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世界3大飲料の「マテ茶」南米の心  アルゼンチン在住 相川知子さんが紹介(中国新聞 世界の街角から抜粋)
アルゼンチンのMLを主宰しておられる相川 知子さんが連載で書いておられる中国新聞の世界の街角から12月15日版に掲載しておられる【世界3大飲料の「マテ茶」南米の心】にマテ茶が何であるかが要領よく記されている。今回『私たちの40年!!』ホームページの50万回アクセスをGETされた神戸の光田靖さんに贈呈する記念の品の一つとしてマテ茶を飲む容器のセットを用意して行くことにしており相川さんの説明文をお借りして知らせて置きたい。
ブラジル、パラグアイでもマテ茶が常用されておりブラジルではガウショーがその代表的な飲料者で特にパンパス地方ではこのマテ茶がないと一日が始まらない。熱い茶を注いで飲むので食道癌患者が南大河州では多いと聞く。飲み始めるとお茶が逆流して元の容器に戻らないようにどんなに熱くても最後まですする音が皆に聞こえる迄一気に飲み干すのが作法と云われている。お茶その物は緑茶に慣れている日本人には美味である。奥地の客先を訪問すると必ずこのマテ茶の回し飲みに誘われる。断ると失礼に当たるので一度だけは受けざるを得ない。2度目からはオブリガードと言って断る事が出来る。郷に入っては郷に従え。熱いマテ茶の一気飲みには参る。
写真も中国新聞にある「アルゼンチンでは、子どものときからマテ茶を飲んでいる」との説明のあるものを使わせて頂きました。


正木さんからお預かりした阪神グーズ無事届けました。
今回の訪日で神戸の生田神社の近くで関西OFF会を開いた際にトロント猛虎会の皆さんに届けて下さいと正木さんから2003年の18年振りの阪神優勝記念選手サイン入りのライター10本を預かりました。成田で捕まったら諦めますので処分して貰って結構ですとの事でしたので気安く引き受けましたが何とか無事届けたいと妹の主人の健吉さんがアルミフォイルを何重にも巻きタオルとタオルの間に挟んで梱包してくれましたが、矢張り成田のCHKに引っかかりトランクを開けて30分以上調べられました。その顛末をblogにも掲載しておりますので寄稿集にも収録して置く事にしました。
写真は、無事トロント猛虎会に届ける事が出来た記念ライター10個の写真です。

世界の中の広島  日本庭園 笑顔の「平和デー」相川知子
も っ と ア ル ゼ ン チ ン!のMLを主宰しておられるブエノスにお住みの相川知子さんが送ってくれた世界の中の広島  日本庭園 笑顔の「平和デー」を紹介します。
相川さんは、アルゼンチンに住み着いて16年、スペインバスク地方出身の日本語がお上手なご主人と可愛いお嬢さん二人の4人家族でブエノスにお住みで何度かブエノスでお会いしておりお宅にも寄せて頂き夕食をご一緒させて頂いたりタンゴの有名店に同行して頂いたり懇意にさせて頂いています。
世界不思議の旅他幾つかのテレビ番組の現地コーヂネータ、日本語教師、通訳、翻訳等で活躍しておられ日韓のワールドカップにはマラドーナ選手の付き添いとして訪日、スポーツ使節として国賓?扱いの待遇を受けた事もある。今後とも日本とアルゼンチン、南米との架け橋として今後の活躍が期待される。

あるぜんちな丸第12次航で渡伯された同船者の皆さんへ
『私たちの40年!!』 ホームぺージを開設して丁度5年を迎えます。『私たちの45年!!』になる訳ですが、ホームページの名前だけはこれまで通り『私たちの40年!!』で継続して行くつもりですが、この5月27日(日)にサンパウロの鹿児島県人会館をお借りして同船者仲間が集うことになりました。既に船内新聞さくらの号外としてHPにも公開しておりますが、45年の集い実行委員長の小山 徳さん(元産業開発青年隊員)と吉田 和子さん、吉田 栄一さんが中心になり皆さんへの連絡通知、準備を進めて呉れています。

現在46名の参加希望者が集まっているとのことですので当日は50名を越す皆さんが参加して呉れるのではないかと思います。櫛の歯が書けるように仲間が逝ってしまうなか『私たちの50年!!』は、開催可能かどうか分かりません。これが最後の集いになるかも知れませんが生き残った者が最後まで引き継いで呉れればと願わざるを得ません。

今回の45年に一人でも多くの仲間が集まって呉れることを願っております。

写真は、会場の鹿児島県人会への地図です。


永遠のブラジル画家、野尻 統正さんの絵の紹介です。
訪日時草津でお会いした野尻画伯の絵を紹介させて頂いております。ブラジル移住者が好きで書き続けて来た作品でブラジルがモチーフで同じ画風でイタリア、フランス当たりの景色を描くと売れるよとヨーロッパへの旅を誘われているそうですが、これを頑なに断りブラジル以外の材題は描かないとの事です。1959年にコチア青年としてブラジルに移住、各地を彷徨い?1991年に帰国、出稼ぎの皆さんのお世話をしておられたようですが、最近は又好きなブラジルの絵を描き展示会等を各所で開催しておられます。日本移民100周年の来年、出来ればブラジルで展示会を開催出来たらとの願いを膨らませておられます。新しいブラジルの画材の仕入れも兼ねて是非来伯頂きたい方です。
掲載の写真は、野尻画伯です。絵葉書大の絵16枚は、下記『私たちの40年!!』関連blogをご覧下さい。
http://blogs.yahoo.co.jp/yoshijiwada/19456014.html

2007度訪日備忘録。(最初の2日分だけとMLとblogの写真説明を中心に)
今回も日本滞在13日間にカナダトロントでの休暇4日間の旅の備忘録を残しておく事にした。旅行記でも紀行でもなくほんとに毎日の出来事を記録しておく程度となるが物忘れが酷くなり、記憶が薄れ、喜びも感動も若い頃のように素直に感じる感受性も鈍り何か書きとめて置かないと忘却の彼方に消えてしまう恐れもあるので出来るだけ丹念に記録しておく事にしたい。
何と今回の訪日備忘録は3日坊主所か2日でストップしてしまっている。その後の書き込みが無く今更思い出しながら書くのも大変なので後は日を追って『私たちの40年!!』MLとblogに書き込んだ記録を拾い記録に残して置く事にした。
写真は、東京でのOFF会の記念写真を使用しました。

2007度訪日備忘録。(その2)MLとblogの写真説明を中心に
昨年の訪日記録もMLを中心にしたものとなっていますが、今年は豊富な写真の説明を中心としたblogで皆さんに写真と共にフォロウ頂きました。今年も新しい出会いとご無沙汰していた懐かしい方達の再会、年に一度の訪日で皆さんにお会い出来るのが楽しみです。こうして年に一度訪日出来るのも仕事上での打ち合わせを兼ねての業務出張だから出来る事で仕事の有り難さを感じています。少なくとも後数年は現役で継続する積もりですので年に一度は『私たちの40年!!』MLの皆さんとのOFFを開催出来ると思います。楽しみ待って呉れるメンバーの皆さんも増え大変嬉しく思います。来年も宜しくお願いします。
写真は、生田神社前での関西OFF会の記念写真です。

読売新聞(関東地域版)遊友録 (39)ブラジルに雄飛した日本人 玉井義臣
もう30年近く前に交通遺児育英会の専務理事として交通遺児の研修大学制度を実施、大学に進学出来ない遺児にブラジルを始めアメリカ、オーストラリア、中国等を1ヶ月研修旅行させ胸を張って社会に送り出して遣りたいとの制度を構築ブラジル南部にも高校卒業生を連れて来られた時からのお着き合いをさせて頂いている玉井義臣日本ブラジル交流協会会長、あしなが育英会会長が読売新聞の関東地域版に連載している遊友録の39番目として5月8日に私を取り上げて呉れており、掲載された記事を送って呉れました。筈か900字に収めるのは至難の技と思いますが、上手く纏めておられます。
別に問題にする必要もありませんが、カメラ、ラジオ、時計を大事に持ち歩いたとの表現は少し違いこれら新来青年の三種の神器とも云える持ち物を次々買い取って貰い路銀にした次第で最後には寝袋と記録用のノート位しか残っていませんでした。今思えば無謀の2年間でした。
もう一つ私の卒業した大学は、連邦大学でなく授業料の高いポルトアレグレのカトリック大学でした。けい子が卒業した大学は、リオグランデのFURGと言う地方大学でした。
写真は、神戸三宮駅前であしなが育英会の募金運動をしていた学生さんたちに500円玉を入れて応援した時のものです。