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「日本ブラジル交流協会と共に25年!!」ブラジル日本交流協会 和田 好司
日本ブラジル交流協会の幕が閉じられる。現在研修中の25期生48名の研修終了が3月6日(月)、3月10日(金)にはサンパウロで感謝のつどい(仮称)が日本から然るべき方が来伯して行われるとの通知を受けた。玉井会長が椎間板ヘルニアをおして来伯されるのであれば女房殿を連れてこの最後のつどいには是非参加したいと思っている。
日本ブラジル交流協会の25周年記念誌がその華々しい歴史と共に記録を残して置く動きがある。
長い長い玉井会長、藤村理事長とのお付き合いを歴史の一コマとして書き残して置くのも何かの役に立つかもしれない。原稿を下記掲載して置く事にする。
写真は、アマゾナスに於ける日本ブラジル交流協会のお世話を頂いている陣内さんご夫妻とアマゾントラヴェルサーヴィス社社長になっておられる島 準元研修生ご夫妻とお二人のお子さん達がマナウスの飛行場に見送りに来て呉れた時に撮らせて頂いたものを使用しました。


けい子58歳の誕生祝いアマゾンの週末旅行。
何時も苦労を掛けている女房殿の誕生日のお祝いにアマゾンの週末ジャングル・ロッジでの2日間を捧げた。私の66歳の誕生祝は、最果ての町USHUAIAでの女性群に囲まれての誕生会を楽しみましたが、けい子の誕生日は、アマゾンのジャングルでのこれも変わった誕生祝いと成りました。ジャングル・ロッジでの2日間の生活をATS社の今後のツアー客獲得の一助にでもなればと願い書き留めて置く事にしました。
写真は、どれにしようかと迷ったのですが、アマゾン河の日の出を拝みに行ったときのものを使用しました。

「新年に思う、日本人への提言」 山下さんがサンパウロ新聞に掲載された文章とそれに対するコメント集です。
リオの山下さん(私の神戸高校の同級生です)がサンパウロ新聞に掲載された日本人への提言を『私たちの40年!!』MLに流した所、その70%程を実際に実施していると言う松田さんのコメントがありました。実際に松田さんのブラジルに置ける本拠イツーのコンドミニアムまで出かけて検証して見ました。31年歴史のあるコンドミニアムで一番大きな家は床面積2500m2とか松田さんの家も大きな段差がありプールにカラオケ装置の付いた別室から母屋、寝室と広いスペースを取りハンモックが幾つもぶら下がり風鈴が風に揺れ座り込んだら立ち上がりたくなくなる揺り籠式の椅子に乗り冷たいビールを流し込む。来年には傾斜を利用して露天風呂を掘るとか是非この露天風呂に入り南庶嚼ッを見ながら大声で歌でも歌って見たいと思います。1年の内5ヶ月しか使わない別荘地日本の皆さんが使用して見たいとのご希望があれば御自由にお使い下さいとのことです。
写真は、松田さんのハンモックで寛ぐ一枚を使用しました。


地の果て 真夏の初日の出及びアンデスの氷河の氷は青かった 小樽の水口さんのHPより転載。
年末年始に最果ての町USHUAIAでの新年と66歳の誕生日を迎えその後CALAFATEの氷河を訪問する機会があった。この夏の南米大陸南端と氷河訪問の記録を読まれた小樽に住む水口 忠さんがお便りを呉れました。水口さんは、私たちより20年も前に粗同じ時期に同じ場所をご家族3人で訪ねておられます。パラグアイの首都アスンシオンの日本人学校の初代校長先生として勤務中の最初の南米休暇旅行であったとのこと。その後ポルトアレグレにも来られているとの事でその時の様子等も書いて頂く積りですが、水口さんのHP【北の風信】よりお借りして<真夏の初日の出>と<アンデスの氷河の氷は青かった>の2編を最近の記録比較する意味も兼ねて掲載させて頂くことにしました。
写真は『背景は国指定建造物日本郵船旧小樽支店です。明治末建築で小樽観光スポットの 一つになっています。』とのコメントと共におくって下さった水口さんの近影です。

アマゾン・リバーサイド・ホテルMAINANの共同経営者、辻 佳治さんのお話を伺いました。
アマゾンのジャングル・ロッジ・ツアーに参加、楽しい週末を過ごしましたが、MAINAN自然ホテルの現場責任者としてお客さんのいる時はマナウスから自ら出て来られてホスト役を務め色々話を聞かせて呉れます。辻さんの移住者としてのこれまでの生活を聞かせて頂いた範囲で記録に残して置きたいと思います。
今回のアマゾン旅行では、アマゾンに住み着いてアマゾンと共に生活してこられた逞しい移住者のお話を聞くことが出来大変嬉しく思いましたが、その第一弾が辻さんです。
写真は、ホテルの案内の途中、卵から育てた可愛い鰐を掴んで『そろそろ自然に戻してやる時期が来たなー』と説明しながら写真に収まって呉れました。


あけましておめでとうございます。坂本 翼さんからの2006年、新年のご挨拶。 
私の大学濫校早稲田ゼミナール(大隈講堂の裏にあった名門?濫校)時代からの友人である坂本 翼さんは、2006年を明治維新、第二次世界大戦敗戦に次ぐ変革の時と位置付けておりこの大事な節目の年に当り『旧年とは少し違って、多少欲張りに過ごしても好いのではないかとも思います。それが冒頭の絵に込めた想いであります。初夢で云うなら《富士山も、鷹も、なすびも》という訳です。』との思いを寄せて呉れました。遅ればせながらこの2006年と言う年を定義付け残して置く意味で寄稿集に収録して置く事にしました。

RIGOTTO州知事の大統領選挙への旗上げに反対。州知事としての任期をまつとうし再選を果たすべし!!
赤嶺さんの【ルーラ再選の可柏ォを占う】との紙上座談会に触発されてRS州知事のPMDB擁立の単一独立大統領候補への動きに対するコメントをBATEPAPOと『私たちの40年!!』のMLに書き込みましたがBATEPAPOでは何ら反響無しでがっかりしていますが、一方『私たちの40年!!』MLでは、野口さんに自覚が足りない!! と厳しく叱れる羽目になり愛国心、国籍問題にまで飛び火しているが、何時もは理路整然とした論陣を張る野口さんが時々独善的な決め付け方でのコメントを出されるのも【親しい友】の安易な発言に我慢が仕切れなくなっての極論かとも理解しますが、MLでの発言には気を付けて貰いたいものです。
と言うことで10月の大統領選挙までの動きを今後も追って見たいと思います。
写真は、RIGOTTO州知事をグラバタイのGM工場に招き2007年からの23万台生産体制を報告する当地新聞CORREIO do POVOをスキャナーに掛けた物を使用しました。

マナオスFCC do BRASIL社の総務・財経担当重役 佃 拓也さんにもお話を伺いました。
今回、マナオスのZFM(ZONA FRANCA de MANAUS=マナウス自由工業地域)の日系進出企業11社を訪問させて頂きましたが、マナオスにあるホンダ大国(ブラジルの2輪車の84%のシェアーを握り年間100万台を生産するホンダとそれを支える11社の日系二輪車部品工場)の一角を担う二輪車用クラッチを製造しているFCC社を訪問させて頂きましたが、アテンドして呉れた佃さんは、私と同い年の1940年7月2日生まれの日本からの移住者で1955年に14歳の時にご家族と共に大フォードが開発したゴム園のフォードランヂア(サンタレン市近郊のベルテーラ村)に55家族と共に入植された方であることが判明しお話を伺わせて貰いました。
写真は、FCC社訪問時に撮らせて頂いたものです。