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『私達の40年!!』あるぜんちな丸第12次航同船者の集い
『私達の40年!!』あるぜんちな丸第12次航同船者の集いは5月12日(日)に開催され延べ人数120名近い参加者で楽しい半日を過ごしましたが、5月28日(火)にサンパウロにおいて高野さん、園田さん、小山さん、杉島さん、龍川さん、横井さん及び東さんの7名の世話人が集まり今回の行事の反省会が行われました。その席上高野さんより下記の会計報告が行われ全会一致でこれを承認し残額の今後の管理等に付き引き続き高野さんにお願いする事が決定しました。少し遅くなりましたが当日承認された会計報告書を添付しておきます。尚、写真は当日、総合司会始め大活躍された高野泰久さん(産業開発青年隊、1940年1月8日生まれ山梨県出身)の写真です。
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あるぜんちな丸第12次航(1962年5月11日サントス入港)の同船者の皆さんへ!!【お知らせとお願い3】
上記の【お知らせと御願い3】として四十年後の船内ニュース“さくら”特別号外を住所の分かっている同船者の皆さんに郵送するのを利用して『私たちの40年!!』ホームページへの寄稿、投稿、資料(写真)、同船者の動向等を知れせて欲しいとの激文を添付する事にしました。四十周年の集いは終りましたが今後もこの『私たちの40年!!』のHPを通じて同船者間の連絡、交信の場といて行きたいと願っており、名簿の完備、同船者の動向を知らせる意味で今後とも船内ニュース“さくら”の特別号外として不定期に発行していければと念願しております。次は何時になるでしょうか?それは皆さんからのお便り次第です。これからもあるぜんちな丸第12次航の皆さんの連帯感、仲間意識の発情の場としてご利用下さい。写真は、四十年の集いの際に上甲板の1等船客として同じ船でブラジルに戻られた(新婚旅行とお聞きしております)山川さんご夫妻です。山川健一さんは、コロニアの著名な音楽家(指揮者、作曲家として活躍中)で奥様の純子さんは、ピアノと声楽がご専門で当日は、すき焼きソング=上を向いて歩こう、ふるさとの2曲を皆で歌い、その指揮と歌唱指導をして頂きました。これからも宜しくお願いします。
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海外への旅立ちの歴史を記録 「神戸移住資料室」開設 【6月24日付け産経新聞神戸版より転載】
あるぜんちな丸第12次航の第2航海士として私達をサントスまで連れて来て下さった吉川誠治さんは現在も現役で神戸港の水先案内人(パイロット)として活躍しておられますが、住んでおられる神戸の元移住斡旋所に「神戸移住資料室」が開設されたとの産経新聞神戸版をメールで送って下さいました。新聞の切り抜き写真と共に本文をタイプアップして置きました。吉川さん本当に有難う御座います。これからも宜しく私たちを見守って下さい。
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たかがサッカーされどサッカー【ブラジル五回目の世界一に輝く=ペンタ・カンペオンへの祝辞】
5月31日に韓国で始まった日韓合同W杯は、開幕戦にフラスがセネガールにまさかの敗戦で波乱含みの大会となったが最後は、6月30日横浜に於けるブラジルードイツの両国合わせて過去七回優勝している世界の王者同士の対決となり大いに盛り上がった。攻撃のブラジルか守備のドイツかと言われていたが最後はスパースターRONALDOの華麗なゴールで2−0のブラジルの勝利で幕を閉じた。たかがサッカーされどサッカー熱い一ヶ月を勝ち抜いてきたブラジルチームに賞賛の声を惜しまず老若男女、1億6000千万の全ブラジル人が喜びに沸くブラジルにメールで持って祝辞が届く。2002年のW杯ブラジル五度目の世界一ペンタ・カンペオンの年に渡伯40年を迎える我々に取って見逃して通れない出来事、ブラジルに置けるサッカーをどう位置付けるかは、一つのテーマとして別個に考察してみたいが、先ずは『おめでとう特集』で戴いたメールを添付して置きたい。
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グァタパラ移住地四十周年記念式展開催。同船者多数が参加。
7月6日、7日の両日グァタパラ移住地で入植四十周年の式典が開催された。我々あるぜんちな丸第12次航の同船者も7家族42名がグァタパラ移住地に入植した。現在もグァタパラ移住地に残っているのは見尾大三郎さん(岡山県出身81歳)のご家族と1年後に入植された産業開発青年隊の小島忠雄さん(見尾さんの長女智子さんと結婚)の2家族だけですが、今回の入植四十年祭には、吉田和子さんが特別仕立ての観光バスを準備して東美香さん(旧姓)と共に皆さんを誘っての里帰りを果たしました。グァタパラから95km離れた町に現在住んでおられる井出勝一さん(長野県出身82歳)、長男の井出大さん(54歳)、次女の直子さん(51歳)も多数のご家族と共に会場に駆けつけて来ておられグァタパラ植民地造成工事に携わった多くの産業開発青年隊の面々等多くのグァタパラ縁の人たち1000名に上る人達で賑わった。あるぜんちな丸第12次航関係者は、高野泰久さん、小山徳さん、坂本円二さん、佐藤陽明さん、吉田欣司さんの産業開発隊員のほか園田昭憲さん、私と全同船者の2%以上の16名が参加しました。四十年祭の模様を7月9日付けのニッケイ新聞の記事から転載させて戴きました。写真は式典の様子です。
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グァタパラ移住地入植40年祭と先歿者慰霊祭、モンブッカ湖畔公園イッペ記念植樹祭に参加して。
2002年6月6日、7日の両日グァタパラ移住地の入植40年祭、先歿者慰霊祭、モンブッカ湖畔公園イッペ記念植樹祭その他盛り沢山の行事が行われたが、あるぜんちな丸第12次航の同船者7家族42名がグァタパラ移住地に入植しており、里帰りを兼ねた入植者の一人吉田和子さんが中心に成り特別バスを仕立てての1泊2日のグァタパラ移住地訪問ツアーが組まれ女房と共に参加する機会がありました。同地には40年前に一度訪ねさせて戴いており今回は、40年ぶりの訪問で感慨深いセンチメンタルジャーニーでもあリました。過去、現在、将来を見極める貴重な時間を皆さんと共有出来た事を喜び感想を記録して置きます。写真は、モンブッカ墓地の正面に聳える感じ出たっている拓魂碑です。
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60年9月サントス到着のあるぜんちな丸で渡伯された野口みどりさんよりのお便り。
『私たちの40年!!』のHPを見て呉れた同じあるぜんちな丸でブラジルに私たちより先に到着、その後帰国されて日本に住んでおられる野口みどりさんが40年振りにお母様とお嬢さんを連れて近々来伯されるとのお便りを受け取りました。60年の9月11日サントス着との事で2年以上の先輩ですが、同じ船に乗って来られた産業開発青年隊の皆さん同級生の船内学校のお友達等との再会を希望されており是非同船者探しをお手伝いし同じあるぜんちな丸の関係者として交歓会等が持てればと期待しております。頂いたお便りとそれに対する返事を掲載して置きます。写真は、8月2日の夜サンパウロに於ける野口さん達3人の歓迎会、ミニ同船者会で撮らせて頂いた写真です。
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建設省派遣産業開発青年隊326名の皆さんのブラジルにおける活躍振り。
あるぜんちな丸第12次航の私たちの船に移住輸送助監督という役職で産業開発青年隊の長澤 亮太隊長が同船しておられたのを覚えておられる方が多いと思いますが、船内ニュースでも長澤助監督のインタビュー記事、更に最近長澤隊長からお元気なお便りを戴いており全文を掲載させて戴いておりますが、『開拓は100年の計。一世が耕し、二世が種を蒔き、三世が収穫する。いのちのつきるまでロマンを追求するつもりだ。』との力強いメッセージを戴いており現在産業開発青年隊に付いての本を執筆中との事でその完成が待たれます。今回グァタパラ移住地四十周年祭に参加された南米産業開発青年隊協会の峰村康会長さんからお聞きした話を中心に纏めて見ました。
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