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アマゾン開発に夢を託した高等拓殖学校生(高拓生)の子孫【高拓会】の丸岡会長のお話を伺いました。
マナウスでの日系企業訪問ヒアリング実施2日目に道案内も兼ねて同行頂いたマナウスの日系商工会議所の専務理事をしておられるROBERTO TEISUKE 丸岡さんに大変お世話になりましたが、長い1日を終えマナウスの日本食店でビールを飲んでいる時に丸岡さんのお父上は有名な高等拓殖学校のピークに当たる3回生との事で1932年にパリンチンスの近くのビラ・アマゾニアに入られたとの話に飛び色々聞かせて頂きました。高拓生は、第一回生が1931年6月20日ビラ・アマゾニアに到着してから1937年の7回生まで242人のアマゾン開拓に夢を託した若い移住者を送りだした。丸岡ロベルトさんは、1947年にパリンチンスの近くのジュリチで生まれたとの事で現在は、商工会議の専務理事として活躍されている傍ら高拓会の2代目の会長さんをしておられるとの事です。
写真は、2代目【高拓会】会長の丸岡ロベルトさんです。

リオ日本商工会議所 堤 寿彦会頭のリオ日系機関誌【あゆみ】新年号への寄稿文です。 
リオ日本商工会議所会頭の堤 寿彦さんがBATEPAPO欄で下記書き込みと共にリオ日系機関誌【あゆみ】新年号に寄せられた文が添付されていましたのでお借りして寄稿集に収録させて頂きました。写真は、以前送って頂いたものの1枚を使用しました。
『2008年には、移民祭と日伯交流年という行事の年を迎えます。ブラジルという国に何らかの形で携わった各々が、夫々の立場で、両国の将来の為に何かを考え、少しでも貢献出来ればと思います。
  古代の地図には、ドラゴンが住んだり、東洋の端にあるジパングのように一杯金塊が埋もれていたり、多分、アマゾナスの美女軍団もいたりするような緑のユートピアは,絶対に存在すると信じて、命を賭して船出した人たちが多く居たことでしょう。 そこに未知を知リ度き活力も生まれ、パイオニア精神も大いに鼓舞されて来た筈です。
  ユートピアの描いてない地図は一見に値しない、、という面持ちで、夢のある地図を片手に、関係者の方々が、老若男女大いに入り乱れ2008年を迎えられればと思います。。。。』

<気骨のある昔の企業人> 日本鉄塔元ブラジル会社、有田 哲哉社長の美挙に拍手を。。。 赤嶺 尚由さんよりの紹介文
サンパウロのブラジル日本商工会議所コンサルタント部会の皆さんによるメーリングリストBATEPAPOの健筆家赤嶺尚由さんが掲題の<気骨ある昔の企業人>と出してブラジルの奇跡と云われた70年代にブラジルに進出して来た日本鉄塔の当時の社長、有田 哲哉さんの美挙に拍手を送ろうとの書き込みをしておられます。
私自身もブラジルでトカンチンス州の牛飼いの農業から始まり、リオの石川島播磨造船所に1年、ポルトアレグレ総領事館に5年半、丸紅ブラジル会社に21年間お世話になったサラリーマン生活が長く多くの上司(総領事、社長)に仕えて来ただけに有田さんの美挙には、普通気持ちの上では遣りたくとも経済的に出来ないことから気持ちとそれを実現させれる経済力の両方をお持ちの有田さんは、ご立派だと思う。特に秘書、運転手それも1年程度の短い勤務社員も居るとのこと正に人生で宝籤に当たったような気持ちで招待されたご本人達が一番びっくりしているのではないかと思います。幸運を得た9人(9組?)の日本鉄塔元社員の皆さんと招待主の有田元社長に大声で<エスター デ パラベンス>とエールを送りたい。
写真は、適当なものが見つかるまで彼らが訪問する箱根の山の旧街道の写真を掲載して置きます。


【ブラジル移民の詩】 早川清貴さんの短歌集です。
早川さんは、私より1年程(年齢も着伯年も)先輩にあたり同じ年代を同じブラジルで過ごして来られているようです。生きて来た場所は違うものの共通の知人友人も多く旧知の同士のような気がしております。61年に着伯、農業移住者としての1年、東山銀行、住友商事勤務の後、新日鉄南米事務所に20年以上勤務され現在は年金生活の傍ら企業コンサルタントをされており、余暇を短歌の作詞に注力、57577の31字に凝縮された移民の歴史を残されることに全力を挙げておられます。
『ブラジル移民の勇猛果敢な<生きざま>を少しでも多くの日本の短歌愛好家に知って貰う趣旨より<ブラジルの移民に関して>多く詠むように心がけております、そのため時間の許す限り旧植民地訪問、先輩諸氏との会話又その筋の専門書に親しむ等移民史を遡及して同胞愛を深めております。』との早川さんからのお便りと共に写真を送って頂きました。

アマゾンのベテランガイド、高橋雄一さんにガイドに纏わるエピソードを纏めて頂きました。
1月にマナウスの週末ジャングル・ロッジツアーに参加した時に我々三人のために付いてくれたベテランガイドの高橋さんがアマゾンのガイドさんとして活動し始めた時からのエピソードを連載で送って呉れる事になりました。マナウスに行く機会が有れば彼の所属するアマゾン・トラベル・サービスに御願いすれば喜んでガイドをして呉れると思います。エピソードにあるような初期の高橋さんでなく彼の目指していたプロのガイドの粋に達した超ベテランの案内には感心さされました。
写真は、アマゾン河の朝焼けを背景にした高橋さんです。(左端が高橋さん)

アマゾンに人生を掛ける山岸 照明さん(アマゾナス日系商工会議所会頭)の大きな夢!!
1月にみずほ情報総研の大内 邦彦調査員に同行してMANAUSのフリーゾーン(ZFM)に進出して来ている日系企業11社の工場訪問とヒアリングを実施する機会があった。このマナウスでの日系企業訪問のお膳立てをして呉れたのがアマゾナス日系商工会議所の山岸照明会頭です。山岸さんとは官民合同会議、ブラジル各地の日本商工会議所の全体会議等の席上で南のポルトアレグレと北のマナウス代浮ニしてもう15年以上前から親しくさせて頂いている。
今回マナウスでお世話になったのを機会にアマゾンに生きアマゾンに死す(失礼)男、山岸の半生を記録に残して置きたく山岸さんにもご協力頂いて纏めて見ました。
この3月15日にはJETROの主催のZFM(マナウスフリーゾーン)セミナーにアマゾナス日系商工会議所会頭として参加されマナウスをPR【アマゾンがブラジルの経済を背負って立つ】との信念、夢の実現に立ち向かわれます。
BATEPAPOの交信を中心に最近の山岸さんの心境と山岸さんご自身に書いて頂いた略歴を掲載して置きます。
写真は、マナウス訪問時に撮らせて頂いたものです。

『ブラジル移民』 戦後43年の記録 旧トップ・ページの保存(10)
昨年9月3日に20万回アクセスの日に更新したトップ・ページを今回30万回のアクセス記録に伴い更新することにしましたので旧トップ・ページを保存して置く事にしました。毎回少しずつ書き足している程度でそれ程の変化はないのですが、一つの歴史として保存して置く次第です。
このHPは、同船者仲間、ブラジルの領域を大きく超えて現在では、世界100各国を超える国々からのアクセスが記録されており、この2月25日にはなんと一日に713回のアクセスがありました。また2月には64各国よりのアクセスが記録されており、2月の1日最高記録は、4880HITS,3953FILES,2053PAGES,711SITE,96.53MBとアクセス分析に記録されています。3年10ヶ月で30万回のアクセスを記録、ブラジル総合サイトとして育って来ております。
マンネリ化しないように同船者、移住者の生き様、定着の過程を中心に書き残して行きたいと願っています。
写真は、アマゾン河に落ちる夕日です。

日本ブラジル交流協会25周年記念「感謝の集い」3月10日にニッケイパレスホテルで開催。
25年間で都合748人の研修生をブラジルに派遣、日伯の懸け橋的人材の育成を目指して来た日本ブラジル交流協会は、3月10日に「感謝の集い」を開催しその四半世紀の歴史を閉じることになった。今後はOBの皆さんが中心になり研修事業を継続して行くとの事です。
謹啓  晩夏の候、ますますご清栄のこととお慶びもうし上げます。皆さまには常日頃より格別のご厚誼にあずかり心よりお礼もうし上げます。
     さて、当協会におきまして25年にわたり748名もの研修生を当地に派遣することができましたのも、ひとえに皆さま方のご厚情のたまものと存じます。つきましては、これまでお世話いただきました皆さまをお招きし、心ばかりの「感謝の集い」を開催させていただきたく存じます。ご多用中のところはなはだ恐縮ですが、何卒ご出席いただきたくお願いもうし上げます。
    なお、「感謝の集い」式典に続きまして、ささやかではございますが宴の席を準備いたしております。懐かしい往時を振り返りながらご歓談いただけましたら幸いです。併せてご案内いたします。
謹白
2006年2月吉日
(社)日本ブラジル交流協会  会長 玉井 義臣

写真は、2003年訪日時に撮らして貰った玉井会長のリラックスしたものです。