HOME  HOME ExpoBrazil - Agaricus, herbs, propolis for health and beauty.  Nikkeybrasil  編集委員会  寄稿集目次  寄稿集目次  通信欄  通信欄  写真集  リンク集  準会員申込  em portugues




南米航路移民船B栗本さんの私のページから
栗本 克彦さんのHP 『人生・ロマン・メッセージ』を私たちのHPにもリンクさせて頂いておりますが、その中の私のページ 南米航路移民船@を見つけて掲載させて頂き今回その続きAとBを掲載させて頂きました。大阪商船の通信員として若い頃に移民船にも乗られた経験から暖かい目線で移住を見つめて下さっており感謝しています。栗本さんのHP第9章少女と共にクリスマスおよび第11章日本一周そして南米に出てくるE子さんとの出会いと別れには涙を誘われますが、この度サンパウロ新聞の尋ね人記事によりお元気なE子さん事、藤木エリ子さんの消息が掴めました。若々しいお声で溌剌としておられるエリ子さんとの電話の会話に人事ながら胸が詰まりました。1952年当時15歳と21歳だったお二人の50年後の再会が東京の国立ガンセンターで手術を受ける栗本さんを見舞う形で実現しようとしている。詳細は栗本さんのHPでフォロウ下さい。写真は今年8月に富士登頂記念に撮られたものです。

休暇下船の決まった最終航海・・・ 寒い日本に向かう私のために編んだ白いマフラーをE子さんから渡された・・・南半球は真夏だった。サントスを出港する夜、私達は泣きながら別れの言葉を交わした・・・その後、E子さんはどんな人生を歩まれたのか分からない。涙があふれたE子さんのつぶらな瞳が私の脳裏に蘇ることがある。生きている間にもう一度!サンパウロの街とサントスの港を歩きたい!!

工業移住者協会のホームページを立ち上げました。
9月12日付けで工業移住者協会のホームページ管理者の吉田文彦さんから次のようなお便りを頂いております。(掲示板参照)
『和田 様
このほど工業移住者協会のホームページを立ち上げました。これからすこしづつ良いものにして行きたいと思いますのでよろしくご指導のほどお願い申し上げます。
管理者 吉田文彦(1966 4月 あるぜんちな丸)
ブラジル工業移住者協会
Associaçao dos Imigrantes Tecno-Industriais no Brasil  
1961年に始まった工業移住も今年で41年となり、まだ現役で活躍しておられる方、悠々自適の生活を送っておられる方、また国外に住んでおられる方、と様々ですが、ふたたびみんなとお会いして、お話したいという想いに駆られます。インターネットのお陰で世界中どこでも距離に関係なく、通信できるようになりました。
ブラジル工業移住者協会』
今回、写真3枚と共に下記のお便りを頂いておりますので寄稿集に紹介しておきます。これから工業移住者協会のメンバーの紹介等もして行きたいと思います。写真は文中に出てくる吉田さん左側とブラジル移住のきっかけになった大事な一週間分のみかんを一度に平らげた山村さんです。

大統領選、ルーラ氏大勝=変革求めた国民=労働者党が初政権掌握=生活向上を最優先に
世界の注目を集めたブラジルの大統領選挙は、10月27日(日)に労働党のルーラ候補とPSDB(社会民主党)セーラ候補との決選投票が行われ4度目の正直過去3度苦杯を舐めてきたルーラ候補が有効投票数の61,34%の5242万8017票を獲得して第39代大統領に選出された。10月27日は奇しくもルーラ新大統領の57回目の誕生日で人生最良の誕生日のお祝いが5200万票のブラジル国民の信頼と期待のプレゼントとなった。大統領選出が決まった直後の第一声が「期待が恐怖を凌駕した」(ESPERANCA VENCEU MEDO)との発言で長く労働党の政策に対する恐怖感が付きまとったが今回の選挙では変革への期待が上回ったとの勝利宣言を行った。月曜日の内外400人以上の新聞記者を前にしての記者会見でも選挙戦中にも明確にして来た通り『現政権の国際間の約束事は名誉を持って履行する』、『総てのブラジル人が毎日3度の食事を取れるようになれば私の使命は達成できたと云える』、『変革への大事な局面に直面しており、驚き、激変を伴わない確実な改革を進めて行きたい』と老練政治家へ成長した国民の支持を基盤とした平和裏の政権交代と穏健政治を期待する次第であり、ブラジルの経済安定がラ米全体の経済安定に繋がるとブッシュ大統領もルーラ大統領就任前にアメリカを訪問するように招待している。下記本文として29日付けのニッケイ新聞に掲載されたフォリア・デ・サンパウロ紙記事を転載して置きます。

古希、還暦の青年祝う・まだまだ現役働き盛り・コチア青年合同祝賀会盛大に
コチア青年とは、1955年1月にコチア産業組合が連邦政府移民院との間に結んだ「日本国籍を有する1500名の移民をブラジル国内に導入するための約定書」に基づき具体化した単独青年雇用移民の通称である。(第二次計画、さらに1500名追加)あるぜんちな丸第12次航の同船者17名もコチア青年第二次17回生として着伯しており当時20歳だった者が還暦、30歳だった者は古希を迎える。コチア青年連絡協議会発行の1985年(30周年誌)時点で4名が帰国したと記録されている。その後の動向を知りたい人たちのグループの一つとして今後とも注目して行きたい。『私たちの40年!!』HPでも第134番目にコチア青年移住四十周年記念誌として紹介しております。12年間に2508人のコチア青年が着伯し現在平均年齢が68歳になっているという老齢社会に突入している。戦後移住50周年、移住100周年迎えるにあたりコチア青年の足跡を総括する必要性も説かれているとの事。本文及び写真はサンパウロ新聞よりお借りしました。

金属工から大統領へ・ルーラ氏堂々の当選・即日の開票に勝利宣言・「全ブラジル人の大統領に」サンパウロ新聞より転載。
 二十七日、全国で行われた次期大統領選決選投票では、単に今までの圧倒的な予想を確認する結果だけに止まった。野党PT(労働者党)とPC・DO・B(ブラジルの共産党)連合のルーラ候補が一方的に与党PSDB(ブラジル社民党)のジョゼー・セーラ候補を破った。二十八日午前一時三十五分の時点では九九・四三%を開票済み、時にルーラ候補五千二百五十七万六千五百九十三票で有効票の六一・三二%、対立候補のジョゼーセーラ氏には三千三百十七万七百八十九票(三八・六八%)、同候補及びカルドーゾ大統領はルーラ候補に電話を入れ、その当選に祝いの言葉を述べた。かくして一介の金属工からのし上がったルーラ氏は来年一月一日に第三十九代目ブラジル大統領として就任する

新企画 バーチャル座談会 (第1回=5000件アクセス達成記念)
『私達の40年!!』というHPを開設しあるぜんちな丸第12次航で40年前にブラジル始めアルゼンチン、パラグアイ、ボリビアの南米4カ国に移住した681名の同船者のその後の動向を中心に戦後移住者40年の記録を残して置きたいとの主旨で始めたHPですが、同船者、戦後移住者のみでなく日本に住んでおられる皆さんにもアクセス頂くようになりインターネットを通じて大きな広がりを見せております。今回、神戸、あるぜんちな丸、ブラジル、人生をキイワードとして『私達の40年!!』HPにもリンクさせて頂いていいる「神戸じいじ」さんこと香西仁さん「好きです神戸」のMASAYOさんに協力頂いて「バーチャル座談会」を試みて見ることにしました。IT時代でしか可能とならないこの試みがどの程度臨場感と自然性を保ち展開して行くのか自信はありませんが出来れば話題が尽きるまで月1度程度(不定期)に掲載して行ければと思います。多くの皆さんにも直接、間接的に積極的に参加頂けると幸いです。写真は、「好きです神戸」のHPより取って置きをお借りしました。

「いつか いつか」 皆さんの秋は如何ですか? 神山典士さんからのお便り。
ノンフィクション作家として健筆を振るっておられる神山典士さんよりお便りを頂きました。神山さんの文章は既に寄稿集70番《浅草ロック座ブラジル親善公演》、カンボジャのアンコールワットの戦場で若くして散った写真家一ノ瀬泰三さに付いて書かれた82番《タイゾータイゾー タイゾー》131番の《生きること、演じることの後書き「決着の夏」》を掲載させて頂いておりますが、今回は日本シリーズで屈辱の4連敗を喫した失意の人、西武ライオンズの伊原春樹監督を取り上げておられます。現役時代選手としての「いつかの日」を見ることなく31歳で指導者への道を自ら選び監督初年度で西武をリーグ優勝に導いた伊原さんの手腕は高く評価されており今回日本一に成れなかったことをバネに更なる上を目指す知将、来年は是非星野阪神との日本シリーズを期待したい。
神山さんのお便りの最後に『伊原氏の姿を通して学んだ、この秋の一つの収穫でした。皆さんの秋は如何ですか?』とありますが、決着の夏、考える秋これからもお便りお待ちします。写真は、西武ライオンズの公式HPからお借りした伊原監督です。

神戸じいじさんのHPにも11月1日付けで《バーチャル座談会》同時掲載。
169番の新企画 バーチャル座談会 (第1回=5000件アクセス達成記念)を11月1日(日本時間)でUPしておりますが、同日付で座談会対談者の香西 仁さんのHP神戸じいじでも本座談会の実現した経緯等の説明を同HPメインのメニュウの【たわごと】欄[感動した話]に掲載して頂いております。日本とブラジルの同時封切りが実現しその協力に感謝しております。この企画が今後どのように展開していくか未知数ですがひとつのIT時代の試みとして継続させて行きたいと思います。ご期待ください。写真は、神戸じいじのHPのトップページを飾った2年前の秋に撮影された姫路城をお借りしました。