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インテル悲願の世界一!! メール、blog掲載のインテル関係語録集。
サッカー王国ブラジルのドイツワールドカップでの無様な敗退により今年はブラジルサッカー界では不信感も漂う中、DUNGA新監督が就任後5勝1引き分けで面目を保っていますが、ポルトアレグレに住む我々に取ってはダークホース、番狂わせを狙う、世界一の豪華選手団を誇るバルサには叶わぬと日本の90%以上がバルセローナ優勝を信じ応援していた中をロナウジンニヨーの封じ込めに成功したインテルがキャプテンのフェルナンドンに変えて投入したアドリアノ・ガビルが唯一のチャンスを生かし落ち着いて決勝のゴールを決め虎の子を守りきっての悲願の優勝を遂げ2006年最後の締め括りとも云える嬉しい結果をもたらしインテルのポルトアレグレへの凱旋の日は特別祝日なるのではないかと思います。凱旋パレードには是非参加したいですね。
写真は、矢張り第1戦の初ゴールを決めたパット君の写真を北川プロから送って頂いたものからお借りしました。

特定非営利活動法人 NPOチャレンジブラジルとは。
25年間続いた日本ブラジル交流協会のブラジル研修生制度が頓挫しており来年からは、テストケイスとして4月から5-6名の引き受けをブラジル日本交流協会として再開し2008年度から正式派遣引き受け制度を継続するとのことですが、『私たちの40年!!』の画像掲示板に下記書き込みがありました。この書き込みでテク亭非営利活動法人 NPOチャレンジブラジルと言うサンパウロ新聞の編集長である鈴木雅夫さんが理事長をしておられる団体の存在を知りました。
勉強不足で恥ずかしい次第ですが、日本の若者にブラジル移住と言う一つの人生の選択が存在する事を一人でも多く感じてもらうチャンスを提供するこれらの地道な活動が継続していく事を切に望むものです。
写真は、話題の発端となった宮本 修さんです。

ヴィッセル神戸一部リーグに復帰を果たす。
一部リーグ復帰を果たしたヴィッセル神戸の松田 浩監督は、横浜で世界一のクラブになったポルトアレグレのインテルナシオナルのジュニオレス(20歳まで)のチームで現在ブラジル選抜軍の監督をしているヅンガ選手と一緒にボール蹴りをしていた。日本ブラジル青少年交流協会の第1期生として筑波大学サッカー部を代表してインテルに研修に来ていた。従い彼とは26年の長い付き合いとなる。
昨年も福岡の博多の森までアビスパ福岡を応援に行った。アビスパ福岡を一部リーグに復帰させながらこれと言った補強もなく無謀なJリーグ一部での苦戦で勝てないチームの責任と取らされいち早く解雇された。捨てる神があれば拾う神もある。古巣のヴィッセル神戸に戻りJリーグの入れ替え戦の神戸の指揮を執り皮肉にも自分がJ1に昇格させた福岡を再び2部に突き落としての復帰、複雑な気持ちだっただろう。メーリングリストより転載、収録して置く。
写真は、昨年福岡で夕食を一緒した時のものです。

厳しいルール課して地球の旅 感動の一期一会の出会い サンパウロ新聞WEB版より。
サンパウロ新聞に古屋宏貴さんご夫妻の全世界踏破を目指す旅に付いての報告がWEB版に掲載されていました。40数年前の学生移住者として中南米7ヶ国を回った頃の事を思い出す。同じ場所に1週間以上滞在しない。原則ホテルには泊まらない。飛行機を除く有りとあらゆる乗り物に乗っての旅、砂糖黍畑の中のトロッコ、牛車、カヌー、雨でバスが走らなくなり27kmの泥道を歩いて到着した移住地。アビアドールと呼ばれるアマゾン川の行商船、鰐皮をトラックの荷台の下に敷いて隠し上にピラルクの乾し肉を乗せたベレンーブラジリアの国道14号線の旅(途中で道を直し橋を造り一部はブルドーザに引っ張って貰う箇所もあった)、若いから出来た、耐えられた忘れられない旅を古屋さんご夫妻が思い出させて呉れた。二人だから出来る残りの旅、行き残しの国にはお子さんを連れての旅を続けたいとの意気込みに幸あれと祈りたい。
写真もサンパウロ新聞のものを使わせて頂きました。

真砂 睦の「おいやんのブラジル便り」最終回(その90とそれ以前)
JICAの専門ヴォランタリーとしてサンパウロに3年近く勤務中に忙しい仕事の合間に郷里の和歌山県田辺市にある地元紙黒潮タイムスに掲載しておられた「おいやんのブラジル便り」の第90回(最終回)が届きました。何時も原稿を書くのにネタ不足で四苦八苦しているといいながら90回も良く書き続けたものと感心する。一つの話題を必ず1ページに纏め挙げる推敲に推敲を重ねた文は多くの人を引きつけた。字が小さい、行間が詰まっているとのコメントも有り皆さんに送る時には字を多きくし適当な所で行を明けて送ったりした。「おいやんのブラジル便り」を楽しみにしておられた方にはこれが最終回となります。彼のブラジル人気質に付いての総まとめ、どうして『ブラキチ』が生まれるのかの考察は長くブラジルに住んでいる我々がなるほどと納得する説得力がある。真砂さん長い間有り難う御座いました。『この国に再び帰って来るという希望を捨てない。また会おうぜ、ブラジル!』お待ちしています。
写真は真砂さんご夫妻の帰国歓迎会の際に撮られた早稲田の海外移住研究会のメンバーの皆さんとの記念写真です。

笠戸丸第一回移民物語 サンパウロ新聞WEB版より
ブラジル移民に付いて幾らかでも興味をお持ちの方は、笠戸丸の名前はご存知だと思います。数奇の運命を辿った笠戸丸ですが、第1回移民781名(自由渡航10名を含まない)の出向当時から到着迄の歴史には興味を抱きます。つい先日唯一の笠戸丸移民の生き残りであった中川 トミさんが亡くなりました。
2008年のブラジル日本移民100周年を迎える当たり笠戸丸は、これからも色々な形で出て来ると思いますが、今回サンパウロ新聞に記録映画を製作中のFDP記録映画製作所取材の掲題の記事がWEB版に掲載されていましたので各国の移民の歴史欄に収録して置きます。
(写真=神戸市の移民宿屋のポスター)


山本喜誉司賞に輝く篤農家達 サンパウロ新聞WEB版より。
ブラジル日本人コロニアにおける各種賞の中で一番権威が有る賞と言える農業界での篤農家に送られる山本喜誉司博士賞は、最高の栄誉です。山本喜誉司博士は、東山農場の支配人としてコーヒーに付くウガンダ蜂に関する研究成果で母校の東大より博士号を得ている学究の徒でもあり、1955年にサンパウロ日本文化協会(文教)を創立し3年後の日本移民50周年祭をコロニアの総意で実現させる事により戦後の混乱期を終結させたコロニア天皇とまで云われた実力者で1963年没後彼を記念して山本喜誉司賞が設立された。今年も5人の特異な篤農家が選ばれサンパウロ新聞でそれぞれの受賞者を紹介している。
写真は、蘭栽培を現役で行っている高梨一夫さんのものをサンパウロ新聞よりお借りして使用させて頂きました。

『実業のブラジル』誌に9月号から南伯便り 【南の国境から見たブラジル】を掲載しております。
神戸高校の同級生山下晃明さんの『実業のブラジル』誌の超ロングラン【ブラジルで損せぬ法】をこのHPでも紹介しておりますが、彼の誘いを受け私も同誌に9月号から1ページの【南の国境から見たブラジル】と言う欄を担当し毎月連載で南伯便りを執筆させて頂く事になりました。何時まで続くか分かりませんが、書くのは結構好きな方ですので楽な気持ちで南伯便りを送る事にしました。9月号からの掲載され始めた南伯便りその1として6回分2月号までをこのHPにも収録し残して置くことにしました。
写真は、『実業のブラジル』ブラジルと日本の産業・経済を結び人生の幸福と豊かさを考える月刊誌の9月号表紙です。