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杉村 濬(ふかし)第3代ブラジル駐伯弁理公使の「視察復命書」出石美知子書き改め集(その2)
出石美知子さんが明治38年の朝日新聞の記事を見付け現代風に書き改めた第3代ブラジル駐伯公使の杉村 濬(ふかし)さんの視察復命書は、笠戸丸移民募集中に新聞に掲載されたものでこれを読んで移住を決心した人もいるのではないかと思います。貴重な資料を見つけ出し読み易くWordに叩き直して呉れた出石さんに感謝します。その2は、コーヒーブームに沸くサンパウロ州が、奴隷解放後の新規労働力として移民を必要としている頃の視察復命書としては良くその視点を捉えての報告書のようです。ブラジルの移民収容所の様子は、前回の鈴木南樹さんの椰子の葉風での細述されており移住前史として一読するに値するものだと思います。
写真も当時のサンパウロのドンペードロ公園の写真を出石さんが送って呉れていますので使わせて貰いました。

杉村 濬(ふかし)第3代ブラジル駐伯弁理公使の「視察復命書」出石美知子書き改め集(その3)
杉村公使の「視察復命書」その3は、伯国移民状況(十)第五章 珈琲、耕地及び移民生活の状況から始まり(十一)続き(十二)第六章 新たに来るべき移民に関する注意事項で終わり結論に入り、気候、移民の衣食住、衛生、労働及び賃金、日本人移民が享受するはずの保護特権及びその他の権利、社交上の地位及び待遇、言語と七項目に分け細述し結論としてイタリア移民の禁止の為サンパウロ州は、新しい移民を必要としており渡航費の負担他好待遇を提供しており、オーストラリア、北米、カナダ、南洋諸国、ハワイ等に比べサンパウロ州の珈琲移民は有望であると結論している。またロシア移民の例も上げ、日本の海外企業家、有志家、移民会社等による日本植民地の創設も将来において有望事業と勧めている。
写真は、出石さんが送って呉れた当時のリオの写真をお借りしました。

≪伯国日本移民の草分け≫  鈴木貞次郎著作 (その1)
又々、神戸の旧移住斡旋所(移住センター)現移住ミュージアムの週末の訪問者に語り部としてブラジル移住に付いての説明をボランタリーとして手伝っておられる出石美知子さんが絶版で図書館でも見付ける事が難しい≪伯国日本移民の草分け≫を見付けて呉れてワードに変換し本の挿絵の当時の写真と共に送って呉れました。笠戸丸以前の1世紀以上前の日本移民史の前史に当たる日本移民の草分けとしての鈴木貞次郎さん著作を40年!!ホームページに残して置く事が出来る事を出石さんに感謝の気持ちを表します。連載は。不定期に7回に分けて掲載予定です。BLOGに転載しMLでもメンバーの皆さんにも紹介させて頂きます。
写真は、本の表紙です。

≪伯国日本移民の草分け≫  鈴木貞次郎著作 (その2)
日本移民の草分け鈴木青年の日本公使館の人々がその2です。リオ州のぺトロポリスに置かれていた公使館の人々に付いて描写している。今も時々お世話になるポルトガル語辞書を編纂した大武和三郎の話も出て来て面白い。出石さんが送って呉れた写真の1枚にその1に出て来た鈴木貞次郎の根岸時代の先輩河東碧悟桐氏に書いて頂いたという伯国日本移民の草分 鈴木貞次郎箸を使わせて貰う事にしました。

≪伯国日本移民の草分け≫  鈴木貞次郎著作 (その3)
≪伯国日本移民の草分け≫(その3)は、聖州巡視の九までを収録しています。笠戸丸移民を受け入れる前の水野 龍の視察旅行に鈴木貞次郎青年が同行する話で1906年当時の人口30万を突破した程度のサンパウロを描いている。奥地のジュンジャイから始まりモジアナ線のリベロンプレトのコーヒー園見学が語られている。この巡視旅行で面白いのは、当時のコロノ収容住宅には、便所がないことでその処理方法が裏庭に鍬をもって用足しに出たとの事で北ゴヤス(現トカンチンス州)のグルピーでの2年間の田舎生活と重なる部分があり農業移住者としての初期の生活を思い出す。
写真は、出口さんが送って呉れた本の挿絵を使わせて貰います。

≪伯国日本移民の草分け≫  鈴木貞次郎著作 (その4)
≪伯国日本移民の草分け≫(その4)は、聖州巡視の続きで十以下十四までと聖市滞留を収録しています。珈琲園の巡視は、水野一行が大分慣れて飽きて来たのに合わせ面白味が減るが、聖市滞留は、古いサンパウロの中心街の細述が興味深い。時々サンパウロに出て歩くサンパウロの中心街の100年以上前の移住前史時代の情景描写には、感じ入る。最後に残している短歌、俳句にも心惹かれる。
写真は、出石さんが送って呉れた挿絵写真をお借りします。

≪伯国日本移民の草分け≫  鈴木貞次郎著作 (その5)
≪伯国日本移民の草分け≫(その5)は、水野さんの帰国と一人ぼっちで残された貞次郎青年の珈琲園生活が始まり珈琲園での過酷な毎日の労働が描写される。珈琲園での労働は、収穫は終わり乾燥作業が始まっていた。負けん気で日本移民の見本的な試験期間と捉え頑張るが、1日2食の生活に耐え兼ね4キロ離れた集落にバナナを買いに行く。手持ち金もバナナに化け、奮闘するも器官を痛め病臥するところで終わる。その後は珈琲園生活その九以下に続く。お楽しみに。
写真は、出石さんが送ってくれた乾燥場の光景のページを使用させて貰うことにしました。

≪伯国日本移民の草分け≫  鈴木貞次郎著作 (その6)
伯国日本移民の草分け(その6)は、珈琲園生活の九から十六編までになるが、重労働に倒れ病臥するが2日で回復、部署替えされて火夫(ボイラマン)になり、その後事務所の下働きに昇格珈琲園の全般を見ることになる。日本人の特性を見るテストケースでもあり良く頑張る。特筆すべきは、既に「視察復命書」として笠戸丸移民募集中に朝日新聞に掲載された第3代ブラジル駐伯杉村公使について出石さんが送ってくれておりいつも「ブラジルの土となれ」と若者に云っていた杉村公使が夜中に卒倒し亡くなられたとの知らせを受けた貞次郎青年が自らブラジルの土となった杉村公使を伯国日本移民の父として讃えている部分に感銘する。写真は、出石さんが送ってくれた杉村公使の写真を使わせて貰いました。