2004年を終えるに当って再度「ポルトアレグレ総領事館閉鎖問題」に付いて。
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『私たちの40年!!』ホームページの2002年度最後の寄稿集は、第200番目の「ポルトアレグレ総領事館廃止反対キャンペンの現状とその行方について。」、2003年度は、第320回の「ポルトアレグレ総領事館の存続は? 官民合同会議においても明確な返答なし。」
今年2004年度も年を終えるにあたり寄稿集第500番で同じ「ポルトアレグレ総領事館閉鎖問題」を取上げて今年の最終としたいと思います。足掛け3年、丸2年以上の長い年月を掛けてのキャンペンでしたが、何とか落とし所と言うか「名を捨てて実を取る」形で終る事になりそうですが、どうして外務省は、ポルトアレグレ総領事館としての看板だけを取り下げ領事連絡事務所として存続させるのでしょうか?現在の総領事、領事、副領事の3人体制から総領事を無くし領事、副領事の2人体制に移行する事によりどれだけ経費の節約になるのでしょうか?外務省を変える会の答申による方針がそれ程重要なのでしょうか?面子を捨てポルトアレグレ総領事館としての存続は、無理だったのでしょうか?領事連絡事務所としての存続のみで有難いと感謝しなければと理性では理解できるのですが、感情的には、何かすっきりしないものが喉の奥に痞えているような気がするのは私だけでしょうか?1月に外務省の査察使として元サンパウロ、トロント総領事、メキシコ大使を歴任された田中査察使がポルトアレグレに来られるとの事で直接お話を伺う機会があり本件に付いての外務本省のスタンスをお聞きしたいと思います。来年もこのキャンペンのFLWは続きそうです。関連のご意見等を下記して置きます。写真は、12月9日に行われたポルトアレグレ総領事館として最後となる天皇誕生日に最後?の総領事としてご挨拶しておられる長島浩平総領事です。
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12月7日付け[batepapo 1538] ポルトアレグレ総領事館閉鎖問題について。
batepapo メンバーの皆さん。 和田ポルトアレグレです。
日本が元気だった明治の話し、司馬遼太郎の『坂の上の雲』が舞台の皆さんのご意見、サンパウロ新聞社主のHELENAさんのスタンスをめぐるお話と盛り上がっていますね。
2年掛りで展開して来た私の住むポルトアレグレ総領事館の廃止反対キャンペンも何とか手仕舞いする時期に来たようです。『私たちの40年!!』ノメーリング・リストで送ったものを下記転載しえ置きます。「40年以上ブラジルに住んでいて甘えるな!!」とのお叱りや頑張れのエールを送って頂いた皆さんにお礼を申し上げます。
『私たちの40年!!』HPでは、管理人が住んでいるポルトアレグレにある日本国総領事館閉鎖反対のキャンペンを2年間に渡り繰り広げて来ましたが、総領事館の看板をさげ領事事務所の形で継続していく事が粗、決定したよです。日本ブラジル交流協会の理事長藤村修衆議院議員の国会答弁も多いに役に立ったのではないかと感謝しております。関係寄稿集URLを下記して置きます。
http://40anos.nikkeybrasil.com.br/jp/biografia.php?cod=708
http://40anos.nikkeybrasil.com.br/jp/biografia.php?cod=699
既に藤村修衆議院議員より直接のお便りで知らせて頂き当方の独断と責任で公開している通り国会の外務委員会の席上でメキシコ関係の議題と共にブラジルに付いても色々国会で取上げ質問をして呉れています。今回ニッケイ新聞でもこの国会に於ける答弁を取上げ「日系社会を代弁して訴える」と報道しています。
特にポルトアレグレ総領事館の廃止問題でも真正面から継続の必要性を強調、「何らかの形で存続できるように外務省の働きをお願いしたい」と訴えて呉れました。
国会の討論の場での発言はそれだけに重みがあり、最終的にはパラグアイに於けるアスン シオンとエンカルナシオン、ボリビアに於けるラパスとサンタクルスの関係同様、クリチーバ総領事館所属の領事連絡事務所として存続が決定した模様で看板が総領事館から領事事務所へと格下げとなるが存続して行く事になりそうで長らく繰り広げてきたポルトアレグレ総領事館存続キャンペンもその落とし所を見つけて旗下ろしが出来る様になったことは関係者の一人として嬉しい限りです。
写真は、国会で答弁する藤村代議士の写真と関係記事掲載のニッケイ新聞切抜きをそのまま使用しました。
12月7日付[batepapo 1539] Re: ポルトアレグレ総領事館閉鎖問題について。
和田さん、
マナウスの山岸です。
ポルトアレグレ総領事館が 領事事務所として存続される、との報に大変嬉しく ご同慶の至りです。
本当におめでとう御座います。それにしても 和田さんを始めとする御地の 皆様の弛まぬご努力に頭が下がります。そして、私どもへの、大きな教訓を残して下さいました。
重ねて心より 祝意と大きな敬意を表させて頂きます。
12月7日付[batepapo 1540] RE: ポルトアレグレ総領事館閉鎖問題について。
和田さん
リオの山下です。
領事事務所の形で継続 大成功ではないですかここでもう一押し
拝啓 貴殿のお知り合いの領事さん宛に事務所内にインターネット画像付き電話を設置しポルトアルグレの日系人が東京、あるいはブラジリア、サンパウロと面接できるようにご配慮いただけませんかと依頼して、一挙に世界にさきがけバーチャル領事館にしてポルトアレグレが世界の少人数地区の領事館の未来モデルになるのはいかがでしょう。
12月7日付[batepapo 1541] Re: ポルトアレグレ総領事館閉鎖問題について。
和田さん
領事事務所の形で継続されるとの朗報に、貴台と関係者一同様のご尽力の賜物と嬉しく思います。今後もブラジル南部の発展にご尽力下さい。
工藤 @サンパウロ
12月7日付[batepapo 1542] Re: ポルトアレグレ総領事館閉鎖問題について。
和田さん
領事事務所で継続のこと、ご同慶に至りです。
和田さんの粘り強い努力の賜物です。
Never give up のよい、お手本を、娘さん達に示されて、本当によかったですね。
伊豆山
[batepapo 1545] Re: ポルトアレグレ総領事館閉鎖問題について。
山岸さん、山下さん、工藤さん、伊豆山さん、 皆さん。
ポルトアレグレ総領事館の領事事務所としての存続が粗、決まり『私たちの40年!!』HPで取り上げて来た総領事館閉鎖反対のキャンペンも旗を下ろし店じまいしますがこのキャンペンの経緯だけは残して置きたいと思います。外務省、小泉首相始め直訴らしいものも含め私なりにもその考えを吐露してきましたが、このキャンペンの推進者は、1万人以上の反対署名運動始め推進母体となって来た南日伯援護協会の麻生会長始め執行部の皆さん会員の皆さんの総意が認めらたものです。南2州の大学で日本語講座が開かれている大学の総長、日本人移住地のある各地方都市の市長、市議会議長、官民こぞっての反対運動とそれには左程動じなかった外務省のお役人も国会答弁における藤村代議士の発言等、直接、間接的に本件に好意をもって下さった日本の政治家、関係者の働きかけ等は、大いに役に立ったようです。更に表に出ることができない立場にある長島総領事、木村領事の弛まぬ地元民の声を本省に繋ぎポルトアレグレ総領事館の看板は下ろしても地元在留邦人の保護、地元官憲との外交ルートの道を残すことに努力された総領事以下の現場の職員のご努力が実ったものです。
従い私自身への賛辞は、有難くお受けして置きますが、少し的外れと言わざるを得ません。『私たちの40年!!』と言う私が管理運営するホームページが多くのキャンペンを支えた皆さんのご意見の発表、公表の場となったのは事実ですが、ニッケイ新聞、サンパウロ新聞の社会の木鐸としての適切な現地取材に基づく報道等、多くの皆さんの善意の協力が実ったものと素直に喜びたいと思います。
本当にご支援有難うございました。
Batepapo 和田さん、おめでとう。
ポルト アレグレの和田さん 赤嶺です。
前略 今朝から雑用に追われていて、この大変嬉しい朗報に接するのが午後になってしまいました。遅ればせながら、心から「Esta De Parabens]を申し上げます。それと併せて印象的だったのは、Batepapoの仲間たちの反応がこぞって早かったことで、「領事事務所」の開設にこぎつけるまでの和田さんの大変な奮闘振りがそれだけ衆目の認めるところだったということを認識いたしました。重ねておめでとう御座います。
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