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『私たちの40年!!』メーリングリスト運営上の問題発生とその対応策。皆さんのご意見を集めて見ました。
『私たちの40年!!』メーリングリストは、現在139名のメンバーが参加しておられ1500件を越す皆さんの書き込みがありますが、管理人の和田個人への私信がMLに流れた事による個人情報の漏洩、侵害だとして『私たちの40年!!』MLのWEB欄よりの削除を要請され削除したと言う事件が起きましたが、この出来事に対する管理者和田の対応、ML管理上の個人メールアドレスとML専用メールアドレスの使い分けと今後の管理運営上の垂オ合わせと云った『私たちの40年!!』MLの健全な運営を目指す為の皆さんの貴重なご意見を集めて置きました。
『私たちの40年!!』ホームページとメーリングリストとの関係、主体が違う二つの伝達手段をキッチリ区別すべきとの貴重な神山 典士さんのご意見を生かしながらも最終的には何れも管理運営に当る和田個人の資質、迫ヘ、平衡感覚を磨いて行く必要があるとの結論に達するようでこれを肝に銘じ私なりの努力をしていく覚悟を新たにしております。
今後とも宜しくお願いします。
写真は、訪日時に訪れた広島の平和公園の1コマを使用しました。

アルゼンチンに入られた同船者【田上 英明】さんに43年ぶりにお会いしました。
仕事でちょくちょくブエノス・アイレスに行く機会が増えた。
アルゼンチンには、同船者が合計39人入られた。皆さん開拓移住者として家族でアルゼンチンのイグアスの滝があるミッショネスという州のガールアッペス移住地に入られたが、ただ一人だけ呼び寄せ移住者として単身でブエノス・アイレスに入られた仲間がいる。鹿児島県出身の田上英明さん当時21歳である。1941年の4月1日生まれで神戸を発つ日が丁度21歳の誕生日で郷里の鹿児島から74歳になっていた厳父より『ユウヤクフナデ ヲシュクスバ ンザ イチチ』との神戸移住斡旋所内3階40号室宛の電報を今も大事にファイルされておられる。船の中では単身移住者の元気な魔齊メ部隊の猛者だったらしい。(本人の言)
写真は、田上さんのご自宅内にある日本庭園でご家族揃っての一枚を撮らせて貰ったものです。

【ブラジル人って何だ?】 三菱商事南米総支配人 工藤 章さんの寄稿
世界を股に東奔西走したおられる三菱商事南米総支配人(前ブラジル日本商工会議所会頭)の工藤さんからのBATEPAPOの仲間へのお便りに『ご無沙汰しておりますが、中南米の国々を回っていると、ブラジルへの期待度が非常に高いことを実感します。スキャンダルで揺れているルラ政権の立ち直りを切に祈ります。美談やピアーダではありませんが、小生の経験談を添付致します。2005年7月10日』とのメールと共に【ブラジル人って何だ?】という小文を受け取りました。寄稿集への転載許可をお願いしたところ『拙文の転載は気恥ずかしい気がしますがOKです。』とのご返事と共に近影を送って下さいました。
赤嶺さんのコメントも一緒に収録させて頂いております。

栗本 克彦さんが7月28日午前7時50分に亡くなられました。(追悼特集1)
『私たちの40年!!』HPでは、初期の段階から栗本さんには日本の多くの支援者獲得にご尽力頂き栗本さんを通じて多くのメール友、仲間が生まれ2003年8月には大分県の昭和の町、豊後高田市を案内して頂いたり、別府での桐井さん、佐藤さんご夫妻ミニオフ会を持ち親しく話し合う事ができました。カメラを首から懸けて元気良く歩く姿は何度もガンとの戦いを潜り抜けてきた闘士というよりガンと共存しているヒョウヒョウとした物事を達観されている感じがしましたが別府でお別れした朝は別れを惜しむというかお互いに胸に熱いものが込み上げてくるのを覚えました。二人で福岡アビスパがJ1に昇格し栗本さんの大分との九州ダービを一緒に観戦することを約束していたのですがそれも果たせなくなりました。4月末に福岡までアビスパを応援に行ったのですが、栗本さんとはお会いできず電話連絡も取れないままに戻ってきたのが悔しいです。
写真は、別府の明礬温泉の宿まで来て下さった時に佐藤さんが撮っておられた最後の写真をお借りしました。

栗本 克彦さんが7月28日午前7時50分に亡くなられました。(追悼特集2)
(追悼特集1)では、栗本さんとの『私たちの40年!!』HP及びその掲示板を通じての交流を集めて見ましたが掲載したのは、公のHP、掲示板に掲載されているものだけに限定しました。その他にもDMによる交信もあるのですがこれは私信として割愛しました。(追悼特集2)では、栗本さんのHP【人生・ロマン・メッセージ】の画像掲示板『あなたのページ(文字と画像の掲示板)』の4月2日の栗本さんの最後の書き込み『入院が続いています』以後の皆さんの書き込みを収録しました。
こんな形でしか栗本さんとのお付き合いを残せないのを残念に思いますが、時々この欄を訪れることにより栗本さんを偲ぶ縁となればと願い掲載して置きます。
写真は、栗本さんから送って頂いた息子さんとの富士登頂記念の写真です。

(社)日本ブラジル交流協会の第26期生研修留学事業の一時中止について
(社)日本ブラジル交流協会の第26期生研修留学事業の一時中止についてと言う2005年6月28日付けのブラジル日本文化協会、山内 淳会長のお手紙を頂きました。これは協会関係者、特に現在第25期研修生48名を引き受けて下さっている研修先の受け入れ企業、団体にも当然送られたものと思いますが、25年間日伯交流の掛け橋的人材養成事業を支えて来て下さった協力者への通知としては余りにも失礼で薄ぺらいものになっているのではないかと感じたのは、私だけでしょうか。
『私たちの40年!!』でも日本ブラジル協会関係の欄を設けており受け入れ側の南伯地方理事としてもお手伝いして来ているだけにメーリングリストでも取り上げた書き込みを収録しながらもう少しこの問題を掘り下げて考えて見たい。
写真は、2003年8月新宿で研修生OBとの集いの際に撮らせて貰った藤村理事長との一コマです。

『日本ブラジル交流協会=青年派遣を一時凍結=制度見直しへ=関係者に動揺』
掲題のニュースがニッケイ新聞の6月16日に掲載されてから『私たちの40年!!』MLでその背景等も含め1501番目の書き込みで皆さんに流しましたがその後のコメント等も含め収録して置きました。(社)日本ブラジル交流協会の第26期生研修留学事業の一時中止についての寄稿集と一緒に掲載したかったのですが使用ャtトが1万語以上を掲載できないことから続編としてここに掲載することにしました。
ポルトアレグレ総領事館の閉鎖反対キャンペンと違い地元の話題では、ありませんが日本移民ブラジル移住100周年を2008年に迎える現在、数少ない若者のブラジル研修と言う貴重な道が閉ざされる事になり残念で堪りませんが前編で書いた両国の法律に従った形での研修生受け入れ態勢作りから始める必要がありますが、その問題点すらも開示しない協会側の姿勢であればこれも実現不可狽ゥも知れませんね。現状認識から始めない限りこのまま歴史の中に埋まり込んで行く運命にあるようです。
写真は、玉井会長が力を入れておられるライフワーク災害遺児の『あしなが育英会』のあしなが心塾・虹の家地鎮祭の様子をHPからお借りしました。

ブエノスにお住みの同船者三浦大祐さん剣道5段がポルトアレグレに来られました。
仕事でブエノスアイレスに行くことが増えて来ており何時も同船者の三浦大祐さん、お姉さまの三浦祐子さんにお会いする機会があります。同船者の三浦一家は、5人で揃ってガルアーペの移住地に入り原始林を開き永年作物ではマテ茶やツング(油桐)を植えたり単作ではタバコを植えておられました。裕子さんが結婚されて最初にグララッペスからブエノスに移り入植3年目に大祐さんもブエノスに出られました。お姉さんご夫妻の経営する洗濯家さんで手伝いながらアルゼンチンでの勉強を初めブエノスアイレスの国立大学の経営学部を卒業され1992年からアルゼンチンにおける日本国大使館に勤務、移住、会計畑を歩み65歳の定年退職まで後5年頑張るのだとの事です。
写真は、ブエノスのカフェテリアでポルトアレグレ遠征の打合せをしている時のものです。

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