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クリチーバ総領事館ポルトアレグレ出張駐在領事 木村 元(ハジメ)領事にお話を聞かせて頂きました。
娘達の日本国旅券の再発行(昨年5月に有効期限が満了していた)の為に6ヶ月以内の戸籍謄本が必要との事で郷里の神戸市中央区役所に代理瑞ソして貰おうとしたら戸籍謄本取得瑞ソは、本人出頭か代理人瑞ソの場合は本人自筆の委任状がない限り受付ないとの事で委任状(戸籍謄本代理瑞ソ願い)を書き在留証明書を元ポルトアレグレ総領事館で発行して貰うために今年初めて領事館を訪ねました。昨年までと変わらぬ同じ建物で同じ職員が領事事務を受け付けて呉れる便利さで若し嵐闥ハり総領事館が昨年末で完全閉鎖されておれば750km離れたクリチーバの総領事館まで出向く必要がある事を思えば有り難いと思いました。
良い機会だとアポイントなしでしたが、お時間があればお話を聞かせて欲しいとの希望を木村領事に伝えたところ快く応じて呉れその後の様子を伺う機会が有りました。
写真は、新しい看板の前で撮らせて頂いた木村領事です。


2002年8月21日付けの朝日新聞に外務省を変える会の答垂ニして在外公館の改変策として7公館を閉め7公館を開けるとの政策がスクープされ閉館の候補の中にポルトアレグレ総領事館が含まれているとのニュースに驚きと共にパニックが走った。『私たちの40年!!』HPでもポルトアレグレ総領事館閉鎖反対のキャンペンを繰り広げ地元の南日伯援護協会、南伯日本商工会議所、ャVエダーデ・ニッケイ、州政府、市長、州議会、市議会等と共に署名運動(第一回目の2002年末に9000人弱、2度目の2003年5月に更に2800人)をしたり邦字紙のサンパウロ新聞、ニッケイ新聞の特集記事取材への協力、小泉首相、川口外務大臣、島内中南米局長への陳情書送付、掲示版、画像掲示版、メーリング・リスト等あらゆる手段を通じてポルトアレグレ総領事館の存続を訴え続けました。
サンパウロ新聞の後藤英樹記者(昨年急逝された)の『菊のご紋を消さないで。。。』、ニッケイ新聞大角総丙記者の特集等何度か取り上げてくれましたしバーチャル座談会でも多くの皆さんのご意見を頂きました。
2004年12月に日本ブラジル交流協会の理事長でもあり大阪選出の民主党代議士の藤村 修議員の外務委員会に於けるポルトアレグレ総領事館存続を考慮するべきだとの国会答弁もあり最終的な落としどころとしてボリビアのラパス大使館に対するサンタクルス領事館、パラグアイのアスンシオン大使館に対するエンカルナシオン領事館と同じ様な組織のクリチーバ総領事館の出張駐在事務所としてポルトアレグレを残すとの結論が出て第18代長島総領事が2005年12月23日に最後の総領事としてポルトアレグレを発たれそれまでポルトアレグレ総領事館の木村領事が2006年1月1日から在クリチーバ総領事館ポルトアレグレ出張駐在館領事として業務を引き継がれました。
木村領事がポルトアレグレ総領事館の領事からクリチーバの領事として出張駐在領事に所属と名称が変わっただけで従来通り総領事減員、公邸廃止、公邸女中2名解雇、総領事専用車と運転手解雇等ポルトアレグレ総領事がいなくなり総領事館の看板を下ろしただけで各種領事事務(旅券発行を含む)、文化活動業務、経済協力関係業務を中心に出張駐在館領事として身軽に活動を続けておられました。
2006年8月18日にはリオグランデ港に戦後移住船ブラジル丸で直接上陸した23名の青年移住者の50周年記念碑が建立されて嵐閧ナ2008年の日本移民100周年祭の前夜祭的な行事が行われる。
木村領事に若し地元のポルトアレグレ総領事館閉鎖反対のキャンペンが繰り広げられて居なかった場合はどうなったかとの質問に対し【間違いなく昨年末でポルトアレグレ総領事館は閉鎖されていた】との明確なご返事で地元の我々のキャンペン(津嶋総領事、牧領事、長島総領事、木村領事の適切な助言、館サイドの積極的な本省への現地の動きの報告等貴重な努力を含む)は、名を捨てて実を取るとの作戦が功を奏したことが実証されこれで日本移民100周を迎える2008年までとかの期限を設けずに在クリチーバ総領事館ポルトアレグレ出張駐在館として継続して行く事になった事は素直に喜びたいと思います。
これまでの18人の総領事の総てに直接お会いしている数少ない住民(初代藤本総領事、2代目近藤総領事とは私自身がポルトアレグレに住んでいませんでしたのでポルトアレグレを発たれた後にお会いしている)ですが、それぞれ個性の強い記憶に残る皆さんでした。
木村領事は、文化活動、経済協力がお得意で出張駐在事務所とは言え所属するクリチーバ総領事館に負けない業績を残しつつあり初代出張駐在館領事としては、打ってつけの人材でできるだけ長く出張駐在して頂きたい領事です。
『私たちの40年!!』HPのポルトアレグレ総領事館閉鎖問題の欄は、2003年、2004年、2005年の年末の話題として捕らえてきましたが、無事『クリチーバ総領事館ポルトアレグレ出張駐在館』という長い名前または、短くして『ポルトアレグレ出張駐在官事務所』(現領事館の正面玄関に上がっている看板の名称)として地元在留邦人の保護を直接継続して貰えることになり一先ず筆を納めこれを持って最後にしたいと思います。
直接、間接的にポルトアレグレ総領事館存続問題に興味を示し、またはご意見頂いた多くの皆さんへの感謝の気持ちと3年4ヶ月のキャンペンにご協力、またはご好意、関心を寄せて頂いた方々に厚くお礼を述べさせて頂き最終とさせて頂きます。
有難うございました。



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