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【ビデ】 嘘のような本当の話! TUNIBRAリオの出羽孝史さんの寄稿。
今回、サンパウロの日本商工会議所コンサルタント部会のメイルリスト BATEPAPO(口を動かす=おしゃべり)にリオの山下さんに誘われて参加しました。その自己紹介にマカコ・ヴェリオ(年寄りの猿=古狸?)と名乗ったところお前はまだまだ若造と叱られる始末で1933年に12歳で来伯とのことで私より19年先輩の82歳、現在もリオのTUNIBURAで働いておられるとのことで「リオについてどころかブラジルについて知りたければ出羽さんに聞け!」といわれている真性マカコ・ヴェリオ。その出羽さんが書かれた【ビデ】を掲載させて頂きます。適当なお写真をとお願いしたのですが、『年をとるとズボラになり写真は撮らない』とのことですので今年の神戸祭りのサンバの写真をお借りしました。出羽さんは神戸祭りに招待される本場リオのサンビスタを連れて行く親分とか。ご本人の弁は、『神戸とリオは姉妹都市でありまして、震災の翌年、1996年から2001年まで毎年「神戸祭り」にリオのサンバ・チームが参加。最初の年は150名でした。予算の都合で少しづつ人数が減り、2001年は15名でしたが、毎年私が”サンバの親分”(世話役)として同行。
私は山口県の萩の生まれでありますが、港町神戸は第二の故郷を感じる都であります。昨年と今年は神戸市の財政上の問題(大変な赤字のようです)でリオのサンバ・チームの招聘はありませんでしたが、来年は姉妹都市提携の35周年にあたりますので、「神戸祭り」に本物のカリオカ・サンバの披露。ひそかに期待しております。』


ビデ
                               出羽孝史

 「これはなんだろう」
 1950年代の終り、十数名の日本人が羽田空港発で南回りのフライト、旅行会社JTBの世話でヨーロッパ旅行。ヨーロッパは花の都パリーから。そのパリーのホテルのトイレで、便器の隣に並んでいる、見たことのないシロモノ。それはビデでしたが、彼らには初対面でした。
 ビデはフランスが本家であるらしく、ブラジルにはポルトガル文化と共にやって来ました。ブラジルではバニェイロと呼ぶトイレに入りますと洗面器、シャワーとか湯船、それに便器があり、その隣にある、噴水つきの洗浄器をブラジルでもビデと呼んでいます。
 ヨーロッパ観光旅行に参加の一行は「しゃがみ式」の水洗でもない、臭う便所で育った昔の日本人。洋式の「腰掛け便器」ですと、出るべきものが出にくくなる時代の皆さんです。
 人が集まりますと、「もの知り」がいるもので、そのグループにも一人。その御仁は顔役のような存在になっていました。
 「そうだ、あの人に聞いてみよう」
 「フランスは先進国で、この国には君たちが知らない便利なものが数々ある。便器のとなりにあるアレは口をゆすぐ設備なんだよ。口を開けて栓をひねると噴水が口を洗ってくれる。即ち“自動式口中洗浄器”と言うことだ」
 「なるほど」
 部屋に戻り、「もの知り」の教え通りやってみましたが、噴水はジャアーッと出すぎて顔中にかかり、うまく行きません。繰り返しているうちに、入れ歯が外れて落ちてしまいました。しかし、待てよ、“口中洗浄器”であれば、便器の横でなく、洗面器の近くとか、別のところにあるべきではないか。納得できないので、添乗員に尋ねてみます。
 添乗員はビックリ、
 「それは違います。アレは用を足したあと、お尻を洗うモノですよ」
 マンガのような話ですが、私の作り話ではありません。ある日、その添乗員がリオに来たとき、話してくれたホントウの話です。 
 ビデとは全く関係のないことですが、半世紀と少々まえ、日本は国運をかけての戦争をした国です。
 大東亜戦争。アメリカの武力にはかなわず、力が尽き果てた日本。広島と長崎に原子爆弾を落とされ、1945年の8月15日、ついに無条件降伏。
メチャクチャになった日本でしたが、終戦から5年後勃発の朝鮮半島の戦乱はドン底の日本にとって“棚からボタモチ”。勤勉な日本人は好転のチャンス、産業の成長は上昇気流に乗り、前例のない高度成長と流通の時代を迎えることになります。
 高度成長。景気の好転でお金のだぶつき、にわか成金の時代でもありまして、この人たちのお金の使いみちに海外旅行がありました。
 日本航空の最初の国際線は羽田からハワイ経由のサンフランシスコでした。
 赤い鶴丸マークの飛行機でアメリカへ。ハワイはやがて日本人のメッカ。日本からホテルも進出。商店、食堂、ナイトクラブ、日本語だけで不自由なしの観光地になってしまいます。
 日本人の旅行ルートはハワイを含むアメリカが主流でしたが、やがてヨーロッパも脚光をあびることなり、当時、ヨーロッパと言えばパリーからが旅行のパターンであり、ビデの噴水で口ゆすぎはその頃のハプニングです。
 日本人はなんでも上手く真似をする国民で、ビデに代わる「洗浄の仕掛け」を便座に取り付けてしてしまいました。「TOTO」のマークで有名な東洋陶器が開発した温水洗浄便座「ウオシュレット」がそれで、水量、温度の調節が可能、本家フランスのビデよりはるかに優秀なものです。
 しかし、何故かずい分時間がかかりました。
冒頭のビデの噴水で口ゆすぎから温水洗浄便座の開発まで。四十年以上の歳月です。
何故こんなに時間がかかったのか、私には判断できませんが、開発された新式便座はたちまち日本中で人気の的。今や上中クラスのホテルは勿論、一般家庭でも。最近は北海道から沖縄まで「日本式ビデ」の時代になっています。



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