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≪花嫁移住ブラジル生活五十年≫ バンクーバ新報紙掲載の丸木さんの寄稿です。
トロントにお住いの丸木英朗さんは、50年‼メーリングリストの主要メンバーとして色々投稿して頂いていますが、今回バンクーバ新報紙にブラジルのレシーフェ市にレストラン4軒を経営しておられる東北伯の歌姫、佐世保市出身の松本富子さんに付いて掲題の≪花嫁移住ブラジル生活五〇年≫を寄稿されています。松本さんは、英語の研修?に6か月間トロントに勉強に来ておられ丸木さんの世話で地元の日系の皆さんとの交流を楽しまれ最近ブラジルに帰国されたそうです。写真は丸木さんが地元のプロ野球チームのブルジェイスの試合見学に連れていかれた時の写真を送って呉れていますのでそれを使わせて貰いました。丸木さんの奥さんマリアさんと松本さんです。

新連載 桜井悌司さんの『ブラジルを理解するために』(その23−その25)
毎回BLOGで紹介し4回前後を1万語以内に納め40年‼寄稿集に掲載していますが、今回は、23‐25回までの3回しか掲載が出来ませんでした。
23回の【サンパウロ主要通りの由来から歴史を学ぶ】は、いかにも勉強家の桜井さんらしい話題で日常接する商用通りの名前から歴史を学ぶという接触の仕方は、大いに参考になります。またチリとブラジルに勤務経験のある桜井さん独特の【ブラジル人とチリ人】の比較論(第24回)も面白いです。サンパウロ勤務中に実現させた【サンパウロ日本産業見本市の思い出】(第25回)は、勤務中の忘れ難い出来事となったようです。写真は、第25回の日本産業見本市に清子親王を迎えて館内を巡覧するカルドーゾ大統領と清子内親王の写真を使わせて貰いました。すぐ横の御付きの方が若かりし頃の現クリチーバ総領事館の木村総領事のようです。

≪エベレスト街道トレッキング≫ 杉井さんからのお便りです。
『日本百名山登頂を達成したら世界一のエベレストが見たくなって急遽11/3 - 14エベレスト街道トレッキングに家内と行って来ました』と云う杉井さんのお便りを頂きました。日本百名山登頂の過程を何時も送って頂きFLWしてきましたが、今回のエべレスト街道トレッキングを40年寄稿集にも収録して置きたいと思い纏めて見ました。奥さんも同伴のエベレスト街道トレッキングは、日本百名山と違う意味で登山家としても忘れ難いものになったようです。私の3女小百合は、エベレスト界隈を1ヵ月間歩き回ったとの事で杉井さんと同じ街道をトレッキングしたのではないかと思います。
写真は、エベレストを背景にした多分奥様が撮った写真を使わせて貰うことにしました。

「雪だるまが笑った日」 川越しゅくこ
幾つも短編をMLに流して呉れて居り今回は『雪だるまが笑った日』と云う珠玉の短編を送って呉れています。男性社会?の中で育ったしゅくこさんの数少ない女の子のお孫さんとの心温まるお話です。
私にも孫が男ばかり3人と来年5月に4人目の孫(男)が生まれる予定ですが、果たして何時まで見守ってやれるか疑問ですが、その内、孫に手を引かれて訪日しおじちゃんの祖国日本を見せてやりたいと願っていますが、実現するでしょうか?孫たちの面倒を見ると云うより教えられる事、助けられることが多くなって行くのかも知れない。一足早く孫離れしたしゅくこさんの気持ちが伝わって来る。
写真は、7歳のお孫さんカリン(仮名)の雪だるまとの写真を使わせて貰いました。

麻生悌三のブラジル不思議発見 47 ≪ブラジルの幽霊≫ 
麻生悌三さんの『ブラジル不思議発見』が再開されてからの第2弾、その47です。題して≪ブラジルの幽霊≫です。貴方は、幽霊の存在を信じますか?霊魂に付いての考察は、信じがたい事実が存在することが語られています。ブラジルでは、大統領府に出る幽霊話以外に4ヶ所の幽霊が出る場所を明記されています。リベルダーデ広場の近くにある幽霊寺には行って見たことがあるが、薄暗く幽霊が出そうな場所で長居は、したくないイグレージャー(教会)でした。写真は、1971に191人が亡くなった火災事故を起こしたジョエルマビル後に建設されたビルに幽霊が出るとの事で麻生さんのサゼスチオンにより見つけた燃え続けているジョエルマビルの写真を使う事にしました。エレベータの中で灰になった19名の身元不詳の怨念が新しいビルのエレベータ内でうめき声がするとの事、安心して働けないですね。

『私たちの40年 ! !』発刊にあたって。
今年の5月11日で着伯40年を迎えます。『私たちの40年!!』をホームページに掲載にするにあたりその意義、意味するものを纏めてみました。
写真は、昨年4月に「笠戸丸」が1908年に出航した神戸メリケン波止場に建立された移民碑「希望の船出」を昨年6月初旬に神戸を訪ねた時に撮った写真です。我々のあるぜんちな丸第12次航もこの近くから出航しました。訪日の際には我々のスタート点として又子供たちにもルーツとして伝えて行きたい場所です。

渡伯40年後につくる“船内新聞” 62年5月11日着あるぜんちな丸 同船者どう歩んだか アンケートして記事集め 【ニッケイ新聞より転載】
昨年10月10日(水)付けニッケイ新聞に『私達の40年!!』に付いての記事が掲載されました。掲題の見出しと下記記事を参考に転載しておきます。
来年が着伯四十周年にあたる「あるぜんちな丸」第一二次航海初の同船者会実現に向けて、有志が動きだした。あるぜんちな丸がサントスに入港した日にちなみ、二〇〇二年五月十一日に記念式典を開催し、船内新聞の着伯四十年記念特別号を発行する。記念号作成にあたりアンケートを作成して同船者に配布、その回収を図る。

『おじちゃん達の60年!!』の資料作り開始。(20年後?)
『私たちの40年!!』は、使用語を日本語としておりますが、必要に応じてポルトガル語、スペイン語のと投稿分等も日本語に訳し記載していく積りです。これから20年後の『おじちゃん達の60年!!』作成計画では使用語がポルトガル語、スペイン語に変わり2世、3世のルーツ発見の形で受け継がれて行く事を願っており、2部作として完結する息の長い物として育てて行く積りです。写真は、昨年11月に結婚60周年を迎えられた北伯テメアスー移住地にお住まいの佐藤正一郎さん邦子さんのダイアモンド婚式に同じ移住地に住む同船者海谷ことさんの御三人で合計なんと255歳の熟年同船者です。

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