とした「事業再生屋=ターン・アラウンダー」と呼ばれる人たちの活躍が始まっている。バブル期の過剰な住宅ローンを債権償却したり、経営の傾いた中小企業の優良部門を会社分割して破綻から救ったり、企業と個人の「再生」を手がけるコンサルタントたちだ。
実は政府は、「民事再生法」「個人版民事再生法」「サービサー法」「中小企業支援法」「商法改正」等、中小企業経営者や個人を守るために様々な法律を用意している。それらを駆使しながら、「不良債権処理」を「再生」型で進めることがターン・アラウンダーの使命となる。
彼らの姿を追いながら、私は都内はもとより地方へ、霞が関へ、明治維新期へ、そして日本の民法の故郷であるフランスへと取材を広げてきた。その課程で出会ったのはかつてのバブル紳士たちであり、その妻たちだった。今はリストラで収入が減り、資産デフレで物件を売ろうにも売りようがない。あとは自己破産を待つだけという二進も三進もいかなくなった人たちだ。
つまり、舞台上に現れた中年男女に他ならない。
「あれ、先にやられちゃったよ」
最初に「やばいな」と思ったのは、そんな、書き手のいささか買いかぶりすぎの思いだったのだ。
                   ※
「最初に」と書いたのには訳がある。
途中休憩を挟んで二時間半にも及ぶ舞台を見ているうちに、同じように何度か「やばいな」と思う自分がいたからだ。
次の「やばいな」は、休息中に折込チラシをパラパラと見ていた時だった。
「日本経済は完全に崩壊していた。失業者は溢れ、消費力も落ち、治安も大いに乱れた」
そんなリード文で紹介される新作のチラシが目に留まった。この芝居と同じ状況設定だ。
作・飯島早苗。その名を見た時にハッとした。永井愛に匹敵する、現代演劇界で最も豊かな作品を紡ぐ信頼する書き手の一人だったからだ。
−−−飯島さんと永井さんが同じ状況をモチーフに作品を書いている。
つまりそれは、現在の日本社会が、経済が、ある種のドラマツルギーに満ちていることの証左だ。
劇作家は、まがまがしいばかりのエネルギーにおのずと引き寄せられる。恋愛、自分探し、冒険、SF。書き手の性は、そのエネルギーを利用して、人間の剥き出しの本性を露にする。現実を超えるリアルを舞台上に再生するためには、そのまがまがしさが必要だと言い換えてもいい。
最近では永井は、自我に目覚めた女性像を、都会に憧れ廃れていく地方文化を描いてきた。飯島は長い間女性の友情と自立、青春期の孤独とそこからの旅立ちが得意領域だったはずだ。
ところが奇しくも二人が「日本経済」を俎上に上げた。それだけまがまがしいものとして、現在の経済状況を評価したことになる。
「やばいな」と思ったのは、そのエネルギーが正ではなく、明らかに「マイナス」のまがまがしさだと感じたからだ。すでに演劇になるほど、私たちは0からも遠く離れたマイナスの経済の中で生きている。そのことを、劇作家の野性が直感しているのだ。
                   ※
「かつて鎌倉・室町期の日本人は、今よりも遥かに訴訟社会を形成し、荘園領主の悪政に対しては一揆で対抗した。そして獲得したのが徳政令だった」
にわか勉強ではあるけれど、いくつかの文献をベースに私はそう書いた。僣越ではあるけれど、全四百枚の中に通底させたのは、牙をもがれ怒ることすらなくなった現代人に対して、「一人一人が自覚的に闘おう、自立しよう」というテーマだった。けれどそこには、「やればできるはず」というある種の楽観論がある。かつてアメリカが、イギリスが立ち直ってきたように、日本も踏ん張れば立ち直れると、私はどこかで思っている。何の根拠もないままに。
けれどその「経済の負のエネルギー」が演劇のテーマにまでなったのだと思い至った時、背筋が震えた。
状況は、私が思っている以上に悲劇的なのではないか。あるいは喜劇的と言い換えてもいい。すでに私たちは、客席ではなく舞台上に生きているのではないか。それは、かつて世界史上類を見ないといわれた成長が一転して衰退に転じるという、まさに演劇的などんでん返しとして。
だとしたら、私が文章に込めた意志は生ぬるいことになる。
はたして−−−。
三度目の「やばさ」を感じたのは、その瞬間だった。
                   ※
「やばい」のは、まだあった。
舞台のラスト。すっかりスーパーの主戦力となり、月二〇万円の手取りの上に精肉パックの日付を誤魔化す作業をしてさらに「口止め料」八万円を貰う事にも慣れた女が、こんな意味の台詞を男に言う。
「私、すっかり汚れてしまいました。でも、ここでもう少し働いてみようと思います。たぶん私、今までこんな状況に晒されたことがなかったんです。だから上品ぶって生きてこれたんです。ここで私という人間の本性が見えて来ると思います。本当に駄目な人間なのかどうか。私、それを見極めてみたいんです」最後に「やばいな」と思ったのは、この台詞のシャープさだった。同じような状況とテーマと視点をもっていたとしても、私にこの台詞が書けるだろうか。いや、この台詞を引き出すまでの深い取材と、対象の突き放し方ができたのだろうか。
それもまた、やや過剰すぎる書き手の思い込みだということは、わかっているつもりなのだけれど。

神山典士
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※青年座「パートタイマー秋子」は十五日日曜日までです。
※拙作は、7月下旬、講談社+α文庫より出版されます。



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