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【大束さんが客観的な視点から纏められた岸本伝】
日本学生海外移住連盟のメンバーを中心としたML『夢・ベテラン』(現「国際夢ネット21」)を主宰されている大束員昭さんが岸本晟さんに付いてお話を伺う形で纏められたのが掲題の【大束さんが客観的な視点から纏められた岸本伝】です。昨年末にメーリングリストに3回に渡り投稿されていましたので御本人の岸本さんに奥様との写真を送って頂き『私たちの40年!!』の寄稿集に収録させて頂く事にしました。
岸本さんは、兵庫県人会の副会長としても活躍されており『私たちの40年!!』寄稿集にも【「日本国定年退職者伯国移住計画案」アイデア提唱=伯国で悠悠自適な生活を=日本の年金生活者を呼ぼう】と云う寄稿が掲載されています。
岸本さんご夫妻の写真は一昨年日本移民100周年祭の神戸での祭典に参加後出雲大社に出掛けられた時に撮った写真だそうです。
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【失われた20年は挽回されたか】「日伯経済交流」=高山直巳=
ニッケイ新聞に日伯論談という日本とブラジルのコメンテーターに色々な話題で自由に語って貰う趣向で何時も読み応えのある記事が掲載さえている。今回は、1月9日付で掲題の【失われた20年は挽回されたか】という記事が取り上げら得ておりこれを見つけたリオの山下さんがBATEPAPOのメーリングリストに紹介しており全文を一緒掲載して置きますが、『「世界第二の工業大国」の虚像が日本を世界に寄付行為ばかりする政府にして、「ブラジル120万の日系社会の存在」が逆に進出企業をコロニアレベルから脱却できなくしていないでしょうか。』とのコメントに我々移住者の存在、日系コロニアの存在が、日本からの進出企業がブラジルで伸び切れない一つの要因ではないかとの問題提起に強い興味を覚える。皆で考えて行かねばならない問題と思う。
写真は、ニッケイ新聞に掲載されていた高山直巳さん(東京農業大学卒)の写真です。
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【奥アマゾンのマデイラーマモレ鉄道。】 荒木 昭次郎さんの寄稿が届きました。
産業開発青年隊の一員でブラジルではイタイプダムを始めブラジル各地のダム建設に携わって来られた文字通りのダム男、荒木昭次郎さんから現在建設中のボリビアとの国境地域の奥アマゾンのMADEIRA-MOMORE河のダム建設地の近くを走っていた鉄道(観光用に一部の路線を復活させる計画がある)の写真と共に『悪魔の鉄道』に付いて纏めた原稿を送って呉れました。
私も1963年の早稲田の大学生だった潜り移住者の時期にこの鉄道でブラジル側の終点、グジャラミリンまで旅した経験があり大変懐かしい地域です。その内、観光用の鉄道が敷設、動き出せば是非もう一度行って見たい土地です。
先年、荒木がお住みのベロオリゾンテを訪問させて頂きましたが、今年の5月に末娘がミナス州で結婚式を上げる予定になっておりまたお会い出来る機会があることから楽しみにしています。
写真は、荒木さんが送って呉れたポルト・ヴェリオの街にあるMADEIRA MAMORE鉄道の駅にある汽車です。歴史を感じさせますね。
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岡村 淳さんの【冥土 in Brazil】 マサコさんとの初体験旅行
『私たちの40年!!』の寄稿集でもお馴染みの岡村 淳さんが書かれた掲題の【冥土 in Brazil】をオランダに住んでおられるあや子さんが見つけて下記の通り教えて呉れました。早速読ませて頂きましたが、確かにあや子さんがコメントされている通り岡村さんを彷彿とさせる読み物です。全文をお借りして寄稿集に収録して置きます。映像作家の岡村さんの文章もユーモアに溢れる読ませる文章を書いておられ雑誌オーパーの人気コラムに掲載されたものを改稿されたもののようです。写真は岡村さんのオフレコ日記より近影写真(2008年)をお借りしました。
『和田さん 皆さん今日は
時間のある時あちこちみてあるくのですが、岡村淳さんのところでこのタイトルが気に入り、読んで大笑いしました。
なんとも温かな岡村さんの人間性と、マサコさんとのユニークな状況を目に浮かべ、ドキュメンタリードラマを見たような気がしました。
読んでない方の為に
www.hoshinot.jp/okamura/meido.html
あや子』
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麻生悌三のブラジル不思議発見(2) 大ケイマーダ島の毒蛇ジャララカ
今年1月より連載が始まった麻生悌三さんのブラジル不思議発見の2月号です。今回は大ケイマーダ島の毒蛇ジャララカです。ブラジルは毒蛇の宝庫とも云われており色々な毒蛇、大蛇がいますが今回、麻生さんが取り上げたジャララカイリョアは、ブラジルの海岸線から沖合30kmの無人島の大ケイマーダ島だけに住むと言われる陸地から離れた無人島で特別に進化したダーウィンが喜ぶであろう特殊な毒蛇を紹介して呉れています。小さな島には5000匹から1万匹のこの猛毒の蛇が住んでいるとの事で灯台が設けられているそうですがこんな島には近寄りたくないですね。所が蛇の血清を製造する為にこの蛇を乱獲に行く者がいるとか。政府が密猟を取り締まっているとの事ですが毒蛇も人間に利用価値があるとおちおちしておれないですね。写真は麻生さんが送って呉れたジャララカイリョア
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真砂 睦の「おいやんの熊野便り」(21)【熊野から捕鯨問題を吠える】(その1)
現在、和歌山県田辺市にお住みの真砂 睦さんは、1965年早稲田大学法学部を卒業後野村貿易(株)に勤務、1973年から1991年までの間に都合12年間、リオ、ベロオリゾンテに勤務され2001年に退職。2003年から日系社会シニアボランテイアとしてサンパウロに住んでおられた時に郷里和歌山の「黒潮タイムス」に【おいやんのブラジル便り】を掲載しておられこの寄稿集にも収録しておりますが、2年半の任期を終えて帰国後も【おいやんの熊野便り】として健筆を振っておられます。
今回掲題の【熊野から捕鯨問題を吠える】との大きな社会問題と真っ向から取り組んでの力作に早稲田大学海外移住研究会の多くのメンバーからもっと広くこの論文を公開するべきであるとの意見が出ておりこの寄稿集にも2度に分けて収録して置くことにしました。
写真は、真砂さんが愛育しておられるブラジルの国花イッペーとジャカランダーの苗を手にした写真を送って呉れました。
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真砂 睦の「おいやんの熊野便り」(21)【熊野から捕鯨問題を吠える】(その2)
この寄稿集の使用ソフトが1度に1万語までとの制約がある為に2度に分けて掲載することに成り、今回は、その後編です。この真砂さんの論文を読み菅間先輩が下記コメントを送っておられます。『熊野からの大吠感銘を受けました。実に有意義な問題提起ですね。今まで捕鯨問題は知らないわけではありませんでしたが、水産庁にまで踏み込んだものは寡聞でした。この論文は我々だけでなくもっと世に知らしめるべきものだ、というのが私の感想です。』
菅間先輩のおっしゃる通り出来るだけ多くの方に読んで貰いたいとの気持ちから『私たちの40年!!』寄稿集にも収録させて頂いた次第です。
真砂さんからは、写真を一枚しか送って頂いていないので又GOOGLEでシーシェパードで検索して見つけた写真がこれです。
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【碓氷 茂】さんの生前の情報をお持ちの方はおられませんか? 内久根 節さんが知りたがっておられます。
『私たちの40年!!』ホームページを通じて長野県上田市にお住まいの内久根 節さんが何時も南米への移住者を送りだす移住監督官としてブラジル、アルゼンチン等に出向いておられた御尊父のお友達であった【碓氷 茂】さんの生前の情報をお持ちの方おられたら是非聞かせて欲しいとのご希望を寄せておられます。現在65歳になられている内久根さんが中学の頃のお話で時代と共に既に風化してしまっているかも知れませんがそれだけにもしやとの気持ちでこのホームページにお気持を寄せられたのではないかと思います。昔の話でインタネット等の資料として残っていない当時の話だけに情報収集は難しいとも思いますが、ブラジルへ移住して来られた方で移住監督官として同じ船でお世話になられた方が居られましたら是非ご一報下さい。お願いします。
写真は、内久根さんが送って下さった2009年度の上田市の「初雪」の写真です。
(注)その後内久根さんから碓氷 茂さんの写真を送って頂きましので差し替えて掲載させて頂きます。
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