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船、あるぜんちな丸第12次航から40年を経過して【第七部】
あるぜんちな丸第121次航の二等航海士、吉川誠治さんの寄稿文第七部です。今回は船内設備の様変わりの最後航海設備ですが、40年前には、存在しなかった多数の航海計器特にGPS(Global Positioning System)による宇宙空間に打ち上げた28個の衛星を使用した現在位置確認システムが導入されています。このように航海設備もあるぜんちな丸当時から見れば、時代と共に近代的な装備がなされ様変わりいています。しかし、航海の基本は今も変わらず、直接肉眼で見るルック・アウトによる人間の判断が何よりも重要です。少なくとも私が生きている間、いや今後20年のうちに無人で航海するような時代は到来しないでしょうと語っています。写真はバルク専用船【RAIJU】D/W 172,492 K/Ton パナマ船籍で商船三井のバラ積み専用船です。鉱石、石炭、穀物等各種バラ積み貨物を積載することが出来ます。


◎ 航海設備
 自動化全盛の時代ですが、航海当直だけは無人にはならないでしょう。 と言うのは船は二次元の移動体だからです。 海面というサーフェスには立体交差を造ることは不可能です。 船には20数万トン・クラスから、手こぎのボート、移動速度も時速50キロ以上のものから、手こぎや殆ど動きがない無風状態のヨットまで、各種各様、ピンからキリまであります。 手こぎのボートで小さすぎるから、ヨットだから動きが風任せで不規則だからと云って一定の海域から排除することができないのです。 道路交通では歩行者とか自転車、その他の規格外の移動体は一定の道路から排除できますから規制は容易です。 鉄道では鉄軌道上を走る訳ですから決められた移動体しか線路の上を走ることはありません。 航空機の場合、高度別に空域を分け移動体を選別することが可能です。

 船の場合、私が水先をしている大阪湾という限られた海域においても、手こぎのボートや風任せのヨット、或いは魚を追って支離滅裂な動きをする漁船までが混在しているのです。 これらは原則的に20万トンの船でも長さ数メートルの伝馬船でも、衝突回避の義務が生じた場合は大きさとか速度とかには関係なく、お互いに対等な関係にあるのです。 外洋においても同じことで小さなヨットが居ないという保証はありません。 それ故、長さ300メートルを超え、排水量25万トンの巨大船も避航義務があるときは、蟻のごとき存在であるチッポケな船を10数分かけて舵を右、左に曲げて避けて通過しなければならないのです。

それぐらいのことは今の時代、最新のコンピューターを酷使した自動化装置をもってすれば出来るではないかと云われそうですが、完成された航海計器といわれるレーダーにおいても、風波が立った海面上の小型船を捕捉できない場合もあり、巨大構造物があれば、電波の乱反射による偽像が別の場所に発生し、間違った情報を表示することもあるのです。 又自船だけに完全な自動化運航設備を設けても、相手船にもそれ相応の装置を持たせ、こちらに対応してくれなければ、完全な無人運行は成り立ちません。 しかし残念ながら海の上には無数の漁船や小型船、伝馬船すらいるのです、そんな船に必要な装置を要求することは出来ません。 レーダーどころか、夜間船に点灯すべき航海灯の設置すら免除され、他の船が近づいてきた時だけトーチ・ランプを照らして応答すればOKと国際海上衝突予防法に取り決められているぐらいなのです。 そんな訳で一方の船だけにどんな最新の自動化設備をしても、その船だけを無人で船を動かすことは不可能な状態にあるのです。 航海にはまだまだやはり人間の視覚と判断力が主役です。

 前置きは長くなりましたが、自動化船の装備が如何に進歩しても、今のところ最低1人、通常は不測の事態を想定して2人の当直員が操舵室で24時間休むことなく、基本的に人間の五感を使って当直する体制になっているのです。 五感と書きましたが、その殆どは専ら視覚です。 しかし臭覚についても昔から視界が悪いとき、漂ってくる磯の香りにより陸岸が近いとことを知る手段に使ったと云われますし、触覚は風邪の向きを簡単に知る手段として、今でも手の平をかざしたり、顔をその方向に向けたりして使います。 聴覚は勿論音響信号もありますが、近頃は無線電話により直接音声で他の船から情報が入ったりしますから重要です。 残念ながら航海当直の情報収集手段として味覚を使ったという話は聞いたことがありません。

原始的な話しになりましたが、航海当直にも新しい波が押し寄せています。それは主として前記の視覚の補助手段としての航海計器が急速に充実してきたことです。

先ずレーダーについてですが、「あるぜんちな丸」当時既にレーダーは船には欠かせない航海計器にはなっていました。 「あるぜんちな丸」には当時まだ開発段階にあった[True Motion Rader]と言う新しい考えが導入されたものが搭載されていましたが、まだ価格的に相当高いものでしたので、1台しか装備されていませんでした。 現在は殆どの外洋航行船は当時より飛躍的に性能がよくなったレーダーを2台以上持っているのが常識です。 これはアメリカ沿岸でタンカーの座礁等による油の大量流出事故が多発したため、アメリカに寄港するタンカーは必ず2台搭載し、その内1台は衝突予防装置付き(註17)のものを装備しなければ、アメリカの港に寄港することを認めないと言うアメリカ・コースト・ガードの規定が出来たのを契機に、殆どのオーシャン・ゴーイングの船は船種を問わずその規定に習い、2台、時には3台のレーダーを設置するようになりました。

レーダーのみならず、現在の船の操舵室には40年前当時見受けられなかった多数の航海計器が並んでいますが、何といってもGPS(Global Positioning System) が航海の質までも変えてしまった感があります。 GPSは宇宙空間にアメリカが打ち上げた28個の衛星の内、近くの4個の衛生から発信される電波により、船舶だけでなく、あらゆる移動体の正確な現在位置を表示してくれます。 GPSそのものは非常にコンパクトな計器で、今やカーナビ(Car Navigation)と称したヒット商品として、マイカーにも多数装備され、一般社会でも日常的に使われるものになりましたし、腕時計状にした小型のものまで開発されています。 そんな関係で船舶用のものでも価格が20万円ぐらいで非常に安く、設置に場所を取らないので大抵2台ぐらいは、船の操舵室や海図室におかれています。

GPSは先に述べたように28ヶの衛星と5つの地上管制局群及び受信機からなります。 アメリカのコロラド・スプリングに管制センターが置かれ、南太平洋のアセンション島、マダガスカル島のディエゴー・ガルシャー、太平洋のクエゼリン島、及びハワイに追尾局が置かれています。 その精度は4ヶの衛星を測定した場合1メートル以下の測定分解能を持つと云われており、船に搭載されているGPSでは1秒以下の瞬時に現在位置を測定し、その測定誤差は少なくとも10メートル以下です。 アメリカはGPSが軍事目的を兼ねているので、全てを公表している訳ではなく、一旦ことある場合は [Selective Availability = SA] というGPSの制度劣化手段を発動する権限を持っています。 このような非常手段が発動された場合は、船舶は勿論、自動車等多くの移動体はGPSの精度が落ち、パニック状態になることが予想されます。 そこで日本をはじめ各先進国は衛星からのGPS受信に加え、自国内の各地に地上局を設けて精度を補足するディファレンシャル・GPSを開発し、アメリカがSAを発動時した場合でも必要な測位精度が維持される対策が完了しています。

GPSは上記のように船舶のみならず、あらゆる移動体の現在位置を即座に表示することが出来ます。 最近では盗難車対策として発信装置を持った小型のGPSを車の目立たないところに取り付けておき、盗難後の在処を受信して盗難車を探し出すとか、徘徊癖のある痴呆老人に持たせておき、居場所を見つけるとか、いろんなところで思わぬ利用方法で重宝されるようになりました。

交通機関である自動車や鉄道の現在位置は付近の風景から人間の眼によって判断できます。しかし、至近に目標がない砂漠の真ん中や広大な地形では、陸上でも自分の位置を簡単に識別することは困難です。 況や広い海上や大空の中に浮かんでいる船や航空機のような移動体の現在位置を即座に決定するのは、GPS以前は簡単なことではありませんでした。 沿岸を航行している場合でもコンパスから得られる2つ以上の陸上物標の方位を海図上にプロットする必要があり、少なくとも数十秒はかかる作業でした。 その間に移動体である船は次の位置に移動し、決定された位置は過去の位置でしかありません。 レーダーによって位置を測定しても同じようなことが言えます。

これが大洋航海中になると、ご存じのように六分儀で天体の高度を測定することによって船の位置を取得していたのです。 昼間では太陽、ごく条件のよい場合昼間でも金星や、木星、土星は(月は誤差が多く使い物にならない)観測することは出来ましたが、雲間に出ている、お天道さんだけが頼りでした。 太陽という一つの天体の測定高度から数分かかって計算して得られる結果は、船がこの線上にあるという千メートル以上の誤差を含んだ「位置の線」(註18)だけで、この点だという船の位置は得られません。 点としての位置は、その後数時間経過し移動した太陽を再度測定し、違った角度即ち方位からの「位置の線」を求めて、2つ以上の「位置の線」を交差させ船の位置を決定していたのです。

夜間は複数の恒星、惑星を数分毎に測定できますので、或る程度点としての位置が得られるのですが、満月の夜以外は日没時か日出時でなければ、水平線を判別するのが困難で常時測定できるわけではないのです。 勿論天体の観測は天気が悪ければ観測不能です。 そんな場合最近の位置から船が航走した方位と距離を割り出して、その時船がいるであろう位置を推定するしか方法がなかったのです。 いずれにしてもこれらは全て現在位置と称していましたが、過去の位置でしかありません。 現在位置とはあくまで現在にもっと最も近い確定位置から推定した位置であるという意味で使っていたのです

船は航空機と同様水という流体の上に浮かんで移動します。 従って海そのものも潮流、海流によって移動しているわけですから、移動距離と移動方位を正確に割り出すことも、これ又至難の業だったのです。 航空機の場合もっと極端で風という移動の激しい空気の中を飛ぶのです。 北太平洋のジェット気流の上を東にアメリカ方向に飛んだ場合は、西に日本向けに飛んだ場合よりも風邪の影響をまともに受け、2時間以上飛行時間が早いと云われます。 余談になりましたが船の場合、悪天候が二日も三日も続くと、(航空機はそんなに長い時間連続して飛行出来ませんね)時間の経過と共に推定誤差が積み重なり、やっとの思いで測定した位置は推定していた位置より50マイル(93キロメートル) 以上離れていたという話はそんなに珍しいことではありませんでした。

そんな難行苦労もGPSによって一挙に解決されました。 勿論GPSに至る過程で各種電波による位置測定システムが種々開発され、それ相応に便利なものだったのですが、それなりにまた欠点もあり、GPSほど画期的なものではありませんでした。 現在でもオーシャン・ゴーイングの船には六分儀と それ以外の天測に必要な天測歴 (Nautical Almanac) や計算表、正確な時計 (Chronometer) が置かれています。その中でもクロノメーターは本来の意味である「精密な経度測定用の時計」ではありますが、これぐらいの性能の時計は今では玩具にでもあり、最早アンティークな置物に過ぎません。しかし、現代の航海士はもう殆どその使い方を知らないのではないかと思います。

長くなりましたがGPSの素晴らしさは、位置を瞬時に表示してくれるだけではありません。 GPSは船が航走する速力を瞬時に表示してくれるのです。 自動車や電車の速力は車輪の回転の速さから瞬時に知ることが出来ますが、前述の通り船舶や航空機は流体の上に浮かぶ移動体で地球という固体に対する速度を正確に把握する手段を持っていませんでした。 因みに帆船時代の船速把握手段はダッチマンズ・ログ(註18)といって、船首付近の一点から板切れを海に投げ込み船尾付近の一点まで流れてくる時間を計り、両点間の距離を先ほどの時間で割って速度を測っていたのです。 私が船乗りになった頃にもねじれに強いログ・ラインというロープの先に小型の羽が付いたスクリュウ状の浮体を付け、それを出来るだけ推進器の影響を受けない船尾から離れた海面まで流して、その浮体の回転をログ・ラインを通じて読みとり、船の速力を計測するという計器を使っていました。 これをパテント・ログと云っていましたが、「あるぜんちな丸」では、もう少し進歩したサル・ログでした。 これは航空機にも同様なものがあったそうですが、船底から1メートル程度突き出したピトー管の先端に加わる静圧と動圧の差から速力を検出するというものでした。 どちらも器械自体が正確な速力を表示するのが難しく、その上あくまでも流体である海の水に対する速力でありました。

GPSはこのほかにも位置の表示を緯度経度だけで表示するのではなくて、海図上に自動的に現在位置を表示させたり、カーナビのようにCD−ROMによって電子管上に映し出された、所謂電子海図上に直接表示することが簡単に出来ます。 その為、日本の海上保安庁水路部は日本近海全域にわたり電子海図を新製しており、その一部は既に完成済みです。

そればかりではなくGPSは日本の地図の測地体型までも変えてしまいました。 日本の法令に記載された緯度経度は日本測地系によるもので、過去の日本の海図もこれによって作られていました。 しかし、GPSが世界中の位置を決める手段として利用され、それが非常に正確であるという理由で新たにGPSを基準とした世界測地系というものが創られ、世界中の海図がこれによることになったのです。 そんなわけで現在海上保安庁水路部は発行中の海図全部を新しい体系の下で作り替えつつあります。 この作業は明年3月に完了し、2003年4月からは古い日本測地系による海図は使えなくなります。
世界測地系の海図は従来のものより北西に486メートル移動しています。 これは小型船が狭い海峡を通る場合、古い海図を使いGPSだけを頼りに通過しようとすると、座礁してしまう危険が大きいほどの違いです。 その為急遽海図の改版が行われているのです。

余談ですが、日本の時計は世界時(グリニッチ標準時)より9時間早く時を刻みます。世界各国の標準時は経度15度の倍数を基準に各国が定めていますが、わが国の場合凡そ日本の領土の中心である135度が用いられています。 我が家は神戸市西区という神戸の中心部から20キロほど西に離れた東経135度1分にあり、明石市の北側にあたります。 明石市にはその日本標準時間の基準である東経135度の子午線(註18)が通っています。 その為,明石市はその子午線のすぐ東にある丘の上にグリニッチ天文台に見立てて、大きな時計台を持った天文館を造り、ここが日本の中心地で、日本の「ヘソ」の位置にあたると喧伝していましたが、その位置は日本測地系では東経135度0分15秒でした。 しかし、新しい世界測地系では東経135度0分05秒になり、より「ヘソ」に近くなったわけです。

航海設備も「あるぜんちな丸」当時から見れば、時代と共に近代的な装備がなされ様変わりしています。 しかし、航海の基本は今も変わらず、直接肉眼で見るルック・アウトによる人間の判断が何よりも重要です。 少なくとも私が生きている間、いや今後20年〜20年のうちに無人で航海するような時代は到来しないでしょう。

(註17):自動衝突予防援助装置 = Automatic Radar Plotting Aid 略称 ; ARPA
(註18):船の位置がこの線の上の何処かにあるという線で、[Position Line]と呼ばれる。
(註19):航程器 = Log Logには丸太、航海日誌、測定器の意味がある。
(註20):子午線 (Meridian) 北極と南極とを通る大圏で、簡単に言えば軽度線です。 十二支の子と午(鼠と馬)を結ぶので子午線と言います。



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