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「W – 40」600万回のお祝いを申し上げます。 村松 義夫
私たちの40年!! ホームページ600万回アクセス達成の祝辞第5弾がカリフォルニアの村さん事、村松義夫さんから届きました。1963年4月(ちょうど私たちのあるぜんちな丸第12次航から1年後)に新造移民船さくら丸に乗船して米国農業実習生として114名の若者の皆さんと意気揚々とサンフランシスコに向かい14日の船旅の間、船内新聞を発行されていたそうです。その後もアメリカとの繋がりが続き、現在は、ロス郊外にお住みで50年!!のメーリングリストの主力メンバーのお一人です。村さん祝辞に寄せてもう57年も前の事を昨日のように報告してもらい有難う。当時の記念写真を送って頂いていますので使わせて貰います。
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豪華客船の旅 サンパウロ州ジアデマ市 松村 滋樹
私たちの40年!! ホームページ600万回アクセス達成の祝辞をジアデマ市にお住みの松村滋樹さんが,第6弾を送って呉れました。松村さんは、丸紅の機械本部に勤務している時にポルトアレグレ市の郊外のグアイバー市に工場を持つFITSA社に機械を売り込み、機械の補修等も兼ね招かれてFITESA社に勤務、その後中国系の養鶏所AVIPAR社、ポルトアレグレ富士フィルム社に勤務の後、サンパウロに戻りました。もうかれこれ30年以上のお付き合いです。カリフォルニアの村さんと同じ移民船さくら丸の同船者との事、世間は狭いですね。着伯40周年記念の豪華客船の旅を当時邦字紙に掲載した原稿を写真と共に送って呉れました。祝辞第5弾として残して置きます。写真は、さくら丸の同船者5組の記念写真だそうです。
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「W-40」600万回アクセス達成に寄せて 東海林 正和
私たちの40年!! 600万回アクセスへの祝辞、第6弾になります。東海林君は、神戸高校の2年後輩になりますが、ブラジルでは2年先輩になります。最初にあるぜんちな丸でブラジルに来た時は、移住船に乗って来たれっきとした東京都の農業移住者でしたが、2年間ブラジル全国を放浪して歩く早稲田を2年間休学していた学生でした。定住先がないので郵便物は、東海林君達の勤めていたサンパウロの城島商会でした。神戸高校卒業生が集団でお世話になっていたのでサンパウロに戻って来ると手紙を取に行き皆と会っていました。64年に大学を卒業するために一時帰国、65年ブラジルに戻って来ました。時は流れ、長女弥生がRS州の連邦大学の新聞学科を卒業し就職したのが東海林君の日本で発行しているポルトガル語の新聞JORNAL TUDO BEMと月刊誌MADE IN JAPAOでした。2年間の期限付き就職で契約解消後は、ブラジルまで戻すとの約束だったので仕事は気に行っていたようですが2年で帰国、40年!!のポルトガル語版を手伝って呉れていました。
知りすぎた間柄、話題が個人情報に走ってしまいましたが、写真は彼が送って呉れた乗馬姿の英姿です。
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W40年!! 600万回に寄せて 和田さんとの出会い 出石美知子
W40年!! 600万回アクセス記念祝辞の第7弾は、神戸の旧移住センター(移民収容所=移住斡旋所)で2009年6月に『移住ミュージアム』がオープンした最初からもう11年も毎日曜日訪問者への語り部として奉仕しておられる出石美知子さん(おみち)が初めてお会いした時のことをメモ帖から抜き出して送って呉れました。訪日時には、郷里神戸には、必ず立ち寄っており毎回移住ミュージアムを訪問していますが、出石さんと初めてお会いしたのは、リオに住む次女の茜夫妻を帯同して訪問したのが初めてだったようです。干し柿を頂いたのは、良く覚えています。次回訪問時には、今年仕入れる干し柿を冷凍して置いて呉れるとの事、是非また頂に行きたいです。そんな機会が早く訪れることを願っています。写真は、送って頂いたイペーの花が咲く移住ミュージアムの写真を使わせて頂きます。渋柿の写真は、BLOGに掲載して置きます。有難う! おみちさん。
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W40年!! 600万回に寄せて 久留米のはなさん(倉八鈴子)さん寄稿
600万回達成の祝辞第8弾は、久留米のはなさん(倉八鈴子さん)です。男性5人、女性3人の方から色々語って頂いています。大変嬉しいお便りを40年!!ホームページに残せたことに感謝します。元気な間は、40年!!を大事にして管理運営して行く積りにしており600万回は、一里塚として通過して行くことにします。どこまで続けていけますかね。神のみぞ知る!でしょうか? 兄弟HPとして開設した花咲爺の会も開設3年7ヵ月で56万5千回のアクセスが記録されており人気記事の花談義に久留米のはなさんには、記事を送って頂いています。イッペーの花を日本に咲かせる会の主要メンバーとしての活躍を期待して行きたいと願っています。はなさん今後とも宜しくお願いします。写真は。ブラジルに移住されたはなさんの従兄弟叔父さんとミスに選ばれたお嬢さんの新聞記事を送って呉れていますので使わせて貰います。半世紀近く前のものだそうです。
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私たちの40年!! 600万回アクセスの道程!
私たちの40年!! 600万回アクセスの道程を1週間前の10月18日(日)の午後9時を基準にして毎日記録を取りました。通常1日平均1000回のアクセスがあるのですが、今回は、少しスロウダウンして6月24日から10月25日までの123日の平均は、903回になっていますが、10月18日からの平均は、770回に落ちています。一応、ブラジル時間10月25日でTOP PAGEの一部書き換えを実施しますが25日中に600万回をクリアできるかどうか?悪くすると26日(月)にずれ込むかも知れません。
10月24日21時のアクセス記録は、5998776回で残り1224回、10月25日21時のアクセスは、599万9244回、残り756回となっていますが、3時間で達成は、無理との判断で日付けを10月26日に書き替えました。これで安心して眠れます。
10月26日朝6時にアクセスしてみたら600万回をクリアして345回超過していました。踏ん付けた方がいないか聞きだして駄目ならこの道程を終了したいと思います。お騒がせしました。写真は、出石さんが58回OVERを記録された写真を使わせて貰います。
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ラテン・マジックについて その1とその2 桜井 悌司
暫く投稿のなかったラテンアメリカ協会常務理事の桜井 悌司さんから投稿原稿を送って頂いたので適宜ホームページに掲載することにさせて頂きます。15年半メキシコ、チリ、ブラジル、スペイン、イタリアに駐在されたJETROのベテランとしての経験をベースに書かれた面白いエピソードをラテン・マジックとして14項を通じて日本との違いを指摘しながら説明をして呉れている。分かりやすいエピソードを通じてラテン・マジックを学んでみよう。ブラジルに半世紀以上どっぷり浸かっている私などは、なるほどと頷きながら楽しませて頂いた。写真は、桜井さんにお願いして送って頂いた「地元のコミュニテイで海外での経験を話す筆者」とのキャプションが付いていた写真です。
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【農大生の海外移住者】カリフォルニア在住の卒業生村松 義夫
カリフォルニアにお住みの村松義夫さんが、「和田さんの600万回のホームランに向かって」との副題を付けて送ってくれた昨今の日本の大学数、特に大学受験生の18歳人口が近い将来には、90万人割れすることから大学の統廃合が起こると警鐘を鳴らしておられます。ご出身の東京農大が1955年に杉野忠夫先生を学科長にして「農業拓殖学科」が開設され1960年に5期生として入学し薫陶を受けられた。各国別の卒業生の詳細も明記しておられブラジルには総勢195名(故人52名)がおられ杉野先生の「農業拓殖学科」を農大の財産と位置づけ、少なくなって行く1世の後を継ぐ2世、3世に期待を寄せておられる。写真は、村松さんが送って呉れた母校の写真です。
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