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【幻の滝 セッテケーダス】を飲み込んだ世界最大のイタイプダム建設に携わった南米産業開発青年隊 荒木 昭次郎さんよりのお便り(2)。
【幻の滝 セッテケーダス】との題で寄稿集第471番目に掲載している南米産業開発青年隊 荒木 昭次郎さんよりのお便りその2です。題して【イタイプダムと私】です。
荒木さんは、南米産業開発青年隊の第9次団、1963年8月15日サントス港到着のさんとす丸にて来伯され一貫してダム建設のお仕事に携わっておられます。今回また下記の通りイタイプダム建設に付いてのお話を送って写真と共に送って頂きました。326人もおられる青年隊の皆さんお一人お一人のブラジルでの生活が戦後移住史の1コマを綴る事になると思います。私の同船者第8次団の皆さんの生き様も紹介して行きたいと思います。同船者の牧 晃一郎さんが現在この南米産業開発隊連絡協議会の会長さんをしておられます。
写真は、荒木さんに送って頂いた壮大なイタイプダム建設現場の写真です。


和田さん、「私たちの40年」HPをいつも楽しく拝見しています。
寄稿集の「幻の滝セッテ・ケーダス」を飲み込んだイタイプダムは、日本の総面積の約2倍からの水が集まる大きさです。ダムの規模と私の事も少し書いて見ました。

私がイタイプ建設工事にはたらいたのは、第1期の79年5月から82年1月まで、それに第2期の87年1月から89年2月まで計59ヶ月約5年間ですが、やはり世界一の大きなダム建設工事(現在中国に建設中の山峡ダムの完成までですが)に働けた事は、日本で知ったブラジリアの首都建設とベレン・ブラジルア国道建設などの大型プロジェクトに夢見て移住を決意し、その夢がかなった幸運に大きな幸せを感じています。勿論運が良かっただけでなく、それまでにいろんな人達の後押しとアドバイス、特に家内康子の後ろ楯があったればこそ出来た事で感謝して止みません。

63年に移住して、66にブラジルの大手建設会社「メンデス・ジュニオール社」に現場要員として、ミナス・サンパウロ州境のジャグアラダム現場に入り、以後5ヶ所程の大型ダム建設に従事していました。また日本でも青年隊でダム現場で実習をやっていましたので、ブラジルのダムでも桁が大きいだけであまり差異は感じませんでした。がやはり言葉の問題があり、最初は測量部でトランシットとレベルを使っての野外作業が主でしたが、その後コンクリート用の型枠設計を覚えてやっていました。

78年から始まったイタイプのコンクリート打設プランがすごく急で、当時ゴヤス州のイツンビアラダムにいた我々数名が応援に呼ばれて行って遅れを取り戻し、そのまま82年1月まで技術部で主に型枠設計と型枠を支える支保工の設計責任者として勤めました。十数人の技術者といつも細部まで検討しながらコンクリート打設プランに沿って設計を進めるのですが、設計変更とか資材不足などでやむなく変更する事も度々ありました。第1期工事では堤体の完成と14基の発電所、第2期の工事は仮排水路跡にもう4基の発電所を作る工事で合計18基の発電所の工事でした(実際には20基なのですが2基は何時も整備のためで発電をしていないので18基という事になっています)。イタイプダムはブラジルとパラグアイの両国の所有なので、右岸パラグアイ側9基は50サイクルで左岸ブラジル側の9基は60サイクルで発電をしています。しかしパラグアイは電気の消費が少なくその殆んどを60サイクルに直してブラジル側に送電しています。

イタイプダムの規模
流域面積  82万平方km これは日本の総面積(37万7千平方km)の2,2倍
ダム湖の面積 1350平方kmで琵琶湖の2倍
ダムから上流までの湛水距離は170km。
ダム堤長は7,7km
ダムの高さ196m
発電所の長さは968メートルで巾は99メートル

89年の末にメンデス・ジュニオール社を辞めて特殊型枠と支保工の設計それにコンクリート施工プラン等のコンサルタントを法人組織で現在までやっています。



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