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沢田 啓明さんのサッカーコラム復活!!(8)
沢田 啓明さんのサッカーコラム3月1日掲載分からの連載です。今朝からまたポルトアレグレを離れリオに来ています。午後からコパカバーナのホテルでドイツのワールドカップ南米卵Iブラジルーペルをテレビで観戦しました。ボールの保持時間等ブラジルは、攻めるのですが点に繋がらず負ける気はしなかったのですが、苦しい戦いでした。交代を告げられたカカが交代前の大事な仕事をしました。ロナルドのシュートをキーパが防ぎこぼれ玉を美味く蹴り込み唯一のゴールをマークその後直ぐピッチを歓声と共に後にしました。サッカー評論家の沢田さんのコメント待ち遠しい所です。
ZICO監督の日本は、惜しくも1−2でイランに破れ現在3位、さいたま球場でのバーレン戦に勝って欲しいですね。
ブラジルは、最強の布陣で30日にウルグアイとモンテヴィデオでの試合に望みます。最近ウルグアイでの試合に勝てないとのジンクスがあるとか、何とか勝ち点3を記録、アルゼンチンに離されないようにしたいですね。現在総合2位出場権獲得は間違いないと思いますが、宿敵アルゼンチンの後塵を拝するわけには行きません。
写真は、テレビから撮ったので美味く写っていませんが今日のヒーロKAKAとサポーターの写真です。

『ブラジル移民』 戦後42年の記録 旧トップページの保存(8)。
『ブラジル移民』戦後40年の記録も既にこの5月11日で丸3年を向かえることになり戦後43年の記録に変更します。昨年10月18日に6桁10万回のアクセスを記録しトップページを更新しましたが4月8日で15万回を記録しそれを機会に9回目のトップページの書換え更新をする事になりました。毎回少しずつ書換え補足してきましたので思い切って完全書換えも考えましたがトップページを見れば『私たちの40年!!』HPの内容が分かる様に一部書換えに留める事にしました。一応、トップページの更新の前に旧トップページ(8)として残して置く事にします。172日で5万回ですから1日平均290回のアクセスがあった事になります。この勢いでは年末には22万回以上のアクセスを記録する事になりそうですが、今後はどうなって行くのでしょうか?後三年、日本移民100周年までは継続して行く積りですが、続くでしょうか?
写真は、4月8日更新の日に200ヶ国の世界中から代侮メをバチカンに集め世界12億のカトリック信者に送られての葬儀を終えたローマ法王ヨハネスパウロ2世の写真を使わせて頂きました。

早稲田大学海外移住研究会OB会、和田好司会員の来日歓迎会を実施。4月28日。
今回の1年半振りの訪日(4月14日-5月3日)に置いての大きな喜びは、青春の一部を分かち合った海外移住(雄飛?)に夢を馳せていた泥臭いクラブ活動、『海外移住研究会』のOB仲間との会合でした。昨年10月にブラジル、アルゼンチン、チリを訪問された仲間で今回再会した5名以外に正に40数年振りにお会いした懐かしい仲間もおり時の隔たりを感じさせない早稲田の杜、青春を彩った安保反対デモ、早慶戦、2年間の南米放浪、東京オリンピックの年に復学、新聞配達をしながらの卒業、日本を騒がせての2度目の渡伯とその後の40年、語り尽きない話題に花が咲きました。黒瀬さんのHP 『早大海外移住研究会OB/OGのページ』から下記の通り転載させて頂きました。
写真は、ハレーションを起し余り良く撮れて入ませんが参加者全員の写真です。

1年半振りに訪日しました。2005年4月14日-5月3日 (その1)
1年半振りに訪日しました。仕事が中心でしたが、福島まで日帰りの花見、品川に出来た水族館見学、広島城、原爆ドーム、明石の天文博物館、神戸のポートタワーの発登頂?と昔歩いた港神戸の散策、紀伊熊野の南部の梅仙人さんの山小屋訪問、甲子園の阪神£・穿ヲマ戦(完敗で六甲颪は今回も経験出来ませんでした)、福岡のアビスパ福岡対京都サンガとのサッカーJ2の観戦、行く春から若葉の大型連休の一部を楽しみました。94歳になるこれが最後?になりかねない親父との束の間のぎこちない対話?若くして逝った母の墓参り、『私たちの40年!!』ML仲間との東京、神戸、東京と3回に渡るオフ会、早稲田の海外移住研の仲間との集い、仕事上の成果以上に嬉しい多くの人との邂逅でした。MLその他の書込みを中心に拾ったものを書留と置きます。
写真は、福島の街並を見下ろす花見山からの桜です。

ブラジル東北伯(ノルデステ)のダム ダム男、荒木昭次郎さんからダムシリーズ(4)です。
産業開発青年隊という日本の建設省派遣の技術者軍団による移住者が300数署lブラジルに移住して来ておりますが、その内の一人荒木昭次郎さんは、文字通りダム一筋、ダム男の名が相応しい方で現在もベロオリゾンテにお住みでダム建設関係の仕事を続けておられます。ブラジルでも馴染みの薄い東北伯(ノルデステ)地域でのダムの建設現場でのお仕事が多かった荒木さんから【ブラジル東北伯のダム】としてその1とその2を送って頂きました。
写真は、一度は乗って見たいサンフランシスコ河を今も航行する生活に密着したプロペラ船の写真を荒木さんから送って頂いているのでこれを使用しました。

1年半振りに訪日しました。2005年4月14日・5月3日 (その2)
今回の1年半振りの訪日に付き『私たちの40年!!』MLを通じて皆さんとの交信を中心に時空を追っての書込みを残して置きたいと思います。今回はその第二回目で4月3日付け1180番目までの書込みを拾い集めました。
写真は、真砂サン、鈴木さんの故郷でもある紀伊の国、田辺駅前にあったNHK大河ドラマの人気者、武蔵坊弁慶の勇姿を使用する事にしました。梅の里、南部の梅仙人こと永井常雄さんの仙人小屋に泊めて頂き熊野本宮にお参りできたのは幸せでした。

【パラグワイ国盗り計画】 元パラグアイ移民の野口 紘一さんの原稿です。
戦前、台湾の台北で生まれ終戦と共に福岡の大牟田市に帰郷、18歳と2ヶ月で東京に出てその後パラグアイに移住、アルゼンチンに転住、日本に帰国、アメリカに再移住、現在はカリフォルニアのサンフランシスコ郊外に墓も建てて永住。趣味は有機の野菜栽培と旅行という数奇の人生を歩み世界規模での人生の歩みを『私の還暦の過去帳』に抜群の記憶力と筆力で書き残しておられる健筆家の野口さんの書かれた【パラグアイ国盗り計画】をメーリング・リストPARAGUYからお借りして各国の移住の歴史欄に掲載させて頂く事にしました。写真は野口さんから送って頂いたアルゼンチンの世界で一番豪華で、大きなバーべキュー、子牛の皮ごとの丸焼きです、アサード.デ.コンクエローと言う中々見られない写真です。

1年半振りに訪日しました。2005年4月14日-5月3日 (その3)
今回の1年半振りの訪日に付き『私たちの40年!!』MLを通じて皆さんとの交信を重ねて来ましたが、帰国後あちこち飛び歩きその日本での記憶が薄れて来ていますが、MLにはメンバーの皆さんとの交信が残っており、できるだけ一所に集めて保存して置きたいとの目的から(その3)として寄稿集に残して置くことにしました。仕事が忙しいというのは言い訳になりませんが、ぼつぼつ遣って行く積りです。
物心が付いてから桜の花を愛でた事がなかったような気がしていますが、今年は、各所で桜を見る事が出来ました。品川駅の近くに出来た水族館への昇り坂に有った桜の木の前で弟の成弘が撮って呉れたものです。