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体小さき人々の小幅だが確実な歩み(その1―3)赤嶺 尚由さんのサンパウロ新聞への寄稿文です。
元邦字新聞の記者をしておられた赤嶺 尚由は、今でも邦字新聞に政治・経済論評、紀行文等を寄稿しておられ『私たちの40年!!』でもこれまでに色々掲載させて頂いております。今回は、ブラジル東北伯のレシーフェに弁護士をしておられるご子息と出掛けられ30年前に書いた一文への赤嶺さんらしい思い入れと愛情を持って表現されている【体小さき人々】への考察と30年間持ち続けた疑問符の解明を彼等に対する鎮魂歌として書き残したいとの気持ちで現地まで出掛けられて書き綴った紀行文をお借りしてご紹介させて頂きます。
写真は、各文章の最後に説明があり得難い写真を送って頂いておりますが、矢張り最後のレシーフェの町を代表するBOA VAIGEMの海浜の写真を使わせて頂きました。レシーフェは、珊瑚礁を意味しこの海浜に長く広がっている感じが良くでた写真です。

体小さき人々の小幅だが確実な歩み(その1―3)赤嶺 尚由のサンパウロ新聞掲載記事に対するコメント集です。
赤嶺さんが書かれた紀行文の3回に渡る連載記事を寄稿集にも掲載させて頂きましたが、これを読まれたbate-papoの仲間の皆さん、工藤さん、西郷さん、陣内さん等のコメントが届いています。本来なら赤嶺さんの寄稿集掲載箇所の一部として紹介するべきなのですが、何しろ3回で9500字に達しており使用ソフトの関係で無理ですので新しくコメント集を設けました。
従い赤嶺さんが送って呉れていた2枚目の写真、<七、八百人のアノンやアナンたちが村落を造り、民芸品などを観光客に売って、五体満足の人たち以上に頑張って生活しているグラバター市の遠望です。>を使用させていただきます。

桐井 加米彦さんの随筆集より『小倉百人一首』その成り立ちについて。
『私たちの40年!!』HP開設当初からですので既に5年近く前から色々お世話に成っており別府で2度お会いしている元高校教師の桐井 加米彦さんのHP『詩とエッセーの広場』の最新更新に『小倉百人一首』の成り立ちについてと100首を番号順に網羅したものが掲載されていましたので全文をお借りして寄稿集にUPして置きたいと思います。
耳に心地よい音楽と訪れる人に安らぎを 去りゆく人に幸せをとのメッセージと共に気持ち良い時間を過ごさせて呉れるHPは一服の清涼を感じる珠玉のHPです。奥様の育枝さんの水彩画も見応えがあります。是非ご訪問下さい。
www.oct-net.ne.jp/~k-kirii/
写真は、奥様の作品水仙をお借りしました。

麻生太郎外相が来伯 貴重な「善意の含み資産」 麻生外相文協で日伯関係で講演 サンパウロ新聞WEB版より
麻生太郎外務大臣が9年振りの現職外務大臣として(前回は小渕恵三外務大臣=当時)来伯、リオ、サンパウロ、ブラジリアでの公式訪問と来年100周年を迎えるコロニアの各界の皆さんと寸刻を惜しみ交流をされたようです。サンパウロ新聞のWEBによる報道からトヨタの工場視察、東山農場見学、今、流行のエタノール工場の見学等をこなし来年笠戸まる移民がブラジルに到着して100年を迎える日系コロニアにたいし、「日系人が培ってきた『善意の含み資産』を日本として生かさない手はない」と、最高の誉め言葉を贈った。
今後の日系社会への協力は、日伯国会議員連盟会長、日伯交流年実行委員会名誉会長等の要職にもある事から大いに期待出来る。
写真は、サンパウロ新聞掲載のものです。

パラナの空に虹をかける=日伯交流年事業「逢いたくば」=写真展を1万個の風車=
ブラジルの日本移民100周年にあたる来年2008年には各地で様々な行事、式典が予定されていますが、パラナ州の北パラナではローランジャのパラナ100周年式典にあわせてパラナの空に風車の虹のアーチをかける計画が進んでいる。
日伯交流事業「逢いたくば」を展開する写真家の八木仁志さん(ヴィーナスジャパン代表、日本写真家協会会員)が撮影したパラナ州の移住者・日系人の写真展とあわせ、風車(かざぐるま)で、ローランジアのパラナ百周年式典会場に虹色のアーチをかける構想だ。
写真家の八木さんは、パラナ州の日本移民100人を対象とした写真を撮り終えておりこの写真展を日本とブラジルの国旗、桜の3種類の風車を1万個作り風車の虹のアーチをかけると張り切っておられる。
「逢いたくば渡りてこいよ虹の橋」とクリチーバの大崎千代枝さん(92歳)が唱ったのがこのプロジェクトのコンセプトになっているとの事でクリチーバでも同じ虹の橋を架けたいとのことです。笠戸丸移民の唯一の生存者であった中川 トミさんの写真を含む移民写真展は、日本の3都市でも開催を計画している。
写真は、虹の橋完成予想図です。

深刻な爪跡残すペルー大地震 サンパウロ新聞WEB版より
日本の台風、地震も大変ですが、先般のTAM航空のサンパウロの国内線空港、コンゴニアスの犠牲者199人を出した大惨事に引き続き今回は太平洋側のペルーで地震が起き500人以上の犠牲者が出ています。犠牲者の中にも日系2世一人が含まれているとのこと、町の半分以上の家屋が倒壊したり600人も収容していた刑務所が地震で遣られ殆どの受刑者が逃げ出したりまた水不足、食糧、医療不足でエピデミア(大量伝染病)等の発生の可能性もあるとかで心配されている。いち早く世界各国からの救援物資が届き初めているようですが、天候不順と共にこの天災は避けがたいものなのでしょうか?
一つの出来事としてサンパウロ新聞のWEB版よりお借りしてペルー地震の報道を記録として残して置きたいと思います。
写真もサンパウロ新聞掲載のものです。

ブラジルの再会で深まった友情の絆 サンパウロ新聞WEB版より
先般、現職外務大臣として来伯し話題をまいた麻生 太郎外務大臣は、帰国と同時に安倍改造内閣の要自民党の幹事長に就任し安倍内閣を支える事になったようです。これで次期内閣総理大臣に一番近い位置に着いた事になりそうです。日伯国会議員連盟会長、日伯交流年実行委員会の名誉会長職は継続して行く事になるのでしょうから来年の100周年事業には自民党幹事長としても尽力頂きたいものです。
ブラジルサンパウロ出身の国際青年会議所(JCI)事務総長の児玉明敏エジソン氏が旧知の麻生外務大臣とブラジルで会うためにアメリカから帰国、非公式に面談する機会があったとのことです。児玉氏は、「例えば、鹿児島出身者への贈り物だったら、桜島の灰を薩摩焼の壷にブラジルに持ってくる」と具体性を示した提案を麻生大臣にお願いしたそうです。
写真は、サンパウロ新聞に掲載された旧交を暖めるお二人です。

富田 礼子さんからの画像掲示板への書き込みがありました。(続編2)
前回、掲題で続編まで寄稿集に掲載しましたがその後小山さんの当時の邦字紙に掲載された記事の転送、山添さんから当時の関係者(船で一緒に勤務されたいた仲間の方)等の証言も含めた詳しい話がメーリングリストに寄せられていますので(続編2)として掲載して置きます。新しい事実として礼子さん達のお母さんの敏子さんは、必死の捜索の結果無事見付かり死化粧をして貰い棺に入れられて最寄りのレシフェに港に下ろされその後、遺骨が日本に送られ栃木に葬られている事、お父さんの昭一さんは、トメアスのお墓に納まっている事が判明しており礼子姉妹が是非遺骨を日本に持ち帰りお母さんのお墓に納めて上げたいとのことで来伯を予定しておられる。
写真は、礼子さんより送って頂いた第2トメアス移住地で撮られた昭和40年7月のご家族の写真で7ヶ月の礼子さんがお母さんに抱かれています。お兄さんの裕夫さんが3歳だったそうです。