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【ブラジリアンドリームを掴まえた男】井田 善朗さん物語 サンパウロ新聞より。 
私より10年、年長の井田 善朗さん(帯広畜産大学卒業)の苦闘の53年がサンパウロ新聞の山口貴史記者が4回の連載で紹介しているのを見つけました。曲りなりにも戦後の農業移住者の一人としてブラジルに移住、バナナ畑の下にトマトを100本、アルファッセを500本程植えた経験もあり希望の牛飼いは24頭どまり、周りに日本人の居ない町に土着するとの初期の目的を果たせずリオに出て石川島播磨造船所勤務1年、ポルトアレグレに移り総領事館に5年半大学卒業を1年残して丸紅ポルトアレグレに勤務、3年目にポルトアレグレ出張所長、その後丸紅ブラジル会社の現地役員と猛烈社員振りを発揮していたが95年に退職、現在はファイリー会社『さわやか商会』でのんびり?している。農業で初期の目的を達成された井田さんには大きな尊敬と羨望を感じる。もう40年も前の学生時代に三角ミナスで大農業を遣っておられた佐賀県出身の前田常左衛門(前田財閥の創始者)を訪ねた時の事を思い出させて呉れる井田さんの50年是非ともここに書き残して置きたいと思います。
写真もサンパウロ新聞WEB版に出ていたのをそのまま使用させて頂きました。

「座間ふるさとガイドの会」で活躍する横内正毅さん(早大海外移住研 幹事)。
早稲田の海外移住研究会のメンバーの一人横内さんが現在住んでおられる座間市教育委員会主催の「史跡・伝説と湧水を訪ねる(鈴鹿・長宿地区)」の案内役として活躍されている。黒瀬さんがこの催しに参加して下記の感想文をHPに掲載しています。皆さんにもご紹介します。
座間市には、韓国から脱走兵として日本に戻って来た曽我ひとみさんのご主人ジェンキンスさんが一時逮捕?されて住んでいた米軍座間キャンプがあることで有名です。
写真は、マイクを持って皆さんに説明をしている横内さんです。

パラグアイに在る日本のお城
パラグアイのアスンシオンにお住みでパラグアイのメーリングリスト(既に6年の歴史と400名の会員を誇る)を主宰する田中 裕一さんのMLでは毎日活発な意見が飛び交っていますが、パラグアイに在る日本のお城との題でアスンシオン近郊に聳え立つ前原城の写真と関係記事が掲載されていましたのでお借りしてご紹介して置きます。パラグアイに在ってブラジルにないものは日本のお城でしょうか?前原家2代に渡る築城物語、完成後は移民博物館、資料館として展示物を集めたお城として一般に開放される嵐閧ニか。日本の街でもお城があれば訪ねたくなり【馬鹿と煙は上に上がる】の言葉通り天守閣に上るのが好きですが、お隣の国パラグアイにお城ができたとのこと是非この次にアスンシオン訪問時には前原城の天守閣に登り養鶏王国の領地を眺めたいと思います。
写真は、田中さん提供の前原城の勇姿です。田中さん有難う御座います。

25年=交流協会生=コロニアと共に 渾身の力を込めて書かれた研修生南部サヤカ記者のニッケイ新聞連載記事。その1
ニッケイ新聞で研修させて頂いている25期生48名の一人南部サヤカさんが記者として渾身の力を入れて書き上げ自分達研修生の25年の記録を残そうと連載されている記事を掲載して置きます。その1は、第7回までの原稿です。
写真は、第6回の新聞記事をそのままスキャナーに掛けたものです。島研修生の写真が誇らしげです。

【アマゾンの野生ゴム】 高橋雄一さんのコメントです。
1月にアマゾンを訪問した際にマナウスの近くでゴム栽培農場をガイドの高橋
さんに案内して貰いました。過酷な天然ゴム採集のためにノルデステのセアラー州から父親に連れられてマナウスに移住して来たシリンゲイロのセヴェリ−ノさんにゴムのラテックスの採集、炉に火を焚き煙でラテックスを固めて行く作業の実演を見せて貰いました。
今回、真砂 睦さんのお馴染みの「おいやんのブラジル便り」(その68)でこの天然ゴムの栽培が盛んになり再びブラジルの主要産業の一つとして世界に通用する天然ゴム栽培が経済活動の一つとして戻って来るとのコメントに対して高橋さんから掲題のアマゾンの野生ゴムとの投稿がありました。
写真は、暑い昼間にも頭にカンテラを焚いてゴム採集の実演をして呉れるセヴェリーノさんです。

25年=交流協会生=コロニアと共に 渾身の力を込めて書かれた研修生南部サヤカ記者のニッケイ新聞連載記事。その2
日本ブラジル交流協会25期生48人の一人南部サヤカさんが思いを込めて書かれた連載は、彼女が帰国後も4回掲載され第16回で終了しました。研修生として1年間、仲間との生活を通してしか掴めない心の動き等、お世話になった方へのお礼の気持ちも素直に出ており色々ニッケイ新聞で自由に書かせて貰った若者としての特徴ある記事の中でもこの連載は特に力が入り研修の仕上げ的な思いを込めて書き残して帰られたのではないかと思います。青春の金字塔としての連載その2を掲載して置きます。使用ャtトの関係上、最後の2日分は、第3回目のその3掲載となります。
写真は、3月10日の「感謝の集い」で撮らせて貰った南部サヤカさんです。

10年周期で栄枯盛衰 飯田流陰陽自然学で考える 山下さんの講演記事 (サンパウロ新聞より)。
【ブラジルで損せぬ法】でお馴染みのリオにお住みの山下さんがサンパウロの日本商工会議所主催の『今の時代を飯田流陰陽自然学で考えるセミナー』で講演したとの記事がサンパウロ新聞WEB版に写真付きで出ていましたのでお借りして紹介して置きます。2004年から2013年までは5型に該当する大きな変動の周期とのことですが、皆さんで5型の方はおられるでしょうか?

日伯青年交流に付いてサンパウロ新聞の社説「灯台」で5回に渡り現状分析と問題点を鈴木雅夫編集長が論説しておられます。
日本ブラジル交流協会の25周年式典「感謝の集い」を契機にして日伯青年交流に付いての記事で賑わいましたがサンパウロ新聞の社説「灯台」で鈴木雅夫編集長が日伯青年交流に付いての現状分析と問題点を提起特に短期留学査証や研修査証制度の新設をルーラ大統領と小泉首相の間で取り決めた二〇〇八年のブラジル移民百周年に向けての合意事項の大きな柱としての人物交流の拡大策に乗せ、両国の有識者が組織している二処齔「紀協議会のテーブルで是非この問題を取り上げ年間500人から1000人の交流を実現させ、ともすれば枯渇しつつあるブラジルに於ける日系コロニアの活性化策に繋げて行くべきだとのご意見。是非実現させて貰いたいと思うのは私だけではないと思います。
写真は、サンパウロ新聞に掲載されていた「感謝の集い」の写真をお借りしました。