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≪California 州の水資源とその使途動向≫ 村松義夫さんの寄稿です。
カリフォルニア州のロスから65q北上した砂漠地帯に御住みの東京農大OBの村松義夫さんが麻生さんの質問に答える形でカリフォルニア州の水資源とその使途動向に付いて分かり易く纏めて送って呉れています。関係写真も5枚送って呉れていますのでこのホームページには、村松さんご自身のお宅の裏庭に植えられているオレンジの傍で撮った写真を紹介させて頂きます。残りの写真は、BLOGで使わせて頂きます。MLの仲間のコメントも収録しバーチャル座談会風に纏めました。村松さん労作を有難う。

≪昨今のヴェネズエラについて≫ 古谷敬治さんの寄稿(バーチャル座談会風)
古谷さんには、過去何度か貴重な情報、実体験に基づいた青春日記等を40年!!ホームページに提供して頂いており520万回のアクセスに貢献して頂いているのですが、今回話題のヴエネズエラに付いて過去と現在を比較しながら分かり易く解説して頂いておりバーチャル座談会風に皆さんの書き込みと共に40年!!ホームページに残して置くことにしました。写真も古谷さんご自身の提供で南米の石油大国ヴェネズエラを代表する油田の写真を使わせて貰うことにしました。

≪同船者、産業開発青年隊の山木源吉さんの数奇のブラジル生活≫ ニッケイ新聞記事より
あるぜんちな丸第12次航(1962年5月11日サントス港着)の同船者681名の内、産業開発青年隊員が33名いたが、その中の一人山木源吉さんの数奇の人生をニッケイ新聞の深沢編集長が2019年2月19日に紹介して呉れており、その中に2012年1月1日の新年特集号に児島阿佐美記者による『インディオと秘境生活―青年隊山木源吉さん=結んだ友情を育み続ける』と云う長文の体験記を紹介しておられる。こんな変わった同船者として山木さん関係記事2編をホームページに残して置くことにした。写真は、最近のニッケイ新聞に掲載されていた山木さんの写真をお借りしました。

「忘れなぐさとスナフキン」川越 しゅくこ
和田さ〜ん & みなさまへ  しゅくこです
6本目の指はそろそろ消えていきそうですか? もう2万歩あるけているそうですから、カリフォルニア旅行もたのしみになってきましたね2:30
さて、春によせて「忘れなぐさとスナフキン」を書いてみました。もしお時間が許せばご覧いただくと嬉しいです。もう3amになりました。飛び字や抜けている字があるような気もしますが、眠気に勝てなくなり、そのまま送らせていただきます。
おやすみなさ〜い。
上記のような書き込みに寄せて送って頂いた掲題の『忘れなぐさとスナフキン』を40年!!ホームページに残して置くことにしました。作家としてのさり気ない日常生活のちょっとした出来事を幻想的で繊細なタッチで纏め挙げられる筆力に関心します。

『私たちの40年 ! !』発刊にあたって。
今年の5月11日で着伯40年を迎えます。『私たちの40年!!』をホームページに掲載にするにあたりその意義、意味するものを纏めてみました。
写真は、昨年4月に「笠戸丸」が1908年に出航した神戸メリケン波止場に建立された移民碑「希望の船出」を昨年6月初旬に神戸を訪ねた時に撮った写真です。我々のあるぜんちな丸第12次航もこの近くから出航しました。訪日の際には我々のスタート点として又子供たちにもルーツとして伝えて行きたい場所です。

渡伯40年後につくる“船内新聞” 62年5月11日着あるぜんちな丸 同船者どう歩んだか アンケートして記事集め 【ニッケイ新聞より転載】
昨年10月10日(水)付けニッケイ新聞に『私達の40年!!』に付いての記事が掲載されました。掲題の見出しと下記記事を参考に転載しておきます。
来年が着伯四十周年にあたる「あるぜんちな丸」第一二次航海初の同船者会実現に向けて、有志が動きだした。あるぜんちな丸がサントスに入港した日にちなみ、二〇〇二年五月十一日に記念式典を開催し、船内新聞の着伯四十年記念特別号を発行する。記念号作成にあたりアンケートを作成して同船者に配布、その回収を図る。

『おじちゃん達の60年!!』の資料作り開始。(20年後?)
『私たちの40年!!』は、使用語を日本語としておりますが、必要に応じてポルトガル語、スペイン語のと投稿分等も日本語に訳し記載していく積りです。これから20年後の『おじちゃん達の60年!!』作成計画では使用語がポルトガル語、スペイン語に変わり2世、3世のルーツ発見の形で受け継がれて行く事を願っており、2部作として完結する息の長い物として育てて行く積りです。写真は、昨年11月に結婚60周年を迎えられた北伯テメアスー移住地にお住まいの佐藤正一郎さん邦子さんのダイアモンド婚式に同じ移住地に住む同船者海谷ことさんの御三人で合計なんと255歳の熟年同船者です。

あるぜんちな丸第12次航同船者名簿からみえるもの。
681名のあるぜんちな丸第12次航同船者名簿(戦後移住者名簿=海外移住事業団作成)からなにが見えるか?出身県別では41%の279名が九州出身者で締め長崎県から実に160名が移住している。移住先国別では、ブラジル473名、ボリビア100名、アルゼンチン40名、パラグアイが68名となっている。移住形態別では、産業開発青年隊、コチア青年、花嫁移民、野球移民、単身呼び寄せ移民、海外協会連合会の計画移住地への入植者等多士済々を誇る戦後移民の一つの縮図を見る事が出来る。写真は岸壁のあるぜんちな丸で現在北海道夕張郡にお住まいの藤岡和弘さんが横浜出航前の1962年3月31日に撮られた写真をお借りしました。

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