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『おじちゃん達の60年!!』の資料作り開始。(20年後?)
『私たちの40年!!』は、使用語を日本語としておりますが、必要に応じてポルトガル語、スペイン語のと投稿分等も日本語に訳し記載していく積りです。これから20年後の『おじちゃん達の60年!!』作成計画では使用語がポルトガル語、スペイン語に変わり2世、3世のルーツ発見の形で受け継がれて行く事を願っており、2部作として完結する息の長い物として育てて行く積りです。写真は、昨年11月に結婚60周年を迎えられた北伯テメアスー移住地にお住まいの佐藤正一郎さん邦子さんのダイアモンド婚式に同じ移住地に住む同船者海谷ことさんの御三人で合計なんと255歳の熟年同船者です。
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あるぜんちな丸第12次航同船者名簿からみえるもの。
681名のあるぜんちな丸第12次航同船者名簿(戦後移住者名簿=海外移住事業団作成)からなにが見えるか?出身県別では41%の279名が九州出身者で締め長崎県から実に160名が移住している。移住先国別では、ブラジル473名、ボリビア100名、アルゼンチン40名、パラグアイが68名となっている。移住形態別では、産業開発青年隊、コチア青年、花嫁移民、野球移民、単身呼び寄せ移民、海外協会連合会の計画移住地への入植者等多士済々を誇る戦後移民の一つの縮図を見る事が出来る。写真は岸壁のあるぜんちな丸で現在北海道夕張郡にお住まいの藤岡和弘さんが横浜出航前の1962年3月31日に撮られた写真をお借りしました。
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あるぜんちな丸移住助監督上園義房さんの寄稿。
昨年6月に『私たちの40年!!』作成企画を始めて関係者の皆さんに原稿をお願いして逸早くそれに応じて原稿を送って下さったのが私たちの移住助監督官をして下さった上園 義房さんでした。嬉しくて嬉しくて何度も読み返し早速御礼の手紙を認めその後も何度も交信、励ましと助言等を頂いてきました。今後とも是非私たちの事を温かく見守って下さい。有難うございます。下記のとおり原文をタイプアップしておきます。写真は寄稿文と共に送って頂いたものです。
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小雨のベレンで下船された同船者を訪ねての旅。
1月16日から21日まで北伯のベレンで下船された同船者31名の動向を訪ねてベレン、トメアスー(40年ぶりの訪問でした)、カスタニャール、アバエテツーバ等を訪ねました。記録映像作家の岡村 淳さんにも同行して頂き『40年目のビデオレター』北伯編として現在纏めて頂いていますが、トメアスー文化協会頴川会長宛の御礼の手紙の型で皆さんにもご紹介します。添付の写真は、和田が40年前に途伯送別会で皆から貰った日章旗への寄せ書きでこれがトメアスー文化協会の移民資料館に飾られていたものを撮ってきたものです。当時これを見た友人が『和田さんもいよいよ歴史上の人物に成った?』と冷やかしてきたもので40年振りの対面をして来ました。
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田代恵美子さん(旧姓佐藤)の若き頃の新聞投稿記事より。
今年1月にアマゾンを訪問した際にベレン郊外のカスタニャール市に住んでおられる田代恵美子(旧姓佐藤)さんのアルバムに大切にファイルされていた黄色く変色した小さな字の秋田県で発行されている秋田魁新聞の67年度の記事をお借りしてきました。田代夫人は現在51歳ですが投書された時は、着伯後五年目にあたりお下げ髪のあどけない写真が掲載されています。原文のまま下記しておきます。
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モグリ同船者??!! 谷 広海さんの投稿。
モグリ同船者の谷 広海さん(御家族の宮崎県出身の谷一家8名の次男坊で大学最終学年が残って居たために日本に居残ったがあるぜんちな丸第12次航の移住者の中に紛れ込み横浜から神戸までの無賃乗船した一日間のモグリ同船者)の当時を偲ぶ楽しい原稿が寄せられているのでご披露します。掲載写真は、谷さんが早稲田大学の海外移住研究会の仲間と撮った40数年前の写真です。
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