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今年最後のF-1がインテルラーゴで開催されました。 出羽孝史さんの寄稿です。
和田さま
リオの出羽です。「私たちの。。。。。。。」、お陰さまでいつも楽しませて頂いております。有難うございます。雑文「F−1」を添付いたします。とのお便りと共に下記寄稿文を送って頂きました。何時も変わらぬ情熱と健康を保っておられ日常生活をさり気なく書き留めておられます。今回は先日サンパウロのインテルラーゴで開催された今年最後のF-1レースに付いてと日本シリーズ、新潟地震への思いやりも語られております。
新聞報道によると12回目の挑戦で悲願の母国GP制覇を目指した期待のポールポジションスタートのルーベン・.バリケロは、天候を見誤りタイヤーの取替えに貴重な時間を失い結局3位となり母国GP制覇は、来年以降に持ち越されました。レースは.ライッコネンとの僅差のマッチレースを制したモントーヤが優勝。また、このレースで年間勝利数の新記録を目指したフェラーリ・チームは18戦15勝で終え、記録更新はならず。シューマッハは、前日の練習走行中の事故で車を代えての最終列からのスタートとなり年間勝利数記録を『13』で終えている。アイルトン・セーナが活躍していた頃は日曜日には、このモータの爆音を聞いいていたが最近観戦する機会が減って来ている。これはNHKの実況放送が見られるようになった事にもよると思いますが、出羽さんの投稿で久し振りに注目しました。
写真は、4年目の来年以後の活躍が期待されるトヨタの競争車をTOYOTAF-1のHPからお借りしました。


F−1
                              出羽孝史

世界が注目する自動車競走、「F−1」が最も有名です。友人のひとりに「F−1」のことならなんでもがいます。
「トヨタとかホンダ、乗用車としては評判の車だが、F−1ではさっぱり。出るからにはもうチョイ速い車でなければ。F−1に興味を持つ日本人なら誰でもトップを争う日本の車を見たい。今年のF−1シリーズ、最後のレースは10月24日、サンパウロのインテルラゴスだった。一周の距離は4,309メートル、それを71周。一位はBMWを操縦したコロンビア人のモントーヤ。二位はマクラーレンに乗ったフィンランド人のライコネン。スタートはトップだったフェラーリの操縦士、地元で優勝を狙ったブラジル人のバリケロだったが、天気の判断ミスでタイヤの交換が多く、残念の三位だった。
“グランデ・プレミオ・ブラジル”でのバリケロの優勝は今度も“おあずけ”になってしまった。インテルラゴスでのブラジル人選手の優勝は有名だったアイルトン・セナ、1993年に一回のみ、イタリヤで事故死の前の年だった。
得点数ではトップの座にいるドイツ人選手のシュマッハーは雨天の前日、スタート順番設定のレースで車を滑らせ、ガードにぶっつけ、ドンジリのスタートだったが、それでも、七位に食い込んだ」
 あの日のサンパウロは小雨が降ったり止んだり、悪条件のトラックでしたが、それでも七位のシュマッハーは優秀なレーサーであるようです。
 「佐藤タクマと言う日本人がいる。ホンダBARを操縦して六位に入った。総合点数は34点で、八位。まあまあと言うことか」
 今年の得点は148点でシュマッハーが一番、二番が114点のバリケロ。この二人はイタリヤのフェラーリの専属。操縦のうまさ、同時に、現在のこの世界ではフェラーリが最も速い車であるようです。
 「トヨタも二台参加していたが、上位には入らなかった。イタリヤ人のツルーリ、ブラジル人のゾンタの操縦だったが。 車の質、操縦士の腕。そのコンビと言うことだろう。
 メーカー別の得点ではフェラーリがダントツの262点で一番。BARが119点で二番。トヨタはたったの9点で八番。
インテルラゴスのサークイットにフェラーリを宣伝する看板はなかったようだが、あっちにもこっちにもTOYOTAの宣伝。TOYOTAの看板だらけだった。大衆車ではないフェラーリと大衆を狙うトヨタの宣伝ポリシーの違いと言うことか」F−1では陽のあたるところに出てこない日本の車ですが、乗用車ではトヨタ、ホンダ、ブラジルでは評判がよく、人気の車種です。

友人は話題を野球にかえました。
「日本シリーズの今年の決勝戦はもうちょっと面白いかと思ったが、西武ライオンズが5点入れて先制。中日ドラゴンスは8回までゼロ。9回のウラでやっと2点で、結果は7対2。西武はこれで、9回目の優勝。俺は中日がなんとか同点に持ち込まないかと、ひそかに期待したが、期待は外れてしまった。名古屋ドームはいっぱいの観客で、大変な盛り上がりの試合だったが。

同じ日本の新潟方面では震度6度以上の地震の連発で崖や土砂くずれ、家屋の崩壊。余震は止まらない。大変な災害、死者は30人以上。怪我人はなん千人、被害者の数は10万人以上であるとか。家を失って野宿もいた。寒い冷え込みの秋。更に雨。気の毒な我が同胞。
40年間無事故を誇った新幹線が脱線。大変だよニッポンは。もし“お天道さま”とかの仕業なら俺は腹が立つ」 私も同じ思いです。



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