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第31回バーチャル座談会『新春放談、行く年来る年2016/2017』(その6)
第31回バーチャル座談会『新春放談、行く年来る年2016/017』(その6)は、前回までの話題に付いてのコメントが先行し新年の挨拶へと続きます。1月1日が丸木さんの誕生日で2日が私の喜寿の誕生日で沢山の方からのお祝いの言葉を頂き恐縮しています。余り目出度いこともない誕生日ですが通過点として自然に過ぎて行く事でしょう。
バーチャル座談会も予定通り1月7日で終了させて頂きます。後1回(その7)で終わることになりますが、井川さんより花咲爺の会の昨年の動きを纏めて頂いていますので番外編として残して置く事にします。
写真は、新年の挨拶と共に送って頂いた元クリチーバ内山総領事の日本らしい銀杏の黄葉の自然なバス停の素朴な写真を使わせて頂く事にしました。

アメリカ便り「サン・アントニオの心からの友人」  富田さんからのお便りです。
和田さん&W50年の皆さん、明けましておめでとうございます。2017年初のアメリカ便り「サン・アントニオの心からの友人」をお届けします。アメリカ人から母のごとく慕われるとともに、「鉄の拳にビロードの手袋をはめる聡明さを併せ持った女性」と評された白根直子さんの銅像の除幕式が当市で行われたのは、昨秋11月でした。日本の皆さんにぜひ「この人を知って欲しい」と思い、このレポートを書きました。下記のブログをお訪ねいただければ、幸いです。 
http://blogs.yahoo.co.jp/stomita2000/27691451.html

富田眞三 Shinzo Tomita
写真は、白根直子の昨年11月に除幕さえた銅像です。

第31回バーチャル座談会『新春放談、行く年来る年2016/2017』(その7)
第31回バーチャル座談会『新春放談、行く年来る年2016/017』(その7)は、前半は、久しぶりの古谷さんのお便りが入り誕生日談義、辻さん、勢古口さんの新年の挨拶が続き、後半は、正月に咲いている花を中心にアマゾン昭子さん、はなさん、しゅくこさんのお花好きの紅3点に砂古参を交えてのお花談義で埋め尽くされました。第31回のバーチャル座談会も無事終了させて頂く事になり参加頂いた皆さんに厚くお礼を申し上げます。花咲爺の会関係の記録を井川さんより花咲爺の会の昨年の動きとして纏めて頂いていますので4月の大泉町での第2回日伯イペーサミット関係の話題と共に番外編として残して置く事にします。
写真は、私の誕生日の1月2日に咲いていた近くの公園のイペーの花一輪を珍しい記念に使わせて貰いました。

第31回バーチャル座談会『新春放談、行く年来る年2016/2017』(その8=番外編1)
第31回バーチャル座談会『新春放談、行く年来る年2016/017』(その8)は、番外編その1として花咲爺の会関係の皆さんの書き込みをきっちり記録に残して置きたいお思い拾い始めると2万語近くあり2回に分けて残して置く事にありました。最初は
花咲爺の会井川会長の2016年の活動報告から始め先に遡り古い方から新しい方に第2回日伯イペーサミット関連のメールを拾い集めました。東京オフ会関係のメールもと思ったのですがイペーサミット関係だけにいました。
写真は、ブラジリアの須貝さんが送って来られたブラジリアのイペーアマレーロを使用いました。


第31回バーチャル座談会『新春放談、行く年来る年2016/2017』(その9=番外編2)
第31回バーチャル座談会『新春放談、行く年来る年2016/017』(その9)は、番外編その2として花咲爺の会関係の皆さんの書き込み、特に第2回日伯イペーサミット関係の年末年始に真剣に話し合った記録を丹念に拾い集めました。これでイペーサミットが常総市から鈴木さんのお膝元太田市隣接の大泉町で開催される事になった経緯鈴木さんを補助して北島さんが総合司会を担当されイペーサミットの抄録を作成される事になった経緯が記録として良く分かるようになりました。井川会長、鈴木幹事、北島総合司会と抄録作成、鹿児島から参加される有隅先生、前田さんの公演記録も今後の参考書として残す事が出来るようになりました。有り難い事です
写真は、矢張りブラジリアの須貝さんが送って呉れたイペーブランコの花を使わせて貰うことにしました。

訃報!武藤嵩さんご逝去 悲しいお知らせです!
パラグアイ首都アスンシオンに在住の早稲田大学海外移住研究会OBの武藤 嵩さんが2017年3月8日23時にご逝去されました。
武藤さんは、日本学生海外移住連盟の第10期委員長をされており富田、武藤、真砂と3代続けて早稲田の海外移住研究会から連盟委員長を出した早稲田全盛の時期に移住研の部室で同じ時期を過ごした仲間で私より後輩でしたが年を食っての早稲田入学で年齢は私より一つ上の78歳だったそうです。盛岡出身で早稲田には褌に高下駄で通っていた私が初めて知った東北人でした。アルゼンチンのブエノス郊外、アスンシオン市内にも訪問したことがありサンパウロの早慶戦でも何度かお会いしました。惜しいし人を亡くしてしまいました。
アスンシオンでは、日大の四方さんご夫妻も既に鬼籍に入っておられ四方夫人都さんは、神戸高校の後輩だった関係で親しくさせて貰っていました。
早稲田海外移住研究会、日本学生移住連盟の関係者から寄せられた弔辞を残して置く事にしました。
サンパウロから葬儀に駆け付けた僚友の富田 博義さんが送って呉れた写真には、両家の跡取りの四方太郎さん、武藤竜さんも写っておりこの写真を使わせて貰いました。

『私たちの40年 ! !』発刊にあたって。
今年の5月11日で着伯40年を迎えます。『私たちの40年!!』をホームページに掲載にするにあたりその意義、意味するものを纏めてみました。
写真は、昨年4月に「笠戸丸」が1908年に出航した神戸メリケン波止場に建立された移民碑「希望の船出」を昨年6月初旬に神戸を訪ねた時に撮った写真です。我々のあるぜんちな丸第12次航もこの近くから出航しました。訪日の際には我々のスタート点として又子供たちにもルーツとして伝えて行きたい場所です。

渡伯40年後につくる“船内新聞” 62年5月11日着あるぜんちな丸 同船者どう歩んだか アンケートして記事集め 【ニッケイ新聞より転載】
昨年10月10日(水)付けニッケイ新聞に『私達の40年!!』に付いての記事が掲載されました。掲題の見出しと下記記事を参考に転載しておきます。
来年が着伯四十周年にあたる「あるぜんちな丸」第一二次航海初の同船者会実現に向けて、有志が動きだした。あるぜんちな丸がサントスに入港した日にちなみ、二〇〇二年五月十一日に記念式典を開催し、船内新聞の着伯四十年記念特別号を発行する。記念号作成にあたりアンケートを作成して同船者に配布、その回収を図る。

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