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あるぜんちな丸第12次航乗船者名簿(海外移住事業団作成)ブラジル以外の国編
あるぜんちな丸第12次航のブラジル以外のボリビア、アルゼンチン、パラグアイに入植された皆さんの名簿です。アルゼンチンのガルアッペス移住地に入植された同船者の皆さんの消息、動向が掴めておらずJICAのアルゼンチン支部等にも連絡していますが今だ掴めておりません。その内一度出向いて見たいと思っております。ボリビアのサンパフアン移住地に入植された皆さんの消息、動向は日ボ協会事務局に勤めておられる同船者の本多桓三郎さんが詳しい資料を送って下さっているので一番しっかりした資料となっております。それでも日本に帰国された方達のその後の消息まではトレースできないのが現状で口伝えの情報を基に充実させて行くより方法がない様です。掲載写真は、40年前の横浜から乗船された皆さんの横浜移住斡旋所前で撮った記念写真です。

あるぜんちな丸第12次航物故者名簿(5月1日確定判明分)
あるぜんちな丸第12次航で40年前に南米に着いた681名の同船者の2002年5月1日現在で確定判明している物故者名簿を掲載して置きます。元気であれば既に100歳を越しておられる方もおりますが、確実に亡くなられたとの確認があった方だけをリストアップしております。消息、動向が掴めず確認が取れない家族、日本に帰国されてそのまま音沙汰がない方等々不備な名簿となっておりますが、5月12日の同船者の集いの日に出来るだけ多くの皆さんの消息が掴めればと期待しております。これらの同船者の皆さんの冥福をお祈りしたいと思います。合掌 掲載写真は、今年1月にアマゾンのトメアスー移住地を訪ねた時に私たちの同船者で着伯後マラリアで僅か2ヶ月で亡くなられた海谷千栄子さん当時21歳のお墓にお参りした時に撮ったものです。

移住輸送監督官の伊藤敏夫さんと助監督の長沢亮太さんの横顔【船内ニュースより転載】
1962年4月18日水曜日の第12号船内ニュース さくら に移住輸送監督官の伊藤敏夫さんの「横顔」として次の記事が掲載されております。又1962年4月22日日曜日の第16号船内ニュース さくらに助監督の長沢亮太産業開発青年隊隊長が紹介されております。残念ながら上園義房助監督他の皆さんを紹介している新聞が欠落しており一緒に紹介出来ないのが悔しいですが何所かに残っていないものでしょうか?新聞には誰が書いたのか伊藤監督官の似顔絵も出ておりますので一緒に転載しておきます。

あるぜんちな丸第十二次航機関長の山根裕さんと事務長の中村武雄さんの横顔【船内ニュースより転載】
1962年4月19日も木曜日の第13号船内ニュース さくら にあるぜんちな丸機関長の山根裕さんの横顔が紹介されております。更に1962年4月21日土曜日の第15号船内ニュース さくらにあるぜんちな丸事務長の中村武雄さんが紹介されております。残念ながら仁平仁平船長、1等航海士等当然紹介されている皆さんの新聞が欠落しておりご紹介出来ないのが残念です。寄稿文の欄には、船関係では二等航海士の吉川誠治さん、二等機関士の高根健次郎さん、次席事務員の広野信行さん、調理員の宮路伸佳さんより貴重な原稿を頂き掲載させて頂いております。是非お読み下さい。似顔は、少し見辛いですが中村事務長です。


炭鉱地帯や神戸を取材 岡村さんあ丸12次航海を追う【ニッケイ新聞よリ】
40年目のビデオレター製作で『私たちの40年!!』に協力頂いている記録映像作家の岡村さんは、その第一部にあたる「アマゾン編」の日本での編集作成のために一時帰国されておりましたがその機会にあるぜんちな丸第十二次航の帰国同船者の動向、炭鉱離職者のルーツ、神戸、横浜の移住斡旋所他、関係の場所を取材し記録映像として収めてこられました。5月12日の四十年祭に既に完成しているアマゾン編と共にこの日本の最近の様子も上映して頂く予定で楽しみです。5月3日(金曜日)のニッケイ新聞に掲題の見出しで次のような記事が掲載されておりますので転載させて頂きます。写真は、ニッケイ新聞の切り抜きです。

浅草ロック座ブラジル親善公演【平成13年3月17日ポルトアレグレ公演】
浅草ロック座(斎藤千恵子会長主宰)は、伝統文化国際交流研究所の尽力によりブラジル親善公演を実施されポルトアレグレにおいても16日夜と17日午後2度に渡る熱演を繰り広げ江戸の伝統と東京のモダン浅草大衆芸能を堪能させて呉れました。浅草ロック座に同行しておられたノンフィクション作家の神山典士さんよりブラジル公演に付いて書かれた新聞記事(毎日新聞と週間実話)を送って戴きましたので掲載して置きます。写真は、ブラジル親善公演に寄せる斎藤千恵子会長のご挨拶文です。

『私たちの40年!!』実施実行委員会連絡事務所 
『私達の40年!!』の行事のハイライトとして5月12日(日)の母の日にサンパウロの静岡県人会館をお借りして40年祭を実施しますが、その最後の打ち合わせの会合が5月7日に開かれます。出席者の確認(現在の所確認者70名)、招待客への通知、当日の式次第、会場の設営、各人の分担、必要備品の準備、昼食の注文、映像関係機器、カラオケ設備の準備その他100名からの集まりでもあり、最後の詰めが必要となります。楽屋裏をお見せするようですが、サンパウロの皆さん宛ての事務連絡を掲載して置きます。写真は、船内新聞特別号に替わる『私達の40年!!』HPのアドレスを知らせるゴミ袋の写しです。

『海外雄飛の民族ロマン』長澤亮太 産業開発青年隊隊長兼あるぜんちな丸第12次航移住輸送助監督
『私達の40年!!』HPの第83号寄稿文は、産業開発青年隊隊長兼あるぜんちな丸第12次航助監督の長澤亮太さんの登場です。現在産業開発青年隊の40年の歴史を執筆中のお忙しい中、私達の為に特別書き下ろしのメッセジを日伯交流協会事務局を通して寄せて戴きました。長澤隊長が長年の理念として実践して来られている海外雄飛の民族ロマンの先鋭隊として私達は、頑張って来ました。「開拓は百年の計。一世が耕し、2世が種を蒔き、3世が収穫する」私達はまだやっとブラジルの地を耕し始めた所でしょうか?道半ばを感じますが、倦まず弛まず前進していきましょう。(なんだか40年前の船内新聞論調?になってきましたね。苦笑) 40年前の若き長澤隊長の誰が描いたかまだ発見出来ていない新聞に掲載されていた似顔絵です。