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≪真夏のカリフォルニア≫  村松 義夫さんのお便りです。
第50回の県連主催のふるさと巡りでカリフォルニア州を訪問する機会があり東京農大OBの村松さんご夫妻ともロスの地元在住者の皆さんとの合同夕食会で御会いする機会がありましたが、今回御住みになっているカリフォルニア州、特に住んで居られるコンドミニアムを通じてのアメリカの生活を私たちの50年!!に送ってくれました。貴重な情報ですので40年!!のホームページに記録して置く事にしました。
写真は、住んで居られるコンドミニアムFriendly Valley Country Clubの入り口の写真を沢山送って頂いた写真の中から選ばせて貰いました。


『ブラジル戦後移民』 57年の記録  旧ホームページの保存(53)
2019年6月13日に私たちの40年!!あるぜんちな丸同船者寄稿集が540万回アクセスを記録しました。550万回のアクセスは、知らぬ間に過ぎてしまい昨夜ふっと気が付くと何と5555555回の5が7桁続くキリバンに近い事になりそうで緊急お知らせで何とかこのキリバンを踏ん付けて呉れる人が出ないか問い合わせたところブラジル時間10月1日午前1時2分リオの山下さんが残念、5555557番と2OVERの写真を送って呉れました。と云う事で今回は、異例の5555555アクセスを記録に残して置きたいと思います。3ヵ月と17日、109日で155555回、1日平均1427回のアクセスがあったことになりまたピッチが上がって来ているようです。有難いことです。今回も恒例のTOP PAGE一部書き換えをすることから旧ホームページを残して置くことにしました。
2002年5月11日に開設、公開して実に17年4ヵ月が経過、その間、555万回のアクセスを記録、1日平均877回のアクセスがあったことになります。次回600万回は、来年の中頃になるのではないかと思いますが、令和2回目のTOPページの書き換えに当たり旧ホームページを残して置く事にしました。今後も大事に更新を続けて行きたいと思います。
今回の使用写真は、9月28日、29日の9月最後の週末にサンパウロの文協貴賓室で行われた第40回書道愛好者展における恵子の展示作品の前で撮った写真を使用する事にしました。

巨星麻生悌三さん逝く!! 令和元年10月4日
毎日欠かさずブラジルニュースを配信して居られた麻生さんが急逝されました。突然の訃報にメンバーの皆さんが茫然自失し直ぐには信じられない驚きでした。斎場に行かれた古谷さんのレポート、週末に入る金曜日のラッシュの為、葬儀に間に合わなかった松栄さんからは、奥様の情報として分かり易いレポートが届きやっと事情が理解でき事実であることを信じざるを得なくなりました。多くのメンバーの皆さんから寄せられた悲痛なるコメントを取りまとめて40年!!のホームページに残して置く事にしました。写真は古谷さんが送って呉れた写真を使わせて頂きました。お嬢様が麻生さんにお別れをしている場面だそうです。ご冥福を祈りたいと思います。麻生さん安らかにお休み下さい。

『私たちの40年 ! !』発刊にあたって。
今年の5月11日で着伯40年を迎えます。『私たちの40年!!』をホームページに掲載にするにあたりその意義、意味するものを纏めてみました。
写真は、昨年4月に「笠戸丸」が1908年に出航した神戸メリケン波止場に建立された移民碑「希望の船出」を昨年6月初旬に神戸を訪ねた時に撮った写真です。我々のあるぜんちな丸第12次航もこの近くから出航しました。訪日の際には我々のスタート点として又子供たちにもルーツとして伝えて行きたい場所です。

渡伯40年後につくる“船内新聞” 62年5月11日着あるぜんちな丸 同船者どう歩んだか アンケートして記事集め 【ニッケイ新聞より転載】
昨年10月10日(水)付けニッケイ新聞に『私達の40年!!』に付いての記事が掲載されました。掲題の見出しと下記記事を参考に転載しておきます。
来年が着伯四十周年にあたる「あるぜんちな丸」第一二次航海初の同船者会実現に向けて、有志が動きだした。あるぜんちな丸がサントスに入港した日にちなみ、二〇〇二年五月十一日に記念式典を開催し、船内新聞の着伯四十年記念特別号を発行する。記念号作成にあたりアンケートを作成して同船者に配布、その回収を図る。

『おじちゃん達の60年!!』の資料作り開始。(20年後?)
『私たちの40年!!』は、使用語を日本語としておりますが、必要に応じてポルトガル語、スペイン語のと投稿分等も日本語に訳し記載していく積りです。これから20年後の『おじちゃん達の60年!!』作成計画では使用語がポルトガル語、スペイン語に変わり2世、3世のルーツ発見の形で受け継がれて行く事を願っており、2部作として完結する息の長い物として育てて行く積りです。写真は、昨年11月に結婚60周年を迎えられた北伯テメアスー移住地にお住まいの佐藤正一郎さん邦子さんのダイアモンド婚式に同じ移住地に住む同船者海谷ことさんの御三人で合計なんと255歳の熟年同船者です。

あるぜんちな丸第12次航同船者名簿からみえるもの。
681名のあるぜんちな丸第12次航同船者名簿(戦後移住者名簿=海外移住事業団作成)からなにが見えるか?出身県別では41%の279名が九州出身者で締め長崎県から実に160名が移住している。移住先国別では、ブラジル473名、ボリビア100名、アルゼンチン40名、パラグアイが68名となっている。移住形態別では、産業開発青年隊、コチア青年、花嫁移民、野球移民、単身呼び寄せ移民、海外協会連合会の計画移住地への入植者等多士済々を誇る戦後移民の一つの縮図を見る事が出来る。写真は岸壁のあるぜんちな丸で現在北海道夕張郡にお住まいの藤岡和弘さんが横浜出航前の1962年3月31日に撮られた写真をお借りしました。

あるぜんちな丸移住助監督上園義房さんの寄稿。
昨年6月に『私たちの40年!!』作成企画を始めて関係者の皆さんに原稿をお願いして逸早くそれに応じて原稿を送って下さったのが私たちの移住助監督官をして下さった上園 義房さんでした。嬉しくて嬉しくて何度も読み返し早速御礼の手紙を認めその後も何度も交信、励ましと助言等を頂いてきました。今後とも是非私たちの事を温かく見守って下さい。有難うございます。下記のとおり原文をタイプアップしておきます。写真は寄稿文と共に送って頂いたものです。

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