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【オランダ語】 あや子さんの書き込みに沢山の方が参加賑わいました。
オランダにお住みのあや子さんの【オランダ語】の書き込みに多くのメンバーの皆さんが反応しリュックサック、半ドンから始まり日本語として使用されているポルトガル語、韓国語、アラビア語からカボチャは日本各地で何と呼ばれているか等、地元の皆さんのコメントがよせられ何時になくこの8月は投稿数が増えました。これも皆さんが話し合える話題を提供して呉れたあや子さんの御蔭です。
写真は、あや子さんが送ってくれたオランダを代表する運河と風車の写真です。先年お姉様がオランダを訪問さえたと時に撮られたものだそうです。少しサイズが小さいのが残念ですが、オランダらしい写真ですね。有難う御座います。

ブラジルの国民酒カシャサ(ピンガ) 麻生 悌三さんの寄稿です
毎月ブラジルの農業関係の話題を中心に統計資料を駆使した報告を麻生 悌三さんから送って頂いていますが、今月も我々ブラジルに住む者にとってはほんとにお馴染みのブラジルの国民酒と云えるカシャサ(ピンガ)に付いての寄稿を送って頂きました。
ブラジルに来られると必ず飲むのが清涼飲料水のグアラナとカイピリニアです。カイピリニアは、砂糖黍を原料とした焼酎をライム(レモン)を入れて氷で割った飲みやすいカクテルですが、アルコール度数が強く3杯以上飲むと足を取られるので要注意です。このブラジルの焼酎(アグアルデンテ)の生産方法が2種類あり工業用製造から出て来るものがピンガと呼ばれ昔風に銅のアランビッキ(蒸留機)を使用して家内工業式に生産されるのがカシャサと呼ばれるそうです。ブラジルからこのカシャサ(ピンガ)が世界に輸出されており日本でもブラジル食店、シュラスカリアではこのカイピリニアが出されます。1杯1000円もする所もあるようです。
写真は昨年アナポリスの河野農場を同船者の皆さんと訪問した時に自家製のカシャサをお土産に頂きましたがそのFAZENDA PAIOL VELHOで作られた2005年製造のカシャサを使用しました。

「日本へ出稼ぎに」 中平マリコさんが帰国挨拶  サンパウロ新聞WEB版より
掲題の記事を『私たちの40年!!』のメーリングリストに流した所、ピンダモンニアガバウにお住みの工業移民のお一人の吉田文彦さんから軽々しく【出稼ぎ】に行くと言った言葉を使用するべきでないとのご意見が出されメーリングリスト御仲間で色々出稼ぎ談義のコメントが飛び交いました。移民と云う言葉と共に出稼ぎと云う言葉に付き色々考えさせられる機会が得られました。皆さんのコメントを出来るだけ時系列に従い話題が繋がるように拾い集めて寄稿集に収録して置くことにしました。
写真は、サンパウロ新聞に掲載されたものを其の侭お借りしました。

【オランダ語】 あや子さんの書き込みに沢山の方が参加賑わいました。(続編)
あや子さんが書き込まれた【オランダ語】の書き込みへの反応が過去最高?の書き込み数と参加者が見られ賑わいました。1回の1万語で納まらず今回その続編として新しく収録することにしました。まだまだスペースは残っているようですので継続頂いても書き足し可能ですので宜しく継続下さい。
一応これまでの書き込みを下記の通り収録して置きます。
参加頂いた皆さんには感謝です。この種コメント集は、日常語が日本各地、世界各地で呼び名が違っていたりどうして高知では、カボチャのことをボーフラと呼んでいたか分からずン10年喉に骨が刺さったままでいたチリの三好さんがその理由が分かったり、リオのポポ売り娘のポポがフルッタ コンデ(バイレイーシ)だと分かったり外来語のおさらい(特にオランダ語、ポルトガル語、スペイン語、中国語等)大変参考になりました。有難うがポルトガル語が語源との珍説は【枕き草紙】を引用して大和言葉で有るとの解説で胸を撫で下ろしました。
写真は、あや子さんから以前送って頂いていたご自宅の近くの運河の写真を使わせて頂きました。

第9回 「ニューエルダーシチズン大賞」発表 井川さんからのお便りです。
拓殖大学の海外移住研究会のOB会【桂会】の事務局長をしておられる井川 實さんから下記お便りを頂きました。
『8月26日、以前丸木さんにおすすめした「ニューエルダーシチズン大賞」の発表があり、拓大OBの井上順八先輩が惜しくもグランプリは逃しましたが、入賞されました。
丸木さんは残念でしたが、来年世界一になって再挑戦されれば(ともしびや猛虎会などの国際貢献を加えればなおさら)十分チャンスがあると思います。
「40年」のメンバーには優秀で個性的な方がたくさんおられますが、日本のマスコミが取り上げてくれることはめったにありません。こんな機会を逃さず、これからも毎年どなたかを推薦するようにしてはいかがでしょうか。井上さん(たしかサンパウロでお会いになりましたね?)の記事と冊子原稿をご参考までに添付しておきます。』
井川さんにお願いして読売新聞の記事をWORDに叩き直して送って頂きましたので掲載写真と共に寄稿集に収録して置きます。

世界市場紀行 ワールド・バザール21 いまどき報告 ブラジル(2) 8月号―11月号
昨年4月から毎月『世界市場紀行 ワールド・バザール21 いまどき報告』という穴吹工務店の提供番組でブラジル編を担当させて頂き原稿を送っていましたが残念ながら今年の3月で終了してしまいました。昨年の世界金融危機の影響の結果の一つだと思いますが大変残念です。ブラジルの世界遺産で私が訪問した場所をもっともつと報告したかったのですが、その機会を失いました。まだリンク切れしておらず世界市場紀行のサイトそのものは残っており下記URLでご覧頂けます。写真も豊富で結構眺めるだけでも楽しいものです。折角ですので私が写真と共に送ったブラジル編のその2として8月号ー11月号の4回分を寄稿集に収録して置くことにしました。8月号のグラマード、カネーラの紹介、10月のブルメナウの10月祭り、世界遺産のオーロプレット(9月)、ヴィアデイロ高原(11月)を紹介しています。www.e384.com/imadoki/index.htm
写真は、9月号のブラジル最初の世界遺産OURO PRETO紹介に出て来る末娘小百合と3人で撮った写真を使いました。

アマゾンを拓く=移住80年今昔 【ベラ・ビスタ編】ニッケイ新聞連載
今年、2009年が日本人のアマゾン移民80周年の年に当たり邦字新聞でも競ってアマゾン関係の記事を掘り下げて取り上げて呉れています。ニッケイ新聞のアマゾンを拓く=移住80年今昔もその一つで『私たちの40年!!』メーリングリストにも流して紹介しています。【ベラ・ビスタ編】の書き出しは、『 「緑の地獄」といわれたアマゾンに日本人が入植してから、今年で八十年の年月を数える。一九二九年九月、トメアスー移住地に入った四十二家族百八十九人がその嚆矢だ。その圧倒的な自然を前に、欧米移民を始めとする開拓者らが屈するなか、ただ日本人だけがその類稀な勤勉さと地道な努力を両輪に、ピメンタ(胡椒)とジュート(黄麻)という二大産業を生み出した。地獄を天国に変えたその苦闘の歴史を振り返りながら、歩み続ける現地コロニアの将来を探る。』と成っている。
9月15日からべレン、トメアスー、マナウスのアマゾン移住80年祭に参加する県連の慶祝団に加わってアマゾンに出向く積りにしており各種連載を寄稿集に残して置きたい。写真はマナウスで適当なものを撮る予定ですがそれまでは、ニッケイ新聞よりお借りすることにしました。

ブラジルの国花イッペーの花を日本に咲かせたい。(趣意書)
余り花鳥風月に関係が薄かった私ですが、『私たちの40年!!』関連BLOGにブラジルに咲く花と云う欄を設けて紹介始めてから散歩時にも草花に注意が行き写真機を向けるようになりました。鹿児島にお住みの元鹿児島大学農学部の園芸学科の先生をしておられ退職後JICAのシニアボランタリーで4年間アルゼンチンにも園芸指導(育種指導)に出掛けられた有隅健一先生に色々コメント頂くことになり写真だけでなく種の採集を始めこまめに有隅先生の所に郵送しておりその内のポルトアレグレに咲いていたブラジルの国花イッペーアマレーロの実生の苗を現在丹精して育てて頂いており私の郷里の神戸、西宮、最近は横浜、浜松等にもメーリングリストのメンバーの皆さんが協力して打診頂いていますが、公共団体では予算を伴う植樹計画の存在有無、街路樹として植えるには3年は育てて有る程度大きく成るまで待たないと行けない等の制約等もあり現在育てて頂いている来年6月頃に予定している100本程の苗木の配布先を個人ベースで大事に育てて下さる協力者を探す必要が出て来ています。今更、趣意書とも思いましたが、【イッペーの花を日本で咲かせる会】として扱っていくことにしましたのでこのHPでもご紹介して置きます。
写真は、現在ポルトアレグレで見事に咲いているイッペーの写真の一枚です。