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写真で見る京都での一日(BLOG訪日2009年より転載)
ブラジルから一緒に来ていたMACROTEC社の小川デシオ社長と技術者のアレシャンドレさんに日本の文化の香りがする京都を見て貰って帰って欲しいとのJOB社の山本社長のご厚意で1泊の駆け足でしたが京都見物と京料理を楽しむ事が出来ました。写真で見る京都の一日として『私たちの40年!!』関連BLOGに8回に分けて豊富な写真と共に紹介しました。これを『私たちの40年!!』HPの寄稿集にも収録して置きたいと思い拾い集めて見ました。
三十三間堂、清水寺、銀閣寺、金閣寺等京都の観光地の定番にも簡単の声と着物姿の京美人に見惚れていましたが、矢張り圧巻は、山本社長のお勧めの二条城の前にある史跡神泉苑平八での夕食でした。神泉苑は、794年の桓武天皇が平安京の造営にあたり開いたとの事で実に1200年以上経った由緒ある場所で静御前が雨乞いの為に百人の白拍子と共に舞うのを源義経が見染めたとの史実?も伝えられている。料理は勿論の事ですが、その調度が見事で日本らしい雰囲気を十分に味わうことが出来て小川社長も大変満足そうでした。古い侍の兜を女将が用意して呉れて皆で頭に付けて喜びました。
写真は、銀閣寺での一枚を採用しました。
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今年も訪日に合わせ東京OFF会を開催しました。(BLOGよりの写真集)
今年も5月8日から27日まで20日間の日本滞在で訪日しました。仕事を中心とした訪日でしたが豚インフルエンザと共に成田に到着、神戸、大阪(茨木)、東京、神奈川、京都、滋賀と豚インフルエンザの発生地、汚染地区を選んだような行き先を訪問しましたが何とか被災せずにブラジルに帰国しました。
日本滞在中に一部BLOGに写真と簡単な説明文を掲載しましたが、まだまだ訪問した先の写真等を整理し終わっていません。これから少しづつ纏めて行く積りですが、恒例の東京OFF会関係の写真とその簡単な説明にコメントを纏めて寄稿集に残して置くことにしました。写真は、全員が揃っていないのですが、会場の新宿グルメ王の出口で撮った一枚を採用しました。残りの写真は、記載URLをクリックしてBLOGでご覧下さい。
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北帰行 北への旅 山形銀山温泉への旅。 (BLOGを通じての写真日記)
今回の訪日でこれまで余り立ち寄ったことのない東北地方、山形県の尾花沢(大石田駅)のJOB社の基盤工場の見学と近くの銀山温泉を訪問する機会があった。時期を逃した桜の花を見る事が出来ればとの期待の旅でもありましたが、銀山温泉の銀抗洞への道先に葉桜に近い山桜が静かに咲いていました。途中の上の畑焼き工房の近くにも八重桜が満開でした。
日本は2度目とは云え東北の田舎への旅、本格的な日本の温泉、旅館での宿は生まれて初めてのご両親が大分県出身の2世、小川デシオさんは、畳の布団の上での寝心地はどうだったのでしょうか?途中で滝の見える露天風呂が男女入れ替わっているのに気がつかず女湯に堂々と入って女性の後ろ姿に驚いて戻って来た時の彼の顔、今回の旅の出来事が楽しく思いだせます。
写真は、100数十枚ありますが矢張りJOB社の工場前で撮った集合写真を使用する事にしました。
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アマゾンで夢見る大企業家 農業から不動産業へ サンパウロ新聞WEB版より
今年は、アマゾン移民80周年の年に当たり9月中旬にはアマゾン移民発祥の地トメアスー移住地、べレン、マナウスの3か所で記念式典が開かれる。トメアスー移住地での式典を仕切る実行委員長が同船者の海谷秀男さんで、あるぜんちな丸第12次航の仲間である。トメアスー移住地に入植した仲間を南伯から訪ねようと計画している。
このアマゾン移民80周年に合わせ邦字新聞のサンパウロ新聞、ニッケイ新聞がこぞってアマゾン関係の記事を企画、掲載して80周年を顕彰している。
その内の一つ掲題の『アマゾンで夢見る大企業家 農業から不動産業界へ』で岩間健さん(59歳、三重県出身)を紹介して呉れています。我々よりずっと後の移民船が無くなった後の1975年の飛行機移民のお一人で敢えて苦労を覚悟で夢の持てる北伯に入り日本でトラックの運転手として貯めた資金でピメンタ栽培に従事、農業資本の蓄積をベースに不動産業に打って出て今、その事業が大きく伸びようとしている。アマゾンの中流、サンタレンでの岩間さんの今後の事業家としての成長が大いに期待出来る。
一人でも多く岩間さんのようにアマゾンの大地で頑張って居られる方を見付けて報道して頂きたい。
写真もサンパウロ新聞掲載のものをお借りしました。9月にアマゾンで岩間さんとお会いする機会があれば嬉しい。
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『ブラジルの胡椒』 麻生 悌三さんの寄稿文です。
月に1本の割合で毎月ブラジル農業界の農作物を中心に原稿を送って呉れている麻生さんの今年に入って6本目の原稿です。1月の『ブラジルの小麦』、2月には『ブラジルの養殖エビ』、3月の『ブラジルのペット(犬、猫)フード産業』4月『ブラジルの養蚕』、5月の『ブラジルのココア』、6月『ブラジルのジュート麻』そして今月は『ブラジルの胡椒』と続いており、アマゾン移民80周年記念に合わせ北伯アマゾンの産物を取り上げて呉れています。8月には『ブラジルの天然ゴム』を計画されているようです。9月にはアマゾン移民80周年記念式典にも御夫妻で参加される予定との事で若き血を燃やしたアマゾンでの開拓生活との比較で麻生さんが見られたアマゾンの今昔に付いても語って頂ければと期待しています。
写真は、GOOGLEで検索していたら『私たちの40年!!』画像掲示板に掲載した『富田礼子さんさんが夢にまで見たと云う赤い実は多分熟したピメンタの実では。。。。』の記述と共に私がトメアスー移住地で撮った写真が見つかりました。
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【移民は祖国応援団】トロント新移住者協会発行のにゅうすれたぁ111号2009年6月号より
トロント在住の丸木英郎さんは、何時もトロント新移住者協会発行のにゅうすれたぁに寄稿されていますが、6月号にも掲題の【移民は祖国応援団】と題して寄稿されています。紙面の関係もあると思いますが何時も御自慢にして居られるトロント猛虎会の記事他大分削除されている部分もありましたので丸木さんから送って頂いたオリジナル原稿を其のまま掲載させて頂く事にしました。
写真は、にゅうすれたぁに掲載されているオリジナルをトロント猛虎会のマックス松本さんが送って下さったものを少しだけ加工(縦長の写真)して使用させて頂きました。松本さんからのお便りと丸木さんとの雑談も一緒に掲載して置きます。
今年の阪神は、またもやダメ虎に戻って仕舞い寂しい思いをしていますがこれが阪神かも知れませんね。それでも『阪神は阪神』応援せざるを得ません。
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『お尋ねします』藤木 亘さんからのDMから始まった迷惑メール退治作戦!!
7月8日に埼玉県にお住みの藤木 亘さんから「小さな画室」の更新案内を毎週出しているがその都度変なポルトガル語の迷惑メールが戻って来るがどうしてでしょうとの質問が入りました。私の所にもこのドイツ語の自動不在返信のメールが暫く前から入っていたのですが、自宅のPCには直接迷惑メールに入っており無視していました。藤木さんの所だけでなく伊豆山さん、杉井さん、山下さん、TOMOKOさん、あや子さんの所にも発信と同時に返信が戻って来るとの事でyahooにも問い合わせたりしましたが要領を得ず、最終的には308名のメンバーで2009年に入会された方だけに絞り一人一人CHKした結果、対象者を見付けだし配信が届かないように設定した所、自動不在通知の返信は入らなくなりました。その間1週間色々メールが飛び交いました。一応、今後の為に拾い集めたメールを寄稿集に収録して置くことにしました。
写真は、「小さい画室」の藤木 亘さんの最近の投稿の画像の中から私の好きな「早稲田大学演劇博物館」新宿区有形文化財をお借りしました。
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『ブラジル戦後移民』 46年の記録 旧ホーム・ページの保存(20)
旧ホーム・ページの保存は、今回で20回目になります。毎回10万回のアクセスがある度にTOPE PAGEの書き換えを実施しており前回は3月24日、120万回アクセスの日に更改したTOPE PEGEを残して置くことにしました。
7月17日に130万回を更新する予定ですが、2002年5月11日の着伯40周年を記念して開設した『私たちの40年!!』も7年と2ヶ月(86ヶ月)で130万回のアクセスを記録したことになり月に15116回、1日に503回のアクセスがあった事になります。どうしたら皆さんにアクセスして貰えるかと思案していた頃が懐かしいですが現在では毎日平均1000件のアクセスが記録されています。今回は少しアクセス数がスロウダウンして114日間、平均877回を記録しています。このペースで行くと年内に150万回アクセスは無理で年末には146万回を記録している事になります。気が遠くなるようなアクセス数ですが沢山の方にアクセス頂いており感謝の念に堪えません。
写真は、7月15日(水)に小雨降るイボチ移住地に中平マリコさんをお連れした日に咲いていた寒緋桜(沖縄桜)を使用しました。
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