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伯国最南端の地に根下ろしたジャポネース サンパウロ新聞WEB版より
先般リオグランデドスール州に取材に来られたサンパウロ新聞の山口貴史記者は、意欲的に取材をされブラジルの最南端シュイまで足を延ばされたようです。サンタビットリアドパルマールと言われる南端の街に米作り(水田)を目指して入植した刀称一家のお一人です。刀称さんご一家は、あるぜんちな丸第6次航で着伯されお兄さんに当たる刀称康弘さんは、南日伯援護協会の会長としてポルトアレグレ総領事館廃止反対のキャンペンの先頭に立ち頑張っておられたが健康を害し急逝、志半ばで惜しまれて先立たれました。お父上の勇さんは、南伯の長老としてサンパウロにおけるNHKのど自慢大会に最年長者、最遠隔地からの参加者としてシュイの町でドラム缶の五右衛門風呂に入っている所が紹介され一躍有名になられました。今回、ブラジルの最南端のシュイの町に住む唯一の日本人としてサンパウロ新聞に太さんが紹介されたことは大変嬉しいことです。
写真は、矢張り山口さんが撮られたサンパウロ新聞掲載のものを使わせて頂きました。
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ブラジルも揺らす「サブプライム旋風」 2007年8月16日 渡邉裕司
グロバリゼション下の世界の経済の動きは、『風が吹けば桶屋が儲かる』とか中国の上海の株式市場がくっちゃみすれば世界中の株式市場が影響を受けると言われていますが、今世界的な金融恐慌をもたらしかねないアメリカの『サブプライム旋風』に付いてbatepapoのメンバーである渡邉裕司さんにお願いして書き下ろしの時局解説をお願いしました。分かり易くブラジル経済の現状、特に今後はどうなるかと言った点も含めて纏めて頂きました。今後も大きなうねりの時期には適宜、渡邉さんに時局解説をお願いして皆さんにもご披露して行きたいと思います。
写真は、渡邉 裕司さんの近影です。
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CANSEI運動について少し説明させて下さい batepapoメンバーの西郷さんの書き込みです。
サンパウロの日本商工会議所のコンサルタント部会のメンバーを中心とした自由闊達な本音の書き込みが飛び交うメーリングリストBATEPAPOに西郷勝弘さんが書き込んだCANSEI(疲れた)運動を紹介したいと思います。
このCANSEI(疲れた)運動は、ブラジルの現状に疲れてしまって、好い加減にして呉れよとの国民の自発的な願いを込めた運動でサンパウロから始まりブラジル全国に広がっている。
西郷さんは、福岡県出身の62歳。元三菱重工のブラジル現地会社CBCに1975年から1983年まで駐在員として勤務しておられましたが帰国命令が出て一旦帰国、ブラジル大好きで三菱重工を自己退職してご家族揃ってブラジルにUターンして来られた。現在はサンパウロでMIRACLON商事とMIRACLON旅行社を手掛けておられます。
写真は、お友達の別荘の池で太公望を決め込み大収穫にご機嫌の一枚を送って頂きました。
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井上祐見という不思議な歌手 【ニッケイ新聞特別コラム】
来年2008年に日本移民100周年を迎えますが、コロニアが生んだ演歌歌手井上祐見さんも南米公演10周年を迎えます。『ソウ・ジャポネーザ』のコロニアでは知らない人が少なくなって来ている井上さんのオリジナルヒット曲に来年は又新曲【笠戸丸】を引っ提げて来伯されます。戦後移民50周年記念に初めて唱われた『ソウ・ジャポネーザ』を聞いて感激し翌年の2004年、2005年と2年続けてポルトアレグレに来て頂きカトリック大学の日本文化センター主催で唱って頂きました。10年目の来年には是非又3回目のポルトアレグレ公演をお願いしたいと思い引く手あまたの激戦の中をマネージャーの中嶋年張さんを通じて今からお願いしています。ポルトアレグレの総領事館は、クリチーバ総領事館の出張駐在官事務所に格下げされ100周年記念事業もこれと云ったものがないだけに井上祐見公演を是非とも実現させたいと願っています。井上祐見南米公演を支援しておられるニッケイ新聞の深沢編集長が特別コラムとして書いておられる内容は、井上祐見の不思議さを言い得て妙です。写真は2005年にポルトアレグレに来られた時に撮らせて頂いたものです。
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チェ・ゲバラの夢と現(うつつ)〜革命に生きたフィデルの盟友 JETRO渡邉所長の書き下し原稿
JETROサンパウロの渡邉所長より掲題の原稿を写真と共に送って頂きました。ペルー駐在中の2003年に大学時代から一度は訪問したいと思っていたチェ縁の地を訪ねられた時の思いでを語ってくれています。
キューバ革命が起きた1959年に早稲田に入学、60年安保闘争に明け暮れた当時を思うとカストロ、チェは当時の学生の憧れの人物であった。政治への挫折、移住と言う人生の選択を選んだ私の人生にも影を落とした英雄の最後を知る事が出来再度ボリビアに出向く機会があれば行って見たい場所となった。
写真は、若い頃の英雄2人の写真、チェの遺体も送って頂いているのですが敢えてこの欄では渡邉さんの旅の写真の一枚を使わせて頂きました。
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着々すすむ八角堂建設=ラーモス移住地=
リンゴが取り持つ縁で青森県と姉妹県提携をしているお隣のサンタ・カタリーナ州にセルソ・ラーモスという移住地がある。私がポルトアレグレの総領事館に勤務していた頃に良く訪問したしその後も機会有る毎に訪問しているが今年のカーニバルの季節に小川さんの長崎の鐘がある『平和の鐘公園』を訪問した。その時に建設中の橋の近くにこの八角堂を建設していた。9月7日のブラジル独立祭の前後に毎年桜祭りをしており、それに合わせて完成させるとの事でしたが、今年のラーモス移住地の桜祭りには是非行って見たいと思っています。
八角堂は、日本の草の根無償資金の援助が呼び水となり地元の皆さんの努力で実現したとのことですが、ラーモス移住地の村おこし農村観光、観光物産の販売は、地元でも評判になる事でしょう。既にリオ、サンパウロから観光バスで長崎の鐘を設置した『平和の鐘公園』訪問が頻繁になっていますが、この八角堂の完成で更に訪問者増える事でしょう。
写真もニッケイ新聞からお借りしております。9月に現地訪問する機会が有れば完成した八角堂の写真を披露しましょう。
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「慶長遣欧使節の謎」 富田 眞三さんの連載(その2)
富田 眞三さん(早稲田大学海外移住研究会先輩=現在テキサス州サントアントニオ市在住)が書かれた歴史的考察「慶長遣欧使節の謎」(その2)を掲載して置きます。数年の歴史書を中心とした文献の調査と分析、日本史、世界史との交錯を解きほどき纏めた力作は、「一生に一冊は本を書く」という仕事を成し遂げられた満足感をお持ちになられたのではないかと思います。(その3)完結編を続けて掲載する予定です。
写真も富田さん提供のものを下記説明と共に使わせて頂きました。
写真説明:千葉県御宿町のメキシコ記念塔(日西墨三国交通発祥記念之碑)。
1609年10月のサン・フランシスコ号の漂着を記念して、建てられた。漂着して、身体が冷え切っていたスペイン、メキシコの船員たちを、ところの漁村の女たちが自らの身体で温めて救助したと、メキシコではいまだに語り継がれている。
尚、記念塔が立つメキシコ公園の開園式のテープ・カットは、わが国を公式訪問中のメキシコ大統領ロペス・ポルティーヨ氏が行った。
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山下晃明のブラジルで損せぬ法(231)(232)(233)及び(234)3月号/4月号/5月号/6月号
今回は、4ヶ月分を一挙公開です。いつもは2ヶ月分程度しか掲載出来ないのですが、4月号は、大変参考になるブラジルの世界ベストテン(1)から(5)までの5ページをソフトの関係で掲載出来ないこと及び5月号のアルゼンチン・ブラジル・メキシコ3国の過去20年間の貿易収支推移を示すグラフがソフトの関係で表示出来ず本文そのもののみとなり4回分を一挙公開出来る事になりました。内容そのものは非常に興味深いものですが肝心のベストテンのリスト、3国比較グラフ等をご披露出来ませんでした。
6月号では、前立腺肥大の治療のため人生に置ける強制休暇を日本の病院で取り手術後の入院生活、夏場所を始め日本のTV番組、ブラジルの病院との比較論、はしかの流行から憲法改正問題、ブラジル現地通貨レアルの高騰と日本円の下落による日伯物価比較論と話題が飛ぶ。
元気になった彼とリオで一杯遣りたいと思っていますが、写真は訪日前の3月にリオでご一緒した時に撮らせて貰ったものです。
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