 |
白石健次 著 【グワタパラ移住事業】-農林・外務両省の確執- 1997年3月第1刷
農業移住に賭けた男たち 昭和30年代、ブラジル・サンパウロ州の3大農場(ファゼンダ)のひとつと言われるグワタパラに、移住構想を描いた男たちの熱い夢と苦闘 日本図書発行会発行の掲題の図書が手元にあります。第一回笠戸丸移民が入植し更に戦後の計画移住地として私たちの同船者も入植、現在も小島さん、見尾さんが住んでおられ私たちと同じ42周年を迎えているグワタパラ移住地で第一戦で現地指導に携わった白石健次さん(当時日本海外移住振興会社員)が書かれたグワタパラ移住事業と言う本を紹介します。農務次官を辞められた平川守さんのグワタパラ移住事業との取り組みを語る序文 【はじめに】の部分を妹の多加代に叩かせました。
写真は、同著の表紙です。
|
|
|
 |
【日本学生海外移住連盟と三重大学】 元日本学生海外移住連盟委員長 富田 博義 (三重大学農学部同窓会史より)
既に紹介している三重大学農学部南米三翠会同窓会史 【回り道した男たち】に日本学生移住連盟委員長として早稲田大学海外移住研究会の富田 博義さんが賛助寄稿しています。創生期の学移連の委員長として自らは派遣団員になることもなく黙々と南米学生実習調査団(派遣制度)の基礎を作り、武藤、真砂と三代続けて早稲田から委員長を出し早稲田海外移住研究会の黄金時代を築き上げた名委員長ならでは書けない当時の学移連の活動を書き残した貴重な寄稿です。奇しくも3学移連委員長は、現在ブラジルとパラグアイに住んでおり、若い頃の夢を単なる夢に留めず自らその人生を南米に掛けておられる。今年の10月には、日本残った当時の熱き仲間達がブラジルを訪問し旧交を温める計画が実施される。40年以上過ぎ、実社会を退いた多くの諸兄が自分の過して来た人生と重ね合わせどのような感懐を持ちどのような語らいがもたれるのか?非常に興味深い試みである。学移連の創立50周年に当る来年度には学移連としても当時の移住と言う枠では果たせなかった若き血を滾らせたOBの南米訪問団を計画していると聞く。現在撮影中のNHK移民ドラマ【ハルとナツ】の学移連版の実録ドラマを追いかけたい。
写真は、適当なものが見つからないので今年会った時に相田ブラジル稲門会会長と富田【後列左】谷、和田の同期3人組を使用しました。
|
|
|
 |
アルゼンチン旅行の一部報告(夢・ベテランへの書き込みより)
管理人自身の寄稿が少ないことから少しずつでも掲載して行く事にしました。その第一弾が三菱重工の工作機械の売り込みで2度目のアルゼンチン出張中に書いたメーリングリスト【夢・ベテラン】への書き込みです。徳力さんへの便りの形で送りましたが、徳力さんからは、『全然スムースさがないところが、なんともうれしいです。』とのコメントを頂き頓馬さとドジが専売特許で何時までたっても失敗続きの旅をしています。これからもまだまだ頓馬ぶりを重ねて行きそうですが、旅の思い出と言えば失敗談ばかりの仕事にかこ付けての同船者訪問をこれからも続けて行きたいと願っております。徳力さんを喜ばせる楽しみのコーナとなりそうです。ご期待下さい。
写真は、枯れ果てたアラモが毅然として立ち並ぶ冬のMENDOZAの景色を掲載したかったのですが幻のアンデス裾野は、カメラとともに永久に消えてしまい私の瞼にだけ残ってしまいました。ということで写真は、初秋の5月にコルドバを訪問した時にタクシーの運転手さんに撮って貰ったものです。
|
|
|
 |
<ボリビアのオキナワ植民地> 入植50周年祭に参加された赤嶺尚由さんの寄稿
ブラジル日本商工会議所のBATEPAPOというMLで色々な情報を得ておりますが、メンバーの赤嶺さんから入植50周になるボリビアの沖縄移住地の50周年記念祭に参加されたご感想を書き込んでおられましたんで転載許可を得てここに掲載させて頂きました。私たちの同船者もお隣りのサンフアン移住地に99名が入植今も沖縄移住地同様残留組は、大豆を中心とした大農場経営をしておられると聞いており是非訪ねてみたいと思っております。
サンパウロ新聞にも8月13日付けで【盛大に入植50周年祝う・ボリビア・沖縄移住地で】との記事がでておりこれも一緒に収録させて頂きました。
写真は、8月2日にパラグアイのピラポ移住地の44周年記念日に行われた慰霊祭に参加した際に撮った拓魂碑を使用しました。ボリビアの関係写真を探してみます。
|
|
|
 |
オリンピック・リオ開催は何時実現するか?出羽孝史さんの寄稿
リオにお住みの元日本航空ブラジル支社長を辞した後も旅行社のTUNIBRAリオ支店で現役として活躍しておられる出羽さんから掲題の原稿を送って頂きました。既に出羽さんが書かれた【嘘のような本当の話】は、寄稿集283番目に掲載しておりますが、アテネオリンピックの裏話とも言える「リオ2004年」キャンペンに破れたリオ市民は、北京の次の2012年でも一次予選で敗退が決定しているとのことで2016年あるいは2020年には実現するのでしょうか?サッカーのワールドカップ同様、ヨロッパと南米で交代それにアジア、アフリカを加えて各大陸で開催といった五輪大会にして南米から始めてのリオオリンピック大会を実現させて欲しいですね。サンパウロのJETRO所長、桜井さんからのコメントも寄せられておりこれも一緒に掲載して置きます。
写真は、リオのポンデアスーカール(砂糖のパン)が見えるボッタフォーゴの海浜です。
|
|
|
 |
ポルトアレグレ総領事館存続問題のその後
ポルトアレグレ総領事館存続問題に付いては、ニッケイ新聞、サンパウロ新聞等邦字新聞でも取り上げて頂いており何らかの決着が付くまでは、ブラジル日系社会の話題として注目される所まで来ております。先週は、衆議院議員9名の議会制度調査団が来伯、続いて参議院議員6名の来伯、更には9月中旬の小泉総理の来伯と続き日本からの政治家が大挙してブラジルに来られます。この機会に手を尽くしてポルトアレグレ総領事館存続のキャンペンを有効に繰り広げる必要があると思います。日本ブラジル交流協会の藤村 修民主党代議士(大阪選出)の同交流協会主催の歓迎夕食会とそれに先立つ理事会に出席する機会があり関係者のご意見も伺うことが出来ました。ポルトアレグレ総領事館の存続問題は、既に来年度の予算措置に絡む財務省との具体的な検討段階に入っているようで取り扱いに注意すべき微妙な点があるとは思いますが、関係者のコメント等を咀嚼した上で敢えて中間報告的に掲載する事にしました。
写真は、日本ブラジル交流協会理事長の藤村代議士夫妻歓迎夕食会の席上で撮らせて頂いた石田総領事とご一緒の歓談中のものです。
|
|
|
 |
『航跡 − 移住31年目の乗船名簿』 相田 洋 著
昨年訪日時に早稲田の同級生加藤君(元NHK、現在大学で教鞭を取る)よりNHKで席を並べて仕事をしていた先輩の相田 洋さんの書かれた本を贈るから是非読んで欲しいとの便りと共に送って貰ったのがこの『航跡 − 移住31年目の乗船名簿』でした。画像掲示板には、紹介しておりますが寄稿集にはまだ掲載していなかったところ東京の桜井敏浩さんより下記本文のお便りを頂きました。御好意に甘えてそのまま使用させて頂く事にしました。
MLのBATEPAPOの仲間赤嶺さんが是非相田洋さんをブラジルに招待して移住者に付いての講演をお願いしようと計画されており是非、実現すればと願っており相田さんにも直接お便りしておりますが、正直な気持としてこの力作が先に出版されていたとすれば多分『私たちの40年!!』のHPは、日の目を見ずに終っていたのではないかと思う程、ショックを受けた著書であり『私たちの40年!!』HPの更新、継続の励みの書でもあります。
桜井さん有難う御座います。
写真は、『航跡 − 移住31年目の乗船名簿』の表紙です。
|
|
|
 |
商議所講演=ブラジルで損しない方法=社長の意識改革説く
『私たちの40年!!』HPでもお馴染みの神戸高校の唯一の同級生でリオに住んでいる山下晃明さんがこの度ブラジル日本商工会議所コンサルタント部会主催のセミナーで講演したとの記事がニッケイ新聞の9月7日付けに掲載されていることをMLのBATEPAPO欄で下記の通り伊豆山さんが教えて呉れました。『9月7日付け、ニッケイ新聞を今読みました。山下さんの講演の内容、よくまとめてありましたね。さすがはプロ、感心致しました。経済学の勉強ではありませんから、詳細な数字の行き違いは、問題にする必要はないでしょう。 誤差の内です。山下さんのご高説で十分と思います。
Parabens!伊豆山』関係コメントとご本人の纏めも一緒に掲載して置きます。
写真は、8月28日(土)にリオのボッタフォーゴのポルコンで夕食をご一緒した時に撮らせてもらったものです。
|
|
|