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あるぜんちな丸第2次航の東 博之さんにお会いしました。
あるぜんちな丸は1958の処女航海から1971年の第40次航海まで合計10816人を南米に運んでいますが、私たちの第12次航より10航海前の第2次航海の先輩移住者の東 博之さん65歳にマナウスのリバーサイドホテルでお会いしました。昨年1月にリバーサイド訪問時には高橋 雄一さんに案内をして頂きましたが、今回は東さんにアマゾンの落日を見るために小舟で灯台の近くまで同船頂き色々お話を伺う機会がありました。
東さんもマナウスにある日系旅行社のATS-TURの日本人専用のガイドをしておられ仏式の葬儀を取り行う僧侶のお仕事、俳人としての趣味の世界と広い活動範囲をお持ちの方でした。
写真は、リバーサイドで夕食時に撮らせて頂いたものです。

一足先に第21回参議院議員通常選挙(在外選挙)投票に行きました。
第21回参議院議員通常選挙は7月29日に全国一斉に行われ自由民主党の大敗、民主党の参議院における第1党の結果で終了しましたが、日本を離れて45年になる日本で直接税を納めていない私も在外選挙の形で投票させて頂きました。MLにその在外選挙の様子を書き込み色々と物議を醸す結果となりましたが、その顛末を纏めてホームページに記録を残して置く事にしました。ご参加(ご発言)頂いた方に感謝します。今後も機会があればこの種討議も面白のではないかと思いました。
写真は、ポルトアレグレにおける在外選挙所になった日本国政府の持ち物であるクリチーバ総領事館出張駐在官事務所(元ポルトアレグレ総領事館)の建物です。


伯国の大地に生きる日本女性物語 (12) サンパウロ新聞WEB版より
掲題のブラジルの大地に生きる日本女性物語の北伯、東北伯編を書いておられる吉永拓哉記者の第12回に登場したのが同船者の黒田順子さん(旧姓谷)です。順子さんとはあるぜんちな丸の第12次航の船内生活以前に移住思想啓蒙遊説で九州を訪問した時にもお会いしている。谷家が一家を上げて移住して来た元凶が私だと云われており私なりに責任を感じその後のブラジルでの定着の過程を見守って来ているご家族の一つです。早稲田ゼミナールの予備校時代に机をならべ早稲田を目指し無事早稲田の政経に一緒に入学した谷 広海君のお姉さんです。谷家も長男の出治さん、4男の充浩さん、お母堂の薫さんが亡くなられています。順子さんのマセオの町の靴専門店で撮られた若々しい写真がサンパウロ新聞に掲載されていますが、もう70歳になられるのですね。ブラジルの大地に生きた同船者のお一人45年の歴史が刻まれています。


リオデジャネイロ州ブラジル日本移民100周年祭・日伯交流年実行委員会
2008年6月には、最初の移民船「笠戸丸」がサントスに到着して100年を迎えます。ブラジル各地で100周年祭を祝う諸行事が検討されており日伯交流年として2008年1年間を通じて日本とブラジルの繋がりを移民にスポットを当てながら広報していく計画でマナウスに置けるアマゾン河の船上会議でも日系6商工会議所でもどのような対応をしていくかが討議されました。パラナ州の上野アントニオ元連邦代議士からも色々なパラナ州内の行事が説明されましたが、サンパウロとは切り離した独自の100周年祭を計画、推進しているとの説明がありましたがリオ州でも具体的な日本移民100周年祭・日伯交流年実行委員会を設けて具体的な活動を展開しているとの事でPR用の小刷誌を頂きましたのでその表紙と中身を紹介して置きたいと思います。

難難辛苦の暴風雨に耐えて! サンパウロ新聞WEB版より。
サンパウロ新聞の山口貴史記者が取材にポルトアレグレに来られ大学も冬季休暇に入り週末を利用してけい子に運転させてサンタマリアまで皆で出かけた。お世話になった山本 豊子さん、ANDORE SOARESさんとは大阪の北辰書道会のブラジル支部サンパウロの石川爽香先生のお弟子さん同士で毎月大阪に作品を送っている仲間。山本さんに直接お会いするのは今回が始めてでした。雨のサンタマリアでは近くの2億年前の木の化石の町MATAも訪問し楽しい週末を送ることが出来た。山口記者がサンタマリア移住地の50周年関係の記事を纏めて掲載しておられるので皆さんにもご紹介して置きます。
写真は、前列にしゃがんだ山口記者と左端しにANDRE SARES先生ご夫妻、山本さん親子と私達の夕食後の記念写真です。

TAM航空のエアバスA320のコンゴニアス空港着陸失敗炎上、史上最大の航空機事故について。
7月17日午後、ポルトアレグレ空港を発ったTAN航空のエアバスA320の小雨降るコンゴニアス空港での着陸失敗、炎上ブラジル航空業界最大の犠牲者199人を出した大惨事に付いては、出発空港がポルトアレグレであった事から一躍有名?多くの皆さんにご心配をかけました。まだ犠牲者199人中21人の遺体確認作業が続いて居るとのことです。人の噂も75日とか云われ徐々に風化されて行くとは思いますが、『私たちの40年!!』MLLの書き込みを中心にこの大惨事の顛末記を記録に残して置きたいと思います。
写真を選択するのに困りましたが、矢張りZERO HORA紙のTOP PAGEを飾った犠牲者100名以上の写真を集めて掲載していたのをお借りし一人一人のご冥福を祈りたいと思います。

TAM航空のエアバスA320のコンゴニアス空港着陸失敗炎上、史上最大の航空機事故について。(続き)
今回のTAM航空の事故で日系人が8人乗っておられたとの記録が残っています。ブラジル三菱自動車の幹部写真、サンパウロ出身のリオグランデドスール州の連邦大学の先生をしておられた上田さん等が犠牲になられていますが、私が1988年に日本に案内し名古屋での万国家禽会議に参加、東京、大阪、京都、鹿児島等をご一緒したPENABRANCA社の当時副社長をしておられたRUBEM WIETHAEUPERさんと三女小百合の小学校からの同級生DIOG0 CASAGRANDE SALCEDOさんの親しい方が犠牲になっています。痛ましい限りで忘れれない事故となりました。未だに遺体の確認が出来ていないガウショーもいるとの事で一刻も早く安らかに眠って貰うためにも確認作業を急いで貰いたいと願っています。
写真は、色々あるのですが、矢張り親しく日本を歩いたRUBEMさんと霧島の温泉で浴衣で寛いで夕食を楽しんでいる右からPACHECOさん、私、在りし日のRUBEMさんの写真を選びました。

「鈴木悌一」 ブラジル日系社会に生きた鬼才の生涯
神戸一中の大先輩で作家田宮 虎彦先輩と同窓生の鈴木 悌一さんの鬼才の生涯をブラジル稲門会の先輩鈴木 正威さんが渾身の力を入れて書き上げられた著作の出版記念式が行われた。ブラジル稲門会の相田会長からも案内のお誘いを受けていたがポルトアレグレの諸行事と重なり参加する事が出来なかった。神戸高校の山下同級生リオの山下さんがこの出版記念パーテイに参加してその様子をしらせて呉れております。
500部の限定出版との事ですので早めに取り寄せたいと思います。鈴木先輩は、ポルトアレグレで法学部を卒業し弁護士の資格を取られたとの事ですので大学時代の様子を是非知りたいと思います。ポルトアレグレでの足跡が残っているようであれば調べて見たいと思います。
写真は、山下さんが送ってくれた本の表紙です。