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ブラジルの宮城仙台七夕祭(画像掲示板より転載)
週末は、サンパウロで戦後移住者50周年記念式典がサンパウロ州議会で盛大に行われ、同じく日本郷土祭、日本人街のリベルダーデ広場、ガルボンブエオ通りは七夕の飾りで一杯になりました。宮城仙台七夕祭は今年で25回目を迎えブラジルの冬の風物詩として定着しブラジル各地に七夕祭の行事が拡がっています。
今回の戦後移民50周年記念式典には、ブラジル移民95周年の記念の年でもあり宮城県からも浅野史郎知事が参加され式典での挨拶に『ブラジルに無くて日本にあるもの、それは地震です』と宮城地震への思いを述べられ続いて『ブラジルに無かったが現在あるものそれは宮城仙台七夕祭です』とのお国自慢と共に『笹の葉サラサラ 軒端に揺れる お星様キラキラ 金銀砂子』の歌まで披露されました。リベルダーデ広場の七夕祭の写真を掲載して置きます。
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移住坂―神戸と海外移住―(1)=履きなれない靴で=収容所(当時)から埠頭へ
ニッケイ新聞には、何回かに分けた連載ものとして纏まったテーマで取上げている読み物が多くニッケイ新聞のHPでもこれらをきっちり残しており新聞そのものを購読していない遠隔地の読者にも喜ばれている。『私たちの40年!!』HPでもサンパウロ新聞とともにニッケイ新聞の記事から記載、転載させて頂いているものが多い。6月18日の移民の日から始まった連載、『移住坂―神戸と海外移住』もその一つで我々戦後移住者のみならず移住に関心を寄せている多くの読者には必読の読み物であり14回の全文を3回に分けて転載して置きます。
記述そのものは楠本利夫・立命館大学客員教授(元神戸市国際部長)との事、有難う御座います。
写真もニッケイ新聞からお借りしました。
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移住坂 神戸と海外移住(5)=温く受け入れた神戸市民=「移民さん」身近な存在
移住坂 神戸と海外移住の第二部として(5)から(9)までを掲載します。明治41年(1908年)4月28日午後5時55分神戸港を出航した第一回移民船、笠戸丸の乗船者数が781名で昭和3年(1028年3月に開設された国立神戸移民収容所の1期生が581名と記録されており奇しくもあるぜんちな丸第12次航の我々は、その中間の681名でこれも単なる数字合せでない繋がりを感じます。
移住坂 神戸と海外移住 の記載に甲南大学理学部太田雅久教授が作詞・作曲した「演歌・神戸移住坂」が基調に流れているとの事、残念ながらこの歌の存在すら知らなかったが、移民船乗船記念碑の完成記念レセプシオンで披露され居合わせた400人以上の人たちに感銘を与えたとか、是非この歌をもっと身近なものにしていきたいものですね。
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移住坂 神戸と海外移住(10)=渡航費は大人200円28年=乗船前夜、慰安の映画会
移住坂 神戸と海外移住 第三部として(10)から最終回(14)までを掲載します。1928年の国立神戸移民収容所開設当時の渡航費は大人200円だったとの事、我々は10万2千円の国の渡航費の貸付を受けて移住して来たのですが、最終的にはこの渡航費の貸付は支払い免状になりましたが私は、2年で大学を卒業するために一時帰国したためその時には一部渡航費を返却することが義務付けられており帰国手続きのひとつとしていくらかは覚えておりませんが返却しました。
国立移民収容所は、神戸移住教養所、神戸移住斡旋所、神戸移住センターとそれぞれの時代に沿って名前を変えて1971年のその使命を終えて閉鎖されましたが、その後も阪神大震災にも耐え忍びその英姿を留め、5年後の2008年には、ブラジル移民100周年記念事業の一つして国立海外日系人会館として海外に住む日系人の故郷として日本に於ける永遠の憩と集合の場所に生まれ変わろうとしています。移住坂の整備、移住者乗船記念碑とともにこの海外日系人会館の完成に向けて総力を集結して行きたいと思います。
写真は、移住者乗船記念碑「希望の船出」です。
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『グラマード体験記』 研修生 成毛 麻実さんの寄稿
日伯交流協会の第23期研修生は、現在ブラジル各地で35名が研修していますが私が御手伝いしている南伯地区には3名が研修中で外国人登録証の原本が予定期限内に挙がって来ないことからその延長も兼ね州外旅行も解禁となり3ヶ月振りに元気な姿を見せて呉れました。成毛さんは、現在サンタカタリーナ州ラーヂエスの町にあるヤクルトの林檎ジュースを搾る工場で研修させて頂いております。暖冬?の凌ぎ易い日曜日、サンパウロから写真の個展開催の為に来ていた仁尾君(第16期生)も誘い紫陽花の町グラマードに出向いた。1日では周り切れない町ではあるが成毛さんに一日レポータとして『グラマード体験記』を書いて貰いました。紫陽花が咲き始める11月以後にまた訪ねて見たいとのことでしたので第二部を書いて貰えるかも知れません。滝つぼまで降りた900段の階段が矢張り一番印象に残ったようですね。写真はその滝つぼの前で撮らせて貰ったものです。
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メンソーレ(いらっしゃい)おばぁ==@平良とみさん明日公演 【ニツケイ新聞8月15日版より転載】
ブラジルでもNHKの番組が見られるようになって久しい。ニュース、天気予報が多くもう少しドラマ等もと望む向きも多いが、そんな中で朝の連続テレビ小説は、地域性と話題性を持たせた毎日15分の番組ですが、放映時間がブラジルでは夜の8時15分、特別に何もなければこの時間までには家に戻るのを習慣にしている。現在放映中の浅草を舞台にした『こころ』、ハワイの2世が出てくる『さくら』、大阪、和歌山を舞台にした『ほんまもん』等を熱心?に見ていたが
2年前に訪日した際に放映されていたのが沖縄を舞台にした『ちゅらさん』でつい沖縄まで出向いてしまった。ちゅらさんの中で、印象に残ったのが飾らない名演技で“おばぁ”役で人気をさらっていた平良とみさんです。その平良さんがブラジルにやって来た。8月16日、17日の2回にわたりサンパウロで公演するとのニュースがニッケイ新聞に出ていました。見て見たいですね。
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9カ国300人が聖市を歩く=国際歩け歩け大会=【ニッケイ新聞8月20日付け】
8月16日、17日の週末は、新しい旅券取得とアメリカの入国査証取得の為、揃ってサンパウロに出る機会に恵まれました。17日の日曜日には、第7回国際歩け歩け大会があるとの事で参加しました。いつも車で走る道を皆で元気良く歩くのは気持ちが良いもので日本から参加、応援に来ていた日本ウオーキング協会の西村事務局長は、『いつでも、どこでも、誰でも何よりも金がかからないスポーツとして参加者が増えている』と説明、皆を納得させ喜ばせていた。歩きながらのさりげない会話、連帯感、仲間意識が培われ昼のお弁当まで楽しく歩く事が出来ました。終点のイビラプエラ公園の日本館を見学、多くの日本文化を紹介する陳列品がならぶ小博物館、和室、鯉の泳ぐ池、日本の樹木が植わる小植物園、今上天皇のお手植えの記念樹、サンパウロ市の400周年祭に日本が贈った日本庭園と日本館は、サンパウロ市民の憩の場として親しまれています。天気にも恵まれ春の訪れを感じさせるイッペー・ロッショが満開で一足遅れてイッペーアマレーロも咲き始め今年の冬は終ってしまったのかと思える気持の良い小春日和の一日でした。
写真は、第7回国際歩け歩け大会のプログラムです。
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ブラジル戦後移住50周年記念祭開催に伴う記念植樹について
ブラジル戦後移住50周年記念祭実行委員会(中沢 宏一委員長)事務局の川守田 一省さんから掲題のお便りを頂きました。
今回、日伯交流協会主催のブラジル講演会を9月4日の午後に開催するにあたり戦後移住50周年記念事業の一環として桜の花の植樹キャンペンを御手伝い出来ればとの気持から記念キイホルダー、趣意書、記念式典のプログラム等をお預かりしており、この掲載記事もコピーして一緒に手渡す手筈にしております。
祖国日本に帰れなかった同胞、花を愛でるブラジル人の多くの人達に5年後のブラジル移民100周年祭には、見事桜の花を咲かせましょうと日本の花咲じいさんを募ると共に神戸移住坂にブラジルの国花イッペーの花を植えるキャンペンを展開できたらと念願しております。OBRIGADO BRASILの運動を是非OBRIGADO JAPAOにも広げたいですね。
写真は、春を告げる通常の年より早く咲き始めたイッペーの花(8月17日イビラプエラ公園で撮影)です。
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