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神戸高校の級友 角 興三さんの自分史エッセイに書かれた神戸高校時代。
姫路駅から姫新線で西北西に走った津山近くの田舎町林野から越境入学で神戸高校に進学した角興三君が、【自分史エッセイ】をHPを開設し毎月更新を続けておられます。
我が多感な青春の一時期に級友の永田君と一緒に彼の郷里を訪問したとの記述もあり、懐かしい思い出です。記憶抜群、高校受験時代から当時の神戸高校での生活を活写している彼のHPの【高校受験】、【地獄坂の風景】、【鬼とハナヨと猿田彦神】の3編を彼の好意で収録させて貰うことにしました。
大阪から神戸に近づくと六甲の山並に今も聳えて見える神戸高校の校舎は、帰郷時に何度か訪問しましたが青春の思い出が詰まっている懐かしい場所です。興三さんの記述を読みながら暫し往時を偲びました。神戸高校、早稲田と日本で過ごした学生時代は、何時まで経っても忘れ得ないものとして私の中に生き続けています。
写真は、角さんのHPよりお借りしたもので、10円硬貨に刻印された世界遺産「宇治の平等院」で撮影されたものです。

【古稀を迎えた私の生活】 大分にお住まいの桐井 加米彦さんとカリフォルニアにお住まいの野口 紘一さんのお便りです。
大分にお住みの桐井 加米彦さんが【古希を迎えた私の生活】として庭の花を慈しみ育て奥さまの育枝さんが描かれた繊細なバラの絵を一昨年別府で夕食を御一緒させて頂いた時に記念に頂戴していますが、想像できる平穏無事のゆったりした日々の生活を楽しんでおられる姿が目に浮かびます。
一方、桐井さんの【静】の生活様式に比べ【動】を感じさせる野口さんから【古希チョイ前の私の生活】として書き込みがありました。パラグアイに移住、アルゼンチン北部の牧場での生活、現在のカリフォルニアでの生活、常に【動】を重視した生活様式を続けて来られたお二人の生活様式にサンパウロの伊豆山さんがコメントを寄せておられ、最近のブラジル結婚白書に『二渚ホ以下の若者と六渚ホ以上の高齢者の結婚が増加!!』との記事が出ていたとの事、一緒に収録して置きます。
写真は、桐井夫人の育枝さんが描かれたバラの花をお借りしました。

「支倉常長に関する雑学的データ」を読んで by 横内 正毅
「海外派遣の先駆者 支倉常長」を横内 正毅さんが書かれそれを読まれた富田真三先輩が「支倉常長に関する雑学的データ」を書かれています。それを読まれた横内 正毅さんのコメントが送られてきました。
『富田先輩の「支倉常長に関する雑学的データ」について和田さんのコメントの中で、遺欧使節は日本の移住史の始まりとして歴史に残ると言われましたが、「派遣」と「移住」の二つのケースとして歴史に残る事例ではないでしょうか。 主君伊達政宗の命を最後まで守り、家臣としての忠義を尽くして、7年と言う歳月を経て帰国した支倉常長は、いわば現代の企業や国からの海外派遣の原型であり、信仰に目覚め,人間として生きる為に、武士を捨てて現地に残った人たちは、それぞれの決断で人生を選択した、いわば近世の海外移住の原型ではないでしょうか。』の横内さんの定義には諸手を挙げて賛同したいです。
写真は、今年4月訪日時に早稲田の移住研OB連中に集まって貰った時に撮らせて貰ったものです。

追悼 仰木前監督 神戸新聞メールマガジン「G・ラフ」及びスポニチより転載。
テレビで元気そうな姿を度々見せていたオリックス前監督、仰木 彬さんが亡くなられた。震災後の神戸市民を励ましたオリックス監督は、野茂投手、イチローを育て大リーグに送り出した人育ての監督、享年70歳。
「阪神・淡路大震災の年のパ・リーグ制覇でそんな「仰木野球」が花開いた。ユニホームの袖につけた「がんばろうKOBE」のワッペンが、グラウンドとスタンドを一つにした。選手は懸命だった。ファンは熱かった。つらい話ばかりの被災地にあって、地元球団の頑張りがどれほどみんなの気持ちを温めたことか。」
「「仰木マジック」と呼ばれる大胆な選手起用は称賛を浴びた。」とのこと、残念ながらオリックスのホームでの試合を見たことがない。清原、中村を補強したオリックスのゲームを神戸で観戦して見たい。
写真は、9月29日の退任の記者会見で笑顔を見せる仰木彬氏 Photo By 共同

【最後のポルトアレグレ総領事】 第18代ポルトアレグレ長島 浩平総領事
『私たちの40年!!』HPでもポルトアレグレ総領事館存続の為のキャンペンを繰り広げこれまでに2003年、2004年の寄稿集は、ポルトアレグレ総領事館関係の記事でその年を終えて来ました。2005年の最後の寄稿集も【最後のポルトアレグレ総領事】で終えたいと思います。
12月8日には、ポルトアレグレに於ける最後の総領事館主催の天皇誕生日が開かれ、12月17日には南日伯援護協会、南伯日本商工会議所共催の長島総領事送別会が開催され12月21日夕刻最後の総領事は、ポルトアレグレを発って行かれました。最後のポルトアレグレ総領事は、来年には、マーシャル諸島共和国大使として栄転されるとのことです。
援協ニュース第352号【年末年始号】に長島総領事の年頭の挨拶が掲載されていますのでこれをお借りする事にしました。
写真は、最後のポルトアレグレに於ける総領事主催の天皇誕生日の祝賀の席で撮らせて貰ったものです。

第14回バーチャル座談会【新春放談 行く年、来る年2005/2006!!】前編
第14回バーチャル座談会【新春放談 行く年、来る年2005/2006!!】は、今年で4回目になります。第一回目は、アクセス数を増やす目的であるぜんちな丸、神戸をキーワードに神戸じいじさんこと香西さんと好きです神戸のMASAYOさんの3人で始め2回目の新春放談から桐井さん外沢山の参加者が発言して呉れるようになりました。
当時5000回アクセス記念特集と銘打って始めた企画も現在ではアクセス数も何と26万回を超えており驚きの歴史を積み重ねて来ています。
通常は、年末か年初めに1月1日には掲載して来たのですが、今年はパタゴニアへの旅が入り遅れてしまいました。
写真は、MASAYOさんの謹賀新年の宝船?を使用させて頂きました。

第14回バーチャル座談会【新春放談 行く年、来る年2005/2006!!】後編
第14回バーチャル座談会【新春放談 行く年、来る年2005/2006!!】後編ですが、座談会と言うより『私たちの40年!!』MLに年末年始に寄せて頂いたお便りの収録と言ったものになりましたが、新しい年2006年の寄稿集の初めに記録として残して置くのも良いのではないかと思いMLを追って拾い集めて見ました。
今年はワールドカップもあり次回は、またサッカーに付いて語り合って見たいと思っています。皆さんの参加をお待ちします。
掲載時期が遅れてしまったことをお許しください。
写真は、1月2日の私の66歳の誕生日を迎えた夜の10時半(ブラジル時間では11時半)に撮った最果ての町ウシュアイアの強烈な夕暮れ風景を記念に採用する事にしました。桐井さんから国東半島に上る穏やかな初日の日の出を送って頂いていますが(画像掲示版)敢えて最果ての落日を使用しました。 

ビーグル海峡で迎える壮大な年越し!最果ての町USHUAIAへの旅!
丸紅ブラジル会社勤務時代も年末、年始も一斉休暇を実施して全従業員から10日間の休暇を取り上げるとの会社の方針に従い良く家族旅行を楽しんでいましたが、何時も仕事が気になり中途半端な休暇となり女房殿の顰蹙を買っていましたが、さわやかになってからは、上司がいない自分自身に対して以外は報告義務も拘束受けない事から却って引き締まると言った現象もあるとは云え自由な行動が取れます。この年末年始も一斉休暇を実施、自らアルゼンチンのパタゴニア地方への旅を女房と二人だけで楽しみました。
折角の旅でもあり年末、年始を挟み1月2日の66歳の誕生日も含め大いに英気を養える旅となりました。何時ものように旅行記でもなく観光案内でもなく旅行中のメモ帳程度ですが書き残して置く事にしました。
写真は、思わぬ女性4人に囲まれての66歳の誕生日に撮った上野3代の女性に挟まれてご機嫌の一枚です。